働き方改革を進めるための人事マネジメントの課題:ワーク・ライフ・バランス国際比較調査からの示唆

開催日 2012年7月18日
スピーカー 武石 恵美子 (法政大学 キャリアデザイン学部教授)
モデレータ 山田 正人 (RIETIコンサルティングフェロー/経済産業省 特許庁 総務部 工業所有権制度改正審議室長)
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ワーク・ライフ・バランス(WLB)の実現が重要な政策課題となっているが、政策の効果を実感できる状況にはない。わが国のWLBの議論は、これまでの働き方が社会的な変化に対応していないのではないかとの問題意識から、「働き方改革」と同義に使われるようになっており、様々な制度、政策と関わっている。「働き方」に関して日本とは明らかに異なる構造にある欧米諸国を参照しながら、日本の働き方の現状とそれを変えるための方策について検討するために、RIETIにおいて国際比較研究を実施した。

この研究を踏まえ、日本で働き方を変えWLBを実現するための対応について、特に企業組織の人事制度、職場マネジメントに焦点を当てて論じることとする。

議事録

研究の課題

武石 恵美子写真ワーク・ライフ・バランス(WLB)に関しては、重要な政策課題として取り組まれているにもかかわらず、その効果が実感しにくい現状にあると思います。日本の働き方は、欧米諸国とは明らかに構造が異なっています。そこで、日本の働き方の現状とそれを変えるための方策について検討するため、英国、オランダ、スウェーデン、米国、ドイツといった欧米諸国との国際比較研究を行いました。研究成果は、RIETIの研究として「国際比較の視点から日本のワーク・ライフ・バランスを考える」というタイトルで出版されましたので、詳細についてはこちらもご覧ください。

データとして、経済産業研究所および内閣府経済社会総合研究所による「仕事と生活の調査に関する国際比較調査」の結果を分析していますが、従業員調査は日本、英国、ドイツの企業で働くホワイトカラー職の正社員を対象としています。英国、オランダ、スウェーデンに関しては、企業へのインタビュー調査も実施しています。

日本企業の特徴として、WLBの取組姿勢(WLB支援に取り組むべきである)は、10点満点中6.95点と、他の国と同程度もしくは上回る水準となっており、企業がWLBに高い意識をもっていることがうかがえます。しかし、WLBの取組状況(WLB支援に積極的に取り組んでいる)は5.75点に留まっており、取組姿勢と取組状況の間のギャップが大きいようです。

企業におけるWLB支援制度の導入割合として、日本はフレックスタイム制度や、とりわけ在宅勤務制度の導入率が低いという特徴があります。そして、法を上回る育児休業制度やフレックスタイム制、在宅勤務制度の運用について「大変だ」と回答する割合が、日本の企業は比較的高い傾向にあります。また、こうした支援制度が生産性に及ぼす影響の認識として、日本以外の英国、オランダ、スウェーデン、ドイツは「プラスの影響がある」と回答する企業が多いのに対し、日本では、「プラスの影響」とする回答は非常に低い点が目立ちます。つまり日本企業では、WLB支援制度を導入していても、必ずしもプラスの評価がなされていない現状があります。

長時間労働と日本的雇用慣行

では、日本の長時間労働の背景には何があるのでしょうか。日本の企業は長期雇用を前提に教育訓練などのコストを投じるため、正社員に対し高い固定費を負担しています。そのため人数を最小限に抑えた正社員が長時間労働になるという構造的な問題が指摘されています。これは日本以外の国においても、高い固定費を投じられる正社員は長時間労働になりやすい傾向がみられます。

ただし職場管理の方法として、上司が特定の部下に業務が偏在しないよう配慮したり、円滑にコミュニケーションをとったりすることには、労働時間を短縮させる効果がみられます。つまり職場管理を工夫することによって、労働時間の短縮が可能になることが分析されています。

個人の満足や職場パフォーマンスにWLB施策はどう影響するか

英国やドイツと比較した就業実態等の特徴として、日本は労働時間が長く、とくに管理職は長時間労働になっています。また勤務形態や勤務時間が画一的であり、フレックスタイム制度を利用しても勤務時間に変化がありません。英国では22.7%の人が短時間勤務で働いていますが、日本は2.4%に留まっています。始業時間や終業時間も、英国、ドイツは個人による分散が大きいのですが、日本では特定の時間帯に集中する傾向がみられます。

そこで過剰就業意識をみると、やはり「現状の労働時間を減らしたい」と回答している人が日本は男女とも2割以上を占め、英国やドイツを大きく上回っています。特に日本では、労働時間が長いと過剰就業意識が高まるのですが、英国、ドイツではそのような傾向は弱いことから、英国、ドイツの労働者は、長時間労働が個々人の選択の結果である可能性が指摘できます。またWLB満足度では、「仕事と生活に割く時間のバランスヘの満足度」について「満足している」もしくは「どちらかといえば満足している」と答えている人の割合が、日本は少ない状況にあります。職場のパフォーマンスに関しても、「業績がよい」「効率的に仕事を行っている」といった項目で、日本は低い傾向がみられます。

このようなWLB満足度や職場のパフォーマンスに対する企業のWLB関連制度や施策の影響について分析すると、育児休業や短時間勤務制度は目立った効果を及ぼしていません。一方で、企業による労働時間削減のための取り組みは、有意な効果がみられています。つまり制度や施策の中でも、両立支援やフレックスタイム制度、在宅勤務制度は効果をもたらしにくいことが、日本の特徴といえます。

また、職務が明確で職務遂行に裁量性がある、支援的な上司である、助け合う職場であるといった特徴は、WLB満足度、職場のパフォーマンスの両方ににプラスの影響をもたらします。日本では、職場の要因が重要なことがわかります。

英国やドイツにおいても、やはり職務の明確性や支援的な上司、助け合い職場といった要素がプラスの効果をもたらしています。ただし、英国ではフレックスタイム制度が、ドイツでは、在宅勤務が、WLBの満足度や職場のパフォーマンス向上に寄与しています。日本で在宅勤務制度を導入する企業は非常に限られていますが、海外では在宅勤務制度を導入する企業が増えており、企業にとってもメリットのある制度として考えられています。

海外の状況

英国は1990年代後半から2000年代にかけて、WLB政策を集中的に推進しています。とくに2001年頃には、従業員が柔軟な働き方をリクエストできる法律が施行されました。そして2010年に英国を訪れた際には、制度的な対応もさることながら、よりインフォーマルな職場マネジメントによって柔軟な働き方を実現することが重要だという認識が、企業に限らず政府や労働組合を含め、あらゆる方面から指摘されていることが印象的でした。

とくに職場運営に関しては、制度を利用せずとも育児や介護を両立できる働き方をマネージャーが工夫することが重要という認識のもと、さまざまな取り組みがなされています。

英国の事例として、従業員数8万6000人の大手通信社では、管理職の意識改革に力を入れています。英国でも、部下が目の前にいなければマネジメントできない、在宅勤務の部下は遊んでいるようで信用できないというマネージャーがいるそうです。そのため、管理職の意識改革を重要視しているということです。

同じく英国のある大手製薬会社は、マーケットが柔軟になっていく中で “FW(フレキシブルワーク)はFlexible thinkingにつながる"と考え、柔軟な働き方の推進に取り組んでいます。そして、やはりインフォーマルな支援や管理職のマネジメントに力を入れており、FWを円滑に推進するために、マネージャーのコミュニケーション能力向上や目標の共有に努めています。

オランダは、パートタイムで働く人が多いのが特徴です。1990年代以降、女性の就業率が拡大する中で保育サービスが充実しており、祖父母の支援といった親族のネットワークも活用されています。育児休業取得率は女性でも37.3%と低くなっていますが、これは育児休業を取得せずパートタイムでの勤務が可能なためです。

また、オランダでは最近、交通事情やオフィスコストの高騰を背景に、テレワークが拡大しています。やはりFWの導入には意識の改革が重要ですが、「信頼」がキーワードとして注目されます。上司が部下を信頼して仕事を任せられなければ、FWは推進できません。オランダではすでにパートタイム就業が進んでおり、短時間就労のマネジメントが職場に定着していたため、在宅勤務も円滑に導入できたということです。

スウェーデンは、男女共同参画政策をベースにレベルの高い施策を推進しています。法整備の面で相当高い水準にありながら、企業・職場レベルにおいても、積極的な対応が行われています。法定水準をさらに上回る内容の両立支援制度を導入する企業も多くなっています。それによって企業と従業員の間に信頼関係が醸成され、企業としてのメリットも実感されるということです。

海外企業の事例をみると「自立と責任」が働き方におけるキーワードになっており、やはり職場レベルで上司と部下との関係がうまく構築できていることが大事だと指摘されています。海外でも職場レベルの対応が重要であることを改めて感じます。

研究結果からの示唆

日本は長時間労働に加えて働き方が画一的であることが、他の国々と大きく異なる特徴といえます。また、長時間労働でも働き方が柔軟な人はWLBの満足度が高いという分析もありますので、働き方の柔軟化を進め、フレキシビリティを高めることが重要だと思います。

働く人のWLB実現は、施策の導入以上に職場のインフォーマルな対応に依存するという認識が重要です。職場のマネージャー支援を進めて、適切な仕事管理ができる状況を作り出すことが極めて重要ですし、それは日本だけでなく海外でも共通する課題といえます。ただし、政策として、職場に働きかけていくことは非常に難しい面があることとも事実です。こうした職場への介入について、2012年6月にニューヨークで開催された WFRN Conferenceでは、職場マネジメントに関連する研究報告のセッションが行われました。海外にも日本と似たような状況がありますので簡単に紹介します。

米国においても、WLBの実現のためには職場レベルでの取り組みや上司の役割の重要性が指摘されています。私が参加したセッションでは、Leslie Hammer氏らの研究が報告されました。この研究では、職場に実験的に介入し、実験グループと対象グループでどのような違いがみられるか、縦断的なデータで分析しています。

概要として、対象職場をランダムに2グループに分け、一方を介入グループ、他方を不介入グループとします。介入グループでは、職場の上司にマネジメントのトレーニングをおこないます。開始時にベースラインとしてグループの特徴を把握し、その後は6カ月単位で経過報告をみています。今回は、6カ月経過した時点での報告がおこなわれました。介入グループのマネージャーが受けたトレーニングは、eラーニング(一般的な情報提供や企業の取り組みの理解など)、対面での対話訓練、自己点検(訓I練後の3~5週間に自分の行動を確認する)などです。

ベースラインのデータでは、睡眠時間や心血管リスク(コレステロール値)の推移を測定し、WF(ワークファミリー)バランスにおける心身の健康に関する指標として分析しています。結果として、上司が部下のWLBのニーズを理解し柔軟である場合、部下の心血管疾患のリスクは低く、睡眠時間も長い傾向にありました。

では、実際に介入し、6カ月経過後の結果はどうだったかというと、短期間ということもあり、顕著な変化はみられませんでした。ただしIT企業の研究において、55の対象グループ(694人)を介入グループと不介入グループに分けたところ、介入グループでいくつかの改善がみられました。具体的には、従業員の仕事管理、上司のFSSB(Family Supportive Supervisory Behaviors)、従業員の仕事と家庭の調和を示す指標などが改善しており、引き続き、6カ月ごとに評価がおこなわれるということです。

このように、アメリカを含めた欧米諸国でも、職場における適切なマネジメントが、従業員のWLBに影響力を持っていることが多くの研究で明らかになってきています。私たちの研究でも、この点が共通に指摘されましたので、さらにこの観点からの研究を進める必要があると考えています。

質疑応答

Q:

インフォーマルな支援について、もう少し具体的にご説明いただきたいと思います。

A:

いろいろな意味合いがあると思いますが、たとえば英国では、育児や介護をしている人がフレキシブルな働き方をリクエストできる法律がありますが、そうしたフォーマルな制度を利用する場合、一定の減給があるなど、硬直的な対応にならざるをえません。しかし公的な制度を利用せずとも、企業がある程度フレキシブルな働き方を認めてくれれば、減給なしに働き続けることが可能になります。

日本に置き換えて考えると、出産後10年間も短時間勤務制度を利用すれば、その間の経験値は下がり、キャリアの差が大きく開いてしまいます。それよりも早く復帰し、育児のために残業や出張が避けられるよう職場の中でやりくりしてもらえれば、キャリアへの影響も低減することが可能です。

Q:

日本は職務規定が曖昧な場合が多く、かつチームで仕事をするため、上司の裁量部分が大きいように思います。上司のマネジメントによって働き方の柔軟性が左右されるということでしょうか。

A:

そうだと思います。上司によるマネジメントが、日本は他の国以上に重要だと思います。日本は女性の管理職比率が低く、かつ管理職は多忙で、部下のマネジメントに注力する余裕もありません。企業はまず管理職の働き方やマネジメントの状況を把握し、支援していくべきだと思います。

この議事録はRIETI編集部の責任でまとめたものです。