企業のパフォーマンスと女性の人材活用やWLB推進との関係: RIETIの企業調査分析から見えてきたこと

開催日 2011年12月21日
スピーカー 山口 一男 (RIETI客員研究員/シカゴ大学社会学科長 兼 ハンナ・ホルボーン・グレイ記念特別社会学教授)
モデレータ 西垣 淳子 (RIETI上席研究員(兼)研究コーディネーター(政策史担当))
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開催案内/講演概要

現在の国の内外でわが国の女性の人材活用の不十分さが指摘されている。わが国の企業調査の分析はわが国における女性の人材活用の推進と企業のパフーマンスについて何を物語るであろうか?

経済産業研究所は2009年に『仕事と生活の調和に関する国際比較調査』を実施し、筆者やRIETIのワークライフバランス研究グループの研究員の幾人かは、この調査データを用いて「企業のパフォーマンスと女性の人材活用」あるいは「企業のパフォーマンスと企業のワークライフバランス施策の推進」の関係について実証分析を試みて来た。

今回のBBLセミナーでは、筆者や他の研究者の分析結果を紹介すると共に、その結果を踏まえて、今後企業が経済活動における男女共同参画社会の実現を、単に社会的公正だけでなく、企業の生産性や競争力の向上の観点から促進するためには何をすべきか、また政府はそれをどう側面から支援・促進すべきかについて論ずる。

議事録

女性の活用と時間当たりの労働生産性

山口 一男写真女性の人材活用について考える時、「1人当たりの労働生産性」ではなく、「時間当たりの労働生産性」を基準にすることが重要といわれています。女性は育児や介護のために短時間勤務を望む傾向があり、そのため週当たりの労働時間に男女差が生じます。長時間労働をすれば「1人当たりの生産性」は高まりますが、「時間当たりの生産性」は必ずしも高まりません。「1人当たり」の基準は家庭との役割葛藤が大きく長時間労働により無理を生じる女性を不利にするので、女性の人材活用は進みません。

日本の企業は、なぜ正社員の長時間労働が多いのでしょうか。日本では調整解雇が困難なため、正社員が恒常的に残業することで労働の需給バランスを調整している「雇用調整のバッファー説」、1人当たりの固定費用(企業福祉を含む)が高いため、正社員の人数を増やさない「1人当たり固定費用説」、終身雇用を前提にすると中途採用市場が発達しないため、企業側が労働市場や労働時間をコントロールしやすい状況にある「労働市場の買い手独占説」などの要因が挙げられます。関連要因として、日本企業では職務が特定化されないことも問題です。職務が明確でなければ、時間当たりの生産性が測れないためです。

では女性の人材活用は、時間当たりの生産性の高さに結びつくのでしょうか。国連のデータの私の分析によると、時間当たりのGDPとGEM(男女共同参画度)は有意に関連しており、GEMの影響の強さはHDI(人的資本)の影響の約8割にも相当しています。

WLBの2つの系譜とわが国での変容

WLB(ワークライフバランス)の系譜を考えると、米国型とEU型に分類することができます。米国では、民間主導によってファミリー・フレンドリー企業が増えていき、ダイバーシティを推進する人材活用が行われてきました。EUでは、EU共通の各種指令(最大就業時間、フルタイム就業者とパートタイム就業者の均等待遇など)に基づく労働政策と各国の家族政策が結びつき、公共政策としてのWLBが発達してきました。つまり、国・地方自治体主導といえます。

この両者に共通するのは、雇用者の働き方の選択や時間管理の自由を広げることが、時間当たりの生産性の向上につながるという考え方です。しかし日本の場合、WLBは政府の少子化対策に協力する新たな企業福祉として理解されることが多い現状があります。WLBと人材活用の結びつきが弱く、負担を感じる企業が少なからずあるわけです。

日本の企業文化とWLBの不調和

ハーバード・ビジネス・スクール教授のA. P. Kotter & J. L.. Haskettは、「究極的に最も有効な企業文化は、経済社会の変化への“適応文化"である」(Corporate Culture and Performance、1992年)と述べています。日本企業は「強い企業文化」を持っていますが、はたしてそれが適応力のある文化であるかどうかが問題となります。適応力が無いとすれば、制度的惰性があるために女性の活用ができない、あるいは本来機能しなくなっているシステムを改善できずにいると考えられます。

『文明としてのイエ社会』(村上泰亮・公文俊平・佐藤誠三郎、1979年)では、西洋が限定的・期限付き契約(contract)としての雇用であるのに対し、日本は無限定・無期限の「縁約(kintract※)」としての雇用であるとの指摘がされています(※kintract はkin + contractの造語)。また最近では、『日本の雇用と労働法』(濱口桂一郎、2011年)の中で、欧米の職務が特定化されるジョブ型雇用と、日本の職務が特定化されないメンバシップ型雇用が対比されています。

日本型正規雇用の終身雇用、新卒採用優先、年功序列、不特定職務、長時間勤務、女性の統計的差別、企業福祉、企業内組合などは、単なるマネジメント・プラクティスではなく、日本型「縁約」に補完的な企業文化となっています。これらが変わらない限り、女性の活用はなかなか難しいでしょう。

日本企業の欧米事業所は、日本的雇用慣行をほとんど持っていません。職務は特定化され、女性の管理職比率は3割程度を占めています(日本国内は1割以下)。つまり、企業文化は変えようと思えば変えられるわけですが、日本国内では海外と違い外的条件が強い制度改革のインセンティブを与えないため、従来の雇用慣行が制度的惰性となってしまっていると考えられます。

また性別、民族、スキルといった面で多様な人材を活用できることは、グローバル化する経済に企業が適応できるか否かを測る重要な指標の1つです。今回の研究の目的は、女性人材の活用を企業の高いパフォーマンスに結びつけている日本企業は、どのような制度や取り組み、文化的特性を持つかを計量的に明らかにすることです。

日本企業の分析

松原光代氏によるRIETIの『仕事と生活の調和(WLB)に関する国際比較調査(2009年)』のデータ分析によると、日本は海外4カ国(ドイツ、オランダ、スウェーデン、英国)と比べて、「法を上回る育児休業・介護休業は職場生産性にマイナスである」と企業の人事担当者が主観的に評価する割合が「プラスである」という評価の割合より高いという結果が出ています。WLBの根底にある考え方と日本の従来の雇用慣行が未だうまくかみ合っていないと考えられます。

私の日本企業の潜在クラス分析では、日本企業の約70%がWLB制度や取り組みについて「ほとんど何もしない型」であることがわかりました。「全般的WLB推進型」と「育児介護支援成功型」はともに3%強となっています。また、約4%を占める「育児介護支援失敗型」と「成功型」との違いをみると、WLBの推進組織を設置し、綱領を明示し推進している企業に成功型が多くなっています。WLBを全体的な取組みとして推進しているかどうかが成功の1つの目安となるといえます。

潜在クラスを平均社員数のウエイト付きでみると、「ほとんど何もしない型」は36.9%に減少し、「全般的WLB推進型」は16.8%、「育児介護支援成功型」は11.5%に増加します。つまり、企業数ではなく影響下にある雇用者数を基準とすれば、「全般的WLB推進型」や「育児介護支援成功型」はかなりの割合を占めるといえます。

Tobit回帰モデル

「正社員週間労働時間1時間当たりの総利益の対数のトビット分析」では、「ほとんど何もしない型」の企業に比べて「全般的WLB推進型」の企業は、他の要因を制御して企業の生産・利益効率の高さと有意に関連し、付加価値を生み出していることがわかりました。

そして正社員数300人以上の企業では、「育児介護支援成功型」であることと企業のパフォーマンスが強く相関し、人事担当者の主観的な職場生産性への評価が客観的な評価とも連動しています。一方、「育児介護支援失敗型」は「ほとんど何もしない型」と企業のパフォーマンスが変わらず、人事担当者の評価が客観的な結果で裏打ちされません。

当然、「パフォーマンスの高い企業がWLB施策を導入しているのではないか」という逆因果効果の議論が成り立ちます。そこでWLBとパフォーマンスの因果関係を判断するために、同じRIETIの企業データを「企業活動基本調査」データとリンクしてパネルデータ分析を山本勲・松浦寿幸氏が行っているのでそれを参考にします。彼らの分析結果によると「法を上回る育児休業制度とTFP(全要素生産性)」の推移をみると、パフォーマンスの高い企業が制度導入を始めたと解釈することができ制度の因果的影響は見られません。一方、「推進組織の設置などの積極的な取り組みとTFP」の推移をみると、WLB施策を導入した企業のTFPがその後上昇し、導入しない企業は横ばいとなっています。つまりWLB施策による因果的影響が考えられます。これらの分析結果は直接私の分析結果と結び付けられませんが、他の潜在クラスより「WLBの積極的取り組み」度の遥かに高い「全面的WLB支援型」と「育児介護支援成功型」の企業の高いパフォーマンスへの影響は因果的な効果である可能性が高いことを示唆します。

管理職の女性割合と企業のパフォーマンスとの因果関係

男性正社員の大卒度が生産・利益効率に正の影響を強く与えているのに対し、女性正社員の大卒度は有意な影響を与えていません。つまり日本企業は平均的に、大卒女性の人材活用に失敗しているといえます。

さらに、次の3つの効果がみられました。
(1)正社員の女性割合を一定として管理職の女性割合が増えると、企業の生産・利益効率が上昇する。
(2)管理職の女性割合を一定として正社員の女性割合が増えると、企業の生産・利益効率が低下する。
(3)管理職の女性割合が増えると、高学歴女性の割合が多いほど企業の生産・利益効率が上昇する。

こうした「管理職の女性割合と企業のパフォーマンスの正の関係は因果的関係であるか」については、次の3つの原因仮説が考えられます。
仮説A.有能な女性の人材活用推進が原因(共通要因仮説)
仮説B.女性の管理職登用が原因(因果仮説)
仮説C.企業のパフォーマンスの高さが原因(逆因果仮説)

仮説Aは、(1)~(3)のすべての作用を説明することができます。仮説BとCは(1)を説明できますが、(2)と(3)を直接説明することはできません。したがって、女性人材活用を推進している企業は管理職の女性割合が増え、また高学歴女性の割合の大きさが企業のパフォーマンスを高める効果も生じると考えられます。そうしたことから、管理職の女性割合の大きさは、大卒女性の人材活用の指標となっています。

OECDによる2009年の調査では、国ごとの女性管理職割合は、日本・トルコ・韓国の10%以下に対し、他の20カ国では30~35%が多くなっています。なお、韓国は「積極的雇用改善措置」の対象となる従業員500人以上の企業では2010年で16%に達しています。

成功型にみられる2つの要因

パフォーマンスの高い従業員数300人以上の「全般的WLB推進型」と「育児・介護支援推進成功型」とRIETIの企業調査で調べている企業の人事管理政策との関連を調べたところ、「性別にかかわらず社員の能力発揮を推進する」と「社員の長期雇用の維持」という人事管理の2項目について強い有意な関係があることが判明したので、これらの2項目について潜在クラス別、正社員数の規模別の平均スコアとその全体平均からの差の検定を行いました。

正社員数300人以上の企業の場合、「全般的WLB推進型」と「育児介護支援成功型」は、「性別にかかわらず社員の能力発揮を推進する」ことを重視する度合いが特に大きくなっています。また「育児介護支援型」のうち、成功型、無影響型、失敗型の区別は、「性別にかかわらず社員の能力発揮を推進する」度合いと強く関連しています。女性人材を男性人材と同様に重視している企業が成功型となり、逆に女性の人材活用を相対的に重視していない企業が失敗型となっています。

正社員数300人以上で「育児介護支援成功型」の企業は、「社員の長期雇用の維持」の重視度も他の企業より有意に大きくなっています。つまり、女性も継続就業することを仮定して雇用しているところが成功していると解釈できます。

「日本における女性の休職・離職と職場復帰」(The Center for Work-Life Policy、2011年)によると、日本女性の離職の主な理由は、育児や介護よりも、仕事・キャリアへの不満や行き詰まり感の方が大きくなっています。日本企業の多くは離職を前提に女性を雇用し、低賃金で昇進可能性の低いトラックに乗せてしまいます。するとキャリアに不満が生まれ、出産などを機に実際に辞めてしまうという「予言の自己成就」が起きるわけです。保育施設の整備も重要な問題でしょう。

何をすべきか

日本企業は何よりもまず、性別によらず社員の能力を推進する断固たる意志を持ち、障害となる制度を改善することが必要です。とくに結婚育児離職率を下げるために、たとえば総合職と一般職の区別など、女性のキャリア向上のインセンティブを奪う制度を廃止し、人材活用を目的としてWLBを充実させるべきでしょう。

その上で、「ダイバーシティ推進本部」を役員直属で設置し、女性の管理職登用の積極策(ポジティブ・アクション)を図ることも重要だと思います。合理的なダイバーシティ推進を人事担当管理職の評価基準に含めることが重要です。

では、国は何をすべきでしょうか。オーストラリアの職場における女性の機会の均等法(Equal Opportunity for Women in Workplace Act、1999年)や韓国の積極的雇用改善措置法(2006年)のように、一定規模以上の企業には女性の人材活用に関する統計の報告義務を課すべきでしょう。そして不適切と考えられる企業には、さらに改善計画書提出を義務づけるべきです。

韓国は2006年に積極的雇用改善措置法を導入してから女性管理職割合が伸び、以前は日本と同様低かったのが、現在法の対象企業(従業員500人以上)では2010に16%で2~3年後には20%を超えることも予想されます(山口注:実際のBBLではこの韓国の数字が積極的雇用改善措置法対象企業の数値だと述べることを忘れたため誤解を与える点もありました。この場を借りて修正し、お詫びいたします)。日本はまだ10%以下のままです。オーストラリアでは、一定規模以上の企業に対して女性の人材活用に関する計画の提出を義務づけており、パブリックレポートとして一般公開します。そのため就職先を検討する際、各企業における女性の人材活用やWLB施策の状況を確認することができます。

また、オランダの雇用時間調整法(2000年)のように、雇用者がペナルティを受けずに就業時間が決定できるよう法律に定めることが望ましいでしょう。政府の公的調達や企業への資金援助の際に、WLB施策の実施や女性の人材活用の評価が反映されてもよいと思います。

これからの時代は、個人を生かす社会をつくっていくべきだと考えます。個人を生かす社会に協力しながら自らの向上を考えていくように、企業は変わっていかなければなりません。低迷を続ける日本経済。その新たな成長の鍵は、ダイバーシティの推進、すなわち多様な付加価値を自主的に生み出す人材を創出する社会への転換にあると考えています。

質疑応答

Q:

女性の離職率を下げるために、政策と企業の施策をどのように結びつけることができるでしょうか。

A:

女性の管理職割合が多い要因として、勤続年数の男女差が少ないこと、つまり女性の離職率が低く、女性が企業に残って活躍することが挙げられます。とくにオーストラリアでは、企業内の人材活用に関する透明化が図られており、女性の離職率なども「見える化」されています。こういったことを政策によって推進することが重要だと思います。また政府が企業に対し、女性の継続就業に対するインセンティブを与えていくこともできると思います。

この議事録はRIETI編集部の責任でまとめたものです。