平成23年版通商白書 -震災を越え、グローバルな経済的ネットワークの再生強化に向けて

開催日 2011年7月22日
スピーカー 石塚 康志 (経済産業省 通商政策局 企画調査室長)/関口 訓央 (経済産業省 通商政策局 企画調査室長補佐)/宇多 賢治郎 (経済産業省 通商政策局 企画調査室 任期付職員)
コメンテータ 伊藤 萬里 (RIETI研究員/専修大学 経済学部 国際経済学科准教授)
モデレータ 松田 尚子 (RIETI研究員(併)国際・広報 副ディレクター)
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開催案内/講演概要

2009年の世界経済危機からの回復段階で先進国と新興国の成長速度の差が鮮明になる中、我が国は2011年3月の東日本大震災にみまわれた。各国の協調的な対応により世界経済への影響は抑えられたものの、本震災は我が国から世界への製品供給の重要性を改めて認識させることとなった。

このような世界経済と我が国通商を『通商白書2011』で分析した。

本報告では、それらのうち以下の二点にポイントを絞り、説明を行う。

1.東日本大震災から垣間見える我が国と世界の通商・経済関係
震災によりグローバルサプライチェーンに大きな影響を与えた我が国の部品類の最近の生産・輸出構造を中心に説明する。

2.我が国の通商と経済の構造変化
1990年以降の20年間に、我が国で生じた経済構造の変化を、産業連関分析を使って説明する。

議事録

世界貿易6極構造の変化

石塚 康志写真石塚氏:
「世界貿易6極」とは、日本、EU、NAFTA、ASEAN、メルコスール、中国を指します。1990年は端的にいうと日本、EU、NAFTAの3極構造でしたが、リーマンショック後の貿易総額を見ると、日‐EU‐NAFTAから、中国‐EU‐NAFTAに重点が移ってきていることがわかります。

圧倒的な存在感を示す中国――。欧米間貿易が低調なのに対し、対中貿易、とりわけ中国‐EU貿易が急拡大しています。EUでも、特に中国との結びつきを強めているのがドイツです。その裏で存在感が急激に低下する日本――。たとえば、2000年は中国が輸入する乗用車の6割が日本製でしたが、2010年になるとそのシェアが4分の1以下となり、ドイツに首位を譲っています。さらに、東アジアの貿易構造で見ると、1990年は日本、ASEAN、中国がそれぞれ欧米と取り引きする構造になっていますが、2009年になると中国を窓口とする構造が顕在化する一方で、よりバランスのとれた産業構造を持つASEANでは域内貿易が拡大しています。

今後の貿易構造の見通し

こうした6極構造の変化を踏まえて、今回の白書では以下の問題を検証しました。
・日本を「代替」する存在とは?(震災は代替を促進するか?)
・「ナンバー3」としての日本は今後、どのような通商貿易関係を構築していくのか?

震災後、日本の輸出がNIEs・ASEAN向けの電気機器を中心に急落、5月になっても低迷し続ける一方で、海外受注を伸ばしているのが台湾です。とりわけ対ASEAN向けの受注は4~5月に大幅に増えています。それだけで台湾が日本を代替しているとは断言できませんが、日本が取りこぼしているASEANの内需を台湾が取り込んでいるという見方はできます。また、自動車関連を中心に日本の対米輸出が縮小するなか、米国の輸入相手国としてのシェアを拡大したのが中国、ドイツ、韓国です。これらの国が一時的に日本を代替した可能性はありますが、この傾向が今後も継続するかは未知数です。

さて、「ナンバースリー」となった日本は、これからどうなるのでしょうか。

列強時代、欧州の「ナンバースリー」だったドイツは、ビスマルク宰相の下、Land PowerであるロシアとSea Powerである英国の両方と友好関係を結ぶことで影響力を維持、拡大させてきた経緯があります。同じく極東の「ナンバースリー」だった日本も、日露戦争の直後から日露協商を結ぶ一方で、日英同盟を維持する体制をとり続けていました。

そして現在、再び「ナンバースリー」となった日本にとっても、今後は「ナンバーワン」と「ナンバーツー」との関係構築が非常に重要となってきます。目下の経済連携の焦点として、日中韓FTA、日EU・EIA、TPPがありますが、他方で中国に依存しない自律的な経済成長を目指すASEANとの連携も考えていく必要があります。

国内の経済産業の構造変化

宇多 賢治写真宇多氏:
1990年から2010年にかけて、日本は輸出入のいずれも拡大していますが、この20年間でとりわけ顕著なのが、中間財貿易の拡大です。

そこで今回の白書では、中間財貿易が国内の経済構造に及ぼした影響について、俯瞰的に分析しました。かつての日本は、資源を輸入したのち最終財までのすべての加工を国内で行う「フルセット型」の産業構造となっていました。これが最近になって、国際分業化が進展し、中間財の輸出入が増えています。ここでは「資源」、「材料」、「部品」、「車」という生産工程を例にして説明します。まずミクロの視点で見ると、輸出財を「車」から「部品」に変え、輸入財を「資源」から「材料」に変えても、貿易量を増やせれば、その企業の収益は増えることになります。しかし、この変化をマクロの視点で見ると、「車」と「材料」の国内生産はなくなり、それによる失業者の増加を招いたことになります。

そこで産業連関表を使って、この変化を表してみました。まず、輸出によって生じる「波及効果の誘発」と、輸入によって生じる「波及効果の流出」の差を「波及効果の収支」を見てみました。すると、輸出量、輸入量がともに同じ程度増えたとしても、最終財や加工度の高い中間財の輸入が増えることで、波及効果の流出量が増加し、「波及効果の収支」が悪化したことが分かります。

この変化を波及効果が国内にどれだけ残るか、「国内残存率」という値で示してみます。仮に車、部品、材料のそれぞれの国産割合を80%(資源は10%)とすると、波及効果の国内残存率は車80%、部品64%と、乗数的に減っていきます。このような国内残存率を、可視化したところ、やはり1990年から2005年にかけて、多くの分野で産業の連関が断たれ、波及効果の流出しやすい産業構造に変化していることがわかります。とりわけ、衣類関係と素材・中間財ではこのような傾向が顕著となっています。

その結果、この20年間、貿易収支の黒字を維持し続けたのにもかかわらず、波及効果の収支は悪化し、赤字になっています。また国内の雇用を見ると、1990年から2005年にかけて輸出率は10.8%から14.6%と約1.5倍になっているのに対し、失業率は2.1%から4.4%に増加しています。労働力人口が減っているにもかかわらずです。仮に2005年の経済状況で失業率を1990年と同じ2.1%に戻すとすれば、内需比で輸出を6.1%増やす必要があります。これは1990年の2倍の輸出が必要ということを意味しています。

以上のことから、「合成の誤謬」がもたらす状況の深刻さを確認するに至っています。中間財の輸出入はミクロ的には極めて合理的な判断だったのでしょうが、これがマクロ的には国の弱体化を招き、さらに「合理的」な判断を促進する負のスパイラルをもたらしています。これが人口減少のスピードを上回る経済規模の縮小――労働力人口が減っても失業率は減らない状況――をもたらしていると見ています。そうしたことから、国際分業化を時代の流れと放置するのではなく、国内の経済に利するようにするためのマクロの政策論議が必要であると認識しています。

東日本大震災から垣間見える我が国と世界の通商・経済関係

関口 訓央写真関口氏:
震災直前の日本は、一般機械を中心に各地域で輸出が増加するなど、リーマンショックからの回復傾向にありました。それが3月、震災による生産停止に伴い輸出が激減しましたが、生産に関していえば、4~5月には早くも回復の兆しが見られるようになります。とりわけ影響が大きかった輸送用機械関連でも、リーマンショック直後以下の水準に生産が落ち込んでいたのが、5月には急回復し、今後もその傾向が続くと見られています。

ただし、輸出に限って見ると、輸送用機械に関しては今なお震災の影響が残るほか、電気機器に関していえば、当初は比較的落ち込みが少なかったのが、ここにきてマイナスの寄与度が拡大しています。外需的な要因によるものなのか、供給制約によるものなのか、今後注視していく必要があります。被災地域からの輸出は激減、港によっては壊滅したところもありますが、一部生産を再開したところでは回復の兆しも見られます。

被災5県(青森、岩手、宮城、福島、茨城)の全国の貿易総額に占める割合は、2010年で輸出2%、輸入4%と決して大きくないとはいえ、被災地域からの輸出の割合が高い個別品目がいくつかあることには留意しなければなりません。物流網で見ると、東京港発の貨物のうち、北海道・東北地域を生産地とする貨物は1割程度となっています。

貿易の地域偏在性――関東経由の間接輸出が大きなウェイトを占める東北地方

続いて、貿易の地域偏在性について、「自動車部品」、「電子部品」、「マイコン」の3種類を見てみます。

1.自動車部品
中部、関東の順に輸出額が大きくなっています。主な輸出先は米国と中国ですが、地域別に見ると、北米向けは関東以北からの比重が多く、中国などアジア向けは西日本からの割合が高くなっています。

2.電子部品
近畿、関東の順に輸出額が大きく、主な輸出先は中国、NIEs、ASEANとなっています。自動車と比べて、地域偏在性は弱い模様です。

3.マイコン
自動車用のICチップを含む製品ですが、関東からの輸出が圧倒的に多く、NIEs、ASEANをはじめ各地に輸出されています。自動車部品と同様、関東から米欧、近畿から中国・ASEANという地域偏在性が強く見られます。

以上のような特性があるゆえに、自動車部品の多くを関東経由で輸入している米国の自動車産業に震災の影響が特に強く現れ、今なおその余波が残っていると見られます。

東北の部品産業は、関東経由の「間接輸出」(最終製品に中間投入された後に輸出されるもの)の割合が高く、他地域と比べて直接輸出が少ないことが特徴です。この傾向はとりわけ自動車部品産業に顕著であり、中間投入先のうち関東向けが6割、自地域向けが3割弱を占めています。対照的に、電子部品に関しては、6割が自地域向けなので、より域内での投入関係が強いといえます。とはいえ、自動車部品と電子部品のいずれを見ても、東北からの直接輸出の割合は低く、自動車部品で5%弱、電子部品で30%弱となっていて、自動車部品の35%、電子部品の6割弱を輸出している九州とは対照的です。なお、東北からの自動車部品の輸出総額は、直接輸出のみを対象とすると約350億円ですが、間接輸出も含めると、その2倍の規模になると推計されます。東北の自動車部品産業の間接輸出比率は65%と見られ、その4分の3が関東経由です。他にも、四国と北海道は間接輸出比率が高い一方で、九州は10%以下となっています。

このことから、直接輸出で比較的前面に出るのが関東と西日本(四国を除く)であるのに対し、北海道や東北といった地域は、縁の下の力持ち的な役割で関東以西の地域を支えている構造が見て取れます。

日本のサプライチェーンの強靭さと今後の課題

自動車産業は在庫の効率化が進んだこともあって、製品在庫はもとより、中間在庫の在庫率が非常に低いのが特徴です。そうした在庫管理の形態とあいまって、企業が在庫を最小化する第4四半期末に震災が重なったことが、サプライチェーンへの影響を大きくしたと思われます。その後、産業界・地域の不断の努力もあってサプライチェーンは急速に回復していますが、これからBPC策定やリスク管理をさらに強化する中で、いかに効率的な在庫管理との調和を図るかが課題となってきます。我が国のサプライチェーンの強さを改めて認識すると同時に、さらなる政策支援が必要と考えています。

コメント

伊藤 萬里写真コメンテータ:
今年の通商白書の大きな特徴は、例年と比べて非常に分析的な要素が多いことです。具体的には、過去20年の国際貿易構造の変化、日本の経済・産業構造の変化、震災後のサプライチェーンへの影響、の3つを非常にわかりやすい形で「見える化(可視化)」しています。とりわけ、中間財貿易の拡大による波及効果の国内残存率の変化を産業連関表に基づき精緻に分析したことは学術的にも非常にユニークな貢献です。そこから、この20年間で波及効果の国内残存率が減少するなか、それを補うに足る輸出の底上げができなかったことなどを示唆しています。また、世界的にも大きな影響与えたサプライチェーンについて、そのメカニズム解明に迫っている点は今後の産業・貿易構造の在り方に示唆を与えるものと思います。

各論点につき以下をコメントさせていただきます。

1.国際貿易構造の変化
「国際化」と言っても、輸出、直接投資(現地生産・販売)、ライセンス・委託生産(OEM)など、その形態は多様化しています。たとえば、知識集約的な資本財は国内で生産し輸出する形態が選ばれる一方で、消費財は現地市場の規制や消費者の嗜好に合わせてカスタマイズする必要があり、直接投資による現地生産・販売が選択される場合が多いと考えられます。このような国際化モードの選択は、生産性など企業属性と現地市場の規模・法整備など市場属性に依存します。したがって、6極構造の変化など貿易パートナーに構造変化があるとすると、企業が選択する国際化モードにも構造変化が生じている可能性があります。今後はこうした国際化モードの構成にも注目していく必要があると考えます。

2.日本の経済・産業構造の変化
個々の企業レベルでは海外生産が合理的としても日本全体では負の影響があるという、いわゆる「合成の誤謬」と「空洞化」との関連性を指摘している点は、震災後一部の企業にみられる生産拠点の海外移転について考える際に大きな示唆を与えるものと思います。一方で、その負の影響の根拠とされる海外生産による輸入増加は、必ずしも負の側面だけを持つものではないとも考えられます。たとえば、海外生産委託による調達(輸入)は企業内部の資源配分の効率化を促し、高付加価値化や生産性を上昇させる効果が期待されます。産業連関分析で示唆される輸入の増加、輸出の伸び悩みという構図の背景には、これまでも通商白書で強調してきたように、中小企業の国際化の遅れ、FTA/EPA締結の遅れ、国内経済の構造調整の遅れ、すなわち成長分野への人的資源・資本の移動と新産業創出などがうまくいっていないことが、根本的な問題として存在しているように思われます。

3.震災後のサプライチェーンへの影響
グローバルサプライチェーンを震災前後の最新のデータを利用して、空間的な要素を取り入れながら可視化している点が大きな貢献です。今回の震災によって、サプライチェーンが従来はピラミッド型だと思われていたのが、実際は樽型あるいはダイアモンド型だった、すなわちマイコンなどの2次サプライヤーの部品供給が、極めて少数の企業によって供給されていたことが、明らかになりました。この発見は、従来の系列による垂直統合かあるいは市場を通じた取引か、汎用部品か企業特殊な部品か、海外生産か国内生産かといった点で、企業の戦略に変化をもたらすかも知れません。海外移転・委託増加も1つの戦略ですが、震災リスクの緩和と引き換えに技術流出のリスクが発生することに留意する必要があると考えます。分析の面でも、こうしたサプライチェーンの構造変化について、企業レベルの視点に立ったミクロ経済分析を今後さらに進めていく必要があると思います。

質疑応答

Q:

震災なども踏まえた各種分析の政策的インプリケーションとしては、何があるでしょうか。

A:

「経常黒字悪玉論」が言われていた90年代とは、輸出の性格が明らかに変わっているということです。名目上の輸出が増えても、経常収支黒字が必ずしも増加する構造ではもはやない。にもかかわらず、一方でG20などではまさに経常収支黒字の管理の必要性について議論がなされています。それゆえ、日本では輸出拡大を口にすることが何となく憚られる風潮がありますが、経済活動が国際分業構造に依拠している以上、輸出は国内経済の体温を維持する上で欠かせないものです。「輸出=外貨を稼ぐ」という考えから、「輸出=国内経済を維持する」という考えに切り替える必要がある――。そのための一石を投じる思いで、白書の執筆に臨みました。

Q:

ドイツはなぜうまくいっているのか。ドイツの好調とEUとの関連は。

A:

特に中国への自動車輸出に関しては、ドイツと日本とで明暗が分かれていますが、その大きな違いは、ドイツはEU内で完成させた最終製品を確実に輸出できていることです。日本もそれなりの輸出量はありますが、現地生産もある程度しなければならない。その理由を分析できてはいません。ただ、ドイツに関して1ついえることは、中国‐EU貿易のハブになっている可能性があるということです。賃金の低い中東欧地域から部品を調達して、最終製品を組み立て、中国に輸出する――。陸続きの中で賃金格差に乗じた工程分業化ができるドイツに対し、日本は海を越えないと工程間の明確な格差を生み出しえない。そうした立地条件の差もあると考えています。

この議事録はRIETI編集部の責任でまとめたものです。