社会保障・税の一体改革に欠ける視点―日本版IRA(税制優遇私的年金)の整備を

開催日 2011年12月13日
スピーカー 森信 茂樹 (中央大学法科大学院教授/東京財団上席研究員)
モデレータ 保坂 伸 (経済産業省 経済産業政策局 企業行動課長)
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開催案内/講演概要

わが国では、公的年金の支給開始年齢引き上げ問題が大きな関心事となっているが、重要なことは自助努力で老後の資金を積み立てることを政府が支援する政策を打ち出すことだ。現行の個人型確定拠出型年金制度(日本版401k)は、税制優遇の程度が行き過ぎていることから商品設計が抑えられ、不公平の問題を抱えている。

そこで、国(公的年金)や企業(企業年金)からはなれて、自助努力で資産形成すること(個人年金)を税制面から支援する個人型年金非課税制度(日本版IRA)の導入を、米国のIRA(個人退職年金制度)を参考に提言したい。

議事録

なぜ日本版IRA(税制優遇私的年金)か

森信 茂樹写真日本版IRAを推進すべき理由として、主に3つの観点があります。まず、年金のあり方論として、現行の企業年金には、公平性や利便性の問題、さらには税制優遇に大きな問題があります。その結果、逆説的ですが、個人型確定拠出年金制度(401k)はほとんど普及していない状況です。さらに年金には、そもそも世代間不公平の問題を抱えた賦課制度をどうするかという大きな問題がありますが、個人型という形で税制優遇の積立型年金を創設することは、世代間不公平の緩和に幾分か役立つと見ています。

もう1つの観点が財政論です。社会保障・税の一体改革のなかで消費税の5%引き上げが取りざたされていますが、そのうち社会保障の拡充に使われるのは1%のみで残りは財政再建に向けられます。社会保障の効率化をさらに進めていかなければ、たちまち財政赤字が増えてしまいます。現在民主党で行われている議論は、公的年金に限定されています。そこを改善しようとすると、膨大な財源が必要となります。そこで、議論のフィールドを広げて、自助努力型の年金を導入することによって、社会保障全体の効率化につなげていくことが可能となります。

さらに、もう1つの観点としてあるのが、経済活性化対策です。日本には1400兆円の個人金融資産があり、その殆どが国債に向けられていますが、米国の事例のように、IRAに制度移行することで、これをリスクマネーに向けさせる起爆剤とすることができます。さらに金融所得の一体課税を促進することで、手続きを簡素化し、リスクテイク能力の拡大も可能になり、資本市場のさらなる活性化を図ることができます。現在の日本では証券優遇税制という政治的な税制があり、それがために一体課税が進みませんが、2013年末には廃止される見通しがついています。

現在の日本の年金制度は、国民年金、厚生年金、企業年金の「3階建て」構造ですが、私の提唱するIRAはそれに上乗せする「4階」の私的年金です。現行企業年金制度は、所轄官庁が分散し、縦割りで、極めて複雑な制度構造で、税制もパッチワークで整合性は取れていません。企業年金のポータビリティ(制度間の資産の移管可能性)の問題、企業規模や雇用形態の違いによる不公平といった問題が山積しています。また、公的年金には、マクロ経済スライドの問題などがあります。こうした問題を解消する目的で401kが導入されましたが、加入者は企業型で200万人、個人型で10万人以下とまったく普及していません。こうなった最大の原因は、日本の年金税制にある、というのが私の見立てです。

あるべき年金制度

年金税制は、(1)拠出時、(2)運用時、(3)給付時、の3つの段階で課税の有無がどうなっているのか、見ていく必要があります。一般に年金税制には、拠出時に課税し運用時・給付時に非課税とするTEE方式と、給付時・運用時で非課税とし給付時に課税するEET方式という、2つの制度があります。この2つは理論的には最終的に受け取れる金額は同じです。ところが、日本の年金税制は、入り口では社会保険料控除、出口では公的年金等控除があることから、拠出時も運用時も給付時も課税が免除(給付時は事実上)されている、世界に類を見ないEEE方式となっています。欧米はどの国でも拠出と給付の必ずいずれかで課税しているにもかかわらず、です。

問題は、こうした税制である故に、401kを含めた諸々の企業年金が、貯蓄優遇税制そのものとなっており、その結果所得税の課税ベースが浸食されている、そこで税制当局としてはこのような税制を持つ個人型・企業型の401kの商品性を改善したくない、ということになるのです。公的年金の非課税は致し方がない部分もありますが、企業年金の税制優遇は、あまりにも寛大で、本来そこを直して401kを使いやすくすることが本筋ですが、なかなか既得権は直せない。

日本にIRAを導入する場合

米国には、個人年金として、IRAがあります。これには通常型IRAとRoth IRAの2種類があり、前者がEET方式、後者がTEE方式となっています。日本にIRAを導入するとなると、TEE方式がよいと思われます。なぜなら、貯蓄に対する税制として、簡素で明快です。税引き後所得の中から拠出するので拠出額のコントロールが容易であることに加えて、運用益非課税のため制度導入時の財政負担が軽く、最初に課税することで納税者も税務当局も安心感があります。

EET型にするならば新しい私的年金控除を設ける必要がありますが、これは現役世代の高所得者ほど有利になるという問題もあります。さらに、給付時課税は年金受給者からの反発を招きやすいという点もあります。

欧米諸国の動向

欧米諸国では2000年を境に、公的年金への財政投入を制限しつつ、自助努力型の年金を促進する動きが出ています。その1つの例がドイツです。公的年金に注力しすぎると財政が破綻する、公的年金に税金を吸い込むのではなく、私的年金を設けてそれに対して税制優遇をした方が効率的である、との思想のもと、ドイツでは2002年に私的年金としてリースター年金が導入されました。税制はEETです。拠出時の助成金といった給付付き税額控除のような要素もあり、入り口段階での国庫からの手厚い支援が特徴です。

英国もブレア政権の下、2001年にステークホルダー年金という私的年金が導入されました。これも基本的にドイツと同じような仕組みとなっていますが、さらに踏み込んだものとして、2012年から新しい個人年金勘定(Personal Account)を柱とした新年金制度(NPSS:National Pension Savings Scheme)が導入される予定です。誰もが加入できる制度であるのが特徴です。

欧米の私的年金制度は、国民全員が入れるようになっていますが、日本の401kは公務員や専業主婦が入れないなど普遍的な制度にはなっていません。各国の高齢者世帯に占める私的年金の割合ですが、日本では公的年金が大半を占めるのに対し、米国では公的年金が少なく、代わりに私的年金や企業年金で補完する形となっています。英国やドイツも米国ほどではないにしろ私的年金の比率が拡大しつつあります。GDPで見ても、日本の私的年金の割合はかなり低い方となっています。

国民全員が参加できる自助努力型の私的年金制度を

そこで、私は冒頭述べたような理由から、米国のRoth IRAを参考に、TEE方式の個人年金(日本版IRA)を4階部分として構築することを提言しています。証券優遇税制が終わる2013年末、2014年から金融所得一体課税と連動して導入すればよいと考えています。私的年金ですから、誰でも加入できる制度として、かつ拠出限度額を120万円とし、TEE方式で使い残しがあれば翌年に繰り越せるようにします。また、引き出し制限がないと税制優遇する大儀がないので、5年以上の管理運用を義務付けた上で、緊急時などやむを得ないときのみ遡及課税を払えば引き出せるようにします。

また、現行制度の「3階」部分に相当する年金は、企業型401k等も含めて、非課税で移管できるような措置も作る必要があります。そうして、自助努力で資産形成することに対して税制面で支援する、インセンティブを与えるのです。豊富な個人金融資産も入ってくることと思われます。また、個人で管理するため、企業倒産による問題やポータビリティの問題もおきません。企業間や雇用形態間の不公平も解消されるでしょう。日本版IRAを充実していくことで、3階部分の企業年金の一部が整理・統合されていけばよいと考えています。

金融所得一体課税と連動させるべき理由として、一体化により損益通算が可能になることでリスクテイク能力が向上することが上げられます。2013年末には証券優遇税制が終わり、利子所得も一体課税が進み、利子、配当、キャピタルゲイン・ロスが損益通算されて一体的に課税される時代がきます。その際、配当課税が10%から20%に上がる影響を緩和する目的で日本版ISAという株式投資優遇税制がセットで導入されることになっていますが、証券業界としては「できればやりたくない」というのが本音です。これは年間100万円を上限にキャピタルゲインと配当を非課税にする制度ですが、3年間の時限的措置であり、かつ複雑な仕組みであるため、制度変更にあまりにもコストがかかりすぎるからです。そこでISAの代わりに年金に対する恒久的な優遇税制措置を導入してはどうかということで、証券業界でも検討が始まるようです。そうしたことから、2014年には、日本版ISAではなく、日本版IRAを導入するというのが、有益だと考えます。

もう1つ、セットで考えたいのが番号制度です。企業型・個人型を問わず401kが大きくならない理由として、中間の運営管理組織が「中抜き」、すなわち手数料を徴収することを前提とした商品設計となっていることがあります。証券会社から見れば、利益が殆どない商品設計となっています。そこに番号制度を活用することで、そうした中間組織が不要となり、より魅力的な商品設計が可能となります。

金融機関が利用者と自分のニーズにあった商品を選択できるようにする。さらに、金融所得一体課税を実施する、現在の日本では利子は銀行、配当は証券会社と別々のルートでの対応が必要ですが、番号制度を入れて特定口座でつなぐ、さらにIRAとリンクさせることで、本当に個人のニーズにあった年金資産の商品設計やポートフォリオ形成が可能となります。

質疑応答

Q:

企業年金を拡充するにしても、どのようにしたら商品性を高めることができるのでしょうか。

また、本当に私的年金を拡充するとしたら、入り口で課税するTEEよりは入り口では非課税とするEETにして、なるべく加入しやすくした方がよいのではないでしょうか。

A:

公務員や専業主婦が401kに入れない理由として、個人の私的な貯蓄に対して優遇を拡充するような制度は課税ベースの脱漏につながるので、作るべきではない、という税務当局の考えがあります。拠出と給付のいずれも非課税である中で、401kに国民全員がなだれ込むと困るということで、非常に限定的な制度となっています。また、商品設計に関しては、先述の「中抜き」の問題がありますが、番号制度導入によってそれが無くなれば、リスクマネーに資金を向けるための勧誘もしやすくなります。それと同時に投資教育も行う必要があると考えています。

TEEかEETかは考えようですが、控除から給付へという大きな流れがあり、配偶者控除までもが見直し対象となる中で、新しい所得控除を作るのは現実的に困難と思われます。控除にすると高所得者ほど有利になるという側面があり、そうしたことから、税務当局としても世論としても受け入れがたいものと見ています。EETにすると限度額管理がしにくいという面もあります。ただ、いずれも制度としては一長一短あり、EETにもご指摘の通りの利点はあります。

Q:

日本版ISAの代わりに日本版IRAというご議論ですが、日本版ISAには「貯蓄から投資へ」という、国民貯蓄の振替が狙いとしてあります。一方、日本版IRAは、「プラスアルファ的な積み立て」というイメージがあり、特に入り口で課税した場合、相当の助成措置がないと加入者が増えないような気がします。公平性やわかりやすさという利点はありますが、貯蓄自体が増えるなど、有利な材料を大胆に出していく必要があると思われます。

A:

税制優遇を拡大すればするほど、入ってくるお金は確かに増えます。しかし、そもそも日本版IRAを提案する出発点として、企業年金が税制的に優遇されすぎているという現状があります。世界の年金税制を見ても、拠出と給付のいずれかが課税となっていますが、そうした例に則ることで、より使いやすい、かつ公平な制度にすることが狙いです。ISAは3年間の暫定措置で年間100万円の優遇を受けられる制度ですが、非常に複雑で管理しにくく、基本的に現時点で株式投資をしている人が移行するだけで、新規の株式投資者を増やす効果は殆ど無いのではと、証券界ではもっぱら憶測されています。一方、日本版IRAは、誰でも入れるうえ、リスクマネーに投資するかも個人で決められます。米国でIRAが導入された際には、直接金融に資金が移行したという事実があります。

この議事録はRIETI編集部の責任でまとめたものです。