JXグループにおける震災の影響、対応、今後の課題

開催日 2011年6月9日
スピーカー 杉内 清信 (JXホールディングス(株)取締役 専務執行役員)
モデレータ 入野 泰一 (RIETI上席研究員)
ダウンロード/関連リンク
開催案内/講演概要

JXグループの震災による被害状況と緊急の対応策について紹介する。
今後、当社グループが復旧に取り組むにあたっては、
(1)石油の安定供給をどのように確保するか
(2)ハイテク関連素材の供給体制をどうするのか
という点を明確にする必要がある。
これらは国の政策、戦略と切り離せない問題である。

議事録

JXグループ概要

杉内 清信写真JXグループは、昨2010年4月1日に新日本石油と新日鉱HDが統合持株会社の「JXホールディングス」を設立し、7月1日に3つの事業会社を設立したことで発足となりました。事業会社であるJX日鉱日石エネルギーは石油の精製販売を、JX日鉱日石開発は油田・ガス田の開発を、JX日鉱日石金属は主として銅を扱う事業をそれぞれ展開しています。

JXグループの2010年度(実績)の売上高は約9兆6000億円、経常利益は4000億円強です。実質的な実力を示す、在庫影響を除いた経常利益は約3500億円で、石油精製販売事業がその半分強を占めています。

JXグループにおける震災の影響と対応

2010年度の特別利益はマイナス65億円となりました。震災の影響はマイナス1260億円の巨額な損失となりましたが、グループ再編に伴う特殊な利益があったため、特別損益全体としてはその影響が打ち消されています。2011年度決算では、震災の影響は300億円程度のマイナスで残る見通しで、2010年度と2011年度の2年間で合計1500億円超の震災被害を受ける見通しです。

震災影響による特別損失(2010年度計上)の大部分は石油精製販売で生じ、その状況は、2011年度の見込み分を合わせた場合も変わりません。石油精製販売が被る特別損失(2010年度と2011年度の総額)のうち、半分弱は仙台製油所で発生する見込みです。その次に大きな損失を被るのが鹿島製油所です。その他、ガソリンスタンド網、油槽所(中継基地)も相当の被害を受けています。

仙台製油所は来年まで復旧できず、稼働していません。ただ、中継基地(他の製油所から運び込んできた石油を東北地区に運ぶ)としての役割はかなり早い段階から取り戻せそうで、現在はこちらの方を急いでいます。鹿島製油所も100%の回復ではありませんが、先日6月4日にようやく生産活動が再開となりました。当面は能力の6割程度が稼働、全面的に回復するのは秋になる見通しです。

金属系の各工場でも順次回復活動が進み、ごく一部の製品を除いて、ほぼ元の生産状態に戻っています。ただ、ここでも100%の回復には至っていません。

次に被災の詳しい状況ですが、製油所関係では、根岸の製油所で運転を一時停止しましたが、生産活動は1週間から10日程で再開させました。鹿島製油所では主に海上の入出荷設備が被災しました。

仙台製油所は全面的に被災しました。ここでは出荷設備で火災が発生し、近くにLPGタンクがあったため、近隣地域住民に一時避難をお願いするという事態も発生しました。また、電気系統の設備が津波で被害を受けました。電気系統は海水につかってしまうと、ほぼ使い物にならなくなってしまうため、なかなか立ち上がれない状況となっています。

油槽所、ガソリンスタンド、タンクローリが東北地方全域で大きな被害を受けました。ガソリンスタンドは95%程度まで回復しています。東北地方で稼働していたタンクローリの半数以上が海水に浸ってしまったこともあり、東北地方の消費地にガソリンを運ぶ能力が激減しました。これに対しては、西日本にある製油所から運んでくる、タンカー(船)やタンク車(鉄道)の輸送手段を使って東北地区に運ぶ、他の石油会社から融通してもらう、輸出する予定であった部分を国内供給に回すといった対応をとりました。

輸出は3~4月分はすべてキャンセルし、国内向けに回しました。輸出専用工場として昨年、中国資本との合弁会社で運営を始めた大阪の製油所も、先方の了解を得て、輸出をすべて取りやめ、国内に回しました。こうした対応で、何とか供給をカバーできました。

JX金属が茨城県にもつ2つの工場も被災しました。これらの工場では精密な精度が求められるため、わずかな揺れでも装置が停止する仕組みになっていますが、今回の震災では余震が繰り返し起きたため、少し復旧してはまた停止する、の繰り返しで、回復に時間がかかりました。それでも、4~5月にかけて生産を再開しています。一部製品についてはまだ完全には戻っていませんが、お客様に大きな迷惑をかけずに済ませるように、世界の他の地域での生産で振り替える、同業他社に生産を依頼する、在庫を活用する等の対策を講じました。

課題(震災の結果見えてきたエネルギー政策の問題点)

当社としての短期的課題は被災設備の復旧です。中長期的には現在の経営戦略を見直す必要があるのかを見極めることです。

国全体としては、第1に、エネルギーの供給見通しが従来の考え方のままでよいのかを改めて考えるべきです。原子力偏重からエネルギーの多様化(化石燃料の再評価、再生エネルギーの活用など、エネルギーのベストミックス)を志向するべきなのではないでしょうか。

石油精製能力については、我々は能力過剰の状態が今後も続くとの見方を保っています。精製能力は今後とも減らしていくというのが基本的な考え方ですが、そのような考えで各民間企業がそれぞれに判断を下し、独自の取り組みを展開していった場合、安定供給の面で問題はないのでしょうか。従来通りの考え方でいくと、民間企業は相当早い時期に判断を下すはずです。

製油所立地についても、どのような地域に立地させるのかを民間企業の判断のみに任せてよいのでしょうか。先ほど紹介した仙台の製油所は東北地方で唯一の製油所です。その製油所の復旧に500~600億円の費用がかかる。今回当社は経済合理性に照らして製油所存続の判断を下していますが、企業のおかれた条件によっては巨額な復旧費用を要する設備は閉鎖すればよいという判断が生まれる可能性があるのは、民間企業としては当然のことです。そういったことも含め、製油所の能力が今後も減る可能性が高いとき、各企業の最適で判断して問題はないのかは重要な課題となります。国としての方針がなければ、各企業は部分最適で動くしかありません。

第2に、今回の震災では、特定地域に石油が届かないという現象が起きたわけですが、今後、そういった事態にどう備えていくのでしょうか。石油会社のみが責任を負うべきなのでしょうか。日本は国全体としては相当の備蓄を有し、海外からの石油供給の途絶への備えはできています。一方、国内の一部地域で供給が途絶えた際の対応として、現在の石油備蓄体制で問題がないのか、今回の震災を受け、改めて再検討する必要があります。今回は臨時的にポータブル計量器や仮設ガソリンスタンドで工夫をしてもらい、最大限の対応を図りましたが、今後はどうするのでしょうか。また、緊急時の輸送体制はどうするのでしょうか。

第3に、電源の分散化(系統電源に頼らない分散型電源)が必要なのではないでしょうか。もちろん、分散型電源にはコストがかかるという問題があります。国の補助があったとしても、コストは依然として高いままです。この問題をどう解決するのかも課題です。本気で取り組むのなら、相当の政策誘導が必要です。当社では今後、電源の分散化が重視されるとの見方に立って、新エネルギーのビジネスを積極的に展開しようとしていますが、この分野に対し国全体がどう動くかによっては、当社の取り組み方も変わってきます。

こうした課題は1つの企業の取り組みだけでは解決できません。国としての方向性が早急に打ち出されることが望まれます。

課題(金属系事業で起きた問題)

茨城県の工場が被災した結果、生産が大きく落ち込みました。その際に大きく持ち上がったのがサプライチェーンの問題です。

当社のハイテク関連の事業では、基幹部分は、技術流出への懸念等を理由に、すべて国内に生産所を留めてきましたが、震災を受け、そうした体制を持続させることが望ましいのかが問われるようになっています。たとえば、今回被害を受けた磯原工場が生産する液晶用ターゲット材料は世界シェア45%となっています。この液晶用ターゲット材料の上流の、基幹の工程は磯原工場にしかありません。今回は日本の同業他社の助けを得て何とか乗り越えることができましたが、日本に同業他社がいなければ、頼れるのはライバルである韓国メーカーや中国メーカーしかいなくなります。そうなると、供給途絶期間が長期化すればシェアを奪われてしまう可能性が発生します。

今回の震災では、工場が直ちに再建さえできれば、従来通りの生産活動ができる企業(主に中小企業)があると思われます。そうした企業に対しては、被災地に対する国の支援として、税制面や金融面で支援を講じれば、元に戻すことは可能だと思います。問題はむしろ大企業の事業で、お客様から工場の分散化を求められるケースです。これは深刻かつ難しい問題です。ちょっとした支援で解決できる問題ではありません。国内で分散化を図るという解決策もありますが、お客様によっては、「日本+その他」での分散化を求めてくる可能性も十分にあります。企業としても、コスト等の観点からその方が望ましいと判断する可能性も十分にあります。実際、当社でも、お客様からそういった要請を受ける商品が一部に出始めています。

日本のメーカーのこの工場でしか作れないという製品は、短期的には、お客様はそれを買わざるを得ないので買いますが、その状態を今後も継続させるのは非常に難しいと思います。自分たち以外には世界中の誰も作れないという製品の数はごく限られているからです。企業としては、国・地方がこの問題をどう捉えていて、どういった対策を検討しているのか、意見なり要請なりがあるのであれば、早くに出してもらう必要があります。企業は「待ったなし」で常に決断を迫られています。国の見解は早くに示されなければ、企業は独自の判断で行動せざるを得ないというのは、エネルギー政策の問題でも触れた通りです。

質疑応答

Q:

「今回の震災では東北に1カ所しかない製油所が被災したことが大きな問題となった。製油所がまったくない地域があってもいいのか」との問題提起をされていました。もう少し詳しくご意見をお聞かせください。また、サプライチェーンのリスク分散化の手法として、在庫を多めに持ったり生産箇所を分散させるなどの現物対応を伴う手法は企業の競争力の問題に絡むとの見方もあります。設計情報や金型等を備えておき緊急時に設計情報を元に被災しなかった他社等で直ぐに生産が可能な体制をとる手法(バーチャルなリスク分散)が対案としてありますが、その難点はどこにありますか。

A:

製油所はなるべくなら、どの地域にもあった方が良いです。ただし、海上や陸路で運べる手段があるので、絶対になければならないわけではありません。企業としては経済合理性が最も高い選択をするしかありません。ただし、国として、まったく違うニーズで、いくつかの地域に製油所を構える必要があるという方向性を示すのなら、話は違ってきます。

バーチャルなリスク分散の難点は、業態と工場の位置付けによります。つまり、設計情報や金型さえあれば、現場の熟練度(当社の場合でいえば、工場の運転のノウハウ)に関係なく、誰でも再現できる製品なのかという点と、その製品を作れる工場がどのくらいの数存在するのかがポイントになります。工場の運転ノウハウが必要な製品であったり、その製品を作れる工場が世界に非常に少数しかないのであれば、分散は必要ですし、バーチャルなリスク分散での対応は難しいと思います。

Q:

海岸立地は製油所としての宿命ともいえますが、今後同じような災害が起きるリスクに対し、高台に移す等の対応があり得ると思います。これについてどうお考えですか。また、国の備蓄がもっと機動的に活用できなかったのか、単なる地理的遠さ以上の本質的な部分に問題はなかったのか、政策当局に求める提案があれば教えてください。

A:

立地は確かに重要です。当社の場合でも、8メールの高さにあった工場は、6~7メートルの津波の被害を受けずにすみ、5メートルのところは被害を受けました。しかしだからといって、現在の製油所を高台に移動させるのかといえば、それには何千億円というコストがかかり、さらには、設備自体が極めて大きいということもあり、それは現実的ではありません。従って、復旧等で移設の機会があればその際に比較的高い土地の方になるべく設備を集中させるという対応しかできないと思います。現在は製油所の能力を落としていく方向に進んでいます。ですので、あるとすれば、製油所の閉鎖判断を迫られた際に、立地の高低を判断の要素に入れるかどうか、その程度のことだと思います。

一定量の備蓄義務が課されているとはいえ、民間企業は、オペレーションに必要な分しか製品の備蓄を持ちません。国家備蓄の大部分は原油ですが、製油所の機能が停止してしまえば、原油があっても意味がありません。製品を届けるという観点から備蓄政策を見直す必要があるのか、あるいはないのかは考える必要があります。ガソリンや灯油といった製品に関していえば、民間企業が持つ備蓄は、製油所の生産活動に必要な量としての備蓄であり、備蓄用の備蓄ではありません。これを踏まえて、国がどういう政策をとるかが問われているのだと思います。

この議事録はRIETI編集部の責任でまとめたものです。