アジアがけん引する景気回復とギリシャ財政危機のコンテイジョン ---『世界経済の潮流2010I』から

開催日 2010年7月5日
スピーカー 林 伴子 (内閣府参事官(海外経済担当))
モデレータ 片岡 隆一 (経済産業省通商政策局企画調査室長)
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議事録

世界経済の回復状況

林 伴子写真世界経済は各国の景気刺激策もあって全体として緩やかに回復しています。とはいえ、地域差があり、現状の景気判断と先行き、リスク要因の判断を示す6月の月例経済報告では、EUについては「下げ止まり」、米国については「緩やかに回復」、中国とインドについては「拡大」で過熱気味としています。

リーマンショック後の緊急的な金融システム安定化策は各国で終了に向かいつつありますが、景気刺激の財政政策、金融政策に関しては、地域差が見られます。オーストラリア、インド、マレーシアといったアジア太平洋諸国は利上げに転じるなど、出口に向かっています。一方、欧米の政策金利は最低水準を維持していますが、財政再建については先日のG20にも見られるように議論が進んでいます。

金融分野については、直接金融は危機前の水準に戻っていますが、間接金融(銀行の貸し出しなど)は金融緩和にも関わらず減少傾向が続いていて、中小金融機関を中心に目詰まりが起きている状況です。

先行きに関するリスク要因は山積しています。地域によるばらつきが生むマクロ経済政策運営の難しさがその1つです。財政政策のあり方も地域によって差異があり、昨年以上に政策協調が非常に難しい状況となっています。主な下ぶれ要因としては、ソブリン・リスクとそのコンテイジョン(伝染)があり、これはリスクというよりは既に顕在化しつつあると見ています。それから、拙速な政策転換による景気回復の停滞。特に欧州各国では財政再建競争となっていて、これが景気の足を引っ張ることが懸念されています。他のリスク要因として、雇用情勢の悪化による政治や社会の不安定化――たとえば極端な主義主張の台頭――などがあります。

ギリシャ財政危機

こういった中で、ギリシャ危機が今年の春先から重大な問題となっています。発端は昨年10月の政権交代。新政権が財政統計を大幅に下方修正したことにより、市場の不信が高まったのがきっかけです。さらに、11月のドバイショックがあり市場がソブリン・リスクの存在を強く意識するようになる中で、12月に格付け機関が相次いでギリシャ国債を格下げしたことにより、市場の懸念がさらに高まることとなりました。ギリシャ政府は実は昨年11月から今年3月の5カ月間に5回も財政再建策を発表していますが、それが結果として「小出し」の印象になってしまったのです。

EUも2月の首脳会合で「断固とした協調行動をとる」と宣言しましたが、具体的な中身が無いためマーケットの懸念がますます拡大することとなりました。結局、4月に支援枠組みができて、ギリシャの正式な支援要請により5月2日に1100億ユーロのギリシャ支援が合意されましたが、それでも市場の不安は収まらず、5月9日に7500億ユーロの金融安定基金の設立が合意され、ECBが機能不全に陥った国債流通市場への介入をしたことで、ようやく市場が落ち着きを取り戻しました。

ギリシャ支援が決定した後も、ソブリンCDSなどが上昇している理由として、3つの大きな市場の懸念があります。1つ目の懸念が、財政再建の実行可能性。EUのギリシャ支援は、GDP比13%の財政赤字を2014年までに3%以下にするという大幅な財政再建が条件となっていて、それには公的部門の賃金カット、年金切り下げ、VATの引き上げなどが必要ですが、はたして本当に実施できるのかという懸念があります。ギリシャは6四半期もマイナス成長が続いていて、しかもマイナス幅が拡大しています。失業率も上昇しています。加えて、世論調査でも新たな財政再建措置に反対する意見が7割、ストやデモを受容する意見が7割を占めています。2つ目の懸念が、今後も大量償還が予定されているギリシャの国債です。これにIMFなどからの支援(借金)の返済が上乗せされますが、それまでに状況が好転するか。3つ目の懸念として、他の南欧諸国や欧州の金融機関へのコンテイジョン(伝染)があります。

直近の例として、2002年のアルゼンチン国債のデフォルトがあります。アルゼンチンはその時に固定相場制から変動相場制になったため、為替が4分の1近くに減価し、債務残高が急増し、大幅な債務削減をしました。今でもCDSが1000ベーシスで高止まりしていることから、失った信用を取り戻すのは難しいことがわかります。アルゼンチンの例から得られるもう1つの教訓が、為替の力です。アルゼンチンが8%以上の経済成長を取り戻したのは、為替の減価による輸出競争力の回復によるものです。ただ、ギリシャの場合は、ユーロ圏にいる限り、為替という調整手段が使えないことから、価格面で競争力を回復するには賃金の引き下げか物価の下落が必要です。仮にユーロ圏から離脱した場合、為替は大幅に下落しますが、債務残高が増えるため、フランスやドイツの金融機関のダメージが拡大します。このようにマクロ経済政策(財政政策、金融政策、為替政策)が手詰まりとなっていることから、ギリシャに先行きに関しては大きな懸念があります。

ギリシャ財政危機が意味するもの

ギリシャ財政危機の根本的な原因ないし教訓は主に5つあります。1つ目の原因は、ユーロ加盟後の好況期に財政再建をしなかったこと。また、そのことに関して、EUの財政規律も十分機能せず、罰則も適用されませんでした。2つ目の原因として、市場による規律も有効に機能せず、利回りが非常に低く、格付けが異様に高い状態が続いていたことがあります。市場による警告は時としてタイミングが遅く、かつ制御不能に陥りやすい、というのがそこから得た1つの教訓です。日本でも「プチ危機」が起きた方が財政再建がしやすくなるといった論調がありますが、危機に手加減は無く、危機は事前に防ぐべきだと思います。3つ目の原因は統計の信頼性にかかわるものです。4つ目の原因は、単一通貨の下で輸出競争力を維持する困難さです。とりわけ、南欧諸国の物価や賃金が下落しない限り、ユーロ圏内の経常収支の不均衡は恒常的なものとなります。5つ目に、そもそもギリシャは最適通貨圏だったのかという問題があります。つまり、ユーロ圏の拡大がはたして適切だったかという問題です。このように、今回の危機は、ギリシャ自身の問題もありますが、ユーロ圏の財政・経済政策のあり方――金融・為替政策は一本化するが財政政策は各国に委ねる体制――の欠陥を浮き彫りにしたと認識しています。

中欧諸国の財政不安と欧州の金融システム不安

さらに、ここにきて中東欧諸国の財政不安が浮上しています。デフォルト懸念に関する報道官の不用意な発言による、ハンガリーの財政不安。EUROSTATの役割強化に関連した記者会見における、ブルガリアの財政統計に関する懸念の表明。IMFが融資条件とする財政措置に対するルーマニアの違憲判決。これらの不安材料が、中東欧諸国への貸し出しが対外与信残高の4割を占めているオーストリアの金融不安にも波及しています。

このように、中東欧諸国、南欧諸国、バルト三国に融資する欧州の金融機関の不安が高まった結果、ユーロ圏の銀行セクターのCDSが2009年初頭の水準に戻りつつあります。

欧州の金融不安は、米国のサブプライム・ローン問題が飛び火した面もありますが、欧州自体が2008年金融危機の2つの震源のうちの1つだったことによります。米国の証券化商品を多く保有していたことに加え、欧州も欧州で銀行が非常に高いレバレッジをかけるなど、リスク管理が不十分であった上に、英国やスペインでは住宅バブルがありました。また、欧州の金融システムの特徴として、ユーロ圏内の金融市場の統合と競争激化を背景とした高レバレッジ化があります。競争が厳しい中で収益を確保するために、ドイツの州立銀行など一部の銀行は、米国の投資銀行以上に高リスクをとって運営していました。旧植民地を中心に発展途上国への与信が多く、途上国の危機の影響を直接受けやすい点も特徴です。加えて、金融市場の統合が進む傍らで、金融規制・監督の権限は各国にあることから、国境を越えた金融機関の活動に対する監視が十分に行なわれていなかった事情があります。

さらに、最近ではスペインの金融システムが非常に不安視されています。スペインの金融システムは、貯蓄銀行と呼ばれる共同組織(日本でいう信用金庫、信用組合に相当)の割合が多いのが特徴ですが、住宅バブル崩壊によるそれらへの影響が非常に心配されています。実体経済も非常に悪く、失業率は全体で20%、若年層で40%に上ります。信用収縮による不良債権の増大でさらなる信用収縮が起きるという、実体経済と金融の信用収縮の悪循環が起きています。今年夏に予定されている国債の大量償還も懸念材料です。

欧州の金融機関はリーマンショック後に資本注入を受けていますが、それでも不安が解消されないため、今年に入って2回目のストレステストが実施されました(結果は7月末に公開予定)。米国と違い、欧州では不良債権処理が6割程度しか進んでいないことや、ECBによる量的緩和の縮小も市場の不安につながっています。実体経済の停滞と絡めて今後も注視していく必要があります。

高まる下方リスク――これからが正念場

報告書を作成したのは5月ですが、その頃と比べて下方リスクは高まっていると感じています。

足下では、ユーロ下落によるドイツの輸出増が見られ、その効果が政策効果以上に、失業率の改善など実体経済の持ち直しに寄与しています。ドイツがまず輸出主導で回復し、その資金力でギリシャを支援するというシナリオが考えられますが、欧州全体としては厳しい状況が当面続くと見ています。

さらに、米国に関しても、最近になって不安な動向が見られます。回復は非常に緩やかな水準にとどまっています。実質成長率は09年第4四半期で5.6%、10年第1四半期で2.7%と、それなりに強い数字ですが、在庫の寄与が半分以上を占めていて、10年第1四半期の最終需要の伸びは0.8%にすぎません。消費の回復が弱い理由としては、雇用の低迷による先行き不安、消費者信頼感指数の軟調と、消費者信用残高の減少傾向が続いていることがあります。住宅も5月は着工件数が前月比で10%減少しています。製造業の景況感指数も弱含みです。

雇用に関しては、民間での回復の遅さが問題視されます。失業率は9.5%と一応改善はしましたが、職探しを諦めて非労働力化したdiscouraged workerと不本意の短時間労働者を含めた広義の失業率は、16.5%と非常に高い水準にあります。先行きについても、銀行の貸し出し残高が下がっているほか、商業用不動産が大きなリスクとして存在しています。銀行破綻も今年に入って86件に上ります。とりわけ、間接金融の回復の遅れは中小企業の資金調達に悪影響を及ぼします。新規雇用の6割は中小企業で創出されるため、雇用が伸びない状況はしばらく続くと見ています。

以上の要素から、世界全体のメインシナリオとして、今年後半はやや減速気味になると見ています。欧州の金融システムの状況如何でさらに下ぶれするリスクもあり、日本経済にとっても世界経済にとっても、まさに正念場を迎えていると認識しています。

質疑応答

Q:

欧米は、リーマンショック後の民間需要の落ち込みを財政支出によってカバーしてきた面があります。そのため、今は財政削減をする時期ではない、拙速な財政緊縮は税収減による負のスパイラルを招くとの指摘もありますが、二番底の懸念についてはいかがでしょうか。

A:

G20声明に関して、「2016年までの債務比率の安定化」が注目されがちですが、個人的には、「growth friendly(成長に優しい)な財政再建計画が重要」という趣旨のことが書かれていたことにより着目しています。これは主に3つの要素が考えられます。1つ目は財政再建のタイミングとペースをよく見極めて、成長との両立を図ること。その意味で日本が例外となったことは適切と見ています。2つ目は、中長期的な赤字削減により足元の企業や家計のコンフィデンスを高める努力が重要であること。3つ目は財政再建の中身です。法人税減税、VAT引き上げなど、中身を精査した、より成長に配慮した財政再建の計画づくりが大切です。

今回の世界金融危機は、財政政策のあり方を抜本的に見直すきっかけとなりました。90年代は裁量的な財政政策を軽視する向きが欧州を中心に強かったのですが、今回、各国が財政拡張的な政策を実施し、一定の成果を挙げたことがその再評価につながっています。金融システムの機能不全の解消、前倒しでのタイムリーな実施、自動車買換え支援のための補助金政策など、運用と中身の両面において財政政策のイノベーションが起きたと見ています。これから、引き締めの段階においても、成長を考慮した新しい工夫、イノベーションがされることを期待しています。

Q:

ユーロは一種の壮大な実験でもあります。欧州の人のメンタリティを考えると、いったんユーロに入った国を脱退させることは考えられず、相当無理をしてでも何とか残す方向を選ぶと思われます。

A:

同感です。欧州と日本の違いは、欧州では政治の役割、生み出すものが圧倒的に大きいこと。20世紀に欧州の政治が生み出した最良のものは、EUでありユーロであったといわれます。故ジャン・モネ氏の下での欧州石炭鉄鋼共同体の設立から現在のEUに至る長い道のりを考えると、後戻りはせずに、何としてもユーロを守る方向で努力がされると思われます。その一環として、今回の危機の1つの要因であるEUの経済・財政政策の設計についても、エコノミック・ガバナンスとして財政規律の強化を含めこれから検討が進むと考えます。

この議事録はRIETI編集部の責任でまとめたものです。