BOP(Base of the economic pyramid)ビジネス ~企業戦略と開発、双方の視点から

開催日 2011年10月4日
スピーカー 岡田 正大 (慶應義塾大学大学院経営管理研究科 准教授)/ 大野 泉 (政策研究大学院大学 教授)
モデレータ 小山 智 (経済産業省大臣官房参事官(商務流通グループ担当))
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開催案内/講演概要

BOP層を対象としたビジネスは、我が国企業の海外進出・新規市場獲得につながるとともに、現地における様々な課題解決に資することが期待される新たなビジネスモデルである。

近年、我が国でも民間企業、政府、国内外の支援機関、NGO、アカデミズム等において関心が大きく高まり、実際に取組む事例も増加している。

本BBLでは、BOPビジネスに関して、企業戦略の側面(戦略上の役割、企業価値向上への結実、成功のための必要条件等)から岡田准教授に、またグローバル化時代における「パートナーシップ」に基づく開発援助の側面から大野教授に、それぞれ最新の国際的動向、具体的事例を交えて現状の課題、今後の可能性等を論じていただき、関係者の今後取組の促進・深化に向けた示唆を示すことを目指す。

議事録

企業戦略の経済性と社会性

岡田 正大写真岡田氏:
BOPビジネスと他のビジネスとの違いは何でしょうか。ビジネスである以上、「資本主義および市場原理をツールとして社会に存在するニーズを解決していく」という原則は、BOPビジネスにおいても例外ではありません。利益を確保するために、経済効率あるいは経営効率を追求し、社会のニーズにこたえるという意味では、他のビジネスと同じです。

一方で、BOPビジネスには、満たそうとする社会ニーズに特殊性があります。ミレニアム開発目標では「2015年までに5歳未満児の死亡率(http://ja.wikipedia.org/wiki/乳幼児死亡率)を3分の2減少させる」、あるいは「2015年までに、安全な飲料水と基礎的な衛生施設を継続的に利用できない人々の割合を半減する」、「極度の貧困や飢餓の撲滅」といった内容が掲げられ、それぞれのゴールを定めて達成していくことが国連レベルで採択されています。BOP層は、まさにこのミレニアム開発目標に象徴される「人間としての基本的ニーズ(BHN)」の未充足度が著しいといえます。

従来、こうした途上国貧困層のニーズ充足は、公的・私的扶助等に依存してきました。しかし、社会的問題解消の継続性・拡張性という観点から、企業活動との併存・連携によるニーズ充足への期待が、特に開発領域の人々から高まっています。

BOPビジネスについては、大きく2種類のビジネスがあり、ときに混同されることがあります。タイプAは、BOP市場で営々と行われてきている既存ビジネスです。例として、味の素ナイジェリア、ヤマハ発動機(アフリカでの灌漑ポンプ事業)、フマキラーインドネシア等が挙げられます。

そしてタイプBは、BOPにおける社会問題解決により重きを置いた比較的新しいビジネスです。例として、味の素(ガーナでの栄養強化離乳食)、住友化学(タンザニアでの防虫蚊帳)が挙げられます。特に住友化学の「オリセットネット」は有名な事例ですが、もともとはアフリカに蔓延するマラリアの問題があり、それを解決するための方策として始まったビジネスです。今では現地で8000名という大規模な雇用を創出する事業となっています。

簡潔にいうと、タイプAは拡張や拡販によって、いかに成長市場を手に入れるかという経済的意識、販路拡大という意識が強く、「BOP1.0」ともいわれます。タイプBは社会問題解決が前面に立っており、タイプAとは異なって「BOP2.0」ともいわれます。A、B両者は併存し、どちらかが優れているという考え方ではなく、理想は財務的リターンと社会問題解決が相乗効果を生むA+Bのビジネスということになります。たとえばD. Light Design社はスタンフォード大学のMBA2人が創業したベンチャーですが、社会的ミッションを強く意識した創業理念を掲げる点でBタイプ的でありつつも、上場による資金調達を通じて億人単位の巨大市場を形成しようという発想も同時に持っています(タイプA的)。

昨今、「最低限のCSRを果たしつつ経済的パフォーマンスが高い営利事業」と「純粋な慈善活動」とは、従来トレードオフの関係にあると考えられていましたが、その両者が徐々に歩み寄りをみせています。そして、経済性もしくは利益の追求と社会的問題解決が本業の次元で両立するBOP事業を目指す考え方が台頭してきています。

BOPビジネスの企業戦略上の意義として、次の3つを挙げることができます。 (1)地球上に残された最後の大きな成長機会の追求(ネクスト・ボリュームゾーン) (2)新たなビジネスモデルや経営資源の構築、学習によるリバースイノベーション(既存事業へのフィードバック) (3)「社会のニーズを満たすことによって富を創出する」という企業が果たす本来的役割を再認識し、自社の原点へ立ち戻る機会を得る

企業によって、持っている経営資源や技術、得意分野は異なるため、一概に「BOPビジネスは、こうすればうまくいく」と一般化するのは困難です。ですから、自社にとって最適な「BOP戦略」をカスタマイズすることが重要です。

戦略的CSRと共有価値の創造

狭義のCSRを「企業が事業活動において、社会的・環境的に負の価値を生じさせないこと」と定義すれば、CSRはすべての事業が守るべきものであり、その点BOPビジネスも通常のビジネスも何ら変わりはありません。もちろん、BOPビジネスは利益を追求する営利の事業活動ですから、慈善活動とも異なります。

「戦略的CSR」(Porter & Kramer 2006 "Strategy and Society")は注目すべき概念で、これまで戦略とは別のものと考えられていたCSRを戦略の本流の中にどう組み込むかという考え方です。そして今年に入ってPorterは、CSV(共有価値の創造)を提唱する論文を書いています。「共有価値の創造、いわば経済性と社会性の両立は、研究開発活動すなわち自社の将来の競争優位のために行われる長期的投資と位置づけるべきである」、つまり「3年単黒、5年累損一掃」といわれるような通常の尺度で評価をしない視点も重要だと言っています。これは企業にとって、重要なメッセージだと思います。

財務の視点でも、社会的・環境的インパクトを持つ事業への投資(ESG)に対する関心が高まっています。インパクト・インベスティングとは、社会的もしくは環境的善をもたらす事業やファンドに対して積極的に投資を行い、投資家に対しては少なくとも元本相当を返す投資であり、経済性と社会性を高い次元で両立させていくことを追求します。

BOPビジネス―開発とパートナーシップの観点から

大野 泉写真大野氏:
BOPビジネスと従来の一般的なビジネスには、いくつかの重要な違いがあります。まず「見方」として、これまでは援助の対象とみなしてきた世界の貧困層をビジネスの対象として見ること。次に「考え方」として、これまでは途上国政府、あるいはそれを支援する援助機関の仕事として考えられてきた社会的な課題の解決に、企業が本業の一環としてアプローチすること。また「ビジネスモデル」としては、先進国企業がこれまで組んだことのない相手、政府、国際機関、NGO、現地企業家、さらには貧困層とパートナーシップを組んでビジネスを展開すること、といった点があります。

開発とビジネスが接近した理由として、ミレニアム開発目標達成には膨大な資金が必要で、ODA等の公的資金だけでは到底間に合わないという開発援助側の事情があります。さらに寄付や援助では持続性や拡張性に課題があることから、民間企業の資金、人材、技術ノウハウを動員した効率的な事業経営への期待が高まってきたことが挙げられます。

一方、企業側の事情としては、先進国市場の成熟や競争の熾烈化にともない、新しい市場の開拓に迫られる中、BOP層が「ネクスト・ボリュームゾーン(中間所得層、MOP)」として注目されている状況があります。また、企業市民、地球市民意識の高まりとともに、組織や技術面でさまざまなイノベーションに取り組む機会として、BOPビジネスへの関心が高まっています。この10~20年の間に、持続可能な開発やCSRを含めた企業側の関心と開発援助側の関心が急速に接近してきました。

BOPビジネスは、BOP層、企業、援助機関の三者にとってWin-Win-Winの関係を目指す取り組みであるといえます。開発の視点からみたBOPビジネスの意義として、企業家精神や購買力を「持つ」存在として貧困層の「潜在力」に着目したことが挙げられます。そして、貧困層をパートナーとして生産・流通・販売の過程で新しい価値創造に主体的に参加させることは、いわばグローバル化時代の「パートナーシップ」に基づく新しいビジネスモデルであり、新しい開発援助のアプローチだと思います。その過程で企業、NGO、政府、援助機関や専門家といった多様なアクターが、それぞれの強みをもって途上国の持続的成長に貢献していくことにより、開発援助の活性化やグローバルの人材育成につながっていくと考えられます。

BOPビジネスの3類型

BOPビジネスは、少なくとも次の3つの視点から整理できると思います。第1に「貧困層の基本的ニーズにこたえる」アプローチです。栄養食品、浄水装置、洗剤やシャンプー、衛生的な公衆トイレや防虫剤を織り込んだ蚊帳などがその例で、貧困層を消費者として位置づけているものです。日本の企業では、日本ポリグルや味の素、住友化学等が取り組んでいます。

第2に「貧困層の生産性を向上させる」アプローチです。送金機能を備えた携帯電話、安価で耐久性のあるPCと農業・教育・医療等の情報ソフトの提供、マイクロファイナンスといった例があります。このような発想によって、貧困層は消費者、生産者、流通・小売業者、従業員、企業家といった多様な位置づけとなります。日本企業では、ヤマハ発動機等がそのような取り組みをしています。

第3は「貧困層の収入を増やす」アプローチです。典型的なのが、アグリビジネスのバリューチェーン構築と技術支援や一村一品運動です。この場合も、貧困層は生産者、流通・小売業者、従業員、企業家といった位置づけのパートナーとなります。日本企業では、雪国まいたけ等がそのような取り組みをしています。

開発援助側にも、発想の転換が必要です。開発プロジェクトの専門家や援助機関スタッフは、たとえば戦略的マーケティングに必要な経営感覚やプロジェクトマネジメント能力を磨く必要があります。途上国の行政側や住民グループも、民間セクターやNGOなどのさまざまな組織と連携する能力を養っていくことが大事になってくると思います。長期的な視点に立って、途上国で民間セクターと対話・交渉・協働できる人材の育成や組織の能力強化を支援していくことも開発援助の役割といえるでしょう。

また、開発援助側からビジネス活動を補完することもできます。まず民間セクターが投資する際の制約要因を取り除くなど、ビジネス環境を整える支援ができます。人材育成や技術移転といった企業のニーズも考慮し、セクターや対象を絞り込んで支援することも重要です。あるいは、個別のプロジェクトでビジネスと開発援助がパートナーシップを組むことも考えられます。たとえば、エスノグラフィー調査や参加型の農村開発手法を用いたニーズ分析の方法は、十分導入できます。またBOPビジネスの開発インパクトを分析し、可視化・評価していくことも重要だと思います。

主要援助国のBOPビジネス支援の比較

英国、ドイツ、米国、日本によるBOPビジネス支援策の状況を比較すると、4つのポイントがあると考えられます。

1つ目のポイントは、日本の開始時期が各国より10年ほど遅かったということです。日本は2009年に支援プログラムを開始しましたが、英国は1999年頃、ドイツは1999年、米国は2001年から既に取り組んでいます。

2つ目のポイントは、担当機関です。英国では国際開発省(DFID)、米国では国際開発庁(USAID)といった援助機関が担当しています。ドイツでも経済協力開発省(BMZ)の政策のもと、GIZ、DEG、SEQUAが実施機関として活動しています。日本の場合は、経済産業省と外務省が政策を担当する一方、JETRO、JICA等が実施を担当する「オールジャパン」の体制で行っているという特徴があります。

3つ目のポイントは、各国ともおよそ10年の経験を経て、民間連携が開発援助業務に主流化され、現地事務所にも民間連携担当者を配置するなど、業務との一体化が進んできている点です。

4つ目のポイントは、対象企業です。日本は支援対象を日本企業に限定しています。ドイツはドイツ企業と欧州企業を対象としています。一方、英国と米国は支援対象企業を特定していません。なお、国際金融公社(IFC)や国連開発計画(UNDP)といった国際機関でも支援の取り組みが行われています。

多様なアクターとパートナーシップを組んで新しいビジネスモデルや開発援助アプローチを構築していくことは、大きな可能性を秘めていますが、簡単なことではありません。「企業」と「非営利組織」の対等かつ戦略的パートナーシップは、「言うは易く行うは難し」だと思います。また、資金力や事業規模、文化や専門用語、意思決定プロセスの違いは簡単に埋められるものではありません。補完的に価値を提供しあう関係になるには、相互にさまざまな基準をクリアする必要があります。NGOは、優良な行いやモラルを重視する企業を望むでしょうし、企業はNGOに対し効率的な運営やコスト削減を要求することでしょう。その上で社会目的を共有することが重要だと思います。

質疑応答

Q:

日本企業は長期的視点を持ち、海外志向や社会的貢献への志向も強いという指摘がありますが、今後、日本の企業はどのようにBOPビジネスに対応していくべきでしょうか。

岡田氏:

国単位で一般化するのは難しいことですが、たとえばアフリカに調査に行って日本企業の人の話を聞いたところ、ナイジェリアでは中国人の数が日本人の数を現時点で二桁も上回っているそうです。そういう意味でも日本のプレゼンスがさらに低下し、事業機会を逸しているということを強く感じました。

日本企業の多くは先進諸国の既存市場および顕在化しているボリュームゾーンに長年依存して企業活動を行ってきましたが、今後は高度なマーケティングの知識や顧客ニーズを繊細にとらえる能力がさらに重要になってくると思います。また、信用に基づく人間関係の構築といったことは本来、日本人が得意とする能力ですので、それを生かしていけば個別企業ごとの競争優位や参入障壁を形成できると思われます。

この議事録はRIETI編集部の責任でまとめたものです。