カタールの現状と日本の役割

開催日 2011年1月20日
スピーカー 北爪 由紀夫 ((財)日本航空機開発協会 副理事長/前 外務省特命全権大使(在カタール国))
モデレータ 戒能 一成 (RIETI研究員)
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議事録

カタールとカタール人の基礎知識

北爪 由紀夫写真カタールの面積は秋田県とほぼ同じで、人口は外国人労働者も入れても約170万人の小国です。25万人のカタール人で国内総生産(GDP)を単純に割ると、1人当たりGDPは約40万ドルとなり、世界一です。カタール人は敬虔なイスラム教徒(ワッハーブ派)で、日本にとても友好的です。高い語学力(英語)も特徴で、日常生活でアラビア語が話せなくても通用する国です。アルジャジーラは建前としては民間の放送局ですが、カタールの首長家から財政援助を受けています。財政援助を受けているため、その放送内容を巡って、米国やサウジアラビアなどの周辺諸国から首長家に圧力がかかり、時々、軋轢を生んでいます。

女子学生を中心に日本のアニメ、テレビ番組、アイドルに対する関心が高くなっており、インターネットで日本語を独学する大学生も多くいますし、日本への旅行者数も増えています。

カタールを取り巻く国際的な環境(政治面)

カタールは中東のメインプレーヤーになりたいという願望を強く持っています。 1995年のクーデータ以来関係がこじれていたサウジアラビアとは、2007年の湾岸協力理事会(GCC)サミット以降、和解が進んでいます。アルジャジーラの放送内容も含め、サウジアラビアへの気遣いがみられるになっており、国境画定でも合意に達しています。

2008年5月にはレバノンの諸派を集めドーハ合意を作り、フランス・シリアと協同でレバノンの政治的和解への手助けを行いました。

スーダン・ダルフール紛争についても諸派を呼んで会議を開くなど、仲介に取り組んでいます。

中東問題に関するあらゆるコネクション(ハマス、ヒズボラ、イスラム同胞団、イラン、トルコ、フランス、米国、イスラエル)も維持しています。フセイン元イラク大統領の妻子やオサマ・ビン・ラディンの息子オマルもカタールに滞在しています。

カタールには米軍中央軍の航空管制・指揮所があり、そこでイラクとアフガニスタンの空域管制が行われています。また、現在は建物だけですが、有事に備えた中央軍前線指揮所もあります。

米軍の基地を抱えながらあらゆるところとの関係を維持し、サウジアラビアには及ばないまでも、外交面でのメインプレーヤーを目指すというのがカタールの外交姿勢です。

カタールを取り巻く国際的な環境(経済面)

カタールは世界一のLNG輸出国で、7700万トンの生産設備を有しています。

バークレー銀行の株買収(2008年)、フォルクスワーゲンの株買収(2010年)、ハロッズの買収(2010年5月)など、国際金融面でも活発な動きをみせています。

アフリカ諸国を中心とした貧困国への経済支援にも積極的です。特に、アフリカのイスラム国に対しては巨額の援助がカタールから流れています。カタールは先のハイチ地震の際にも軍隊・物資を出しています。スーダンのように経済支援を通じてカタール資本を現地に根付かせる動きもあります。

ドーハラウンド(2001年11月)、国連開発資金会議(2008年12月)、ワシントン条約(CITES)締約国会議(2010年3月)、世界経済フォーラム特別会合(2010年5月)などの国際会議も積極的に誘致し、現在は2012年の気候変動枠組条約COP18の開催をめぐり韓国と鞘当て中です。

直面する問題点

カタールは大きく2つの問題に直面しています。

第1は政治面での問題です。メインプレーヤーを目指すもキープレーヤーが不足し、それにより政策面でブレが生じるケースがあります。カタールで外交面での政治的決定ができるのは首長、皇太子、首相など限られたメンバーで、この人たちが振れると政策も振れます。

事務レベルで決定を修正する余地はありません。たとえば、2009年初頭にガザでパレスチナとイスラエルがもめた際、カタールの首長はエジプトがパレスチナとの国境を閉めたままであることを激しく非難しました。これにエジプトが反応し、さらにヨルダンが巻き込まれ、カタールはエジプト・ヨルダンと大きくもめることになりました。エジプトのムバラク大統領は、2009年春にカタールで開かれたアラブサミットへの参加を見送り、ヨルダン国王も一日参加しただけで、すぐに帰国しています。

このように政治的決定者にアドバイスを提供する官僚層や専門家がいないことが地域でのメインプレーヤーを目指す上での最大の問題となっています。

仲介外交における小国としての限界もあります。カタールで会議をすれば経済援助をするといった「飴」はありますが、会議が難航した際の「鞭」はありません。実際、ダルフール問題は現在、ほぼ難航した状態にあります。

第2は経済面での問題です。カタールはガス市場の軟化にうまく対応できていません。

ドバイ金融危機後、バブルが崩壊し、不動産価格は3割以上下落しました。このため、カタールは自国の銀行が弱体化する前に資本注入し、銀行保有の不動産株を買い上げました。銀行の不良債権を国庫に移管したのです。一方で、国際金融面での活発な吸収合併(M&A)により資金をどんどん使っているため、短期的に資金流動性が不足する状況に陥っています。資産は膨大だが財布に金が足りないというアンバランスが生まれているのです。

また、膨大なインフラ事業を進めているため、公共事業庁などで人材不足が生じています。管理能力も不足しています。

将来を創る20年計画と日本の貢献のあり方

カタールは現在、調整局面にあります。国民の間には「2009年は9%、2010年は16~17%で成長しているのに、その実感がない」という晴れない気持ちが広がっています。

カタールは短期的には資金流動性不足しているため、国営企業(カタール石油など)はその投資資金を外部調達しています。また、地価が下落し、オフィスビルやマンションにも空きがでてくるようになったため、インフラ事業では大盤振る舞いの事業の見直しが進められています。このような状況の中で、2022年のワールド・カップ開催が決まったため、これをてことして、新インフラ政策が導入されるのではないかという期待も高まっています。

現在、カタールでは2030年を目標とするマスタープランを作成しています。石油・ガス依存度を現在の7割程度から3割にまで抑え新しい国家を創ることが目標です。下げた部分を何で賄うのかが課題ですが、現実には石油化学・肥料・鉄鋼・アルミ精錬以外には産業の芽がありません。これは問題です。また、計画策定にあたって、地方自治・都市計画大臣には日本のオリエント・コンサルタントが、首長府経済顧問にはボストン・コンサルティングが付くという、計画作りが二頭立ての構造になっていることも問題です。

そうした状況を踏まえれば、日本にとっては今がチャンスです。カタール国民は先行きに関し鬱々とした気持ちを持っています。短期的な資金流動性も不足しています。マスタープランでも具体的な産業育成の目処が立っていません。

ところが日本国内では中東について模様眺めの機運が広がっています。ドバイで懲りた建設業界は中東でのエクスポージャーをこれ以上増やしたくない考えです。メーカーにも投資などせず、物売りに徹したいという営業姿勢がみられます。

また、日本は物作りへのこだわりが若干強すぎる感じがあります。コンサルタントで対応するところと、自前で作るところを分けて考えることはできないでしょうか。中東には欧米以外のコンサルタントを使いたいというニーズがあるのに、日本企業はまだコンサルタント業務には踏み切れません。また、欧米のコンサルタントとの付き合いをみても、日本企業はEPCコントラクターとの交渉のみに力を傾注し、発注者のコンサルタントへの根回しが不十分で、もめるというケースがみられます。せっかくのチャンスを前に、日本企業は新しいビジネス・モデルが打ち出せず、足踏み状態にあるようです。

金融でも今が貸し時です。カタールの短期的な資金繰りは、ガス価格にもよりますが、今後、3年程度は厳しいと思います。中期的には豊富な資金を享受する見通しで、その頃にはカタールの資金需要はなくなってしまいます。貸してくれといっているとき、つまり今がチャンスです。ただし、資金を融資する際には、単に貸し込むのではなく、韓国・中国対策を視野に、商社等と一体となった日本としてもバーゲニングを展開することが重要となります。

マスタープランに対するものを含め、知恵付けも大事です。しかし、医療器械に関しては米国が国立病院のシステム作りから参画しているので日本に参入余地はありません。

カタールは架線なしLRT(充電池式の市電)に乗り気ですが、夏の外気温(昨年の最高気温は53度)が問題になっています。これに対し日本の企業は、中東では経験がないとして消極的ですが、技術的には遅れていると思われるシーメンスは積極的に対応しています。すぐに実現するのは無理であっても、日本もマスタープランに絡め前向きなアドバイスや対応を行っていくべきではないでしょうか。

また、日本の海外プロジェクトにカタールを資金の担い手として誘い込むことも有効です。事実、既に海外での鉱山開発への参加に興味を表明しています。

カタールは国民皆保険制度の整備を目指していますが、そうした分野でも日本の知恵を供与すれば医療器械の話につながるかもしれません。

来年は日本・カタール国交樹立40周年を迎えます。しかし、日本の大臣級は2007年5月の安部総理訪問以降、一度もカタールに訪問していません。一方、欧米諸国は首脳級を含めトップレベルが頻繁に訪問しています。金融の貸し込みにしても、マスタープランへの支援にしても、日本は40周年を契機に、ハイレベル、トップレベルの交流を目指すべきです。

政治面でもの働き掛けが必要です。中東和平、スーダン等に関する日本の政策とリンケージさせることもできるでしょうし、安全保障面でも、カタール軍・米軍の訓練へのオブザーバー参加やカタールでのアラビア語研修への参加等により、中東情勢に関する情報収集に積極的に参加することもできるでしょう。米国はエネルギー開発分野での湾岸における中国のプレゼンスを警戒しています。日本も同じような警戒心を持つべきとの見方もあります。

一言でまとめれば、日本にとってはやはり今がチャンスです。カタール国民は先行きについて鬱々とした気持ちを抱えています。政治面でも小国としての力の足りなさを痛感しています。経済面でも短期的に資金不足に陥っているので日本への期待は大きなものです。しかし日本は消極的です。日本はもう少し積極的に、迅速に動くことはできないでしょうか。

質疑応答

Q:

日本は現実的に、長期戦略に立ってカタールに金を貸し込むことができるのでしょうか。

A:

昔と違い、カタールは膨大なガスを持っています。今から12~13年前に初めてLNGの輸出を始め、2000年頃から経常黒字に転じています。現在は7700万トンの輸出能力を持っており、アセットは多く持っています。従って、金を貸し込むことに何の問題もありません。実際、ロンドンベースの日本の銀行はカタールに貸したい気持ちを強く持っています。2007年頃まではすべて自己資金でやる姿勢でしたが、今は外部からの借り入れにオープンになっていますので、やりようはあると思います。

Q:

投資協定との関連での質問ですが、投資後10年をスパンで考えたとき、カタールにはどういったリスクがありますか。

A:

カタールは政治的に非常に安定した国です。首長も皇太子も若く、首長家の一員である首相も同じく若く、世代交代もうまくいっています。経済も1995年の最後のクーデター以降、安定し、富の分配もうまく機能しています。政権の継続に危惧する人は少ないと思います。

しかし、LNGの工場基地(ラスラファン)の防備に対する安全保障上の懸念はあります。イタリア、フランス、ドイツ、米国がカタールに海上警備のアドバイスを行っていますが、まだ、海上警備は十分ではなく、国の中核を成すLNG生産設備への警備を強化すべきとの議論は強いものがあります。これと並行して、国境を接するイランとの関係の維持に力を入れています。

投資環境は今後の議論です。現時点では基本的に100%の外資は認めていません。労働者はスポンサー制で自由採用はできません。一回入り込んで現地資本と提携すれば問題はありませんが、日本企業自らがリーダーシップを発揮し投資できる環境でないことは確かです。ただ、100%の外資を一部認め始める動きはあります。それをいかに製造業やサービス業にまで広げさせることができるかが課題です。

Q:

アティーヤ副首相がエネルギー・工業大臣兼務を離れ、首相府長官になりました。アティーヤ副首相がエネルギー・工業大臣兼務を離れた後の日本とカタールの政府間の関係はどのように動くのでしょうか。また、チュニジア大統領の亡命を中東湾岸諸国はどう受け止めていますか。

A:

アティーヤ副首相は国王が厚い信頼を置く人物です。新たにエネルギー・工業大臣に就任したアルサダ氏は副首相より若く、かつて国内のLNG会社のCEOを務めた人物で、エンジニアでもあります。非常にはっきりとものを言う人です。今回の人事は後継者育成の狙いがあるとの見方もあります。日本やアジアとの関係ではアティーヤ副首相の影響がおそくらくは残ると思います。従来の所管のバランスは当面は変わらないと思います。日本企業はアルサダ大臣とのコネクションをあまり持っていないので、コネクション作りに今後、若干の時間が必要になるかもしれません。

チュニジアについては、王政を維持しているGCC諸国では、あまり大きな心配をしていません。GCCは石油・ガス収入も多く、それを政治的にうまく分配し、民心も安定しています。だからこそ、サウジアラビアは前チュニジア大統領の亡命を受け入れたのだと思います。

この議事録はRIETI編集部の責任でまとめたものです。