ダイバーシティ、WLBと企業価値

開催日 2010年9月15日
スピーカー 河口 真理子 ((株)大和証券グループ本社CSR室長)
モデレータ 西垣 淳子 (RIETI上席研究員/通商産業政策史編纂ディレクター)
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議事録

ダイバーシティとワークライフ・バランス

河口 真理子写真ダイバーシティとは「多様な人材が互いを尊重しながらそれぞれに能力を発揮し、それが成果(職務と本人のキャリア)に結びつく雇用のあり方」を指します。ここでの多様性とはジェンダー、人種、国籍、外見、宗教、価値観、身体的特徴の違いなどを指します。

ワークライフ・バランスとは仕事と私生活の調和がとれた働き方を指します。プライベートの充実が個人および組織の生産性の向上につながるとの考えがその背景にはあります。なお、人の生活は、仕事(ワーク・職業人)と私生活ライフ(親や子ども)の2つの側面に、ボランティア活動やNPO活動(市民)などの社会的活動を加えた3つの側面で少なくとも成り立っています。ですので、ワークライフ・バランスというよりはワークライフ・ハーモニーとして捉えるべきというのが私の考えです。

企業の立場からのダイバーシティの意義

現代の企業は多様なステークホルダーに対峙しています。グローバル化の進展によって顧客・操業地・取引先の国籍の多様化も進んでいます。ニーズの多様化に対応する必要もあります。グローバル化やニーズの多様化に対応する従業員に多様性がなければ、企業としてこうした状況の変化にどう対応できるのでしょうか。日本人男性正社員だけの企業がグローバルに勝ち残れるのでしょうか。

ポートフォリオ理論の応用としてのリスク分散の観点もあります。単一的特徴しか持たない集団は外部環境の変化に適応できず、生き延びることはできません。

優秀な従業員を確保する上でジェンダーや国籍にこだわる意味はあるのでしょうか。ジェンダーを例に考えても、女性の能力が男性の能力に比べて低くないことは多くの調査から明らかです。入社試験で成績上位者から採用すると女性の方が圧倒的に多くなるという話も聞きます。優秀な人材の能力を最大限発揮させたいのなら、ジェンダーや国籍にこだわっている場合ではありません。

ダイバーシティが進めば風通しの良い活力のある企業文化を醸成できます。風通しの良い企業という評判が広がれば企業のブランド価値も高まります。一方で企業は少子高齢化が急激に進む中で従業員を確保する必要にも迫られています。

まとめると、企業にとってのダイバーシティの意義は、適応力と柔軟性の強化、労働者の質・士気の確保、ブランドの醸成といった点にあると言えます。

これに対して、ワークライフ・バランスは従業員の士気と心身の健康の確保につながります。弊社でも国際関係の仕事をする部署といった一部例外は除いて19時退社の決まりが徹底されています。その背景には、会社に大切にされない従業員はお客様を大切にできないという社長の哲学があります。

ワークライフ・バランスが確保されている会社には「働きやすい」会社というイメージが生まれ、採用ランキングが上がる場合もあります。そうなれば、以下に説明するように人々の価値観が変化する中で、優秀な従業員が確保しやすくなります。

日本人の家族観・仕事観の変化

内閣府が平成4年から平成19年にかけて「男女共同参画に関する世論調査」で「夫は外で働き、妻は家庭を守るべきである」という考え方について全国調査を実施したところ、年を追うごとに「反対」の考えが増え、「賛成」の数が減っています。現在ではすでに過半数が「妻は家庭に」とは考えていないことが明らかになっています。

同じく内閣府の「男女共同参画社会に関する世論調査」(平成19年)で女性は(も)子供ができても仕事は続けるべきかを調査したところ、男女共に仕事を続けるべきとの考えが最も多くなっています。

女性の労働力は全年齢層で上昇し、専業主婦は消滅しつつあります。実際、2005年の調査で使われていた「専業主婦」という表現は現在では「無業の妻」に置き換えられています(平成22年度版男女共同参画白書)。専業主婦はもはや職業ではありません。

労働者の意識と現実――ギャップは大きい

60~69歳世帯を除くすべての世帯で、「仕事と生活の調和(ワークライフ・バランス)」を希望する人々が6割を超しています(「男女共同参画社会に関する世論調査」(平成19年))。一方、希望が実現できているのは3割程度です。

労働者はどのような職場環境を求めているのでしょうか。「継続就業する上で必要な事項」を調べた調査では「やりがいが感じられる仕事の内容」、「子育てしながらでも働き続けられる制度や職場環境」、「育児や介護のための労働時間での配慮」が上位にきています((財)21世紀職業財団「女性労働者の処遇等に関する調査結果報告」(平成17年))。

特に日本でダイバーシティ、ワークライフ・バランスが必要な理由

1.低い女性の社会的地位
国連開発計画(UNDP)の「人間開発報告書(Human Development Report)2009」によると日本はジェンダーエンパワーメント指標(Gender Empowerment Index)(社会の主要な意志決定で女性が占める割合を示す指標)で世界57位の低さです。具体的には、国会議員や管理職に占める女性の割合が低くなっています。一方、同じ報告書の他の指標では日本の女性の教育レベルは他の先進国並みとなっています。女性の十分な社会参画を可能とする社会システムができていないことがここから理解できます。

厚生労働省の「賃金構造基本統計調査」では「民間企業等の係長相当」で女性が占める割合は14%に満たず、課長相当では7.2%、部長相当では4.9%という低さです。これが日本の現状です。

2.家庭における男性の弱いプレゼンス
「6歳未満児のいる夫の家事・育児関連時間(1日当たり)」は諸外国に比べ日本は圧倒的に少なくなっています(平成22年度版男女共同参画白書)。

3.遅れるノーマライゼーションの取り組み
日本の法定障害者雇用率は1.8%で、この数字を実際に達成できている企業の数はまだ少ないのが現状です。他方、ドイツの法定障害者雇用率は5%、フランスでは6%で、労働力に占める障害者就業率は米国で8.7%、英国で9.2%というのが実態です(障害者職業総合センター「諸外国における障害者雇用政策の現状と課題」)。こうした数字からも日本での障害者就業への取り組みはまだまだこれからと理解することができます。

ダイバーシティとワークライフ・バランスの整理

冒頭で紹介したように、ダイバーシティとワークライフ・バランスは同意語ではありません。ワークライフ・バランスはダイバーシティを確保するための「有効手段」です。逆に言えば、ダイバーシティのない職場でもワークライフ・バランスは可能です。

日本企業には現在も日本人男性正社員が中心という状況があります。ダイバーシティの観点から日本企業にまず求められるのは女性の活用と雇用機会の均等です。そして女性が子育てや出産を経験しながらでも活躍できる職場にするにはワークライフ・バランスのしくみが不可欠です。一旦ワークライフ・バランスを確保できれば、女性だけでなく多様な立場の労働者が働きやすい職場、すなわちダイバーシティが確保された職場が実現できるようになります。ダイバーシティとワークライフ・バランスにはこのような繋がりがあります。

ダイバーシティ、ワークライフ・バランスと企業価値

経済産業省が1万社以上を対象に行った調査によると、総資産に占める経常利益の割合は、女性比率が100%の企業に次いで、男女比率が50%の企業が二番目に高くなっています(経済産業省男女共同参画研究会報告「女性の活躍と企業業績」(2003年6月))。

別の調査で女性社員の基幹化と経営パフォーマンスの関係を見たところ、「女性が活躍している」と考える企業の方が「自社が他社より有利」と考える傾向が強くなっています。同じく、「女性活用の取り組みが進んでいる」と考える企業の方が「自社は競争相手に対し優位に立つ」と考える比率が高くなっています((財)21世紀職業財団「企業の女性活用と経営業績との関係に関する調査」(2004年3月))。

均等推進企業表彰銘柄の対TOPIX超過累積リターンを調べても、受賞時点を0カ月として60カ月の間、受賞企業の数値は一貫して右肩上がり、60カ月後にはパフォーマンスがTOPIXを35%程度上回るというのが平均値となっています(厚生労働省、東証のデータをもとに大和総研が調査)。ファミリー・フレンドリー表彰銘柄の対TOPIX超過累積リターンも受賞企業のパフォーマンスは市場平均を上回っています。

ワークライフ・バランスやダイバーシティなどで測ることのできる経営の質・企業価値は、人事・労務や生産、製品といった分野でのビジネス戦略と、経営理念としてのCSRを掛け合わせたものです。ビジネス戦略がきちんとしていない会社であれば、どれだけ優れたCSR活動をしていても、経営の質は疑問視されます。

ビジネス戦略を担うのも、経営理念を担うのも、共に人であることを考えれば、人材は経営の質・企業価値に二乗でかかることになります。

労働者にとってのダイバーシティ、ワークライフ・バランスの意義

常に仕事のことで頭が一杯で疲れ果てた社員は社会の新しい動き、外の動きに鈍感になります。そのためにビジネスチャンスを逃したり、NGO等からの批判を受けたりするといったリスクが高くなると考えられます。自分の時間を持った上で多様な(異質な)観点を踏まえて判断できる人材の育成は重要な課題です。

ダイバーシティのデメリットとしては環境整備にコストがかかる点が挙げられます。公平な処遇ができなければ逆にストレスが高まる可能性もありますが、だからといって多様な人材は受け入れないというのはロジックの逆転です。この課題にうまく取り組んでいるのがグローバルに成功する企業です。

持続可能な社会とダイバーシティ

戦後50年続いた高度成長の背景には大量生産・大量消費型の社会があり、官僚がリーダーとなって企業という羊の群れを率いる仕組みがありました。同質性が重視される社会では多様性は足かせになりました。結果、経済活動の現場では女性性・多様性が欠如する一方で子育て現場で父性・男性性が欠如するという弊害が生まれました。

私たちは現在、地球の生産力の1.25倍の資源を消費しており、このままでいけば持続不可能となるという状況が生まれています(世界自然保護基金(WWF)「生きている地球レポート(Living Planet Report)2008」)。一方、資源の分配については、貧富の差が世界的に広がる中、先進国のみが豊かになるという状況もあります。

産業革命以降続いた化石エネルギーに支えられる成長は限界に達しています。横ばいの経済で今後、持続可能な経済社会を実現するには、突撃して陣地を拡大する攻撃的な男性原理よりも、共同体の中でシェアを図る女性原理の方が望ましくなるのではないでしょうか。価値観の変化を念頭に置くならば、ダイバーシティあるいは女性原理をいかに重視するかが重要になります。

質疑応答

Q:

ダイバーシティ、ワークライフ・バランスを促進するために取り組むべき政策課題についてはどうお考えですか。

A:

ダイバーシティやワークライフ・バランスの取り組みは放置しておいても社会の流れを考えると少しずつであれば前進すると思います。前進せざるを得ないからです。ただ、短期的には流れを阻止する壁はたくさんあります。人事は制度です。制度が変わらないと全体は変わりません。現時点では、よほどの大洪水でも起こらない限り、制度が変わる気配はありません。本腰でアクションを起こすには、法定障害者雇用率の引き上げや子育て支援の拡充といった政策的後押しが必要なのではないでしょうか。

Q:

日本人はダイバーシティが嫌いなのではないでしょうか。政治の世界でもダイバーシティが重視されているとは思えません。ダイバーシティ社会を実現するには小学校教育にまでさかのぼって意識を変える必要があるのではないでしょうか。

A:

アンケート調査で外国人や異文化に否定的な考えを示すのは40代、50代以上の人々です。私自身、街で外国人を見ただけでそれが一日の話題になるような時代で育ちました。しかし、現代の子供世代と私たちの世代とでは明らかに感覚が異なります。現在の小学校ではノーマライゼーション教育も大きく進んでいます。現代の子供にとってこれは当たり前の状況です。私たちの世代とは明らかに感覚が異なります。現在の小学校では外国の友だちと机をならべノーマライゼーション教育も大きく進んでいます。そうした教育を小さいときから受ければ、ダイバーシティは当たり前のことになります。

外国人が嫌いだとして、日本は鎖国するのでしょうか。日本はダイバーシティの分野でここ数年、中国や韓国に大きく出遅れています。韓国の自動車メーカーが英語で技術者用マニュアルを作る中、日本のメーカーはまずは日本語でマニュアルを作成し、それを英語にするという作業を行っています。それだけですでに3週間のタイムラグが生まれています。小国になった今、ダイバーシティが嫌だといっていては生き延びることはできません。日本の代わりとなる国は多くあるからです。

この議事録はRIETI編集部の責任でまとめたものです。