【通産政策史シリーズ】日本に商品先物取引市場は必要か?

開催日 2011年6月30日
スピーカー 尾崎 安央 (早稲田大学 法学学術院教授)
コメンテータ 高島 竜祐 (経済産業省 商務流通グループ商務課長)
モデレータ 西垣 淳子 (RIETI上席研究員(兼)研究コーディネーター(政策史担当))
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平成22年末、前年に成立し段階的に部分施行されてきた商品取引所法改正が全面施行となった。法典の名前も「商品先物取引法」に改められた。かつて多数存在した公設の商品取引所は現在3取引所のみとなり、経済産業省が管轄するものは東京工業品取引所1つだけである。そのような日本の商品先物市場の現状にあって、今なぜ法改正をする必要があったのか。それが今日のテーマである。

時まさに今、農林水産省ではコメの試験上場が議論されている。これも商品先物取引法の世界である。日本にコメという商品の先物市場がリスクヘッジなどの目的において必要なのかどうかが議論されている。世の中には、商品先物取引はいかがわしいものというイメージが相当程度浸透しているようである。そのイメージに支えられて、そもそも日本には商品先物取引のための市場は要らないとの主張すらある。それでよいのであろうか。この問いに答えを出すためには、商品先物取引市場が存在することの意義が何かを、まずは問わなければならないであろう。その存在意義に対する認識の共有があってはじめて、日本マーケットの発展のための施策を考えることができるようになるであろう。

今日の話は、法改正の前提となった審議会での議論を繰り返すだけのことになるかもしれないが、改めて原点に立ち戻って、「日本に商品先物取引市場は必要か?」という根本的な問いを論じてみたい。それは、この法改正が何を目指そうとしたものであったのか。今、法改正をして、日本の商品先物取引市場をどのようにしようと考えたのか、という話にもなるであろう。

議事録

はじめに

尾崎 安央写真日本の商品先物市場の状況は、平成22年末に産業構造審議会(商品取引所分科会)で商品取引所法の改正議論が行われていたころと比べ、また、商品先物取引法が全面施行されてからも、変わっていません。むしろ悪化しています。トラブル多発期には「日本に商品先物は不要」との見方すら生じましたが、この主張は委託者保護を強調する立場から現在も根強く行われています。

では、日本に商品先物市場は本当に必要ないのでしょうか。

日本の商品先物市場の現状

1.惨状
日本の商品先物市場の惨状は、視点を変えれば、アジアのライバルである中国市場の拡大・隆盛を意味します。分科会では日本市場の低迷が指摘される一方で世界的な商品先物市場の活況が紹介されました。

2.総合取引所構想
投資サイドにとってプラットフォームは1つであることが望ましく、行政の重複や規制の不均衡は是正されるべきですが、それだけを理由に取引所は1つでなければならないと考えるのは短絡的です。各市場の機能の違いを意識しつつ、より適切な有機的連携を図るのが総合取引所という構想なのかもしれませんが、クリアリングレベルでの受け渡しの違いは解消できないとの声は証券取引関係者からも聞かれます。

3.コメの試験上場
JAグループはコメの試験上場への参入に反対しているようです。しかし報道を見聞きする限り、そこには先物取引に対する誤解があるようです。コメに価格変動リスクがあるのだとすれば、それをどのようにヘッジするのでしょうか。ヘッジのニーズはないのでしょうか。これは大口生産者や消費者にとって重要な問いです。コメ価格センターは解散しています。先物業界からはコメの先物取引を求める声が聞かれますが、その主張の方がまっとうなようにも感じられます。高まるリスクに対し公設の先物市場を使わないのだとすれば、これに代わる手段を真剣に議論するべきです。

商品先物市場の経済的意義

商品先物市場には、第1に、価格発見機能があります。かつての日本には、先物市場で形成された相場が世界に発信され、それを基礎に取引が行われてきた歴史がありました。日本市場からの情報発信が重要であるとするならば、この機能が日本に商品先物市場を設けることの意義になるのかもしれません。

第2の経済的機能は価格平準化機能です。先物価格は鞘取り取引等で平準化するといわれています。また先物取引価格は究極的には現物価格に収れんするはずです。

第3にリスクヘッジ機能があります。保険つなぎ機能ともいわれています。

第4が資金運用機能です。価格変動は格好の投機の場です。いわゆるスペキュレーションですが、投機マネーが潤沢に流入すれば商品先物取引の経済的機能はより効果的に発揮できるようになります。相場操縦も難しくなるはずです。価格変動リスクを転嫁するニーズに十分対応できるスペキュレーターが存在すればヘッジもしやすくなります。

第5に換金実物取得機能があります。現物の買いニーズを持つ者が先物の買いポジションを持てば、在庫を抱える必要はありません。受け渡し限月で受け取ればよいだけだからです。となると、在庫を抱えることで生まれるコストが削減できます。現物の売りニーズを持つ者も先物の売りポジションを持てば、究極的には換金ができます。

これらの経済的諸機能は商品先物取引に本来備わっているものです。差金決済だけの市場もありますが、シカゴ、ニューヨーク、ロンドン等の市場での現物先物取引はすべてこうした機能を備えています。公設市場の管理を万全にする仕組みは各国の法律で整えられています。日本市場の場合も同様で、主務大臣の監督は商品先物取引法により、きめ細かく及んでいます。

日本の商品先物市場の歴史

日本の商品先物市場の歴史は江戸時代にまでさかのぼります。さまざまな説はありますが、日本は先物取引の発祥地であるとの見方が一般的なようです。

にもかかわらず、日本では商品先物取引に対して悪いイメージが抱かれています。その理由の1つに、一般大衆投資者に損害を与えてきた点が挙げられます。証拠金取引ですから、少額の投資のつもりが実際には大きな取引をしていたということも起こりえます。差金決済のタイミングが難しいというのも事実です。その意味ではプロまたは準プロといわれる投資家に馴染む取引なのかもしれません。

しかし、ヘッジャーに対峙するスペキュレーターが大量に存在しなければ先物取引は十分機能できません。取引量が小さいと価格変動は大きくなり、より投機的な市場となります。出来高・取組高の増加が望まれるのは当然のことです。

商品先物には、進んで投機をしようとした一般大衆を裏切ってきた歴史があります。また投機をする気のない一般人を勧誘し、無理やり引き込み、損を与え、多くの民事訴訟を招いた歴史もあります。

このように商品先物の受委託をめぐるトラブルが社会現象化したため、非常に厳しい法制度が敷かれるようになりました。コンプライアンスコストが高すぎるといった、日本の商品市場法制に対する批判、とりわけ、利便性の低さに対する不満は、今述べた歴史的経緯からすると、仕方のないことなのかもしれませんが、このままでは世界的競争に勝てません。

日本市場がなくなれば、海外の投機資金が国内に流入しなくなり、日本の投機資金が海外に多く流出する可能性が高まります。海外でしか取引ができなくなると、為替リスクだけではなく、商慣習の違い、裁判における準拠法や裁判制度の違い、訴訟費用などからさまざまな不利益を被る危険もあります。受け渡し場所が日本にないというのも不便です。

日本には商品先物取引の伝統が残されています。商品先物取引に関するノウハウの蓄積もあります。しかし、今、この伝統の火が消し去られようとしています。それを完全に消してしまった後に、商品先物取引の必要性が生じたとしても、ゼロから作り直すのは難しく、コストもかかります。

先物取引は日本が市場を前提とした経済活動をする限り必ず必要となります。リスクヘッジの必要があるとき、先物取引は有用な経済手段となるからです。

日本の商品先物市場法制

商品先物取引法はその第1条にある通り、商品取引所の組織、商品市場での取引の管理を定める法律です。主務大臣の許認可が必要な領域が多様ですが、取引所自身の自治体制は自主的規制として重要な役割を果たしています。法律はまた、取引所のガバナンスに外部の目を入れることで信頼性を高めるよう取引所に求めています。

そうした管理により、公正な価格形成がなされれば、商品先物市場の信頼性は高まります。商品の生産や流通も円滑になり、日本に有利な結果が生まれます。理想的にはそうなります。問題は現実です。

商品先物取引は法定の自主規制団体の監督も受けています。委託者財産の保全にも万全が期され、債務不履行に対してはクリアリングハウス制度等が設けられています。倒産隔離やセーフティーネットも用意されています。形は整っています。問題は実質です。実質の確保には痛みや費用負担が伴うため、現状では、現実を理想に近づけるのは難しいのかもしれませんが、理想を追うことは依然として大切です。

商品先物取引法では、海外先物法も取り込み、規制間のアンバランスも解消できました。金融との融合についても、その可能性を疎外しないよう整備されました。残すは実行のみです。

日本の商品先物市場およびその法制度の課題と展望

「惨状」に対しあきらめるか、手を打つのか。その選択をする際に問うべきは、日本に商品先物市場は必要なのか、不要なのかという点です。必要と判断するのであれば、市場の利便性を高め、本来利用すべき人が利用できるようにするべきです。価格形成を含め商品市場自体の信頼性を高めることも重要です。そうすれば、国内外から投機資金が円滑に流入し、ヘッジャーにとっても使い勝手のよい市場となるでしょう。

世の中の動きは激しく、現在の経済状況は不安定です。アジアでも国家間の競争は激化しています。世界的には取引所間の競争も過激になっています。商品先物取引の経済的機能は国家として決して過小評価できるものではありません。あるいは、実を伴わせることによって、過小評価できないものにしなければなりません。

経済活動でリスクマネジメントは不可欠で、先物取引はリスクマネジメントの重要な手法となります。先物取引に偏見を持たず、それに貼られた「取扱注意」の意味を正確に理解し、それを正しく利用することが望まれます。

ヘッジニーズを持つ者に先物取引の有用性を納得してもらうことも大事です。仮にこれができたとして、今度はそれに対峙する投資サイドにも積極的に参加してもらわなければ、市場は有効に機能しません。そのためには、プラットフォームを1つにし、規制間アンバランスを解消し、規制の重複を解消する必要があります。

総合取引所構想がこのことを含意するのであれば、大方の賛同が得られるでしょう。商品先物市場が日本の歴史で極めて重要な役割を果たしてきたことは、通商産業史をたどって改めて確認できた点です。

皆さんもぜひ考えてみて下さい。日本に商品先物市場は必要(不要)なのかを――。

コメンテータ

高島 竜祐写真世界の商品取引所の出来高が急増する一方、日本の商品取引所の出来高は、ピーク時の5分の1にまで減少しています。特に農産物先物取引で減少が顕著です。取引所の数も大きく減少しています。そうした中で中国とインドが目覚ましい伸びを示しています。

商品先物取引に関係する苦情相談件数は平成15年度をピークに減少しています。この数は、商品先物取引法の完全施行を受け、今後さらに減少すると見込んでいます。しかし、こうした成功は、市場への新規参入者数の増加をもたらすものにはなっていません。そこに現在の問題があるようです。

国際協調による規制(市場監視)の強化は、米国との間で完全な情報交換協定を締結したり、証券監督者国際機構(IOSCO)の世界共通の情報交換枠組みに加盟したりすることで、相当進んできています。

スペキュレーションに対する誤解は日本やコメの取引に限った話ではありません。米国の民主党は共和党と比べて市場に対し懐疑的ですし、スペキュレーションを「悪」として捉える見方はオバマ政権でもかなり強いようです。フランスでも同様の色合いは出ています。そうした中、日本は、事業者・金融機関による市場参入(プロ市場化)を促進していますが、事業会社のヘッジ取引に対する理解の浸透が十分でない面があります。

国内・海外・店頭商品デリバティブ取引では横断的に規制体系を整備しました。最低限の規制で信頼性はそれなりに回復できているのではないかと捉えています。

行為規制については、プロアマ規制を導入したことでプロが相当加入しやすくなったように思えますが、対事業者の営業活動には難しい側面が残されています。

工業品先物市場競争力強化に向けた取り組みも進んでいますが、投資信託等がなかなか伸びない中、投資資金の海外流出は現在も続いています。クリアリング機能も強化し、欧米から見ても違和感のない証拠金制度になったにもかかわらず、結果がでていません。

世界の動きとしては、直近では、トロント取引所グループ(TMX)とロンドン証券取引所グループ(LSE)の合併が模索されていました。ニューヨーク証券取引所(NYSE)ユーロネクストグループはドイツとの合併を目指しています。豪州とシンガポールの間でも取引所合併の話が政府間で進められていました。このように、世界では、国際的な取引所合併の動きが生まれています。その最大の要因となっているのが、取引所のシステムコストの大きさです。こうした動きは今後日本でもできてくると思いますので、法体系がその流れを阻害ではなく促進することで、商品市場を活性化していかなければならないと考えています。

質疑応答

Q:

取引所間の国際合併の動きについてはどうお考えですか。

A:

「合併」というのは法的な意味での合併ではなく、システム統合等による「連携」を指すものと思われます。さまざまな取引所が本部の資本傘下に入るかたちでの連携は十分可能ですし、実際、そうすることで効率性を高める動きは起きています。

今後議論が活発になるのはアジアです。アジアでパフォーマンスを上げている中国、インドは、世界的に自分たちの価値を高め、自らを売り込み、その立ち位置を確保しています。日本の取引所もパフォーマンスを上げなければ、どこかで呑みこまれる危険があります。呑みこまれず、独自路線を歩む場合も世界で孤立する危険があります。そうした中、日本は世界でどうあるべきかを考えなければなりません。まずはパフォーマンスを上げなければ、発言力は強まりません。システムコストをどう削減するのか、どのシステムと統合させるのかという点で、日本は今後大きな決断に迫られるのかもしれません。

この議事録はRIETI編集部の責任でまとめたものです。