IMFの世界経済見通し October 2010

開催日 2010年11月1日
スピーカー 石井 詳悟 (国際通貨基金アジア太平洋地域事務所長)
モデレータ 冨田 秀昭 (RIETI研究コーディネーター)
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議事録

※引用は本講演からではなく、IMFの世界経済見通し等の本体、及びIMFウエブ上公表される要約等の資料からお願いします

2010年の世界経済動向

石井 詳悟写真世界経済は全体として穏やかに回復しつつありますが、各国により回復スピードのばらつきが見られます。2010年前期の世界経済の平均成長率は5.3%。アジア・ラ米の新興国が、2009年後期と比べて多少減速しながらも、全体を牽引する形となっています。これらの新興国では、家計支出の好調に加えて、投資や在庫積み増しの増加が成長を支えています。先進国の成長率は3.5%です。過去の危機と比べて先進国の回復が非常に緩やかなのが、今回の同時不況の特徴となっています。

金融部門においては、今年前期に欧州の債務問題が拡大した結果、金融安定化プロセスが大きく後退し、市場の脆弱性が再び顕在化しています。投資家のリスク選好とレバレッジが減少したことによる、株価の下落が各国で見られます。国債・社債のスプレッドも、危機後にいったん落ち着いたのが、ここにきて再び上昇しています。

2010年4月と比べて、金融市場ではリスクとコンディションのいずれも悪化していますが、明るい材料もあります。1つは、新興国リスクが下がっていること。また、銀行部門の対民間貸付が、危機以前と比べて依然低い水準とはいえ、回復しているのも明るい材料です。もう1つの好材料として、銀行の自己資本比率の回復があります。その大部分は政府の資本注入によるものですが、不良債権の償却・引当の見通しがついた(銀行は既に4分の3の損失を償却済み)ことが、市場で肯定的に受け止められています。

今後の見通し――2011年は回復が鈍化する見通し

製造業PMIの低下が最近見られるように、世界経済成長率は今後低下する見通しです。その背景として、在庫積上の減少、財政刺激策の終了、金融市場の不安拡大といった要因が挙げられます。2010年、2011年にそれぞれ4.8%、4.2%になる見通しです。先進国は同2.7%、2.2%、新興国・途上国は7.1%、6.4%の予測です。

先進国は弱い成長が続く見通しです。米国と欧州を中心に、失業率が高い状態がしばらく続きます。米国では低迷する労働市場、住宅の差し押さえ件数の増加、資産価値の低下が個人消費の足を引っ張っています。欧州では、財政問題と金融部門の脆弱性が足かせとなっています。たとえば、第1四半期は好調だったドイツも、周辺国に引っ張られる形で非常に減速している模様です。日本では円高による景気回復の遅れとデフレの長期化が懸念されています。

中国は2010年以降もしばらく力強い成長が続くと予想されますが、政府が住宅市場の過熱を抑制する政策をとったのを境に、不動産・インフラ投資の伸びが鈍化するなど、若干減速気味となっています。

世界経済の下振れリスクは前回の見通しより拡大していますが、成長率がマイナスとなる所謂「二番底」は無いと見ています。2010/11年の世界経済成長率予測の中心値は4.2%ですが、最低でも2%となる見通しです。アジアでも、特にマレーシア、タイ、シンガポールなどを中心に外需の急速な減退による下振れリスクはありますが、少なくとも4%の成長を確保できる見通しです。

下振れリスク――3つの要因

1.ソブリン・リスク
欧州では今年5月、ギリシャ危機に対して、EU、ECB(欧州中央銀行)、IMFの共同パッケージによる、大胆な救済措置がとられました。しかし、問題は危機が欧州各国に飛び火したことです。ギリシャのソブリン・リスク上昇に伴い、ポルトガルやアイルランドといった財政問題を抱える国々でもソブリン・スワップ・スプレッドが急上昇し、現在も高止まり状態となっています。これらの国では、前述の救済措置後にスプレッドがいったん落ち着いたものの、その後、再び上昇、今年8月に欧州中央銀行がストレステストの結果を公表したにも関わらず、上昇傾向が続いています。また、多くの債務を抱えるイタリアやスペインに関しても、ソブリン・スワップ・スプレッドが上昇しています。こうした状況が続くと、市場金利が増加し、投資に悪影響をもたらします。

いずれの主要国でも、仮に経済成長率がベースラインを1パーセントポイント下回ると、GDPに対する債務残高の割合が5%から最大20%近くまで上昇する見通しです。2011年までに各国政府が必要とする資金調達額はどの国でも非常に高いことから、資金繰りが困難になる可能性があります。プライマリーバランスが赤字であると同時に、金融危機直後に発行した多額の債権が今後1年半の間に満期を迎えるからです。

2.銀行部門のリスク
銀行部門の脆弱性が資金循環に支障をきたし、回復を遅らせる可能性があります。実際に欧州では、政府の債務問題が銀行のCDSスプレッドの拡大を招くなど、バランスシートに悪影響をもたらしています。銀行の資金繰りへの対応の遅れも問題となっています。特にユーロ圏は日本や米国と比べて、短期のwholesaleの資金調達の割合が高いため、問題が顕在化しやすい構造となっています。さらに、大量の債務返済も迫りつつあり、今後24カ月で4兆ドルを超える借り換え資金が必要と予測されています。

3.新興国への資本流入
新興国への資本流入は今に始まったことではありませんが、今後さらに増加し、2007年を超える高水準に達する見込みです。新興国の経済成長率の高さと政府債務残高の低さがその理由です。先進国25カ国の格付けが引き下げられたのに対し、新興国は22カ国が引き上げとなったことも、そうした投資家の判断に影響しています。株式市場での資本流入がとりわけ顕著となっています。

しかし、一部の新興国では既に経済が過熱気味で、金融引き締めが必要となっています。資本流入は長期金利を引き下げる効果があることから、金融引き締めの効果を薄める側面があります。また、資本流入により生じる過剰流動性が資産バブルの発生やインフレ圧力の増加を引き起こすことが懸念されます。

政策課題

以上のリスクを回避するには、「2つの不均衡」を是正する必要があります。

1つは、国内不均衡の是正(internal rebalancing)、すなわち新興国における国内消費の低さと貯蓄率の高さの是正。もう1つは、対外的不均衡の是正(external rebalancing)、すなわち貿易収支不均衡の是正です。中長期的かつ健全な経済成長を維持するためにも、これらを同時進行させる必要があり、G20でもその旨が強調されています。

また、市場の信頼を高めるためにも、先進国政府はG20でも合意されている通り、信頼できる中期財政再建計画を発表・実施し、債務を着実に削減していく一方で、国債の満期構成を長期化するなどの国債管理政策を進めていく必要があります。今後10年間に必要なプライマリーバランスの調整をいかに早い段階で進めるかが、1つの鍵となります。

一方、財政再建はどうしても経済成長を鈍化させるため、金融緩和策が同時に必要となります。特に下振れリスクが拡大したときは、一層の金融緩和が必要です。ただ、インドのように資産バブルやインフレ圧力の上昇が見られる国では、金融引き締めがとるべき選択となります。

また、伝統的なマクロ政策を補うものとして、マクロプルーデンス政策が最近注目されています。たとえば、韓国の商業銀行による短期的な外貨借入制限がそれに相当します。

大量の資金が流入する国においては、柔軟な為替レートを導入する必要があります。為替レートが柔軟な国ほど、内需過熱がおきにくいという統計もあります。

このほか、不均衡を是正し、成長を持続するには、構造改革も必要です。たとえば、中国では社会保障を充実させることで予備的な貯蓄を減らし、内需を活性化する政策が有効です。途上国ではインフラ開発と金融市場の発展が中長期にわたり成長を維持する上で重要です。

不均衡是正に向けた各国間での政策協調は必要です。危機の最中は、どの国も財政支援や金融緩和など同様の政策をとっていたため、各国の協調がとられやすかったのですが、ここにきて各国の回復スピードのばらつきから、政策の違いが見られるようになりました。そうした違いの中でも、できるだけ政策協調を図ることで持続的な成長を実現する必要があると考えます。

質疑応答

Q:

IMFは特定の通貨に関して、過小評価、過大評価、適正評価という3つの評価段階を設けていますが、昨今の円相場はどう見ているのでしょうか。また、IMFは為替介入に否定的ですが、他にどういった政策が考えられるでしょうか。

A:

IMFが評価するのは、あくまでも中長期の均衡レート(ファンダメンタルズ)と比べ、一国の実質実行為替レートを評価します。その推計によれば、日本円は中長期のファンダメンタルズとそれほど乖離していないという評価となっています。IMFは為替レートは市場が決めるという立場から、継続的な介入には反対しています。仮に介入をしても中長期的な為替水準に影響を与えることはできないと見ています。

Q:

ストレステストの結果が公表されたにも関わらず、ギリシャやポルトガルなどのソブリン・リスクが5月とほぼ同じ、あるいはそれ以上の水準にまで再上昇しているのは、ストレステストの信憑性が無いと投資家が判断しているからでしょうか。

A:

市場の信頼を取り戻していない、この1点に尽きると思います。ギリシャに関して、IMFは今後2年間の資金は十分に確保していると主張していますが、市場にはいまだに不安感が残っています。また、最近のアイルランドの問題が波及しているという見方もあります。もう1つは、IMFの再建プログラムの実現可能性を疑問視する見方があることです。

Q:

人民元の切り上げを国際協調の中で実現する方策はあるのでしょうか。また、マクロプルーデンス政策に対する評価はいかがでしょうか。

A:

最初の質問に対しては、G20の場で中国を粘り強く説得すること以外の回答はいまのところ見つかっていません。為替の柔軟性が実は中国にとっても有益であることを納得させるべきです。プルーデンス政策の有効性に関しては、学界でも評価が分かれています。たとえば、ブラジルが実施している海外投資家の債券および株式の購入に対する課税にしても、短期的な投資が減った代わりに長期的な投資が増えるなど、資本の構成は変わっても量には影響していないという見方があります。

Q:

中国の人民元切り上げが進まない一方で、中国人民銀行が人民元だけの貿易決済を全世界に解禁する動きが進んでいますが、はたして人民元は国際決済通貨になり得るのか、もしそうだとしたら、それはいつ頃実現するのでしょうか。

A:

資本規制が非常に厳しい通貨は、条件的に国際通貨にはなり得ません。いつでもどこでも他の通貨に交換できるのが国際通貨の条件ですが、人民元にはそうした条件はありません。現時点では元預金のドル変換も、外国企業の国外送金もすべて許可制になっていますが、そうした規制を撤廃しない限り、元の国際通貨化は不可能です。したがって、元がいつ国際通貨となるかは、中国政府の自由化次第といえます。

この議事録はRIETI編集部の責任でまとめたものです。