平成22年版情報通信白書の概要

開催日 2010年7月22日
スピーカー 西岡 邦彦 (総務省 情報通信国際戦略局 情報通信経済室長)
モデレータ 境 真良 (経済産業省 商務情報政策局 国際戦略情報分析官 情報産業担当)
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議事録

「開かれた白書として」

西岡 邦彦写真まず、資料の表紙の絵をご覧ください。これは国民から公募し、総務大臣賞受賞作品として市販版の白書の表紙を飾っているものです。これは、6歳の女の子の作品です。桜の木の下で自分の写真を撮って、それを祖父母に送信しているところだそうです。情報通信で可能となる将来像や情報通信を用いた体験談に関するコラムも公募し白書に掲載しており、今年の情報通信白書は、「開かれた白書」ということが大きな特徴です。

本白書は今年で38回目の刊行となります。「情報通信に関する現状報告」というのが正式名称です。2部構成となっていて、1部は特集、2部ではデータや政策動向の紹介をしています。情報通信の利用者である国民、企業、研究者に、情報通信の現況について理解を深めていただくこと、政策立案のための基礎分析を提供することという、2つの目的を有しています。

第1部の構成

第1部ですが、今年の特集テーマは、「ICTの利活用による持続的な成長の実現~コミュニケーションの権利を保障する『国民本位』のICT利活用社会の構築~」です。

特集テーマですが、日本が抱える課題に対してICTどのように貢献できるかという観点で分析をしています。具体的に、日本の抱える課題として、1)労働力人口減少下において、いかに持続的な経済成長を実現するかという課題、2)少子高齢化の中で、医療、年金、育児等への将来不安をいかに解消するかという課題、3)地域の絆をいかに再生するかという課題、4)環境負荷をいかに軽減するかという課題、それぞれに対してICTがどのように貢献できるのかを分析しています。

第1章「ICTによる地域の活性化と絆の再生」、第2章「グリーンICTによる環境負荷軽減と地域活性化」、第3章「ICTによる経済成長と競争力の強化」の順に分析結果をご説明いたします。

第1章「ICTによる地域の活性化と絆の再生」

1. 先行する基盤と立ち遅れるサービス普及
ICTの進展度に関する現状は、基盤の整備は進んだものの、その利活用が遅れている、という一言に尽きます。ITUやWEFのデータを用いて国際比較を行いましたが、日本はインフラ面で世界最先端に位置するものの、利活用は、個人、企業、行政ともに、特に行政で遅れているとの結果が出ています。

2. 地域におけるICT利活用
続いて、総務省の調査に基づく地域におけるICTの活用状況の分析結果です。地方公共団体やその外郭団体が行政サービスを提供する際、ICTをどのような分野でどれほど利用しているかについて調査しました。約1000の自治体から得た回答を分析しています。防災分野でICTを利用しているという団体が約28%ありトップとなった一方、医療や介護といった、防災以外の分野におけるICTの利活用はいずれも10%以下の団体でしか行っていないという結果でした。地域ごとの集計結果も比較していますが、大きな差はありませんでした。

ICTの利活用に関する以上の2つの結果を見ますと、利活用が遅れているといわざるを得ません。しかしながら、国民は本当にICTの利活用を望んでいないのでしょうか。そうではないのではないか。次の調査は、このような問題意識に基づいて、公的サービス分野における国民のICTサービスに対する期待や、ICTサービスの一層の活用が国民にもたらす便益を分析しています。

3. 公的サービス分野での国民のICTサービスに対する利用意識
「医療・健康」、「教育・就労」、「生活・暮らし」の3大分野に関して、ICTをフル活用した使い勝手の良い架空のサービスを考案し、アンケート調査によって国民の利用意向を調査しました。

「医療・健康」の分野から、「健康状態に合わせた最適健康管理サービス」の一例をご紹介します。これは、ご自身の基礎情報(身長、体重、血圧等)や生活習慣(1日のカロリー摂取量、運動量等)に関する情報を定期的に提供していただくことによって、そのデータに大きな変動があるときに、サービス提供者から検診のアドバイスなどをさせていただくサービスです。生活習慣病の予防や早期発見が可能になれば、結果的に医療費の削減にもつながります。このような国民の便益を経済価値として算定しています。

このサービスを含めて、計9サービスに対する利用意向は、全体で7~8割にも上りました。便益を経済価値として算定する際にはこの割合を考慮するほか、サービスの利用者全員に効果が出るわけではないことを加味して、実現度を25%と仮定して金額を算出しています。また、さきほどの例では、そもそも生活習慣病の対象となる年齢層を踏まえ、効果の及ぶ人の範囲を限定しています。前述の例のほか、引越に伴う手続きを官民(市役所での各種手続きのみならず、電気、電話、ガス、カード等)連携してワンストップで行ってもらえるサービスや税申告の作成等支援サービス(医療費控除申請の電子化を通じた証拠書類添付漏れの排除や手続きの簡素化、容易化)についても、利用意向を聞いてみました。

利用意向の調査で、サービスの利活用に興味が無いと答えた人の主な理由は、1)個人情報の保護・セキュリティと、2)サービスの利用に伴う費用に関する問題でした。これらのICTをフル活用したサービスの実現のためには、これら懸念の解消に加えて、規制や官民の隔たり、または既存の慣習などが、実現の壁、課題であると考えられますが、それらが解決されればICTの利活用が促進され、こうしたサービスも可能となり、国民に大きな便益をもたらすことが期待できることが、この調査結果から示唆されています。

4. ブロードバンドサービスに対する国民の利用意向
次に、仮にブロードバンド上で魅力的なサービスが提供され、普及した場合、国全体にどのような経済効果をもたらすかを分析しています。原口総務大臣が提唱する「光の道」構想も、既存のインフラを利活用するとの問題意識に基づくものです。

調査対象者は、ブロードバンドやインターネットの利用状況、インターネットの利用場所(自宅か、携帯か、職場か等)などによって属性を分類しています。それぞれの対象層に対して、新たなブロードバンドサービスの提供、もしくは既存のサービスのよりスムーズな提供が可能になった場合の音楽・映像配信、遠隔医療、電子商取引などブロードバンドサービスの利用意向を、アンケートで調査しました。利用意向のほかに、現在対面取引で消費している額と比較し、これらの分野での消費額がどの程度変化するかも含めて確認しています。

分析の結果、既存の対面取引による消費をブロードバンドを介した消費が代替する分が、現在の消費額の10%弱であること、ブロードバンドを介した消費により新規需要が喚起される分が5%程度であることがわかりました。新規需要のみを計算すると、サービス利用料とそのサービスを利用するために必要な端末の購入金額を合計して8.7兆円の経済効果になります。さらに他産業への波及効果を加味して、また、市場規模を付加価値額に変換すると、7.2兆円が算出されます。これは、日本の名目GDPの約1.5%に相当し、それだけの押し上げ効果があるという結果となりました。

以上2つの分析から、規制の壁や官民の隔たり、既存の慣習、さらにセキュリティといった課題が克服され、ブロードバンドの利活用が進めば、個人レベルでも国民の便益が増大し、国全体でみても、経済効果が期待できるとの結果が示唆されています。

5. ICTによる地域の活性化の事例
ここでは、ICTによる地域の活性化の事例を取り上げています。ツイッターなどICTの活用により、地域産品のPRを行い販売を増加させたり、地域の魅力を地域外の方や地域出身者に発信し、地域活性化につなげている例を紹介しています。

6. 地域のつながりの変化と現状
次の調査は、ソーシャル・ネットワーキング・サービス(SNS)やブログを含むソーシャルメディアを通じて、希薄になった絆を強化できるか、という問題意識に基づいています。国民全体の8割がインターネットを利用している一方で、高齢者(65歳以上)の利用率は35%程度です。しかし、ソーシャルメディアの利用で絆が深まったと実感しているのは、若者ではなくむしろ高齢者に多いという興味深い結果が示されています。

7. 地域SNSによる地域の絆の再生
地域SNSについて、運営者と利用者に対してアンケートをとりました。運営者の地域SNSの運営目的としては、都会型地域SNSでは「防犯・安全安心」や「市民の交流」が重視されているのに対し、地方型地域SNSでは「地域外への地域情報の発信」等が重視されているとの結果でした。地域SNSの利用者の6割以上の方が、「地域情報の入手」、「人との出会い」、「地元への愛着などがより深まる」といった効用を実感しているとの結果がでています。

8. 全ての国民にICTの恩恵を
1章の最後では、ICTを利活用したテレワーク、ICTを通じたチャレンジド、高齢者などの支援や社会参画の可能性についての事例、取り組みを紹介しています。

第2章「グリーンICTによる環境付加軽減と地域活性化」

第2章では、環境負荷軽減についてICTが持つポテンシャルを分析しています。社会のICT化が進めば、たとえば、物流の効率化、ビルや家庭でのエネルギーの効率的利用管理(BEMS、HEMS)、ペーパーレス化、スマートグリッドなどが実現されれば、環境負荷が軽減されます。一方、これら社会のICT化にはより多くのICT機器が必要となるため、それらの省エネ化があわせて重要な課題となります。90年比25%のCO2排出量削減との政府目標がありますが、この社会のICT化とICT機器の省エネ化を最大限に行った場合は、最大10%程度の環境負荷軽減効果がICTによってもたらされうるとの結果が出ています。本章では、環境負荷軽減と経済成長や雇用創出との両立を目指す諸外国の例も紹介しています。

第3章「ICTによる経済成長と競争力の強化」

第3章では、経済成長や競争力の強化に対するICTの貢献を分析しています。情報通信産業を市場規模で見ると、わが国全体の1割弱を占めています。経済成長との関係でも、マイナス成長の時期を含めて一定の貢献をしていて、平均して実質経済成長率の約3分の1の貢献をしています。経済成長の源として、1)資本の投入量増加、2)労働力の投入量増加、3)生産効率(TFP)の向上が挙げられますが、労働力の増加を見込めない現状においては、情報通信資本の投入量増加と並んで、情報通信の投資、利活用を通じた社会経済活動の効率化が経済成長の鍵となります。

産業連関表の分析では、2008年と2020年で比較しています。縦軸と横軸は、それぞれ、各産業が他産業にどれほどの影響を与えるか、他産業からどれほどの影響を受けるか、を表しています。付加価値ベースと生産ベースのどちらのグラフにおいても、2008年から2020年の推移をみると、情報通信産業は右上に移動しています。これは、情報通信産業が、2020年に、2008年よりも、より他産業に影響を与えやすく、また他産業からの影響を受けやすくなるということを示しています。

次に、1995年から2005年の10年間における、情報通信資本(蓄積)の成長を分析した結果です。日本の情報通信資本の成長率は、英国・米国の半分程度と、低水準にとどまっています。今後の課題としては、ICT投資の加速と利活用の促進があります。投資については、それを使いこなせなければ意味がないことから、ICT教育を含めた利活用の促進が重要ですが、仮にICT投資が加速し、利活用の促進が行われた場合、経済成長にどれほどプラスになるのかをシミュレートしたところ、2010年から2020年の平均成長率で0.8%ほどの実質経済成長率の底上げが見込まれるとの結果が得られました。

さらに、イノベーションに関する日本の特徴を分析した結果として、日本は消費者に向けきめ細やかに製品・サービスを作り上げ提供することに長けている一方、技術をビジネスにつなげることに不得手との結果が出ています。

最後に、ICTを使った日本のグローバル展開に関する分析をしています。海外展開には、日本の質や販売方法をそのまま適用できず、現地ニーズへの対応が重要ですが、ICTを活用した利用者との協働、つまりUGD(User Generated Device)を通じ現地の消費者ニーズをうまく取り込むことが海外展開に上手に生かされた事例を紹介しました。さらに、日本は、「課題先進国」として、省エネ、災害対策といったさまざまな課題へ対処をしてきた経験、ノウハウ能力を有していますが、そのような経験ノウハウを、日本の強みとして生かし、ICTを組み込んだ社会システムとしてグローバル展開に成功した事例を紹介しています。日本の経験ノウハウをアジアに展開し、アジアの成長に貢献するとともに、日本も共に成長する、そのような提言をしております。

今年の白書は、「開かれた白書」であるとともに、「使いやすい白書」を目指しました。昭和48年以降のすべての白書をサイトに掲載の上、それらすべてを対象にしたフリーキーワード検索をできるようにしたり、出典等にURLを記載したり、段落ごとに要約見出しをつけたりしました。また、政府刊行物としては初めてのことと思いますが、電子書籍として市販もされています。

質疑応答

Q:

総務省ではブロードバンド化に取り組んでいますが、利用者から見てICTは省庁横断的な課題であり、総務省だけでは対処できないと思います。日本全体としての戦略ないしパッケージ戦略があればお聞かせ下さい。

A:

ご指摘の通り、ICTは国全体として取り組むべき課題であり、たとえば、医療や教育などの分野についてICTの利活用を進めるためには、そういった分野の方々との共同作業が必要です。政府におかれたICT戦略本部では、省をまたぐ議論が行われていますし、現在、総務省では、ICTの利活用を阻むようなものとしてどのようなものがあるかを広く国民に意見を募っていまして、その結果なども踏まえ、省庁横断的にICTの利活用を進めていくことを考えています。

Q:

日本では基盤が整備されているにも関わらず、ITの利活用が遅れている理由はどのように考えていますか。特に電子行政の取り組みが遅れているとされていますが、その理由は。

A:

要因は複合的であると思います。利用を阻む規制、慣習、個人情報、セキュリティへの懸念などについては、先ほどお伝えした通りです。あるいは、使いたくなるようなサービスが必ずしも提供されていないことも考えられます。電子行政については、これまで取り組みを進めてきていますが、必ずしも国際的な評価には結びついていないのが現状です。

この議事録はRIETI編集部の責任でまとめたものです。