共用品という思想 -実践と考察

開催日 2011年7月12日
スピーカー 後藤 芳一 (大阪大学大学院 工学研究科 教授)/星川 安之 ((財)共用品推進機構 専務理事)
コメンテータ・モデレータ 竹上 嗣郎 (東北大学 未来科学技術共同研究センター教授)
ダウンロード/関連リンク
開催案内/講演概要

「より多くの人に、より使いやすくする」工夫や、そう工夫されたものを共用品・共用サービスといいます。

たとえば、牛乳パックの上部には,他のジュース類と混同しないように「へこみ」がついています。シャンプー容器には、リンスと間違えないように側面にギザギザがついています。スイッチ部には、凸表示があります。多くのバスが現在、ノンステップバスになっています……。これらが共用品です。

これらの工夫は、日本発のものであり、日本のデザイン力、ものづくりの底力を見ることができます。

日本では、高齢社会の到達とともに共用品のニーズが増え、市場規模は3兆円を超えました。特に、最近5年間の年平均伸び率は7%にもなります。そして、日本から韓国と中国に呼びかけて進めた国際標準化は、他の国の支持も得て、国際標準化機構(ISO)による国際規格となりました。

この共用品の歩みについての実践をご紹介し、その経緯とこれからを分析します。

議事録

より多くの人が使いやすい製品・サービスについて

星川 安之写真星川氏:
私たちが暮らす社会では、法制度、法制度等に基づくインフラ整備(サービスを含む生活環境)、そして生活道具が、人々の生活の一部または多くの部分を支えています。それらは、供給者側が一方的に作り出すのではなく、需要者である生活者と共に作りだしたり改善したりすることが重要です。そのためには、需要者である生活者・消費者が、受動的にそうした場面にかかわるのではなく、能動的に参加することがより重要となります。他国より一足先に高齢社会に突入した日本において、日常生活に不便さを感じている高齢者・障害のある人々の能動的参加が、共生社会を実現させるためには、必要不可欠なこととなってきます。

そうした流れの一環としてより多くの人の利便性を視野に入れた製品の1つに、容器側面を触っただけでリンスとの違いが認識できるギザギザ付きシャンプー容器があります。目の不自由な人たちは同じ形で中身の異なる容器を識別することが困難です。そのことを、目の不自由な人達は大手シャンプーメーカー花王に伝えました。その結果、この配慮が生まれました。このギザギザは、目の不自由な人だけではなく、目の見える大多数の人も髪を洗う時に目をつむるため、とても便利な配慮となっていますこの便利な配慮は、花王が実用新案を取得しましたが、無料で公開した結果、同業他社に広がり今では国内で販売されている一般のシャンプー容器のほぼ全てにこのギザギザが付いています。その後この配慮は、日本工業規格(JIS)高齢者・障害者配慮設計指針-包装容器‐JIS S0024となりました。その後、2011年6月、このJISは、日本発の国際規格となりました。この容器の識別配慮はシャンプー容器に留まらず牛乳紙パック上部の切り欠きや、点字付きビール缶などへも広がりました。障害の有無、年齢の高低にかかわらず共に使いやすいモノやサービスを、「共用品・共用サービス」と言います。

2009年度の共用品市場は1995年度の約7倍の3兆4000億円規模にまで成長しました。金額と共にポイントとなるのが共用品の普及度です。シャンプー・リンス、ビール・アルコール等の容器への共用品に関する配慮はほぼ100%の普及度で、ガス器具、家電製品も高い数値です。バスも約3~4分の1がノンステップバスになっています。一方、普及度が10%以下の共用品も多くあり、まだまだ努力するべき分野は残されています。

共用品・共用サービスを創る

1.気づく
現在、国内では多くの障害当事者団体がさまざまな活動をしています。共用品推進機構は、そうした団体に加え関係業界や企業も参加したプロジェクトで不便さ調査を行っています。企業が最も関心を示したのは高齢者の感じる不便さ調査です。けれども60歳代、70歳代の高齢者といっても一括りにできるわけではなく、それぞれの個性は大きく異なります。これは製品やサービス、特に工業製品の不便さを解消させる上で難しい問題点となりました。けれども、高齢者の不便さは、視覚障害、聴覚障害、肢体不自由等で抽出された不便さと共通する課題が多くあることも明らかになりました。課題の中には、法制度で解決できるもの、インフラで解決できるもの、モノやサービスで解決できるものがあり、それらのすべてに人がかかわっていること、また、障害者への不便さを解決することで高齢者への不便さが解決される事例も実践としてみえてきました。

2~3.動く、形にする
日本におけるの「モノづくり」は、各企業が不便さを持った人の声に気づき、その気づきに対して解決に向けて動き、動きを形にすることで変わってきました。ある家電メーカーの社員が不便さ調査の一環として目の不自由な女性の家庭訪問をしていたときの話です。自分が企画した洗濯機をその家でみつけ、嬉しくなって持ち主にそのことを話したところ、この女性は、一拍間を置いて、この新しい洗濯機が使いづらくなったことを打ち明けました。「昔はボタンを押すとそこがへこんだので、何が作動しているのかがわかったのですが、平らで同じ形のボタンが複数並んでいるシートスイッチになってからは、それができなくなりました」と言うのです。彼は早速社に戻り、視覚に障害のある人でも洗濯機の作動状況が理解できるようシートスイッチに凸点を付けるといった工夫を提案します。これが業界全体に広がり、2000年にはJIS規格となり、2011年には日本発の提案としてISOの規格としても制定されるようになりました。きっかけは1人の目の不自由な女性の一言でした。

こうした動きはシャンプーやオセロ、テレビといった製品でも広がっていますし、エレベーター内に常駐する案内係、駅の切符切り、バスの車掌といった従来の職業がなくなったことで、新たに共用品がでてきた例もあります。

4.共有する
ISOには消費者政策委員会(COPOLCO)という委員会がありますが、1998年に日本工業標準調査会がCOPOLCOに対し、規格を作る際の参考書(ガイド)として、高齢者・障害者に配慮したガイドの作成を提案したところ満場一致で可決され、その年からは日本が議長国となり、71番目のガイド(ISO/IECガイド71「高齢者及び障害のある人々のニーズに対応した規格作成配慮指針」)が制定されることになりました。このガイドの下でこれまでに32種類の高齢者・障害者配慮設計指針ができあがっています。

障害当事者と共に規格を作るにはどのような会議にするべきなのかを示した会議の規格もできました(アクセシブルミーティング)。また、障害のある人たちが来た時の応対マニュアルも作成され、愛・地球博や上海エキスポなどで共有されました。

こうした日本の動きはISOでも高く評価されています。2010年に3つの国際標準作成機関(ISO/IEC/ITU)が共同で開催したフォーラムでは、「アクセシビリティ(共用品)」がテーマとして取り上げられ、多くの国が参加しその会議の声明として、障害者団体と連携しながら標準化を進めることで合意されました。また、アクセシビリティへの配慮を点検することが新規テーマとして掲げられました。

5.続ける
共用品・共用サービスを作る上で最も難しいのが続けることです。また、子どもたちにどう伝えるかも大きなテーマです。共用品推進機構では共用品を創るために「不便さ・便利さ調査」から「教育」までの10の取り組み(プレゼンテーション資料P46参照)を進めていますが、この仕組みを国内だけではなく、アジア各国にも伝え、それがさらに国際的な活動になることを目指しています。現在は共用品に関する法律はなく、共用品は企業の努力で成り立っていますが、今後は「一般製品でも障害者が使えるようにすることが望ましい」といった文言が法律に加えられる必要がある時代がくるかもしれません。

政策・理論編

後藤 芳一写真後藤氏:
先日発表された国勢調査の速報(2010年10月1日現在)でも、少子高齢化が一層進んでいることは明らかです。日本の経済は1970年頃から低成長に移り、国勢調査では70年代後半に、国民がモノより心の豊かさを重視するようになっています。

70年代から現在にかけて、「環境」分野で公害(強い影響、限られた範囲)から地球環境(薄く広い影響)が注目されるようになり、「不便さ」対応では特定の障害から高齢者などの不便さに広がっています。それらの背景に、経済社会が成熟してきたことがあります。

社会のニーズを新しい市場につなげることは、産業界でも政府の施策でも注目されています。しかし薄く広い課題であり、これまでのシーズ主導と違うので具体策は未熟です。

たとえば福祉工学は「工学」「医療・福祉」「生活・文化」が関わります。ただ、これらを融合するには、再現性を求める分野(工学)と個別性の高い分野(残り2つ)を橋渡しする必要があります。たとえば生活・文化は、生まれ育った時代や環境によって、利用者の暮らしや不便さへの感覚はまったく異なります。そこでは、単なる融合ではなくて、新分野を創るほどの根本的な取組みが必要になります。

共用品を、福祉用具との関わりでとらえますと、利用者の個別ニーズ(不便さ)にフィットする順に「オーダーメイド」「ユニット化」「汎用福祉用具」「共用品(アクセシブルデザイン)」「汎用の工業製品」になります。市場規模としては、後のものほど大量生産ができるので大きくなります。「共用品(アクセシブルデザイン)」は「汎用の工業製品」に少し工夫を加えることで、市場規模を犠牲にすることなく、ある程度の不便さに対応できます。

1993年に福祉用具法ができて、福祉用具産業政策が始まりました。重要な政策の1つは、統計を整備して、産業界の自然な参入を促すことでした。そこでは、「汎用福祉用具」、「ユニット化」、「オーダーメイド」を狭義の福祉用具(コア部分)、それに「共用品(アクセシブルデザイン)」(周辺部分)を加えたものを広義の福祉用具と定義しました。

コアの部分は、主に福祉政策による対応、周辺部分は市場原理を働かせるという考え方です。要介護ではないが生活に不便を感じる高齢者が急速に増えていることもあり、市場規模はコア部分が1.2兆円、共用品が3.4兆円となっています。

思想編

我々は、共用品への取組み方自体が一つの思想ではないかと考えました。気づく、から続けるにいたるモデルに沿って、そのポイントを整理します。

1.気づく
「気づき」から「行動」に至るまでには一般に次の4つの段階があります。
第1段階:課題に気づき、声をあげる
第2段階:課題が生じた原因を指摘する
第3段階:対案を提示する(財源や社会制度との調和といった実現性は問わない)
第4段階:社会制度や財源の点で実現性ある対案を示す

2.動く
「動く」は「動機」の側面から3段階に分けられます。先の洗濯機の事例では、最初の「普及初期段階」では、不便さを指摘された社員が「自分にできることは何か」を考えました。対応の手順が確立していないため、すぐに正解はでませんが、自分で考える値打ちがあります。次の「普及段階」では、標準的手法が確立され選択肢が提供され、速やかに優れた成果が出ます。ただ、考え抜いて創り出すというより、選択・判断するという性格になります。さらに、社会の規範に織り込まれた段階では、“マナー"のように基本動作に織り込まれ、また無意識に帰ります。

3.形にする
工業デザイナーを例にとりますと、工業には効率が必要なため、対応する境界線を決めることになります。これは「対応しない領域」を作る意味でもあります。大勢によくするために負を生じるところは、「原罪」のような性格でしょうか。その点には自覚的でいたいもので、「公約数的なニーズをすくい取って満たすのが有能」で思考停止したくありません。

商品として流通するには、機能、使いやすさ、価格、販路などを調和させる必要があります。すべての条件を「and」で満たすこと。一般の商品開発では当たり前なことですが、不便さや福祉分野(環境も)になると、「良いことをしている」のが言い訳になるのか、一部の要素に傾斜して、他がアマくなることもあるようで注意しておきたいところです。

4.共有する
共有に必要な条件は5つあります。第1に、真の受け手指向(“悪しき現場主義"を排する)、第2に、調整コストを厭わない、第3に、自己主張のためでない(標準化して作者名が消えるのでもやれるか)、第4に、中心的な推進機関の存在、第5に国際・工業標準化です。

5.続ける
元々、狭義の経済原理とは合いにくい取組みでもあるので、折り合いをつける工夫が要ります。変え続けることも大切です。長く続けるには、カリスマ的リーダーよりは、理念・路線・普遍性を推進力にすること。「最初に気づいた」ことに満足して、後は専門家や当局に任せるというのでは不足です。気づいた人が「自ら解き切る」覚悟と責任感を持ちたいです。

未来(来世紀)への課題

これまでの20~30年で共用品への取組みが進みました。来世紀までという長さで考えますと、これまでは不備(不便さ)を直す修正運動のような性格があり、既存の条件(物流、消費者の慣れ等)に制約があるという言い訳も効きました。長い先だと、そもそもから不備をなくすにはどうあるべきかを、主体的に考えることが求められます。

今後、共用の取組みが無意識下に織り込まれるようになれば、人の内面の深いところで、配慮することが加わります。それによってモノや、モノへの取組みが人を高めることになります。基準を満たして「対処済み」とするのでなく、感度をonにし続けること。それが成熟した製品(例:シャンプー)に工夫の余地を生みました。モノの持つ力、利用者がモノに求める意味・要請に対して真摯でいること。日本のモノ作りの力も、日本で共用品が生まれるのに寄与しました。

取り組む本人は共用品を創ろうと思って発想したわけではありません。「違和感(ひっかかり)」を感じて、それを追いかけた結果として「共用品」が生まれました。方向が違えば違うものになっていたわけで、出口が共用品である必然性はありません。むしろ「気づき」から「続ける」に至る、過程に意味があるわけです。この「過程」は、不便さ以外の分野にも応用できる可能性があります。無名の人が普段の営みの中でモノを変え、それを様式化し、国際モデル化した、ここに日本式のモノとのかかわり方が反映しています。

思想や哲学は、世界や社会の成り立ち、そこで人がどう生きるかを説くものであり、古来、普遍的な考え方が示されてきました。ただ、文明・社会が成熟し、複雑になるなかで、先哲の及ばない領域が生じている可能性もあります。いま生じている課題に、いまの価値や行動を織り込んで対応の規範を創る。それが国際的な基準となり、他の分野の規範としても活用される可能性を持つ。こうしたところに、共用品の思想性があるのではないかと考えています。

コメント

コメンテータ:
「共用品」というと、障害者が不便さを感じていたモノを健常者にも使いやすくしたモノとして捉えられがちですが、共用品の根底にあるのは、「かゆい所に手の届く」日本のモノづくりのきめ細かさや、サービスの精神であることが理解できました。使い勝手の良さを追求する日本ならではの現場の努力の積み重なりということもできます。共用品には日本のモノづくり思想の原点があり、共用品思想はモノづくり思想ともいえるのではないかと考えさせられました。

質疑応答

Q:

市場規模はどのようにして測られましたか。また、共用品と知的財産権との折り合いはどうなっていますか。

星川氏:

包装容器に関しては中身を除いた容器部分の割合で市場規模を測っています。他の機器では製品出荷額を市場規模として測っています。

後半の質問に関しては、シャンプーの容器側面に最初にギザギザを刻んだ企業が実用新案を放棄せず他社に特許料の支払いを求めていては、他社は追従しなかったように思います(実際、他の製品でそうした事例がありましたが、他社は追従していません)。そこでは、特許で儲ける以前に共用品を同業他社に広げることで消費者の利便性を高めることが目指されました。諸外国との関係では、共用品の知的財産権はJIS化された段階で国のものとなります。また、当時の諸外国では、売れる規格が優先され、高齢者・障害者関係の標準化はあまり進んでいませんでした。使い勝手に関しては、包装容器でもギザギザ以外の部分では各社がそれぞれに特許を取得しています。そうした特許を共有することと、共用品としての工夫を共有することとは違う話です。望ましいのは、切磋琢磨する部分を保ちながらも、共通化が求められる部分はJIS化したり特許を放棄したりすることと思います。

後藤氏:

不便さへの対応をどこまで共有するかを定める基準が明確にあるわけではありません。かなり工夫したものであれば知的財産化する領域もあります。一社が知的財産権を放棄して他社が追随する動きは、成立する分野としない分野があります。また、国際標準化されたあとで一社の特許が織り込まれていることが判明し、その一社が標準化作業時に悪意であった場合でも、事後的に同社が特許料の支払いを求めた場合、その求めを無効とできるのか、国際的にも難しい問題になっているようです。日本では、共用品推進機構を中心に、業界団体がそれぞれの業界内で誠意に基づく取り組みを進めているところです。

この議事録はRIETI編集部の責任でまとめたものです。