党大会を迎える中国経済の課題

開催日 2012年3月14日
スピーカー 孟 健軍 (RIETI客員研究員/清華大学公共管理学院産業発展与環境ガバナンス研究センター (CIDEG) シニアフェロー)
コメンテータ 関 志雄 (RIETIコンサルティングフェロー/(株)野村資本市場研究所シニアフェロー)
モデレータ 高木 誠司 (経済産業省 通商政策局 北東アジア課長)
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開催案内/講演概要

昨年末の中央経済工作会議には2012年の経済政策のキーワードを「穏中求進」としており、また3月5日から今年の全人代もまもなく招集します。中国経済は、2012年後半に開催する中国共産党の第18回党大会を迎えて、新たな局面に入る時期となります。

今回のBBLセミナーでは、以上のことを含めて中国経済運営上のポイントおよび当面の問題点と注目点について解読します。

議事録

2011年の中国経済レビュー

孟 健軍写真2011年の中国経済におけるGDPの総額は約47兆元(約600兆円)であり、これは2006年の2.2倍です。成長率は9.2倍、物価上昇率が5.4%(食品は11.8%)です。財政収入は10兆元(135兆円)を超え、前年比で約25%の増加となっています。食糧生産量は5億7000万トンに達し、都市部の新規雇用者数は、目標値を35%上回る1200万人となりました。また、都市人口が過半数を超え(51.3%)、中国史上初めて農村人口と逆転しました。貿易総額は3.64兆米ドルで、増加率は22.5%です。ただ、対GDP比は前年度の3.1%から2.1%へと低下しました。

2012年の経済発展目標と課題

全国人民代表大会(2012年3月5-14日)での発表によると、現指導部は、本年を今後の継続的経済発展のための戦略的なチャンスの時期であり、国力・国際的影響力ともに、さらなる向上・発展に努める年だと捉えています。2012年の経済発展目標としては、経済成長率7.5%、物価上昇率4%、都市部新規雇用者数900万人等、達成可能な数字が出されています。また、急速な都市化や都市人口の急増等の現象を考慮すると、潜在成長率は8-9%だろうといわれています。

これら目標達成のため、注目点と課題となるのは次の4点です:(1)消費による内需拡大;(2)教育優先の財政支出;(3)地方財政と地方政務の問題解決;(4)大都市不動産バブルへの対処。

消費による内需拡大

温家宝総理は「内需拡大、特に消費需要の拡大は、政府の最重要課題としている」と述べ、消費拡大に重点を置き、分配構造の調整と社会福祉サービス業(介護サービス、家政サービス、医療保険サービスなど)の拡大に力を入れていくことを表明しています。

教育優先の財政支出

2012年、GDPに占める教育支出が初めて4%を超えました。欧米の平均値(5%)には及びませんが、同じ途上国であるインドには追いついた形です。これにより、1992年の第14回党大会、1993年の「中国教育改革と発展要綱」、そして1995年成立の「中華人民共和国教育法」に掲げられた目標値がようやく達成されました。教育費の優先順位が上がった背景には、これまでの5カ年計画では予期的(必ずしも達成を必要としない)な数字による目標設定が行われていたのに対し、第12回 (2011-2015)の5カ年計画では、約束的(達成が必要)な数字を使用した9年義務教育達成率などの目標設定が盛り込まれたことがあります。

地方財政と地方債務の問題

中国で地方税と中央税という分税制が導入されたのは1994年です。それ以前は財政請負制の下、地方税収入はその割合に応じて中央へと上納されていました。また、最大の地方税であった農業税が2005年に廃止されました。その代わりに導入された地方税が、不動産税、都市土地使用税、耕地占用税、資源税などを含む土地使用税です。

地方政府は、自主財源確保のため不動産会社に土地開発権を販売するようになりました。この状況は中国における不動産バブルの1つの要因であると同時に、土地絡みの社会問題化も発生させています。この一方で、2011年の初旬には前年比で57.1%であった土地の売買は同年末には2.6%まで低下し、入札不成立の急増が顕著になっています。これは、土地財政に依存している地方政府が、現在財政危機に直面していることを示唆します。

財政制度に関する論争と効率化

分税制のしわよせは、地方政府と下級政府を厳しい状況に追い込んでいます。このような状況の中、分税制実施10年の節目である2005年には、財政制度構築のための議論が行われました。結果として現在は、現行財政制度の効率化の方向へと議論が向かっています。

財政政策の1つに、中央から地方への財政移転があります。以前は税収返還という形でしたが、2008年以降は専項補助(特定補助金)と一般補助へと変更され、すでに財政移転の7割を占めています。この政策により、中央政府の意向が地方に反映される仕組みができ、この数年で地方の公共サービス(特に教育、医療、社会保障)は大きく改善されてきました。しかし、評価できる面もある一方で、制度そのものとしての問題点は残っています。

地方債務の問題

2010年度の査定結果では44%だった地方債務(財政収入比)は、昨年度には35%まで下がっており、一般に危険範囲とされている60%は大きく下回っています。中央政府は地方債務の監視強化やリスク阻止に常に取り組んではいますが、地方の財政難解決は困難な状況です。そこで本年度より、選出された10地域に対して、中央政府が2500億元(3.3兆円)の地方債の代理発行をすることが決まりました。これに先立ち2011年10月には、上海市、浙江省、広東省、深圳市を対象とした地方政府独自債券発行が実験的に実施されました。今年は北京市や天津市などの地方政府が発行申請を行っています。

大都市不動産バブルへの対処

北京では2004-2010年の間に不動産価格が5-6倍高騰しました。たとえば、2011年12月時点のデータによると、95平米中古住宅の価格は平均年収の約47年分に相当する300万元(4000万円)でした。賃貸料金もほぼ1カ月の平均収入に当たる金額です。さらに、北京中心地ではこれらの倍以上、一等地の住宅価格は東京の70-80%相当の値段にまで高騰しています。

この現象への対処として、2010年第2四半期以降、不動産投機の抑制政策が打ち出されました。その結果、住宅販売面積の増加は、2011年4月の政策導入以降全体的に下落傾向となり、通年ではわずか4.9%増に抑えられました。ほかには、住宅市場の投資を支えるための大規模な保証型住宅(日本で言う公団や公営住宅)の供給に関する政策があります。この政策では2011-2015年の期間に3600万戸の保証型住宅建設を目標としています。

秋の中国共産党の第18回党大会

今年は1992年の1月18日から2月21日に鄧小平が行った南巡講話の20周年に当たります。南巡講話は、「資本主義」なのか「社会主義」なのかという無駄なイデオロギー論争を止めることを説き、中国の経済改革を加速させた重要な講話です。高度成長期の終息がそれほど遠くない中国において、今後の党大会は、おそらく構造転換の方向に向かうのではないかと考えます。

コメント(関氏)

リーマンショック後は中国経済も後退を余儀なくされました。そこで中国政府は、思い切った金融緩和と4兆元を中心とする景気刺激政策を実施し、これらが功を奏する形で2009年後半にかけてV型回復を遂げました。2010年の第1四半期の成長率は12.1%まで回復し、その後また緩やかに減速しています。この景気減速の背景には景気対策の効果が薄れていること、欧州の財務問題が長引いていること、そして2010年には金融政策が緩和から引き締めの方向に転換していることなどが関連していると見られます。

これからの中国経済を考える上で、インフレへの動向が鍵となると考えます。インフレ率は、昨年の7月にCPIが前年比6.5%でピークとなっており、その後は緩やかに低下傾向に転じ、今年2月には3.2%まで下がっています。この傾向が続けば景気回復も早いのではないかと考えられます。

次に、金融政策の中間目標であるM2の動きを見ていきます。超金融緩和期においては、2009年にマネーサプライメントが大きく伸び、その後の引き締め政策を受けた形で、現在では12-3%まで下がってきています。ミルトン・フリードマンの「インフレーションとはいつでもどこでも貨幣的現象である」という仮説が正しいとすれば、今回のインフレが起きた背景にはリーマンショック以降の超金融緩和があり、その後の引き締め政策への転換は、今後のインフレ率の低下に繋がるだろうと見ることができます。

リーマンショック以降の中国経済は、2008年・第4半期の成長率が平均値の9.4%を下回り、インフレ率も平均値の2.7%より低いものとなりました。これにより、中国経済は低成長・低インフレという後退期の景気局面に入りました。その後、拡張政策により成長率が回復へと向かい、2009年の第3四半期以降は高成長・低インフレ(回復期)に入りました。成長率上昇後にはインフレ率が上昇します。よって、2010年の第2四半期以降の中国経済は、高成長・高インフレ(過熱期)に入りました。ここで政府は引き締め政策を採るため、成長率が下がります。こうして2011年の第3四半期以降の中国経済の成長率は、低成長・高インフレ(スタグフレーション期)に入りました。

今後の中国経済では、成長率低下に伴いインフレ率も下がります。おそらく今年の第2四半期には、低成長・低インフレ(後退期)に入るでしょう。既に昨年の12月以降、2度に渡り預金準備比率が引き下げられていることから、金融緩和政策への転換がすでに始まっていることが分かります。

次に、党大会と景気の関連性について確認します。過去30年間、中国の平均成長率は年率10.1%でしたが、5年に1度開催される党大会の年に限り通常より1.2%ほど高くなります。政治意図と絡んで景気が動くという説は別段新しいものではなく、アメリカ経済も大統領選挙のある年には景気が良くなるといわれています。

アメリカのような選挙が行われない一党統治の中国で、なぜ同様な現象が見られるのかという点について、まず中国共産党による統治の正当性を考えてみます。以前には、鄧小平や毛沢東のカリスマ、または自己犠牲の上に成り立つ平等な共産主義社会というイデオロギーが有効だった時代もありましたが、現在の中国においては通用しません。現在の共産党統治の正当性は、過去30年間の同党統治下での改革開放により、国民の生活が改善されたことに裏付けされているのではないかという説明が成り立ちます。また、党大会開催年には人事異動が発令されるため、地方政府の幹部たちは、自分が管轄する地域の業績を上げようとする傾向が認められます。つまり、中央・地方ともに、党大会の年には拡張的政策が取られがちであり、それが成長パターンへの影響を及ぼしているのではないかということです。

質疑応答

Q:

中国経済において「投資から消費」や「輸出から内需」への変換が図られるのではないかという点について、今後の成長率との関連からご意見をお聞かせください。

孟氏:

中国国内では、投資面への注目と並び、外需依存からの脱却が強く感じられています。今年の貿易増加率が10%と低めに設定されているのもそのためです。国内投資においては、積極財政の中で将来的な発展への投資は継続されており、中央政府による有効需要への奨励は積極的に行われているといえます。

関氏:

中小期の潜在成長率は、労働力、資本ストック、TFPという3つの決定変数から考えられます。高齢化社会では貯蓄率が下がる分、資本ストックの伸びも少なくなり、最初の2変数は低下します。これにより潜在成長率も下がると推測できます。一方、TFP上昇による高成長の持続に必要となるのが、生産性の上昇による成長パターンの転換です。ただし、これまでのTFPの伸び率が低かったわけではないため、それを上回る上昇は困難でしょう。

需要面では、現在35%程度である消費の対GDP値上昇に向けて問題となるのが、格差の大きさだといえます。高所得者層では所得額に対する消費割合が低く、このような一部層への所得集中やその状況の継続は、結果として国全体の消費低下に繋がります。新たに発生する所得分を低所得者層に分配することができれば、GDP値上昇の可能性が高まります。これについての議論は、次期政権の重要な課題だと思われます。

Q:

人民元の国際化が推進されています。この問題には資本取引、金融の自由化などの必要性が示唆されますが、これらは前提として捉えられているのでしょうか。

関氏:

人民元の国際化が話題となったのはリーマンショック以後であり、ドルに代わる通貨システムを模索する中でのことです。ただ、急速に進めるのではなく、少しずつ国際通貨としての人民元を育てて行こうということです。明確なロードマップや計画があるわけでもありません。人民元の国際化にはさまざまな条件があり、中でも資本移動の自由化は必要条件です。中国政府は、アジア通貨危機から得られた1つの教訓として、国内の金融システムの安定なしに対外資本市場の解放を行うことが、経済不安定・危機に見舞われる可能性を内包しているという点を認識しています。よって、人民元の国際化については、国内の改革の度合いに合わせる形で段階的に資本市場の開放を行っていくのではないでしょうか。

この議事録はRIETI編集部の責任でまとめたものです。