『成熟』と『多様性』を力に~価格競争から価格創造経済へ~

開催日 2012年6月15日
スピーカー 角野 然生 (経済産業省 経済産業政策局 産業構造課長)
モデレータ 森川 正之 (RIETI理事(兼)副所長)
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現在、日本が抱える経済社会構造・就業構造の行き詰まりを打開し、豊かさを実感できる成長を実現するため、今般、経済産業省では「経済社会ビジョン」を取りまとめた。本講演ではその概要について説明する。

議事録

「やせ我慢」の縮小経済

角野 然生写真過去10年間の日本経済は、縮小の連鎖が継続する「やせ我慢」の経済でした。企業が稼ぐことができずに我慢の経営をすることで雇用環境が悪化し、労働所得の低下につながっています。所得が増えないため消費が冷え込み、市場は縮小してデフレとなり、最終的には企業経営の首を絞めているという悪循環が続いてきました。

2000年代の交易条件の推移を先進諸国間で比較しますと、輸出物価指数が低迷しているのは日本だけです。資源高を輸出で回収できずに交易損失が拡大しています。直近5年間における日本の上場企業の株主資本利益率(ROE)も、全体の半分以上で5%以下となっており、資本コスト以上の収益を確保できていない状態です。交易損失も拡大しており、「加工貿易立国」モデルが大きな壁に直面していることを示唆しています。

このように国富が伴わない状況での我が国の所得分布ですが、アメリカのような格差拡大という状態ではなく、全体的に貧困化しているところが問題です。また、潜在成長率の国際比較では、たとえばドイツやイタリアは2030年-2040年には回復してきますが、日本の潜在成長率はどんどん下がっていきます。

現状を放置した場合のリスクシナリオ

円高による海外生産の拡大は現地調達の増加につながっており、それが産業空洞化の要因としても挙げられています。このような状況の継続化は、貿易収支の赤字構造を定着させ、2020年までに経常収支赤字が起きる可能性がでてきます。この場合、国債の国内消化が限界に達するおそれもあり、経済に大きなリスクを伴うといえます。

目指すべき経済社会:「経済成長ビジョン」

目指すべき経済社会のビジョンは、二本立てで考えています。1つ目の「経済成長ビジョン」とは、成熟に裏打ちされた日本人の感性や技術力を発揮することで、内需と外需を掘り起こし、グローバル市場を獲得していこうというものです。2つ目の「人を活かす社会ビジョン」は就業構造のモデルシミュレーションからでてきた論点であり、女性、若者、高齢者、障害者等、各人が置かれた環境と能力に応じて価値創造に参画し成長を分配してくという構想です。さらに後者では、「ダブルインカム・ツーキッズ」で世帯所得の増加を計り、高齢者の参画も推進していきます。これらにより1人当たりの国民所得(GNI)を維持・増大し、厚みのある中間層の形成を目標としています。

「経済成長ビジョン」については、3つの切り口で論じています。1つ目は価格競争から価値創造競争への企業戦略の転換です。2つ目はグローバル展開ですが、これは拡大中のアジア市場を攻めていくことを推奨し、海外進出する企業を応援していこうという視点です。最後は、規制緩和やイノベーションを起こして新産業を創設し産業構造の転換を計ることで、内需を掘り起こしていこうというものです。

価値創造競争

サービス部門の段階には大きく分けて「マーケティング・商品企画・研究開発」、「生産工程」、「流通・サービス・保守やメンテナンス」があります。上場企業へのアンケート調査を基にしたバリューチェーン分析によりますと、この3年間で付加価値工程が高まったと考えられているのは、最初と最後の段階でした。たとえば、デザイン開発を含めたヒット商品開発を創り込んでいる企業や、顧客との接点を重視しクレームを商品開発に活かしているという企業が成長している一方で、生産工程のみを行い顧客との接点部分はアウトソースしている企業が苦しんでいる状況です。ここで言えるのは、付加価値で稼ぐことは厳しい状況ではあるけれど、日本として決して不可能ではないということです。

グローバル展開

2つ目は、市場が拡大しているという話です。また、私どものアンケート調査では、攻めの経営で海外に進出している企業において、国内の雇用も拡大しているという事例が見られます。たとえば、 国際分業を成功させている企業には、生産工程はアジアに移しながらも、生産工程にいた人を商品開発・きめの細かいご用聞き・試作品開発などに移動させ、雇用を維持しながらビジネスの拡大と収益の増加を実現しているという例もあります。ただ、この戦略で課題として挙げられるのは、グローバル人材の不足です。単に語学ができるというだけでなく、異なる国籍の人々を上手く束ねながら、1つのチームとして成果をあげていくという点にニーズがあるようです。

新産業の創出

今の社会にはさまざまな課題解決に関る多くの潜在的なニーズがあり、これを満たすものを「課題解決型産業」と位置付け、介護サービス、医療機器、子育て支援サービス、新たなエネルギー産業等の成長が期待されています。また、いわゆるクールジャパンと呼ばれるクリエイティブ産業では、成熟した日本のコンテンツの海外展開が進められています。これらに加え、宇宙科学や航空機などの先端産業も重要な産業です。イノベーションによって潜在需要を開拓し、かつグローバル需要も取り込んで、収益を上げながら良質な雇用拡大と消費の活性化を実現していくことが、デフレ構造脱却の道筋ではないでしょうか。

価値創造経済に向けて

現在起こっていることは、製造業とサービス業の融合ではないかと思います。それは、商品開発とキメの細かい顧客メンテナンスや物作りの技術の融合により、韓国や新興国企業との差別化を図るということでもあります。一方で、サービス部門は生産性も1人当たり雇用者報酬も低い世界です。テクノロジーによる生産性向上で利益を上げていくことも求められるでしょう。今後は、製造業かサービス業かという二分論は通用しないのではないかと思っています。

目指すべき経済ビジョン:「人を活かす社会ビジョン」

先の経済成長ビジョンに向けて、2020年のマクロシミュレーションを行いました。結論としては、1人当たりのGNIは、空洞化ケースで+0.8%、政策実現ケースで+1.9%程度になれば良いのではないかと考えています。ただ、問題はこの数字ではなく就業構造です。空洞化ケースの場合には、製造業がどんどん空洞化し雇用が減っていくと同時に、サービス業でも新産業は育たずに失業率が増加します。政策実現ケースの場合には、生産性向上のために製造業の雇用者数が若干減少しますが、サービス業で新産業が立ち上がり失業率は減少していくという図が描かれます。

産業構造の転換

2020年の就業人口変化のシミュレーションによると、 製造業の雇用者数は、政策実現をした場合は今とほとんど変化がありません。サービス産業では、医療・保険といった公的保険の世界と、B2B・B2Cのサービスで雇用者数は増えていくとみております。また、先ほどのバリューチェーン分析の結果をモデルに当てはめて職種転換をみてみますと、やはり生産工程・単純労務では人口が減ってきますが、専門技術者あるいはサービス従事者という職種のニーズは広がっていくと考えられます。このモデルの結果を所得分布に引き直した場合、実質所得が約100万円上昇し、中間層も少し回復の方向に向かうのではないかと考えられます。

すなわち、新産業の創出にはそれに伴う就業構造の転換も必要となるのです。産業構造の転換を実現するためには、就業構造上発生する色々な課題もあわせて解決していかなくてはならないのです。また、産業構造論の観点からも女性の活躍推進、ダイバーシティ、ワークライフバランスが重要となります。

ダイバーシティ経営による価値創造

人を活かす社会ビジョンとして、多様性、価値創造、円滑な労働移動が挙げられます。産業構造と就業構造の転換は、多様な人材の能力を引出して競争力を強化していくダイバーシティ経営へとつながります。これは、異質なものが衝突したり融合したりすることで生まれるイノベーション、グローバル展開での多様な人材の抱合、そしてワークライフバランスによる生産性向上を意味しています。国籍やジェンダーなどの属性のみならず、働き方を含めた多様性というものが、価値創造経済を創る上で不可欠であるといえます。

イノベーション人材

次にイノベーション人材についてですが、価値創造経済に向けて創造的なことを起こす人材がいない、あるいは会社の組織の意思決定の中でそういう人材が取り上げられない、という構図があるようです。そういった人材や技術シーズが、一定の条件下で外部の多様な人々と出会い、議論を重ねながらビジネスプランを練っていくという場を作っていくこと、そして、ビジネスプランがそういう場で徐々に事業化していくことへの支援を考えています。特にベンチャーの場合は、初期段階の機能強化のみならず、その前のシーズ・ビジネスプランを磨くという部分を向上させていく場が大事ではないかと考えています。

「人を活かす」産業の創出・振興

価値創造の実現のために必要な3点目は、産業構造の転換に伴う就業構造の転換を、民間活力によって行っていこうというものです。今後、製造現場の40代-50代のようなスキルと経験を持った層で余剰感がでてくるということがあっても、他の成長分野に活躍できる場はたくさんあるのです。このようなスキルと経験を持った人材が、職種転換で上手く移動していけるようにマッチングするビジネスを「人を活かす産業」と定義し、厚労省と文科省で応援していこうという構想があります。人材面からみた産業構造転換とは、既存企業にあるスキルや経験をいかにして成長分野に持っていくかということです。単なる雇用の流動化では不安定性があり、人材が動きません。そこで、人を活かす産業、ベンチャーのプラットフォーム化、あるいはダイバーシティの推進をブリッジ的な機能として実施し、既存企業を変えながら、成長分野にも人材を送り込むという労働移動システムの構築を目指しています。

質疑応答

Q:

事業モデルをある日突然転換していくような力がアメリカにはありますが、そういうドライビングフォースが日本にはないのはどうしてなのか、そして、どこにそういう力を求めていくのかという点についてご意見をお願いします。

A:

ドライビングフォースを起こす人材というのはイノベーションを起こす人材です。アメリカには、これをサポートするエコシステムができあがっています。日本の場合は日本的な新卒一括採用、終身雇用、男性中心の組織構造が限界にきており、人材が本来持っている能力を発揮できないという状況があります。特に、外に出て議論し、イノベーションを満たすような環境が育っていないのです。従ってこの問題では、就業構造や日本の組織改革まで踏み込む必要があります。

Q:

経済産業省だけでなく他省庁も含めた問題として、日本の人材の多様化に関する企業への働きかけや、リスクを超えて海外でそれなりに達成した若者たちにチャンスを与える社会が必要だと感じていますが、どうお考えですか。

A:

このようなグローバル人材論については、ちょうど厚生労働省や文科省とも対話を始めており、各省庁が協力して考えていかなければいけないという認識です。一方、グローバル展開が切迫している企業からは、即戦力の強化と即戦力となる人材確保の必要性が聞かれます。日本の制度的な問題と企業への働きかけをトータルに考えた対応をしていきたいと思っています。

Q:

国内のダイバーシティの維持・向上のために女性と高齢者を使うというシナリオがありましたが、むしろ、人材の流出入というような、内外からの双方向性が必要なように思いますがいかがでしょうか。

A:

就業構造モデルのような成長やダイバーシティの実行をしていく上で、グローバルな出入りは不可欠だという議論はありました。日本では流出入ともに伸び悩んでいますが、これには先にあったように制度的な問題も関っています。また、ダイバーシティの政策に関連し述べたことというのは女性や高齢者に限っておらず、外国人も含めてダイバーシティ推進のためのインセンティブ作りや情報開示をしていこうというものです。人を活かす産業の中で、グローバル人材の育成も産業として行っていきたいと思っております。

Q:

将来への不安による貯蓄額の向上や消費の減少というお話がありましたが、不安を消して消費を増やすというのは、イノベーションを実現し所得を上げることによって不安を解消しようというメカニズムなのか、あるいは、不安の問題はむしろ社会保障制度の問題であるのでしょうか。

A:

経済成長が就業構造モデル通りにいくとすると、厚みのある中間層の回復と所得の増加が循環を変えていく1つのパスになると思っています。ただ、産業構造と社会保障はさまざまな点で経済成長論と関ってくるため、不安の解消には、社会保障問題についての議論を産業の競争力や経済成長との関連で行うことが必要だと思います。たとえば、経済成長とはむしろ社会保障の基盤を安定させていくことであるというような論点です。また、産業振興しながら需要を拡大し、社会保障の負担増抑制と産業振興や内需拡大を実現するという課題解決型産業が求められています。

この議事録はRIETI編集部の責任でまとめたものです。