震災対応とものづくり現場発の国家戦略

開催日 2011年5月10日
スピーカー 藤本 隆宏 (東京大学 ものづくり経営研究センター センター長/東京大学 大学院経済学研究科 教授)
モデレータ 山本 雅史 (RIETI上席研究員)
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開催案内/講演概要

米国金融危機を発端とする世界不況、円高、中国経済の台頭、東日本大震災など、厳しい状況の続く日本の経済・産業・企業の危機脱却、復興、再成長を考える上で、今後、現場重視の国家戦略が重要になると主張する。ここで現場とは、市場へ向かう付加価値(設計情報)が流れる空間、およびその流れを作る人工物を制御する集団を指す。

日本経済・日本産業は、日本現場の集合体である。その観点から、日本に「良い現場」を残し、それを起点に日本住民の生活水準の向上を目指す諸政策を、試論的に考える。地域産業政策、中小企業政策、法人税制、ものづくり人材育成政策、イノベーション政策、地球温暖化対策、農業強化策などを適宜論じる。

議事録

震災復興で真価を問われる現場力

藤本 隆宏写真現在の日本のものづくりが持つ「迅速性」や「洗練性」といた強みをフルに活かしながら、強みをさらに頑強なものにするには、設計情報を移せるようにする必要があります。それは、緊急時に設計情報を移せるようにするための規定を契約に織り込んでおくことだけで十分達成可能です。それ以上のこと、たとえば無理にデュアルにしたり、在庫を積んだりする、ということを、震災を理由に行うのは避けるべきです。むしろ現在すべきなのは徹底的なスリム化です。確率的に計算できない事象に対しバッファを持つというのは論外です。

今回の震災を受け、日本の「現場」の力は海外で高く評価されています。一方、「本部」の評価は落ちています。「日本は現場が強い国であり、魅力的なものづくり国であり続けている」ということを、「最初は時間がかかったが失地は回復した」というメッセージと合わせて、全世界に発信できるようにならなければなりません。

現場とは、一旦形成されると、自ら生き残ろうとする強力な意思を持つようになります。しかし社長が「ノー」と言えばそこでおしまいです。ですので、現場が経営者に選ばれる力を身に付け、社長に「この工場は大丈夫だ」と認識してもらう必要があります。その際の説得材料が生産性であり、リードタイムであり、品質というわけです。

日本の現場が強いのは、役所にせよ、企業にせよ、周囲に気を使いながら仕事をするメンタリティがあるからです。これは、目標体系や周辺視野がはっきりしているときには非常に大きな強みになります。逆に、状況がじり貧、目標があいまいになると、同じメンタリティが逆効果となり、お互いに見合っているばかりで全体が動かなくなります。この傾向が現場より本部や本社で強いために、「強い現場・弱い本部」になりやすいのだと考えます。その意味で、日本は、目標が明確な復興局面で強くなります。今は、日本がその強みを発揮し、それを世界中に見てもらうチャンスです。それで信頼を得ていくことができれば、資本は再び日本に戻ってくるでしょう。

現場の基本構造

現場の最終的な目的は機能や価値を生み出すことです。一部は自動で動きますが、最後は人間が大部屋(現場)で動いで、多能工のチームワークで機能や価値を生みだす仕組みがあります。現場は、天災等で被害を受ければ、制御できなくなったものを、再度制御できるようにするため動き出します。この現場の基本構造は、サービス業の現場であろうと、製造業の現場であろうと、原発の復旧現場であろうと、日本の強みとなっています。この点に自信を持つべきです。

問題はそれを強い本部にどうつなげるかです。また、今回に関しては、現場があまりにも分散しすぎているところにも問題があります。被災現場は数百キロの範囲で散らばり、「ものづくり現場」も日本全国に散らばっています。これをどうつなげるかが1つの課題です。

問題が分散する際の解決策の1つに、社会ネットワークがあります。救援期から復旧・復興期に移行する際のポイントは、高い組織能力を維持する日本のものづくり現場を最大限に活かすことと、震災対応の初期に世界の評価が低まった本部への信頼を回復することです。

現場にネットワークを、本部にマトリックスを

現在は、広域の復興現場の知識と、全国のものづくり現場の知識の連結が弱まっています。これだけ複雑かつ不確実な問題を、縦割の階層組織だけで解決するのは困難です。従って、マトリックス組織(本部の水平調整)やネットワーク組織(現場の水平連結)が必要となります。

具体的には、(1) 復興の本部(政府中枢)にある縦割りの壁を取り除いたマトリックス組織と、(2) 広域に分散する復興現場と全国・全世界に散在するものづくり現場をつなぐのに必要なサービス体制、道具、機材、設備等を迅速に開発するため、現場群をつなぐネットワーク組織です。後者については、ネットワークが分散している場合、ハブがなければ動かないので、ハブ組織(情報連結の結節点)も必要となります。

国がすぐに着手すべきこと

現在の日本が直面しているのは、トップダウンの本部や会議体だけでは処理できない複雑な問題群です。これからの復旧・復興期には、仕組みや人工物や必要な設備・機材の議論がでてきます。そこで、国に対しては、復興に向けた複数の重要テーマごとに、省庁横断型のプロジェクトチームを立ち上げていただきたいと思います。プロジェクトチームのメンバーは課長・課長補佐クラス以下とし、チームが行うのは立案のみとします。実行は、首相および各省庁の長が発令し、通常の指揮命令系統に従って行います。実行は縦で行うのが最も効率的だからです。

立案に際しては、ノー・タブーを原則とし、「復興」のみを目的とした、省益に縛られない、徹底的な議論を行うべきです。

次に現場ですが、日本には、スペック、制約・機能要件、期限さえ決められれば、期限の長短に関わらず、やり遂げてしまう強力なものづくり現場が山ほどあります。そうした全国のものづくり現場と被災・復興現場とをつなぎ、分散している問題情報や解決情報をつなげる必要があります。その機能を担うのが「復興問題解決センター(仮称)」です。全国には、官民を問わず、現役から退いた技術屋がたくさんいます。そうした人材をボランティアでセンターの人員にすることも可能でしょう。たとえば仙台、八戸、秋田、一関、鶴岡、福島、茨城等の高専OB・OGボランティアを動員する、外部派遣の地域おこし協力隊や地域再生マネージャーと連携するなど、既存の仕組みも活用し、省庁間の壁を取り払った現場ネットワークづくりが必須です。

企業は特殊な問題の解決策を開発することはできますが、使われるのが一度きりの解決策では資金回収できないので開発には躊躇するかもしれません。そこで、国が企業の解決策を買い取り、国は、使用後、たとえば自衛隊に払い下げ、自衛隊はそれを次の災害時等に活用する、という仕組みが必要となります。そうすれば、日本に復興・復旧産業の一大拠点ができあがります。国はそうした取り組みに資金を投入するべきです。

復興問題解決センターに詰める人員は、多くがベテラン技術者などボランティアで、センターが受けた情報を技術情報に翻訳し、自分で解決できる場合は自分で解決し、自分では解決できないが解決できる人を知っている場合はそこにつなぎ、それもできない場合はイントラネットにSOS情報を流す、というようにすれば、ネットワーク理論に基づく限り、解決策を持つ人はほぼ必ず見つかります。これはまさに「オールジャパン」の取り組みです。

世界不況と日本企業

震災前の不況下、日本の企業には、不況に対し、能力構築を図った企業と、右往左往した企業の2つのタイプがありました。

「右往左往企業」と「能力構築企業」とでは、国内拠点のものづくり能力を再構築したか否かが分かれ目となりました。能力構築企業は、戦略構築力も強化し、その上で、適材適所のグローバル展開を見直しています。国内一点張りもあり得ませんし、海外一点張りもあり得ない話です。いざというときに、復旧力・反発力を持つような組織能力を持つ現場を、日本にワンセット、確実に残すことがポイントです。

能力構築企業は複雑化への対応も行っていました。今回の震災対応も、全長数百キロの巨大な人工物を再生するという意味では、複雑化への対応といえます。そうした複雑な問題を解くには、日本流の、「チームで設計し、チームで開発し、チームで生産する」が非常に有効となります。ただ、メカ設計・エレキ設計・ソフト設計の同時複雑化が各社の挑戦課題となっているのも事実です。これを乗り越えることができれば、次の時代の競争優位を確立できるでしょう。

現場重視の国家政策

日本には現場重視の国家政策が必要です。とくに大企業は国境を超える存在ですから、日本経済は、もはや「日本企業の集合体」ではなく、「日本産業の集合体」となっています。「産業」は同種の設計情報を扱う「現場の集合体」です。現場力は日本の経済力を支える資産であり、経済安全保障上も重要な役割を担っています。国の政策では、「現場重視」という認識は広がっているようですが、心棒は通っていないようです。

必要となるのは、不況対策であれ、復興対策であれ、現場をミクロの起点に置いた政策です。

たとえば、地域全体をかさ上げするための「ものづくりインストラクタースクール」を全国に設置することもできるでしょう。中小企業には「ものづくり人材支援」を行い、保護よりも「フロントランナー方式」を導入するべきです。農業についても、現場とビジネスモデルを強化するべきです。農業で成功しているのは、客が喜んで買ってくれる状態にするための「流れ」を良くしているところで、単に規模を拡大しているところではありません。まずはものづくり思想を入れることです。

地球温暖化政策にしても、現場がその気にならなければ、実現は難しいです。その意味で、政策の見直しが必要です。国内発生基準一本やりでは限界があります。全国の現場がその気になる、複線型(発生基準、生産基準、設計基準など)の目標設定とするべきです。

国内の現場力を保全する会社を選択的に優遇する法人税制も考えられます。従業員が所得税を多く払っている事業所を対象とした法人税率の低減を選択的に実施することはできないでしょうか。

これは今回の震災でも確認できたことですが、現場は、人々の生活の張りや人生の意味において大きな位置を占めています。「仕事をしている」、「人のために何かをしている」という意識です。そうした役割を担う良い現場を日本に残していくという軸が政策に入れば、本部にも現場を日本に残そうという判断が生まれるでしょう。

現場が強くなれば、生活も安定し、企業も強くなり、海外の企業が日本に入ってくるようにもなります。そのためにも、今回の大震災を機に、日本は現場を鍛え、「設計立国・ものづくり立国」を目指すべきです。

質疑応答

Q:

今回の震災では、隠れた優良企業が明らかになり、そこを押さえればサプライチェーン全体を押さえられるとの認識が世界に広がりました。復興支援と称して買収の話を持ちかける海外のファンドが出現するリスクを考えれば、日本が持つ擦り合わせの優位性だけを強調するのには不安を感じます。また、日本に与信が残っていると海外企業が考え、品質が悪くてもモジュールな製品の方に魅力を感じたとき、転注して、モデルチェンジ毎に日本の受注が減少していくことはないでしょうか。非競争分野については共通化の道も図るべきではないでしょうか。

A:

ご指摘の通りです。多くの日本製品の設計は従来、過剰設計気味でした。アーキテクチャは製品ごとに固有に決まっているものではなく、最後は顧客や社会が決めるものです。擦り合わせが成り立つのは、擦り合わせ製品なら多少高くても買う顧客がいるからです。これを機に、顧客や社会に機能的に迷惑をかけないことが分かったものについては、震災とは関係なく、どんどん共通部品や標準部品に切り替えるべきです。しかし、大切なのは、地震を理由に、安易にデュアルソーシングにしたり、在庫を積んだり、共通部品に切り替えたり、海外移転をしたりしないことです。アーキテクチャは、あくまでも、社会の要請や市場・競争に基づき決めるべきです。

ある部品が必要だが代えがないため、その部品をつくる企業の買収に動く海外企業があるとすれば、それは、海外の企業が、その製品は擦り合わせでなければならないと認めた証拠になります。ですので、特定分野では経済安全保障上好ましくありませんが、一般には、そうした買収はある程度は問題ないと思います。泡を食って海外に工場移転をする日本の社長と、日本の工場に注目し出資する海外の企業のどちらが良いかは、生活者の観点に立てば明らかです。大切なのは、設計情報をポータブルにし、あくまでも競争力を落とさずにサプライチェーンをロバスト(頑強)にした上で、良い国内現場は少しでも残すことです。災害時には、残った設計情報をベースに、工程設計を修正し、ツールや金型やマスクをつくり直し、設備を復興し、2、3週間で生産を再開することを目標とすべきです。いざという時に、まったく同じものがどこかで再現できるよう、バーチャルデュアルにしておくことです。

Q:

バーチャルデュアルに関連して、素材系やサブマイクロ加工等、分野によっては設計情報があってもすぐには再現できないのではないでしょうか。ある程度の能力はリアルに維持しておく必要があるのではないでしょうか。また、今回は、「オンリーワン企業」であっても儲かっていない企業が多くあったことが明らかになりました。何が欠けていたのでしょうか。

A:

今回の震災でも、設計情報をポータブルにしていたところは、比較的早くに復興しています。設計情報の大元に戻れば、プロセス産業系の生産ラインは、製品が違っても、案外似たような設備を持っています。あと必要となるのは設計情報つまりレシピの移動だけです。問題はレシピと設備の擦り合わせにどれくらいの時間を要するかで、日ごろから「設計情報の避難訓練」が必要でしょう。製品によってはバックアップの生産ラインで事前に製造承認を取っておく必要もある。

今回問題となったマイコンなど半導体の設備ならば、マスクが設計情報になり、その移動可能性(ポータビリティ)の向上が必要です。それこそが災害対応の工程イノベーションです。あるいは、どこまでスペックを落としても、たとえば、類似の標準部品でやっても、顧客の機能要求を満たせるのかを、評価を含め示した災害対応プランを、バーチャルデュアルで考えておけば、素材系であっても、同様の対応ができるのではないでしょうか。この場合はレシピのポータビリティが大切になります。「元のところほどはうまくできなくても、ある程度のものを2、3週間のうちに他の設備で動かせれば何とかなる」という状態を、すべての資材についてつくりだせるよう、いざというときのための「影の工場」「緊急時のバックアップライン」「設計情報の緊急避難プラン」などを持っておくことを、たとえば契約にバックアップ条項で盛り込むなどして、事前に決めておけばよいのです。

オンリーワンの中小企業は多くの場合、儲かるビジネスモデルを作るのが下手で、結果として、内外の他企業に搾取されていることも多いようです。ただ、そうした企業には搾取されているという意識はありません。ものづくりとビジネスモデルの連動が必須です、良いものをつくれば、それなりの値段で売る、機能でものを売る、それでも相手はプレゼンの仕方如何で喜んで買ってくれる、という知恵を付けてあげる外部の人が必要です。儲からないオンリーワン企業に欠けているのは、多くの場合、「製品は機能で売り機能で価格付けする」という考えです。

この議事録はRIETI編集部の責任でまとめたものです。