【通産政策史シリーズ】組織性と市場性はどのように絡み合ったか ~鉄鋼政策の事例から~

開催日 2011年11月24日
スピーカー 金 容度 (法政大学 経営学部教授)
コメンテータ 塩田 康一 (経済産業省 製造産業局 鉄鋼課長)
モデレータ 西垣 淳子 (RIETI上席研究員(兼)研究コーディネーター(政策史担当))
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諸産業についての政府政策の在り方は、戦後日本経済システムの重要な特徴といわれてきた。その特徴は、市場メカニズムに人為的な影響を加えようとするという意味で、「組織性」を現わすといえる。しかし、現実で、「組織性」だけで成り立つ政策は存在せず、必ず「市場性」も加わる。単独の市場も組織も常に失敗しており、この点は日本に限らない。肝心なのは、市場性と組織性の具体的な絡み合いを解くことである。

こうした視点から、オイルショック後の四半世紀の間、鉄鋼業の政策でどのような市場性と組織性の絡み合いがみられるかを考える。

議事録

「組織性と市場性の絡み合い」の重視

金 容度写真この20年間の鉄鋼政策について研究するうちに、それまでの産業政策の見方ではとらえきれない変化が起こっていると感じるようになりました。当然、政策というものは官と民の関係が重要であり、官が主体となって民に働きかけるものといえますが、しかし、政策を「市場メカニズムに人為的な影響を加えようとする行為」ととらえるならば、政策には「組織性」が現れ、組織的な行為の中で政策を位置づけることができます。

こうした「組織性」という点では、政府の政策と民間企業の活動は多くの共通点を持っています。したがって、政策を単に「官か民か」で線引きするだけでなく、「組織性があるか、ないか」で線引きすることもできます。特にこの20年間の政策をみると、官と民の線引きでは説明の難しいところがたくさん出てきました。そこで、「組織性と市場性」という視点から考えてみたいと思います。

ただし、政策は「組織性」だけでは成り立たず、必ずいろいろな形で「市場性」が絡み合ってきます。その意味で、単独の市場も、組織も常に失敗をしています。そのような問題意識から、「組織性と市場性の絡み合い」を見ていくこと、そして一般論ではなく、具体的な絡み合いの実態を明らかにすることが重要だと考えています。

なぜ「組織性と市場性の絡み合い」を重視するかについてですが、この20年ほどの間に日本はすでにキャッチアップの時代が終わり、目標そのものが以前ほど明確でなくなりました。不確実な状況の中で政策の目標、効果、方向性もますます見えにくくなりました。そこで、「組織性」だけでは限界があり、「市場性」を取り入れてセットで考える必要性が高まっていると考えられます。

また、80年代の政策と90年代の政策には、基本的な視点に変化がみられます。80年代の鉄鋼政策は各論的な政策が多く、個別に対応することが重視されていました。しかし90年代に入ると、総論的な政策と制度対応が重視されるようになります。そして、政策の実行やその効果において市場性との関連が深まり、「組織性と市場性の絡み合い」といえる現象が多くみられるようになりました。

設備導入と技術開発への政策

こうした観点から、オイルショック以降の四半世紀にわたる鉄鋼政策について考えてみたいと思います。他の産業に比べると、大手鉄鋼メーカーは、政府に対して積極的な政策を求めるよりも、自活的な姿勢を堅持していました。つまり、組織性の中で「民」の比重が高かったといえます。一方、省エネルギー設備導入税制といった特定の政策に関しては、政府に対して強く要求を迫る局面もあります。たとえば81~82年、鉄鋼メーカーは設備償却率の引き上げ、特別償却期間の短縮、投資減税を政府に要望していますが、これは組織性の中で「官」の必要性が維持された例といえます。

技術開発についても、同じような傾向がみられます。80~90年代は、大手鉄鋼メーカーの技術力は高まり、技術開発に対する政策介入も望まず自活的な立場をとっていました。しかし、90年代の長期不況に入ると、政府に対して政策的な支援を求めるようになりました。特に大型の基盤技術の開発を継続することが難しくなり、「産学官連携」や企業の共同開発が政府のサポートに基づいて推進されてきました。

当時、通産省は鉄鋼業の技術開発課題として次の3点を挙げています。
1)製品差別化や新規需要開拓につながるような技術開発
2)世界の最先端を進むような基礎的・独創的な研究開発
3)地球環境対策、石油代替エネルギー対策、廃物処理や再資源化対策など社会的要請にこたえる技術開発

こうした課題は各鉄鋼メーカーが単独の戦略的行動によって成し遂げる性格のものではありませんので、数社が共同し、さらに民間だけでなく政府が関与することを鉄鋼業界も望んでいたことがうかがえます。技術開発における民と官の組織性は高まりました。たとえば、製錬新基盤技術研究組合や、スーパーメタルの共同開発(JRCM+5社)といった直接的な政策支援と企業間協力は90年代にかけて大規模なものとなっていきます。また間接的にも、通産省は研究会や懇談会を通して民間企業と交流しつつ、技術開発の方向性を提示する形で支援していたといえます。

親環境技術、基盤技術、新素材などの開発への支援は、90年代における鉄鋼政策の総論的な性格を表しています。一社単独ではなく、なおかつ、民間だけでもない、企業間協力と産学官の連携による組織横断的な「共同」作業を推進するという変化が、設備導入と技術開発の政策にもみられます。

需給バランスの調整

技術や設備だけでなく、需給バランスも鉄鋼業における重要な課題です。90年代に入ると、民間・政府ともに、需給バランスを意識的に調整することが難しくなりました。1991年、通産省は1960年から続いていた市況対策委員会を廃止するとともに、公開販売制も廃止しています。また1997年9月には、「鋼材需給見通し」を「鋼材需要見通し」に切り替えて発表しています。つまり需給バランスの調整においては、組織性はかなり弱くなったと考えることができます。

80年代までは、需給変化への調整機能が働いていました。たとえば1987年10月には、当時の供給不足に対応するため、通産省がH形鋼や小棒の増産を指導し、斡旋窓口を設置するという政策的な動きがみられます。同年4月には、鋼管4社が輸出価格カルテルを申請し、認められています。

一方、インタビューによると、すでに80年代には、政策当局者の間で輸出価格カルテルが時代遅れであるという認識があったようです。その認識と実態との関連性は明らかではありませんが、少なくとも組織的な政策行為や企業間調整の難しさが80年代から表れていたとはいえそうです。また対外的にも、日本の企業間競争や企業間取引慣行について諸外国から批判が高まり、政策当局が個別企業と接触することが難しくなってきました。つまり、政策的に個別企業の事情を取り入れながら調整することは、あらゆる側面で限界に直面していたわけです。

組織性の限界と市場性の浮上 (構造改善政策、対外政策、親環境政策)

70年代のオイルショック以降、構造改善は重要な政策課題の1つであった。80年代は、鉄鋼業の中でも主に電炉業、フェロシリコン業、二次製品の中小企業が構造改善政策の対象となっていました。しかし90年代に入ると、長期不況によって鉄鋼業全体が供給過剰に陥り、構造改善の対象は鉄鋼業界全体に広がりました。そのため、必然的に各論的な政策は通用しなくなり、総論的な政策が標榜されるようになりました。その意味において、組織性は限界を迎え、市場性が浮上してきたといえます。

対外政策は、基本的に政府の役割が強調されるわけですが、その中でもやはり市場性は強くなっています。まず、最近の激しいM&Aの動きなどは、対外的な側面からみても市場性が強化されている現象といえます。また、中国やインド、台湾や韓国といった後発国の企業が世界市場の需給バランスや価格の変動に大きな影響を与えるようになり、人為的な輸出数量・価格のコントロールが非常に難しくなったことは、市場性が強まった証です。

80年代後半の対米輸出自主規制(VRA)の場合にも、輸出規制枠の未消化といった意図せざる現象も出てきました。この例のように、政策の善し悪しは別として、あらかじめ意図をもった政策が予想外の結果をもたらしたという意味では、組織性の限界が現れていると考えられます。

そうした中でも、貿易摩擦への政府対応といった官による組織性は引き続き必要とされ、対米VRAの交渉期間中、通産省と鉄鋼メーカー間には、緊密な情報交換やコミュニケーションが行われていました。民間が政府に頼らざるをえない側面は、組織性を象徴的に表しています。それは民間同士についてもいえることです。対米VRA実施にあたり、鉄鋼メーカー間で輸出組合を設け米輸出市場の高採算性を維持できたことは、民間企業同士の協調、つまり組織性を表わしています。また、80年代後半には、日米の製鉄メーカー間における活発な提携が行われるようになりました。これは国境を越えた組織性の例です。従来の競争相手が、お互いに提携を結び協力しながら事業を進める関係に変わっていったわけです。

親環境対策は、問題の対象が必ずしも1つの領域に限らないため、各論的な政策から総論的な政策への転換した事例です。また、環境政策という組織性の実行において、官と民の関係には、「規制と支援」の両面がありますが、徐々に支援の方に重きが置かれるなど、組織性の中で市場性を活用する必要性が高まっています。

まとめ

総論的な政策が重要になったのは、組織性と市場性が絡み合った証拠だと思います。環境対策や次世代の基盤技術の開発が重要になったこと、構造改善の対象が特定の業種だけでなく鉄鋼業全体に広がったこと、これらは総論的かつ組織性と市場性の両面を活用した政策の必要性を表わしています。一方、「安定基本計画」による東京製鐵の躍進など、組織性の強化が市場性の強化を促進した事例もあります。

次に、この時期の鉄鋼政策では、市場性強化(=組織性弱化)の側面も多く観察されます。人為的な需給調整能力の低下が市場性の強化を表わし、それを反映して政策当局者の中には、供給調整の難しさを当然として認識・行動するという変化が起こりました。外部的には、中国やインドといったアジア後発国企業が台頭し、競争は激化し、めまぐるしいM&Aの嵐が引き起こされました。市場性強化の例です。また、総じて鉄鋼企業が政策との一定の距離を堅持する姿勢も、市場性を表わしていると思います。

最後に、政策課題に関連して、1980年代と90年代の鉄鋼政策の経験から、これからも組織性が維持されるべきことを示す事例として、(1)省エネルギー設備の税制、(2)基礎的技術や新素材の開発・親環境技術の開発、(3)新市場の開拓、(4)貿易摩擦への対応を挙げられます。こうした側面に関しては、これからも政府の出番があると思います。

日本の鉄鋼業と政策の現状

コメンテータ:
世界の粗鋼生産量の推移をみると、鉄鋼市場は70年代まで年間約6%の高い成長を実現していたが、その後約30年間は年間約1%の低い成長に留まっています。しかし、ここ10年のうちに成長率は年間約7%、生産量は年間約7~14億トンに急増。うち半分程度は中国が占めている状況です。日本の粗鋼生産量はずっと1億トン前後で推移しており、東日本大震災の影響で一時的に落ち込みましたが、自動車産業の生産が急回復する中で、回復してきています。

少子高齢化や公共事業の削減・縮小で国内の建設需要は減少しています。また、自動車などの主要なユーザー産業がどんどん海外へ出ていく中で、現地調達の進展に伴って国内需要は現在約6000万トンに留まり、今後の大きな伸びも見込めない状況です。国内需要が低迷する一方で海外新興国の需要が伸びていく中で、その需要を中国や韓国の鉄鋼業界と競合しながら、どうやって取り込んでいくかが今後の課題と考えています。

日本からの輸出先はアジアが中心ですが、中国やインドネシアといった国々ではアンチダンピングの提訴や強制規格の導入といった通商上の課題もいくつか浮上しています。こうした問題を解決するために、主要な国とは官民で意見交換を行う鉄鋼対話を年に1回程度行うなど、対話による問題解決に取り組んでいるところです。

円高の進展に伴って海外展開の流れが加速する中、必要な人材あるいは資金の確保の必要性は高まっており、新日鉄と住友金属の統合といった統合再編の流れが出てきています。そこで経済産業省では、産業活力再生法を改正し、公正取引委員会へ意見書を提出するといった支援を行っています。

近年、市場の寡占化に伴って原料価格が高騰しており、原料確保のためのさまざまな取り組みが進められています。今後も、JOGMECおよび政府の資源外交による権益の確保、インフラ整備に向けたODAの活用といった政策とともに、原料確保の取り組みを官民一体となって進めていくことが必要です。また、環境対策は引き続き重要な課題であり、省エネ、CO₂削減のための技術開発、税制上の支援を継続していく必要があります。

質疑応答

Q:

最近の鉄鋼をとりまく世界の環境をみると、原料の寡占化が進み「組織性」が高まっているような気がします。これは市場の世界的な失敗の結果、もたらされた状況と考えることができるでしょうか。

A:

20世紀前半の米国の鉄鋼産業においても、原料の確保は大事でありましたし、一般的に、寡占的な状況で企業が成長するのも目新しいことではありません。今の質問に表現された現象に関しても、市場が失敗したために寡占化が進んでいるという見方はできないと思います。寡占的な産業構造自体は、それほど珍しいものではないと理解しています。ただし、原料メーカーの持つ力が以前よりもはるかに強くなり、産業構造に影響を与えていることは新しい現象だと思います。

この議事録はRIETI編集部の責任でまとめたものです。