企業価値向上に向けたコーポレート・ガバナンス

開催日 2012年5月29日
スピーカー 前田 新造 ((株)資生堂 代表取締役 会長)
モデレータ 江崎 禎英 (経済産業省 製造産業局 生物化学産業課長)
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開催案内/講演概要

ガバナンスは、体制を整えるだけでは十分とは言えない。大切なことは、如何にその体制を機能させるかであると考える。

当社が進めてきたガバナンスについて詳細を紹介しながら、独立役員に求められる機能・役割や、ガバナンス機能を十分に発揮させる為の取り組みなどについて触れる。

また、日本企業に求められる経営課題やグローバル化についての取り組みや前田の持論も紹介する。

議事録

日本をオリジンとして

前田 新造写真資生堂は、今年で創業140周年を迎えることができました。当社の創業者は大学東校(現在の東京大学医学部)を経て、海軍病院の薬局長を務めていましたが、当時の日本にはない医薬分業システムの実践を志し、1872(明治 5)年に日本初の西洋風調剤薬局として銀座に創業しました。ちょうど、新橋‐横浜間に鉄道が敷かれた年のことです。

のちに、その息子が経営の重点を薬から化粧品へ移し、株式会社に改め初代社長となりました。「資生」とは、中国古典の易経の一説「至哉坤元万物資生――至れる哉(かな) 坤元(こんげん)万物資(と)りて生(しょう)ず」に由来しています。これには、大地のあらゆるものを融合して新たな価値を生み出していきたいという創業者の願いと、西洋の科学的な薬学、そして易経という東洋的な精神を融合しようとする和魂洋才の理念が込められています。

「私たちは、多くの人々との出会いを通じて、新しく深みのある価値を発見し、美しい生活文化を創造します」という企業理念とともに、お客様のお役に立ち、社会に貢献するとの創業の精神は今も変わらず生き続け、人々の美と健康を支援するさまざまな価値やサービスを生み出す源泉になっています。

当社は2007年に、中期ビジョンとして「日本をオリジンとし、アジアを代表するグローバルプレーヤーとなる」ことを宣言し、10年間のロードマップを発表しました。現在、グローバル化第2フェーズとして、「成長軌道に乗る」をテーマとした現3カ年計画の2年目にあります。真のグローバル企業となるために必要なこと、それは他に真似することのできない「資生堂ならではの価値」をしっかりと磨き上げることに尽きると考えています。

最近、当社は急速にグローバル化を進めている企業の1つとして紹介されることが多くなりました。とくに、中国事業について興味を持たれることが多いようです。当社の海外進出は意外と古く、1957年に台湾へ進出したのがはじまりです。連結売上高に占める海外売上比率(円換算)は、数年前までは僅かな規模に留まっていましたが、円高という状況にあっても急激な伸長を続け、50%が目前に迫っている状況です。

当社の中国事業は1981年にスタートし、昨年30周年を迎えました。中国事業の売上推移をみると、2000年度には100億円にも満たなかった売上が、2004年度からは2桁成長を続け、本年度は1000億円を視野に入れるほどになりました。

このように中国事業の成長が海外事業を牽引してきたのは、中国市場全体の急速な成長があったことも事実ですが、一方で、これまで当社は常に、自社の事業を通じて中国社会のお役に立つということを第一義とし、地道に我慢づよくブランドイメージ構築に努めてきたことが現在の地位の確立につながったのだと思います。

当社の中国事業の歩みを一言でいうならば、いかに資生堂というブランドの価値を高められるか――この1点に徹してきたといえます。中国事業はまさに百年の大計です。当社は中国でわずか30年歩いてきただけで、これから100年、200年とビジネスは続いていきます。黎明期ともいえるこの30年は、徹底してブランドを磨き上げることに使っても、長い時間とはいえません。拙速とならず、資生堂ならではの価値をお客様に届け、中国の多くの女性が美しくすこやかであるよう地道に専念することが、他の外資系メーカーとは一線を画す当社の中国事業のあり方であり、強みにもなっています。

持続可能な発展に向けて

価値ある企業として支持され続けるためには、持続的な成長・発展を遂げ、企業が目指すミッションを高いレベルで果たし、それぞれのステークホルダーから価値を認めていただけることが重要です。当社では、こうした認識に立ってコーポレート・ガバナンスの強化に努めています。

昨今、企業による巨額の損失隠しや不正行為が発覚し、にわかに日本企業のガバナンスのあり方を見直す動きが活発化しています。2010年には、金融庁が報酬額1億円以上の役員に対する個人別報酬の開示を義務づけ、さらに本年は、社外役員の独立性に関する開示を義務づけました。また東京証券取引所でも、2010年に独立役員の確保義務を設け、本年は独立役員の独立性に関する情報開示義務の強化を図るなど、情報開示の拡充や体制の構築、独立役員が機能するための環境整備など、証券市場の信頼回復に努める取り組みを強化しています。

資生堂のガバナンス体制

当社は、コーポレート・ガバナンスの基本方針として、「責任体制の明確化」、「経営の透明性・健全性の強化」、「意思決定機能の強化」、「監督・監査機能の強化」の4点を定めています。ガバナンス体制については、監査役設置会社であると同時に、執行役員制度と役員指名諮問委員会および役員報酬諮問委員会を設置するハイブリッド型のシステムを採用しています。大切なのは、取締役が独立性や倫理性に欠けることなく、十分な権限をもって取締役会に「多様な視点」、「多様な経験」、「多様なスキル」を持ち込み、その機能を果たしていくことです。

2001年からは執行役員制度を採用し、全社的意思決定・監督を担う取締役の機能と、業務執行を担う執行役員の機能を分離しています。そして執行役員による業務執行の重要案件を決裁する経営会議を設け、執行役員への権限移譲を進め、責任の明確化と経営のスピードアップを図っています。さらに過去、多い年には30名程度だった取締役は現在では8名となりました。人数を削減することにより、取締役会の実質的な議論の活性化、意思決定の迅速化を可能としています。

執行役員についても少数精鋭化を進め、私が社長に就任する直前の2004年には32名でしたが、今では18名と大幅に削減しました。社長、副社長、専務、常務は執行役員としての肩書きで、取締役を兼務する点では多くの日本企業と同様、経営の監督と執行が完全には分離されていない状況ですが、それぞれ十分に機能していると考えています。

「会社は経営者の器以上によくならない」といわれています。つまり、企業価値をさらに高めるためには、役員のレベルを上げる必要があるという考え方に基づき、さまざまなルールを導入しました。まず役員の処遇を大きく見直し、任期は監査役のみ法律に規定された4年ですが、取締役および執行役員は1年とし、毎年の活動が評価される緊張感ある体制にしています。

同時に、従来の役位別定年に加え、同一役位での在任上限期間は基本的に4年とする社内ルールを設定しました。成果を出して昇格するか、定年前であっても退職するか。これは、役員を業績に関係なく定年まで保障されるポストとせず、緊張感を持って結果を出し続ける体制にするための厳しい規定といえます。

社外取締役・社外監査役の起用

社内外を問わず優秀な人材を任用することは、社長の重要な任務です。私が社長に就任した翌年の2006年には、社外取締役として岩田彰一郎氏(アスクル社長兼CEO)、上村達男氏(早稲田大学教授)の2名を招聘しました。さらに昨年は、永井多惠子氏(元NHK副会長)を迎え、取締役会の独立性が担保され、レベルも向上していると自負しています。

社外監査役には、原田明夫氏(元検事総長・弁護士)、黒田玲子氏(東京大学教授)、大塚宣夫氏(精神科医)の3名が就任していますが、本年6月には黒田監査役の退任に伴い、辻山栄子氏(早稲田大学大学院教授)を新たに迎える予定です。こうした社外取締役および社外監査役には、候補者の段階で私自身にもともと面識がなく、縁故や業務上の利害関係のない方、つまり、独立性が担保されている方に就任いただいています。社長といえども1人の人間です。間違ったり、全能主義に陥り、暴君になってしまう例は、どの国、どの時代であっても枚挙にいとまがありません。彼らの究極のミッションとして、万が一の場合には社長を解任するという役割を担っていただいています。

余談ですが、ある社外役員からは「前田さんは徹底している。中元・歳暮はおろか食事会すら一度も開催しない。娘が結婚した時には、ただお祝いの言葉だけだった」と言われましたが、私がケチなわけではありません。しかし、「むしろ、その厳格さが心地よい」とのことでした。不要な気兼ねや手加減といった要素を排除し、緊張感のある関係であり続けることが大切だと思っています。

ダイバーシティへの対応

取締役会に社会の視点を入れることと同時に、ダイバーシティへの対応も意識しています。そのため当社では、社外取締役3名に加え、社内取締役5名のうち2名が資生堂以外でのキャリアを持つ人材となっています。取締役(元副社長)の岩田喜美枝は旧労働省でキャリアを積み、2002年に入社しました。代表取締役専務のカーステン・フィッシャーは、ウエラやP&Gといったグローバル企業でキャリアを重ね、2006年に入社しました。

このように現在、取締役8名、監査役5名の計13名のうち、過半数の8名が資生堂以外のキャリアを持つ外海育ちで構成されています。これは性別、人種、国籍、キャリアなどを超え、「多様な価値観を受け入れ、厚みをもった経営を行う」という考えの1つの表れでもあり、6~7年前までの資生堂の常識ではなく、社会の常識、世界の常識で経営の判断ができるようになったと思います。

資生堂が育んできた価値観を大切にしながら、多様な価値観、多様な意見を尊重する風土を定着させていくことこそ、真のグローバル企業へと進化するための要諦だと考えています。ただし、化粧品を主とする企業としては女性のボードメンバーが少ないとも言え、女性役員の増員は今後の課題として認識しています。

役員の報酬体系や設計もガバナンス上の重要な要素です。当社は2001年に役員報酬諮問委員会を設置し、透明性・公正性の高いルールとなるよう制度の見直しを続けてきました。委員長は社外取締役が務め、メンバーには世界的シンクタンクの人材も加わっています。2004年には固定報酬的要素のある役員退職慰労金制度を廃止し、2005年から新たな報酬制度を導入しました。新報酬制度では、とくに取締役すべての報酬は、取締役会に諮られた上で株主総会の決議を経る必要があります。

企業が100社あれば、ガバナンスも100通りだと思います。2010年、金融庁からの要請である1億円を超える役員の報酬だけでなく、代表取締役の報酬額も自主的に開示しました。グローバルスタンダードを視野に入れつつ、経営内容を株主、社員、社会へオープンにするという姿を目指した結果、現在の形に行きついたわけです。

企業価値の向上に向けて

私は、「企業は社会の公器である」と考えています。本業での収益、株主還元などはもちろん大切ですが、それだけでは不十分な時代になっています。大切なことは、経営トップが企業価値の向上に向けて、コーポレート・ガバナンス、コンプライアンス、CSRを包括する明確なビジョンを持ち、すべてのステークホルダーに支持・共感していただけるよう努力することに尽きると考えます。

企業価値を向上するために、自身の果たすべき機能を十分に発揮してもらうという点では、役員と社員に違いはありません。人という大切な経営資産を磨き上げることが、企業価値の向上につながります。人件費は、損益計算書ではコストとして計上されますが、それ以上にキャピタルとしてとらえるべきと考えています。数ある経営資源の中でも、唯一、人だけは心を持ち、1のものを2にも、3にも変えることができます。資産を無限につくり出すのは、まさに社員なのです。“魅力ある人"で組織を埋め尽くすことは、私が任期中に成し遂げたい「3つの夢」のうちの1つとなっています。

社長就任直後の2006年には、資生堂『共育』宣言を社内外に発表しました。1人1人の社員が主体的に成長する意思をもち、共に育ち、育て合う会社となること、つまり社員の成長と企業の成長が重なり合うような会社をめざし、2007年には企業内大学「エコール資生堂」を始動しました。この制度によって、執行役員自らが学部長となり、責任をもって所属の人材を育成できるようになりました。役員の役割は、伝承を通じた人材育成です。

一例では、ASEAN地域の生産拠点として2010年に開設したベトナム工場は、稼動前に現地のラインリーダー15名に、5カ月にわたって鎌倉工場で学んでいただきました。現在では、年産実績1000万個を超え、200名以上の現地雇用にもつながっています。彼らが学んだ日本の心、ものづくりの精神、さらには当社の美意識までをも現地の社員に伝承し、必ずや世界標準の高品質な生産拠点を実現してくれるものと信じています。

このように「自社のオリジナリティを大切にする」、「現地のリソースを最大限に生かす」、「よき企業市民として現地に根付く」といったことは、日本企業が海外市場へ進出し、グローバルに変貌していく重要な要件になると思います。

質疑応答

Q:

社長や会長が面識のない人を社外役員に迎えれば、どの会社でも企業価値が高まっていくものでしょうか。とくに知恵や工夫があれば、うかがいたいと思います。

A:

当社の社外取締役は、異口同音に「自分自身が独立性を担保できないと思ったら辞めます」と言います。法律や仕組みで縛られる以上に、社外役員自身の意識が大事だと感じます。そういう空気感をいかにつくっていくかがポイントになるでしょう。

この議事録はRIETI編集部の責任でまとめたものです。