マーリーズ・レビュー報告書とわが国の税制改革への示唆

開催日 2010年7月29日
スピーカー 森信 茂樹 (中央大学法科大学院教授/東京財団上席研究員)/ 佐藤 主光 (一橋大学経済学研究科教授)
モデレータ 保坂 伸 (経済産業省 経済産業政策局 企業行動課長)
ダウンロード/関連リンク

議事録

マーリーズ・レビューとは

佐藤 主光写真佐藤氏:
マーリーズ・レビューは、英国を中心に各国の著名研究者を結集した政策提言です。所得課税から消費課税への転換を求めた初の本格的な提言であるミード報告(1978年)の後継として位置付けられています。グローバル化という新しい経済環境に対して、いかに税体系を最適化すべきかという問題意識が根底にあります。

英国経済はマーリーズ・レビューにおいて「小国開放モデル」と位置付けられています。ただし、これは悲観論ではなく、むしろ世界経済の潮流にどう自国を順応させるかという積極的な視点に基づくものです。なお、所得課税から消費課税への転換が基本的な考え方ですが、法人税や資本所得課税の廃止そのものを求めている訳ではありません。消費課税と同様の経済効果をもたらすような課税ベースへの転換と、課税ベースの拡大を図ることが狙いです。

背景にある問題意識――国際的な法人税引き下げ競争

先述の通り、グローバル化時代にふさわしい税制のあり方というのが、マーリーズ・レビューの基本的な視点となっています。その背景には、法人税の切下げ競争が激化していることがあります。この国際的租税競争は他ならぬスウェーデンをはじめとする欧州各国で起きているのです。福祉国家であるにも関わらず、こうした国はむしろ個人に対する課税を強化しています。

こうした中、法人税そのもののあり方が問われてきています。法人税とははたして誰が負担するものなのか――。法人税があまりにも高すぎると、国内の雇用流出などを招きますので、そのツケは結局、消費者、労働者など一般国民に来るのではないかという見方があります。そのため、法人税は「企業を優遇するか否か」ではなく、経済との関係を重視した上で検証する必要があります。また、森信先生が「法人税のパラドクス」といわれるように、法人税を引き下げても税収が必ずしも下がる訳ではありません。実際に法人税引き下げを実施している欧州では、GDPに占める法人税の割合がむしろ増加傾向を見せる国もあります。また、各国の租税協調を推す議論もありますが、現実に競争にさらされている中でこうした国家主権にかかわる問題について協調体制をとることは非常に困難です。

ミード報告からマーリーズ・レビューまでの議論の流れ

マーリーズ・レビューで出てきた議論についていくつか紹介します。

1.キャッシュフローに対する課税
消費課税イコール消費税ではなく、賃金に対する税金も長い目でみると消費税と同じようなものであるとする見方があります。マクロ経済全体で見ると、消費課税はまさに賃金や企業のキャッシュフローに対する課税と同様の経済効果をもたらします。そうした観点から、マーリーズ・レビューでは、(1)付加価値税の改革と(2)企業のキャッシュフローに対する課税のあり方という2つの議論が出ています。

ミード報告は、法人課税においてキャッシュフロー、とりわけ実物プラス金融取引にかかわるキャッシュフローを重視する主張をしています。キャッシュフローを中心に法人税を考える提言ですが、これには投資の実効限界税率ゼロ化による投資インセンティブの適正化と、投資に対する税の中立性確保という、2つの狙いがあります。そうして、借入に過度に依存した企業の資金調達の現状を是正する目的もその先にあります。

2.中立性の考え――ACEの検証
とはいえ、ミード報告に対しては、その実効性に関してかなりの疑問視もありました。還付金や繰越欠損金の大量発生、税収が景気にかなり依存することなどがその理由です。そこでマーリーズ・レビューが注目したのが、キャッシュフローと同じ経済効果を有する、つまり「税等価」な税制を設立することです。そのうちの1つとして浮上したのが、ACE(Allowance for Corporate Equity)です。マーリーズ・レビューのスポンサーでもあるInstitute of Fiscal Studiesという研究機関が1991年に提言した案がその発端となっています。

法人所得から利払いコストのみを控除するのが従来の税制ですが、株式調達コストも一緒に控除するというのが、ACEの基本的な考え方です。株式と借入のいずれで資金調達しても税制上の取り扱いが対称的となること、すなわち中立性を担保するのです。また、正常利潤ではなく超過利潤に課税対象を限定しているのが特徴です。これは現在価値で見れば実物プラス金融のキャッシュフロー課税と同等となります。減価償却やインフレの影響を受けないのも利点です。ACEの算出方法ですが、基本的に株主資本(帳簿価格ベース)に一定の収益率(安全投資の収益率をベースに計算)をかけたものを調達コストとして見なします。

ただし、ACEも万能ではなく、源泉地主義課税である以上、あまりにも税率が高くなると企業の立地政策に影響し、海外への利益移転や生産拠点の移転を招きかねないというデメリットもあります。にも関わらず、マーリーズ・レビューでは導入のしやすさからACEが奨励されています。

マーリーズ・レビューの結論と日本のとるべき道

法人税改革にあたっては、法定税率は当然重要ですが、同様に実効税率も重視する必要があります。もっとも、日本の場合は諸外国に比べて法定税率が40%と高すぎる状態にあるため、まずは法定税率を引き下げる必要があります。ただ、その場合の税収ロスの問題も無視できないため、税の中立性を担保する観点からも、それと並行して行き過ぎた減価償却や不要な政策税制を見直す必要があります。法定税率を下げながら税収源を広げていくべき、というのが我々の結論です。

今後の税制改革において課税ベースを広げていくのは不可避といえますが、あくまでも実効税率との兼ね合いで考えていく必要があります。法人税だけの問題ではなく、税制全体の問題として、法人税と所得課税の関係と所得課税と消費課税の関係を見直すことが求められているのです。マーリーズ・レビューも法人税改革に焦点を当てていますが、法人税の中で自己完結させている訳ではありません。法人税収を一定として、その中で税制改革をしようとすると、ACEのように課税ベースを小さくする改革では当然税率を上げざるをえなくなります。それによる海外移転などを阻止するためにも、法人税の比率を引き下げる一方で、所得税や付加価値税を引き上げるといった、税体系全体を見渡した議論が必要となっています。投資、立地、利益実現、資金調達などにかかわる企業の諸々のインセンティブに対して、それぞれの税制改革が与えるインパクトを念頭に議論する時期に来ています。

その流れの中で、グローバル化の影響を受けにくい消費税を中心に置くのはある程度やむを得ないといえます。改革へのステップとして、我々は第1段階で課税ベースの拡大を図りながら法人税率を先行的に引き下げ、第2段階で地方法人課税の見直しを含む法人税のさらなる見直しと課税ミックスの見直しを実施し、第3段階としてACEを含めた課税ベースの抜本的見直しを進めていく提言をしています。

法定税率の引き下げと「法人税パラドクス」

森信 茂樹写真森信氏:
表面税率、すなわち法定税率は、企業の立地政策に影響する非常に重要な指標です。現実に日本の対外直投・対内直投を見ますと、いずれも法定税率が低いオランダやシンガポールが米国に次ぐ存在となっています。投資の「日本離れ」を食い止めるためにも、法定税率の引き下げは第1段階として極めて有効な措置といえます。そして、第2段階として実効税率を引き下げ、企業負担を軽減すべきですが、これには財源が必要となるので、消費税を含めた税制の抜本的改革を待つ必要があります。

先述の通り、欧州では「法人税パラドクス」という現象が起きています。表面税率が20年前と比べて20%前後も下がっているにも関わらず、各国のGDPに占める法人税の割合がむしろ増えているのです。これを説明する要素として、法人所得に占める法人税収の割合、すなわち実効税率が実は殆ど変わっていないことがあります。課税ベースが広がっているのがその理由です。もう1つの大きな要素が起業件数の増加で、個人のアントレプレナーシップが覚醒されたのです。こうした要素が複合的に作用して、税収増につながっています。

Good and Service Tax(GST)という考え方――税の逆進性にどう対処するか

マーリーズ・レビューでは、世界の消費課税・消費税に関して、付加価値税(VAT)と物・サービス税(GST:Goods and Service Tax)という2つの潮流を見出しています。VATはどちらかというと旧い「モノの時代」の消費税で、GSTはサービスを含めた新しい時代の消費税であると捉えています。アングロサクソン系の国を中心に遅れて消費税を導入した国では、消費税をGSTと呼び、非課税対象や軽減税率をなくし課税ベースを広げ財源調達に専念し、低所得者などに対しては給付付き税額控除や社会保障で別途配慮する、という役割分担を明確にしています。たとえば、ニュージーランドでは金融取引も政府間取引も課税対象です。非課税のものは一切無い。逆に英国は食料品などに対する「ゼロ税率」を実施していますが、マーリーズ・レビューではそれがいかに逆進的かつ非効率かを述べると同時に、それに代わって給付付き税額控除を導入した場合のメリットを分析し、政府にゼロ税率の廃止と給付付き税額控除の拡充を提言しています。

付加価値税の効率性を示すものとして、C-efficiencyという指標があります。1国の消費の総量と税率をかけた数字と実際の税収との比率を見たものです。最も効率の高いのがニュージーランドの96.4%、低いのがメキシコの30.4%です。日本は65.3%と比較的高い数字となっているので、この効率性を今後の引き上げにおいても低下させないようにすることが重要でしょう。具体的には、非課税や軽減税率を可能な限り抑える必要があるということです。

英国の「ゼロ税率」の問題点として、エンゲル係数は低所得者ほど高い傾向にあるとはいえ、絶対的な食料支出額は高所得者の方が圧倒的に高いことが指摘されています。絶対数で見ると逆の効果となっているという指摘です。一方、ニュージーランドではありとあらゆる課税が一律12.5%となっていますが、逆進性に対する対策として、多様な家庭の事情に応じた税額控除が多重的に実施されていることが、マーリーズ・レビューで紹介されています。

質疑応答

Q:

現在のマーリーズ・レビューは、マーリーズ卿が主張した「最適課税」の延長線上にあるものなのでしょうか。それとも、税に対する考え方について根本的な変化はあったのでしょうか。

佐藤氏:

マーリーズの「最適課税論」と本日の議論はあながち無関係ではありません。「最適課税論」の枠組みから出てきた議論として、個人の勤労所得税を最適化して資本所得課税ないし物品税の役割を最小限に留める「アトキンソン=スティグリッツの定理」や、資本所得税の必要性を争点とした80年代のチャムリーの研究などがあります。資本所得課税がどこまで必要かという議論は、突き詰めると、支出税・消費課税への転換につながります。したがって、マーリーズ・レビューの「(資本所得課税を含む)所得課税から消費課税への転換」も、そうした「最適課税論」枠組みで行われてきた議論の延長線上にあるといえます。

森信氏:

資本所得の非課税を理想とする論調は確かにありますが、実際に適用するとなると、日本でも「金持ち優遇」と非難されるように、公平という価値観からは受け入れがたい部分があると思われます。そうした認識から、資本所得と勤労所得とを分離して、異なる税体系を適用する二元的所得税論が、現実的な最適課税論として出てきています。これは所得税制から消費税制へのつなぎの税制としてOECDでも位置付けられています。マーリーズ・レビューでも資本所得課税を最小化するのが基本的な流れとなっていますが、全体として効率的な税体系にするという考えがその背景にあります。

Q:

オランダを経由した租税回避(ダッチサンドイッチ)について、ご説明いただけますか。

森信氏:

日本とオランダの日蘭租税条約が非常にゆるい規定となっているのが問題の根底にあります。匿名組合を通じて資金を流すと、それは「その他所得」という分類となってしまうため、日本の源泉徴収権が及ばないものとなります。米国のモルガン・スタンレーなど、有名なファンドの多くがこの手口を使っています。オランダにペーパー会社を設置して組合員とし、日本側の営業者から本来利益配当であるものを、組合の分配金として日本が課税できない形で流します。最近では米国のペースメーカー企業が同様の手口を使い問題となっています。日蘭租税条約は日本の源泉課税権を残す方向で改定されつつあります。

この議事録はRIETI編集部の責任でまとめたものです。