2012年版中小企業白書: 試練を乗り越えて前進する中小企業

開催日 2012年5月10日
スピーカー 小山 和久 (経済産業省 中小企業庁 事業環境部 調査室長)
モデレータ 齊藤 有希子 (RIETI研究員)
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開催案内/講演概要

中小企業の景況は、大震災後、持ち直してきていたが、これまでの円高、原燃料の価格高騰、電気料金の引上げ、電力需給の逼迫等が懸念され、このところ横ばいの動きとなっている。

2012年版中小企業白書では、こうした状況も踏まえつつ、中小企業が大震災からの復興に向けて重要な役割を果たすとともに、海外展開、女性の活躍により潜在力を発揮し、試練を乗り越えようとしている状況について分析を行った。

議事録

2012年版中小企業白書のポイント

小山 和久写真今回の白書は4月下旬に閣議決定しました。内容的には3部構成ですが、その中核をなす第2部では、「中小企業の潜在力発揮」をキーワードに、震災復興、海外展開、女性の事業活動、の3つのテーマをとりあげています。さらに第3部では、中小企業を支える取り組みとして、特にものづくり技術と経営支援を中心に分析をしています。

第1部 2011年度の中小企業の動向

中小企業の景況は、大震災直後はいったん落ち込みましたが、2011年第3、4四半期には回復し、直近ではやや足踏み、横ばいの状況となっています。景気回復の足を引っ張っているのは、ご承知の通り円高です。輸出企業だけでなく、内需型の非輸出企業においても、取引先のコスト削減要請または需要減の影響という形で円高が収益に影響を与えています。もう1つ足かせとなっているのが、原材料価格の高騰です。原材料仕入単価は、2011年第1四半期に大きく上ぶれし、いまなお高い水準が続いています。一方、売上単価の改善は、非常に緩やかなものに留まっています。さらに現在と今後の懸念材料として、電気料金の引き上げと電力需給の逼迫があります。製造業に占める電力使用コストの割合を見たところ、中小企業においては2.7%、大企業においては1.9%となっています。業種によってもばらつきがあり、窯業・土石、プラスチックなどではさらに比率が高くなり、電力事情が景況感に与える影響も大きくなる見込みです。

第2部 潜在力の発揮と中小企業の役割

このように中小企業を取り巻く環境は厳しいですが、それを打開する鍵として、今回は3つのテーマを取り上げています。

1. 震災からの復興と中小企業の役割

2009年の経済センサス統計によると、津波浸水区域ないし警戒区域に立地する中小企業は、市町村単位で見ると約12万社、調査区単位で見ると約4万社あり、全体の約420万社のうちの約1~3%を占めています。震災後は東北地方を中心に、関東や自動車製造業が集積する中部地方でも生産が大きく落ち込みましたが、回復は非常に早く、今では殆ど大震災前の状況に戻っています。

産業集積という観点で見ると、東北地域は一次産業、二次産業の比率が全国と比べて高くなっています。特に高速道路沿いの自動車産業の集積は有名ですが、今回もう1つ注目しているのは、医療機器産業の集積です。大手メーカーの工場とそれに連なる協力会社、大学の研究機関、自治体の産業集積化を軸に医療機器産業の集積が増えてきていますが、そうした中で小ロット対応や短納期生産で強みを持つ中小企業がクラスター形成にさらに寄与していく可能性があると見ています。

一方、沿岸部の浸水区域の事業再開状況は、全体では65.6%が大震災後も事業を継続または再開していますが、残りの3分の1はいまなお事業が再開できない状況にあります。特に水産加工業は半分程度しか再開できてなく、再開した企業でも雇用を大幅に減らしているのが現状です。未再開の企業271社のうち、再開を希望しない企業は113社に上り、また再開の希望はあっても目途が立たない企業も84社に上ります。そうした中でも、周囲の人に支えられながら事業を再開した水産加工会社や屋台村、商店街、個人商店、伝産品組合などもあり、白書ではそうした事例を紹介しています。また、大震災前からの課題であった農水産品の高付加価値化に取り組む企業の事例も紹介しています。

さらに、大震災の経験から1つ課題として浮かび上がったのが、中小企業におけるBCPの策定です。

2. 中小企業の海外展開

国内の需要停滞、アジア新興国の市場拡大、大企業など取引先の海外移転が進むなか、中小企業でも海外展開に踏み切るところが次第に増えています。白書では、独自の強みを活かして海外需要の取り込みに成功した事例、海外展開をきっかけに国内事業・雇用の拡大に成功した事例を紹介しています。縮小する国内市場で十分に活かしきれない技術やノウハウの活用先を海外に見出すことは重要ですが、中小企業の場合、大企業と比べて海外展開のリスクが大きいため、躊躇する企業も多いのが現状です。

また、今回は海外展開を「輸出」と「直接投資」に分けて、それぞれの現状、影響、課題、リスクを分析しています。輸出をする中小製造企業の割合は2000年頃から直近まで増加傾向にありますが、企業数でみると2009年時点で5937社と、全体の0.1%ぐらいに過ぎないのが現状です。中小企業にとって海外展開の最大の障壁となっているのが、販路の開拓です。さらに、信頼できるパートナーとの提携や、輸出先の法制度・法慣習、市場動向についての知識が必要なことも、ハードルとなっています。直接投資の場合は、さらに企業に資金的余裕があることが必要条件となります。その上で輸出を継続して行うには、現地向けの商品開発、自社製品の差別化、アフターサービスの充実などが必要となります。そうした観点から、白書では「クール・ジャパン」のイメージで成功した伝産品、日本酒、デザイン製品の海外展開などを中心に、いくつかの事例を紹介しています。

海外展開の効果としては、国内事業を活性化し雇用を増加させることが挙げられます。「海外移転=空洞化」というイメージがありますが、実は中小企業においては、海外展開を行った後にむしろ国内の雇用が増える現象が見られます。その背景にあると思われるのが、汎用品は国外、高付加価値製品は国内で生産する、といった製造の国際分業です。それにより生産性が向上し、事業の活性化と雇用創出につながった可能性が考えられます。また、海外拠点で開拓した新たな取引先が国内拠点の取引先になる例も見られます。

一方、海外展開後の課題とリスクとして、輸出企業においては為替リスクがあります。為替変動による直接的な影響のほか、取引先からの値下げ要請といった間接的な影響も懸念されています。為替リスクへの対応策としては、規模の小さい企業ほど取引の円建て化を挙げていますが、円高でも競争力を維持するため自社製品の付加価値を高めていくことが重要です。直接投資企業の現地法人が直面するリスクとしては、現地でのマーケティングと品質管理があります。また、現地での資金調達に関しても、約7割の企業が「課題・リスクがある」と回答しています。さらに大きなリスクとなっているのが、法制度や規制の不透明性です。とりわけ、現地収益の国内還流という観点でみると、中国、ベトナム、インドネシアでは、実際にロイヤリティ支払・送金に関する規制ないし障害が資金還流に影響している状況があります。この点については、交渉などを通じて解決していく必要があります。

現地人材の確保・育成・労務管理といった人材管理も大きな課題です。「熟練工」、「設計技術者」、「生産管理者」が不足している、と回答した企業は実に過半数を超えています。とりわけ、現地での品質管理に不可欠な生産管理者に関しては、多くの企業が社内育成(日本人専門家による研修、日本国内での研修)によって確保を図っており、現地スタッフが現地の生産管理人材を育てる段階にはまだ到達していません。また、育成後の人材の定着も課題です。これに関しては、賃金アップのほか、責任ある仕事を任せる、会社の将来性を示すなど、長期的な方針を示すことも重要です。

3. 女性の事業活動

海外展開の一方で、国内需要の掘り起こしも引き続き重要となります。その大きな役割を担うと期待されるのが、女性の起業家です。起業分野を男女別で見ると、男性は従来型の建設業、製造業、運輸業が多くを占めますが、女性は個人向けサービス業(飲食・宿泊、医療・福祉、教育・学習支援)での起業が多くを占めています。ただ、女性の起業家は数では男性の半分程度です。その理由として考えられるのが、経験の不足です。起業時の年齢を男女別で見ると、女性の場合は男性と比べて年齢が若く、就業経験年数も短い傾向にあります。そのため、経営や事業に必要な知識・ノウハウの不足が課題となりやすいのです。また、同じ立場の人との交流の場が少ないことも課題として指摘されています。

労働力人口の「M字カーブ」はいまなお存在しています。求職活動をしていないが就職を希望する女性の数は、約340万人に上るといわれています。女性の就業者数は医療・福祉や学習支援の分野を中心に増えていますが、他方で求職をしない女性の3割超は家事・育児を理由に挙げています。女性の起業家が増えることにより、女性の社会参画を可能にする生活支援サービスが拡充し、女性の就業が促進され、それがさらに起業を促進する、という好循環が生まれることが期待されています。

第3部 中小企業の技術・経営を支える取り組み

中小製造業は小規模企業を中心に減少の一途を辿っています。厳しい経営環境の中にあっても高い技術力を維持する中小企業はまだ国内に数多く存在しますが、現実的に技術競争力が低下している理由として、技術・技能継承がうまくいっていないという状況があります。中小企業はベテランに頼る傾向が強いのですが、ベテラン中心の企業ほど技術・技能の継承がうまくいっていないと回答しています。そうした状況にも関わらず、景気低迷もあって、そもそも若手の技術・技能人材の採用を計画していない企業も3割弱に上ります。そうした状況に鑑みて、白書では大学、高校等との連携強化に取り組む企業や、熟練技術・技能の標準化・マニュアル化、OJTによる人材育成、各種評価制度の整備などによって技術力の維持を図る企業の事例を紹介しています。

中小企業にとって今後の最大の課題は、マーケティング力の強化です。専門家に経営相談をしている中小企業の割合は3割に過ぎず、小規模になるほどその割合はさらに低くなります。経営相談をしている企業の方が業績がよい傾向にありますが、規模の小さい企業では経営相談の効果も上がりにくい傾向にあります。

地域の金融機関による経営支援は、現状では経営戦略策定支援や財務診断などが中心ですが、これからはビジネス・マッチングや販路開拓支援などに比重が置かれることが期待されています。そうした観点から、中小企業の支援事業を行う支援組織、金融機関、税理士法人などの認定を盛り込んだ「中小企業経営力強化支援法案」が閣議決定されたところです。

今回はこのように白書をまとめさせていただきましたが、来年の白書に向けて、どのようなテーマを取り上げるべきかなど、読者の皆さまからの感想・意見を踏まえて考えたいと思います。

質疑応答

Q:

日本国内の経済は復興需要などで持ち直していますが、海外経済はユーロ危機などもあって先行きが不透明です。とりわけ情報家電業界の経営環境が厳しくなるなか、伝統的メーカー企業は今後どのようにして活路を見出すべきでしょうか。

A:

中小製造業のとれる選択肢は主に3つあります。1つ目は、海外展開すること。2つ目は、技術革新などによるコスト競争力の一層の強化。3つ目は、派生技術の活用またはサービスの付加による別事業への展開です。いずれも、十分活用できていない既存技術・技能の「振り替え」が共通のテーマとしてあると思われます。

Q:

中小企業の海外展開をいかに戦略的に進めていくか――。以前のBBLセミナーでハーマン・サイモン博士は、「グローバル・ニッチ」市場でシェアを獲得するドイツ企業の事例を紹介されました。日本にも今の経営者の下で一躍大企業となったユニクロやスマホのアプリでグローバル需要の取り込みに成功した中小企業の例がありますが、そのような突出した人・モノを生み出す戦略はあるのでしょうか。

A:

背景として、日本はこれまであらゆる分野でさまざまな製品を作ってきましたが、国内市場が縮小するなか、そうした広範な技術・技能の蓄積の使い道を海外に見出さなければならないという問題意識があります。「クール・ジャパン」分野の開拓もそうした戦略の1つであるといえます。

Q:

かつて地域の金融機関には地場企業を育てるという面がありましたが、いまやそうした役割を殆ど果たせなくなっているという指摘もあります。金融行政・政策とも絡めたアプローチが必要ではないでしょうか。

A:

ご指摘の点は確かにあると思います。経営支援、貸し出しのいずれにおいても、各企業に対して十分な支援を行うことが難しい状況にあることは、金融機関側も認識しています。ですので、今回は中小企業だけでなく、これらを支援する立場にある金融機関の意見も聴取していますし、中小企業支援に取り組む金融機関の事例も紹介しています。

この議事録はRIETI編集部の責任でまとめたものです。