ドーハラウンドの現状と見通し

講演内容引用禁止

開催日 2011年3月9日
スピーカー 北島 信一 (外務省特命全権大使(在ジュネーブ))
モデレータ 藤井 敏彦 (RIETIコンサルティングフェロー/経済産業省通商政策局 通商機構部 参事官)
ダウンロード/関連リンク

議事録

※講師のご意向により、掲載されている内容の引用・転載を禁じます

2011年がラストチャンス

北島 信一写真WTOドーハラウンド(2001年開始)は、今年10年目に入ります。交渉は難航し、長期化していますが、多国間の枠組みで貿易自由化を推進する日本政府の方針に変わりはありません。

しかも、2012年には米国大統領選挙を初め多くの国で政治日程が錯綜していることから、2011年は合意形成の最後のチャンスといえます。

今年初めのダボス会議では、2010年のAPEC閣僚・首脳会議やG20ソウルサミットを受けて、交渉締結に向けて集中的な交渉を加速化するとのことで各国の政治意思が一致しています。具体的には、今年中に一定の結論を得るとして、今年4月のイースターまでの新たな議長テキスト提示と7月の実質合意が必要事項として確認されています。

しかし、そのために越えるべき壁はいくつもあります。

1つは米国の動向です。米国では2年半前の民主党による政権奪回以降、ドーハラウンドにについて「新興国にもっと貢献してもらうべき」という風潮が強まりました。

日本の場合は、農業、NAMA(非農産品市場アクセス)、サービスなどが主な焦点となっています。NAMAでは分野別アプローチによる自由化を模索していますが、市場アクセスをめぐり先進国と途上国との対立が先鋭化しています。日本としてはルール交渉につき各国の合意形成を図りたい考えです。

日本にとって保護対象となるのが、農業と漁業の2分野です。いずれも補助金の整理等が必要となりますが、難しい分析です。

そうした国内事情に加えて、米国と新興国の利害対立がありますが、世界的な貿易ルールの整備、マルチの貿易枠組み構築を実現していく上で重要な局面ですので、日本として最大限努力するつもりです。

質疑応答

Q:

無差別待遇に関する状況はいかがでしょうか。

米国とEUの途上国の取り扱いと、交渉全体における米国の役割に関しては、どのようにお考えでしょうか。

A:

ルール作りはバイ(二国間)ではなく、マルチ(多国間)で交渉・実施・適用するのが原則です。バイの取り決めはいずれもWTOの審査対象となります。仮にWTOでバイの取り決めを無制限に許容するとなると、WTOそのものの意義が希薄化しかねません。途上国に対する米国とEUの扱い、とりわけゼロアクセスに関しては、それなりに評価しますが、先進国間の取り引きに関しては不公平性が残ります。また、非常に重要な点として、かつて米国がイエスといえばたいていの事が進んだ時代でありましたが、そうしたことは不可能となっています。現在のWTOではG11の枠組みが重要になっています。さらに、153カ国が参加していること、コンセンサスが必要なことが合意形成を難しくしています。

Q:

農業、NAMAにおける米国と新興国(中国、インド、ブラジルなど)の対立については、いかがでしょうか。WTOにおける新興国の取り扱いの問題と絡めてお願いします。

A:

中国など途上国が農産物を輸入する場合、自らセンシティブと判断する品目(小麦、大豆など)に関しては、特別品目(SP)扱いにして、その大部分に関して関税を維持することが可能ですが、それについて米国は新興国の一層の譲歩を求めています。また、NAMAでも、米国はセクター別アプローチを推進し、新興国に対してはそれを義務化したい考えですが、とりわけ中国はWTO・GATT加盟時に既に関税に関してかなりの引き下げを行っているので、セクター・アプローチは「任意」とのこれまでのルールを曲げたくないのが本音です。

WTOにおける新興国の取り扱いの難しさは、「1人当たり」の所得の低さに起因します。たとえば、漁業に関していえば、中国の漁獲高は世界一で日本(世界5位)よりかなり多いのですが、漁業従事者の数も多く、1人当たりの漁獲高は決して多くないとの主張があります。実は漁業は途上国が世界の漁獲高の7割を占めていますが、それを理由に途上国の特別扱いを見直すべきと主張しても、なかなか賛同が得られないのが現状です。

Q:

仮に今年中に合意ができなかった場合、どういったシナリオが考えられますか。

A:

今はとにかく、期限を設けて合意に邁進すべきとの主張が強いのですが、とはいえ、現実的には「2011年中は無理」という見方が強くなっています。仮に2011年中に合意ができない場合、交渉そのものが消滅する可能性があります。しかし、それだけは各国とも回避したい考えです。また、もう1つのシナリオとして、今のシングル・アンダーテイキング(一括受諾方式)からアーリー・ハーベスト(早期収穫方式)に移行することも議論としてはあります。

Q:

将来の交渉方式に関して、ウルグアイラウンドとは違い、これだけ新興国が主張しだすと、シングル・アンダーテイキングで合意形成するのはなかなか難しいのではないかと思われます。たとえば、農業だけを除外して交渉を進めるやり方などは検討されているのでしょうか。

なお、TPPは関税ゼロが原則ですので、これを推進する場合は、WTOにおける日本の「重要品目8%」という主張も譲歩できるのではないでしょうか。

A:

今のところはシングル・アンダーテイキングの下での農業、NAMA、サービス、ルール等、更に紛争処理の2本立てで対応していますが、将来的には個別ベースへの移行はあり得ると考えます。

日本政府としては、基本的にWTOとTPPは別の話として検討しています。ドーハラウンドでは関税以外の部分も農業交渉の対象になるなど、切り口が違うからです。ただ、タイミング次第でWTOの合意がTPPの流れがWTO交渉に影響する可能性はあります。

Q:

TPPがWTOにポジティブな影響を与えることはないのでしょうか。

A:

ウルグアイラウンドの時はマルチの原則が一貫して守られていましたが、今は全体としてWTOを推進する力が非常に弱く、むしろバイが優勢となっています。したがって、TPP自体がWTO全体の動きを加速する効果はあまり期待できないと思います。

この議事録はRIETI編集部の責任でまとめたものです。