IMFのアジア太平洋地域経済見通し April 2010

開催日 2010年6月8日
スピーカー 石井 詳悟 (国際通貨基金アジア太平洋地域事務所長)
モデレータ 佐藤 仁志 (RIETI研究員)
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議事録

※引用は本講演からではなく、IMFの世界経済見通し等の本体、及びIMFウエブ上公表される要約等の資料からお願いします

アジアを中心に回復、一方で強まる下ぶれリスク

石井 詳悟写真リーマンショックを発端とする世界同時不況・金融危機の余波は今なお残っています。特に最近ではギリシャの財政危機、ハンガリーの財政問題もあって、金融市場の不安定が続き、世界経済回復にも影響を与えかねない状態となっています。

第1四半期の指標によると、景気回復の傾向は昨年見通しと比べて強まっていますが、新興国で力強い成長が見られる一方で、先進国は緩やかな回復に留まるなど、地域によるばらつきが見られます。また、最近の金融不安により世界景気回復の見通しにかなりの下ぶれリスクが生じていることからも、危機から脱したとは程遠い状態といえます。

アジアは全体的に好調です。特に中国は景気対策もあって内需を中心に回復しています。新興国を中心に生産高も以前の水準に回復してきています。かつてのアジア通貨危機など他の不況と比べて、今回の回復パターンには主に2つの特徴があります。1つは内需の動き。今回はアジア通貨危機の時ほど内需が落ち込まなかったこと。もう1つは純資本流入。アジア通貨危機の時には相当の資本流出があり、流入に転じるまで相当の時間を要しましたが、今回は大幅な流出があった一方で流入に転じるまでの期間が短かったことです。

今後2年間、アジアは引き続き世界経済をリードしていくと予想されています。中国、インドの強い回復を追い風に、2010年から2011年にかけて7.1%の成長率を達成する見込みです。最悪の場合でも4%を下回らず、8%を超える可能性もあります。特に、中国、インドはそれぞれ10%、9%近い成長率を達成する見込みです。そのためアウトプットギャップもかなり早期に解消され、インフレ圧力も出てくる可能性があります。

財政不安による下ぶれリスク

1.金融市場リスク
一方、今後の見通しに関して、欧州を中心とした財政・金融不安による不確実性が高まっています。下ぶれリスクの中で最も懸念されるのが、先進国の財政不安です。危機以降、財政収支の悪化により公的債務が大幅に増加しています。2014年には平均でGDP比100%を超えると予想されています。危機前と比べて35%ポイントの上昇です。したがって、今後新たな危機が起こっても先進国は財政刺激策をとる余地が少ないことを意味します。公的債務を危機以前の水準に戻すために、各先進国で大幅な財政再建が必要とされていています。具体的には、今後10年間で平均してGDP比8%ポイント以上のプライマリーバランスの改善が必要です。最も懸念されるのが、今年5月のEU・IMFのギリシャ支援にも関わらず、市場不安が収まっていないことです。ハンガリーの財政問題も金融市場の新たな不安材料となっています。それに伴い、欧州の銀行が不安定となり、投資家のリスク回避傾向が強まると、世界的な流動性減少を招き、経済回復を遅らせかねないリスクがあります。

アジアは域外からの資金調達に大きく依存しているため、欧州の金融機関が不安定になるとかなりの影響を受けると見られています。とりわけ、アジアの金融機関は欧州の銀行からの借入が多いため、欧州諸国の財政悪化が最終的にはアジア諸国の資金調達にまで影響してくる可能性があります。

2.実態経済のリスク
今回の危機は、アジア諸国が外需に大きく依存していることを改めて浮き彫りにしました。以前はいわゆる「デカップリング」論もありましたが、実際はそうではなかった。アジア域内貿易はここ10年でかなり拡大しましたが、これは縦の生産工程の発展によるところが大きく、必ずしも外需依存脱却を意味していなかったのです。特に対欧州輸出が対米輸出を上回るシンガポールなどの国にとって、欧州の金融不安は大きなリスク要因です。さらにもう1つのリスク要因として、アジアの輸出は技術水準の高い品目に集中していますが、これらは景気変動に非常にされやすい特徴を持っています。さらに昨今のユーロ安もアジアの輸出に影響を与えるとおもわれる。

このように、欧州の財政不安に関しては、金融市場を通じた影響と実態(主に貿易)を通じた影響が出てくる可能性があります。とはいえ、アジアは今のところ比較的好調で、上述の下ぶれリスクに十分対応できる立場にあるといえます。

各国がとるべき政策

下ぶれリスクを緩和して景気回復を維持するには、どのような政策が必要か――。

第1に必要なのが、景気刺激のための財政・金融政策からの転換です。これには時期が重要で、拙速な引き締めは回復の芽を摘みかねませんが、一方で財政再建の遅れは市場の信頼を無くし、金融不安を招く可能性があります。各国のマクロ、財政事情を考慮した政策転換が必要です。殆どの先進国は2011年までに財政再建を始めるべきであることが、先日のG20会合で確認されています。仮に財政再建をしなければ、市場金利が上昇することで先進国の財政にさらなる悪影響を与えることから、中長期的に成長がむしろ妨げられることになります。そのため、一時的に成長率を押し下げる可能性はあっても、財政再建は中長期的な民間投資を促進する観点からもぜひ推進すべきです。また、財政再建と同時に、成長促進のための構造改革を推進していくことが重要です。社会保障制度の強化、労働市場や金融部門の改革などによる成長促進は、税収増、ひいては財政再建につながります。

第2に必要なのが金融市場の安定。そのためには金融セクターの改革が引き続き必要です。規制・監督の甘さが危機を招いたことを教訓に、現在、すべての主要金融機関への規制対象の拡大、監督の強化、危機対応メカニズムなどの改革の基本方針に関して、大まかな国際的合意が形成されています。

第3に必要なのが、資本フローの管理を通じたマクロ経済の安定化。回復の早いアジアでは既にマクロ政策の正常化が始まっていますが、そこでも政策転換のスピードに関しては各国によるばらつきが見られます。インドなど一部の国は、インフレ圧力の高まりから既に金融引き締めに転じています。インドを除いたアジアの新興諸国は、公的債務が比較的低く、今後の危機に対処する余力が大きいことが伺えます。

アジアの金融システムは、90年代のアジア通貨危機以降の金融改革もあって、高い回復力(resilience)を維持しています。十分な資本の確保、短期資金調達への依存度低減、リスクマネジメントの強化がその主な要素です。銀行の信用リスクは、リーマンショック直後に一時的に急上昇しましたが、最近では非常に落ち着いています。一方、欧州では信用リスクが非常に高くなっています。金融セクターのさらなる強化は、安定的かつ持続的な成長にも非常に重要です。

アジア諸国とブラジル、南アフリカなどの新興国では、2009年後半以降、かなりの資本流入が起きています。そのことによるマネーサプライの増加が、国によっては不動産価格の急激な上昇をもたらしている可能性があります。こうした不安定な資本流入への対応策として、最近注目されているのがマクロ・プルデンシャル政策です。もう1つ注目されているのが、為替政策を通じた資本流入への対処です。最近では、柔軟な為替政策が経済安定に有効であるという説が出てきています。通貨の切り上げは輸入物価を押し下げインフレ圧力を抑えると同時に、中銀の為替介入の必要性を減らすことで、流動性の増加を抑えることができるといわれています。多くのアジアの国では、主に為替市場への介入によって為替市場の圧力に対処してきましたが、それが結果として、マネーサプライ、ひいては銀行の貸し出しの伸びを高めてきた訳です。

IMFによる危機対応

昨年のIMF総会において、融資総額を7500億ドルに拡大することが了承されたほか、SDR(特別引き出し権)2500億ドルを加盟国に配分することが決定されました。さらに、さまざまな機会を通じて各国の景気刺激策を促進しています。

金融危機が始まって以来、IMFはこれまで2030億ドルの融資をコミットしています(アジア通貨危機では520億ドルをコミット)。ギリシャ、ルーマニア、ウクライナ、ハンガリー、パキスタンが主な借入国です。

その他、IMFではいくつかの改革を実施しています。1つが、FCL(flexible credit line)という新しい融資制度――予防的な融資制度――の設立で、メキシコとコロンビアが現在対象となっています。もう1つが低所得国などに対する貸し出し枠の拡大です。その一環として、低所得国に対するゼロ金利融資も決定しています。批判の多い融資条件に関しても、構造改革の条件を大幅に削減するなど緩和を図っています。とりわけ、ファンダメンタルズの良好な国に対しては、無条件、限度額無しの融資制度として、先述のFCLを設けています。

さらに主な検討対象となっているのが、IMFのガバナンス問題です。特にアジア諸国のクォータ出資率が非常に低く、経済の実態に合わないという観点から、中国などを中心にクォータを引き上げることが2008年4月に承認されています。さらに昨年のG20サミットでは、新興国・途上国のクォータを最低でも5パーセント・ポイント引き上げることが決定されていますが、欧州諸国の猛反発もあって今なお予断を許さない状況が続いています。

質疑応答

Q:

アジア開発銀行(ADB)においても、アジアのインフラ需要は2020年までに8兆ドルに上ると見積もっています。内需転換とグローバル不均衡の解消のためにもインフラ整備はぜひ進めていくべきですが、アジア諸国の財政を含めた公的資金、ODA、OOFを合計しても、2020年までに8兆ドルを調達することは不可能な見通しです。そのため、域内調達はもちろん、域外からもPPTアプローチを含めた調達の工夫が必要と思われます。ただ、先述の通り、金融セクターは積極的な貸し出しが可能な状況になく、そういった中で、アジア域内の金融市場、債券市場の育成も含めて、アジアのインフラ建設をIMFとしてどのようにサポートしていくお考えでしょうか。

A:

インフラ整備なくしてアジアの成長に不可欠と認識しています。民間資本の流れを促進するには、途上国のビジネス環境改善が不可欠ですが、そうした取り組み自体も多額の投資を必要とするため、途上国としても自国の税収を効率的に高めていく必要があります。また、金融セクターの不安定により投資家のリスク回避傾向が強まり、民間資本の流れが滞ることも考えられるため、途上国国内においても金融機関の整備と改革が必要です。IMFとしては、マクロ経済の安定と金融セクターの安定の2つを最重視しています。マクロの安定なくして民間資本は入ってこないからです。この2つを確保した上で、ミクロ部門でいかに効率的にインフラ整備をしていくかを考える必要がありますが、その点に関してはガバナンスの問題も含めた途上国の対応が重要となります。

Q:

政府の情報開示について。ギリシャやハンガリーの財政問題については、これまで政府が発表してきた財政データに不備があったことが危機の引き金となっています。アジアについても、一部の国で同様の可能性が指摘されています。公的債務のGDP比はアジア全体平均で22%ですが、たとえば中国の20%は中央政府だけの数字であり、地方政府の分も含めると結構大きいのではとの指摘もあります。IMFとしても、マクロ政策をレビューしていく上で、各国の統計整備や信頼性確保に関する取り組みを強化する必要があると思われますが、その点についてはどのようにお考えでしょうか。

A:

良い統計なくして良い政策提言は不可能ですので、IMFとしては金融危機以前からも加盟国の統計整備を重要視しています。公的債務については中央政府が発表する数字を主に見ていますが、国際比較が非常に簡単な一方で、公営企業が多い国ではこれらの企業の債務を含めるかという統計的な問題が出てきます。また、公的債務だけでなく、民間債務(民間の海外からの借入)も計測する必要があります。銀行に限れば、BISがかなり包括的なデータを出していますが、対象はBIS加盟国のみです。また、この点に関しては、資本規制緩和による国の違いも問題になっています。たとえば、資本規制の緩和が進んだシンガポールでは、経常収支のデータはありますが資本収支のデータが不足しています。さらに、金融機関の海外取引に際しては、中銀のレポーティングシステムが非常に重要ですが、資本規制の撤廃に伴いそうした制度までも無くしてしまった国が南米を中心に一部あります。

Q:

アジアの債券市場の重要性について。アジアの銀行は個別で見ると比較的健全といわれていますが、GDPに対する銀行の資産水準は世界平均を下回っていることから、間接金融を中心に資金を供給する仕組みがいまだに弱いと見られます。実際に、株式時価総額のGDP比など直接金融に関しては世界平均と同等の水準にあるにも関わらず、債券発行残高は世界平均を大幅に下回っている状態です。特に公的部門を除いた民間部門の債券市場が非常に未発達ですが、この部分を拡充しない限り、銀行の負担がどうしても高まるため、企業の資金調達がはかどらないと思われます。韓国のように銀行が債券を発行するケースもありますが、アジアの債券市場が全体的に未発達な理由と今後とるべき対策についてはどうお考えでしょうか。

A:

アジアの直接金融に対する依存度の高さは確かに指摘されています。金融センターが発達したシンガポールですら、資金調達は銀行中心となっています。ご指摘のように、資金の供給先を多様化するためにも債券市場の発展は不可欠です。その鍵を握るのが投資家教育と格付け機関。格付けは現状ではS&Pやムーディーズなどの欧米機関に依存していますが、そのコストの高さが債券発行を困難にしているケースも多いようです。そのため、ローカルな格付け機関の育成も債券の発行条件を改善する上で有効と見られています。

この議事録はRIETI編集部の責任でまとめたものです。