内外経済・産業構造の趨勢変化を読む

開催日 2012年9月12日
スピーカー 山田 大介 ((株)みずほコーポレート銀行 執行役員産業調査部長)
モデレータ 植村 修一 (RIETI上席研究員)
開催案内/講演概要

2030年前後を視野に世界経済、日本経済のマクロ、セミマクロの趨勢的な変化を展望。その上で、日本経済が復活するための処方箋、少なくとも1%成長を確保するための方策を説く。

議事録

世界経済

山田 大介写真世界経済は向こう20年間で2-3%伸びると予想されていますが、やはりアジアが成長を牽引していくというイメージです。長期的に見れば、経済成長は人口動態から大きな影響を受けます。分かりやすくいえば、人口が伸びれば経済成長にとってプラスということです。

1人当たりの所得が5000ドルから2万ドル辺りに到達すると、TFPの伸び率が加速するということが見てとれました。よって、中国やブラジルがいつここに到達するかにより、世界経済の地勢図が変わってきます。また、2030年になると中国とアメリカが二大大国となり、2050年には中国がトップでインドが3番目になります。思いの外イギリスが上位にあり、ドイツや韓国と共に日本は下がっていきます。イギリスは人口が増加し、それほど老いも進みません。これは、急増しているアラブ系やアフリカ系の人々の出生率の高さを反映したものです。イギリスはそういう意味で労働投入が増えるのではないかと思います。一方ドイツは、日本と同様に人口動態がマイナスに作用し、不冴えになっていきます。

また、2020年代は、いわゆるBRICsと呼ばれる国が世界経済を牽引していきますが、2040年代に入ると少しずつナイジェリアやパキスタンという国が頭角を現してきます。また、BRICs諸国の中で見ても展開に跛行性があります。まずロシアは徐々に地盤沈下していきます。ブラジルは2020年台にぐっと上がるのですが、そこで成熟化します。中国は一人っ子政策を変えなければ一直線に落ちていきますが、唯一インドだけは高成長を維持するという予想になっています。

日本経済の将来像

日本経済は、現状が続けば2030年前後からマイナス成長が常態化するのではないかと思われます。世界のGDPに占める日本のシェアは、2010年には6.3%でしたが、2050年には3%を切ります。理由は2つです。1つは労働投入です。人口構成の高齢化に伴い労働投入量は毎年マイナス1%程度となり、労働を投入できない時代になっていきます。女性の労働参加を促すことによって、この問題が改善されるということも言われますが、総就業者に占める女性の比率の増加は、パートの増加とある程度相関しています。従って、女性が労働参加をしてもパートの比率の上昇によってその効果が相殺されないような、あるいは女性が労働参加し男性が育児をするというイクメンの増加によって打ち消されないような手だてを講じないと、単に男性労働力が女性に置き換わるだけで、労働投入の減少を相殺できるわけではないということです。

日本産業の将来像

このような中で、日本産業の現状を産業空洞化の進行、あるいは比較優位産業へのシフトのいずれと捉えるべきなのでしょうか。まず完成車メーカーで見ると、2020年には新興国の需要が大きくなります。新興国で物を売るためには、高品質で高価格というものよりは、ほどほどの品質で、ほどほどの価格が重要となります。そうすると、日本国内で生産して輸出するのではなく、現地で作って現地で売るという地産地消になっていくということです。これが空洞化の実態です。

一方で中長期的にみると、製造拠点の海外シフトと同時に、輸出入ともに伸び、また、GDPも増えています。よって、これまで起きてきたことを空洞化と捉えるのではなく、日本全体で見て比較優位産業にシフトしているという見方もできます。生産拠点の海外シフトの結果、海外現法で作って海外マーケットで売ることで増収率が上がっているのだとすると、日本企業にとってはビジネスの機会を喪失したわけではなかったのだといえます。

空洞化を起こす原因は、法人税、関税、電気代などが指摘されていますが、冷静に分析するとやはり為替が重要ではないかと思います。為替については、3.11前後でだいぶパラダイムも変わりました。足許、原子力発電が難しくなり、天然ガスなどの燃料輸入が増加していますが、こうした状況で円安が進むと輸入価格の上昇を通じて、更に燃料輸入が増加することになります。為替水準は短期的には介入等によって動かすことが可能ですが、ある程度の期間をとってみれば、操作は不可能といえます。結局は、デフレ対策なしに円高トレンドは大きく変わらないと考えますと、やはり日本から物を輸出するというモデル自体に無理があるのだろうという気がします。

次に地産地消について、たとえば、日産とトヨタを比較します。日産は地産地消のモデルにだいぶ近づいています。一方でトヨタは、日本における生産比率が約半分であるのに対し、国内販売比率は1/3弱です。従ってその差の部分は為替のリスクを丸々被ってしまっているということです。地産地消モデルが正しいのか、それとも輸出モデルが本当に継続できるのか、ということを考える必要があるのではないかと思います。

政府財政の将来像

日本政府の金融負債はグロスで1000兆円を超えており、ネットでも600兆円と巨額です。一方、家計の金融資産はグロスで1500兆円、ネットで1150兆円あり、これで政府債務をカバーしているといった状況です。企業もネットで負債500兆円だったのですが、フローベースでは黒字化しています。

我々産業調査部は、財政破綻はそう簡単には起きないのではないかと思っています。ISバランスで議論をすると、家計と企業の黒字が今後も続くため、それが政府赤字をファイナンスできるのではないかということです。また、内外の成長率格差を考慮すると、対外資産の運用益を反映する所得収支の黒字幅は拡大するのではないかと思います。輸出入に関しても、長期的には内外の成長格差が反映され、輸出が輸入に比べて拡大テンポが増すのではないだろうかといえます。日本の場合、国債の中心的な購入主体は国内金融機関です。日本の金融機関が国債を手放すということがない限り、財政破綻のシナリオは限定的なのではないかという見方です。

持続的成長のための施策:復活に向けた課題と処方箋

ソローモデルに基づくと、成長率押し上げの鍵は、労働投入量、資本投入量、全要素生産性の3点になります。これら3点を押し上げるための7つの施策を考えました。規制緩和、産業再編、対内外投資、官の役割をどうするか、エネルギー政策、新産業創出、移民受入です。

まず規制緩和・規制強化の話ですが、TFPと規制の相関を見ますと、規制緩和を行った産業においてTFPの伸び率が高いという関係がみてとれますので、規制緩和をするべきだろうということはここでもいえると思います。ただ、規制強化をすることで新しい産業や新しいビジネスが生まれることもありますので、強化と緩和のバランス、スクラップ・アンド・ビルドを考えながらやっていくことが重要ではないかと思います。

次に対内・対外投資の話です。インドや中国で完成車を作っている企業は、海外で儲けていますので企業価値は上がります。しかしインドで稼いだお金の多くは現地で再投資され、日本へ余り還流されていないのではないでしょうか。日本企業が海外展開し、現地で稼ぐことによってGNP(GNI)は増えますが、GDPは直接的には増えません。海外での儲けが国内に還流し、国内で投資されるような産業を作ることが重要なのです。

次は呼び水としての官の役割です。1989年から2011年の間に、将来不安を抱く家計の比率が増加していると同時に、企業の期待成長率は低下しています。投資をしたくても投資になかなか踏み切れないような、萎縮したマインドになっているのです。このような問題を民間にまかせていて、自然に解消するのかどうかというのは甚だ疑問です。たとえば再生可能エネルギーは、導入初期段階において、一定程度政府がサポートすることで、リスクをとって参入する企業が出てくるかもしれません。官の一押しが必要なのだと思います。

あとエネルギーの話です。電力需要とエネルギー自給率について、日本を世界各国と比較すると、日本は極端にエネルギー自給率が低く、電力需要が大きいという特徴があります。日本のエネルギー自給率の低さは国として大きな問題だと思います。こうした観点を踏まえると、今この時点で原発というオプションを捨てることに対しては、慎重な検討が必要はないのではないかというのが私の思いです。

持続的成長のための施策:GDP1%成長確保に向けた戦略

最後に、GDPの1%成長のための議論をまとめたいと思います。1%成長が本当に適切かどうかはわかりません。しかし、プライマリーバランスの黒字化を前提に、名目成長率が長期金利より高くないと、政府債務のGDP比は発散してしまいますので、この程度は成長する必要があるのではないでしょうか。1%成長を維持するためには、2030年までに100兆円のGDPを創出する必要があるとの計算になります。そのためには新産業の創出と移民などを通じた労働投入を併せて実施することが必要です。たとえば、再生可能エネルギー、農業、観光、医療・介護などの「新産業育成」で創出されるGDPは30兆円程度です。残りは労働投入量の拡大によって賄う必要があります。移民の議論には反対の方も賛成の方もいらっしゃると思いますが、1%成長を確保するためには、移民受入をも検討の俎上に上げる必要があるというのがここでのメッセージです。

農業分野では、たとえばイタリアの農産物、具体的にはワインなどに、なぜ高い国際競争力があるかというと、ブランドの存在が大きいと思います。もし日本も労働生産性をあげて、同時にブランドを高めることができれば、イタリア並みに農業の生産性を引き上げることは可能かもしれません。ここで改めて重要なのは、規制緩和、特に農地の流動化を促す施策です。たとえば農地信託の受託者は農協等に限るとなっていることは、農地の流動化を妨げる一因かもしれません。農地を流動化し、大規模農業ができるような環境を整備し、それと同時にさまざまな規制緩和を進めれば、農業も成長産業になるのではないかと思います。

介護もなんとかしなくてはいけない産業です。今後、高齢者が増えるので、必然的にそれに関する需要も増えていきます。問題は、介護従事者の給料が低位に抑えられているため、なかなか介護に従事する人がいないということです。介護は、十分な労働供給を確保できれば、産業として十分成り立ちます。しかも医療介護の周辺では、ロボットや医療機器など予てより日本が競争力を有している各種産業への波及もありますから、全体では7兆円程度のGDP創出効果があると言われています。しかし、労働力を他の産業から介護産業にシフトさせるのみでは、日本全体でみると、労働生産性の低下に繋がってしまいます。介護産業への労働供給を移民によって賄うという選択肢の検討が重要になってくる所以です。

最後に、今申し上げた介護の問題も含めて、移民の受入れを真剣に考えていく時代になっているのではないかと思います。毎年10万人の移民を受入れ、2050年の移民比率を約20%とし、移民は日本に定住し一子をもうけるということを仮定すると、GDPへの貢献が30兆円くらいになると試算されます。日本が持続的に1%成長を確保するためには、企業が海外で儲けたお金を国内に還流させる際に投資の受け皿となる産業が必要なのです。ところがそれだけではGDP1%には届かない。移民の受け入れなどを通じた労働投入の増加によるGDP押し上げ効果まで見込まないと、1%成長は確保できないのです。このように考えると、移民の受入れをタブーとせずに、本格的に議論していかないと難しい時代がくるのではないかと考えます。

質疑応答

Q:

海外で稼いだお金が日本に返ってこないことが問題だという趣旨の発言がありましたが、海外資産が蓄積しているのであれば必要なときには戻ってくるし、そこから収益も生まれてくるのであれば、それはそれで自然な流れではないかと思いますが、どのようにお考えでしょうか。

A:

日本企業は海外で稼ぐのみではなく、稼ぎを日本に戻して、日本国内で需要や雇用を作らないと、日本人の幸せと企業の向かっている方向性がマッチしないのではないか、というのが私の意見です。弊社内の若い人は、むしろ海外で儲けた結果、その企業の株価が上がれば、色々な形で日本の経済に貢献できる。よって海外での稼ぎを日本に戻すかどうかというのは、重要な問題ではないという話をしていました。私にも、国内に戻したほうが良いのかどうかに関して明確な論拠はありませんが、雇用の問題を考えたときに、生産拠点の海外シフトに伴い日本の雇用が失われることが問題なのではないかと思います。マザー工場を持てば良いではないかという話もありますが、結局マザー工場などはそれほど雇用を生まないのではないかと思うのです。そうすると弊社内の若い人は、空洞化によって自動車産業の雇用が失われるよりも、日本の労働力人口が減る方が速いのではないか。そうすると自然に失業は問題ではなくなるのではないかという議論をしていました。ただ、やはり日本全体が元気になるには、日本で産業を作って、お金が日本国内でぐるぐる回るようにしたほうが良いのではないかと思います。日本企業が海外で稼いだお金は日本にも流れてくるかもしれませんが、今日本にはそうしたお金の受け皿がない。投資するにも産業がありませんから、やはり日本国内に新しい産業を育成する必要があるのではないでしょうか。

Q:

ブランド戦略やビジネスモデルなどの経営技術や経営力によって付加価値ベースの生産性を高くするという方法はないのでしょうか。

A:

日本に埋もれている物、日本人が知らない物がたくさんあるのだと思います。たとえば、日本のりんご、もも、コシヒカリなどは中国で熱烈歓迎なのです。中国人の多くは日本に来たときには秋葉原に行って、高級炊飯器を親戚の分まで買うそうです。日本の炊飯器で日本のコシヒカリを炊いて食べることが、ある中国人の間でステータスのような感じになっていると言うのです。しかし売る側の日本企業にはそういう認識はないようです。もっと工夫すれば沢山売れるかもしれないのに、売り方が下手なのです。農業の世界でも付加価値が出るような物はたくさんあると思いますので、それを生かすような経営が大切ですし、TFPなどをテコにそこを加速させて行く必要があると思います。また、良い物を作れば勝てるという時代は間違いなくあったのですが、今はそこそこの物を、そこそこの価格で作らないと勝てない時代になってしまったと思います。ただ、良い物とは何かと定義する中で、ブランドの意義についても考えるべきだと思いますし、その活かし方や物の売り方には、工夫の余地がまだまだあるといえます。

この議事録はRIETI編集部の責任でまとめたものです。