2010年版中小企業白書 ~ピンチを乗り越えて~

開催日 2010年5月10日
スピーカー 星野 光明 (経済産業省中小企業庁調査室長)/青木 洋紀 (経済産業省中小企業庁調査室室長補佐)
モデレータ 田中 鮎夢 (RIETI研究員)
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議事録

厳しさが続く、中小企業の動向

星野 光明写真2008年9月を境に急激に悪化した日本国内の経済は、最近になって対アジア輸出を中心に緩やかに回復しています。中小企業の業況もそれに伴い数字的の上では持ち直していますが、回復水準は依然低い状況です。

中小企業の中でも、業種や企業規模によって、業況感や鉱工業生産指数などの動きに違いが見られます。製造業、とりわけ電子部品・デバイスなど輸出向け産業で回復の動きが見られる一方で、非製造業と小規模企業、また製造業でも国内の設備投資にかかわる精密機械、一般機械などは足踏みの状態です。経常利益については、人件費が大幅に削減されたにも関わらず、2009年第4四半期においてはデフレが大きな押し下げ要因となっています。設備投資や資金繰りDIも非常に低い水準です。

倒産件数は前年度比で減っているとはいえ、小規模企業を中心に高止まりの状態が続いています。年間自殺者の約1割は自営業・家族従事者であり、その主な原因・動機が「事業不振」「負債」などであることから、倒産がらみの自殺が多いことが示唆されます。完全失業率はここ数カ月間高い水準で移行していて、特に製造業、卸売業、建設業で雇用の過剰感が強くなっています。特に中小企業を中心に、非自発的な離職が増加傾向にあります。

先行きに関する主な不安・リスク要因としては、為替と物価が挙げられます。特に2009年後半は、企業の予想を上回る円高が経営に大きな影響を与えたと見られます。物価については、たとえば小売業を対象にしたアンケート調査では、10%以上の単価下落があったと回答したところが約半数に上ります。価格変動の主な原因は「顧客や発注元からの要求」「競争相手の単価や世間相場に追随」となっています。

経済危機による影響

経済危機による影響としては、金融市場の動きと財市場の動きの2つの側面があります。株価急落による評価損の発生や、中小企業向け融資の縮小といった、金融市場の動きの一方で、財市場の影響として、中小企業性製品の輸出額が2008年10月以降、前年比で半減したほか、中小企業の鉱工業指数も輸出関連の製造業を中心に大きく低下しています。直接輸出だけでなく、間接輸出の減少も相応の生産の減少につながったと見られます。特に自動車に関しては、2008年7-9月期と比較して、10-12月期と2009年1-3月期で輸出額が7000億円も減少しています。中小企業全体では、製造業で4000億円、非製造業で1400億円、計5400億円の生産減少があったと試算されています。

前回の景気後退期と比較しても、輸出が急減したことで製造業を中心に業況と生産高が急激に悪化する、変化の急激さが大きな特徴と思われます。

中小企業対策の実施

経済危機に対して、政府は緊急保障制度、セーフティネット貸付、中小企業向け危機対応貸付などの中小企業対策を実施しましたが、とりわけ緊急保障制度は製造業と建設業で比較的多く利用されています。仮に制度を利用しなかった場合、多くの回答者が「事業の縮小」や「人員の削減」に踏み切っていたと答えていますが、特に注目すべき点は、「事業からの撤退」まで考えるケースがあったことです。10年前に特別保証制度を導入した時も同様のアンケート調査を実施しましたが、その当時は「事業からの撤退」という話までは少なかったと記憶しています。厚生労働省の「雇用調整助成金」に関しても、副次的な効果として、「運転資金の確保」「休業のマイナスイメージ回避」などが挙げられています。対象者数は大企業ではピーク時の半数以下に減少していますが、中小企業では依然として高水準で推移しています。

国内制約が高まる中での新たな展開

1.密度が低下する集積の維持・発展
日本の3大中小製造業集積といわれるのが、東京都大田区、静岡県浜松市、大阪府東大阪市の3地区です。しかし、ここにきてそうした集積の維持と発展が大きな課題となっています。

大田区では、1986年から2006年にかけて、全国平均を上回るペースで事業所数が減少しています。また、3地区とも従業者数は全国平均を上回るペースで減少しています。大田区と東大阪市では金属製品と一般機械、浜松市では金属製品と繊維の分野での減少が目立ちます。事業所数の減少は、特に駅周辺と住宅地域で顕著です。工場を閉鎖してマンションを建てるケースや、マンション建設に伴い工場を閉鎖するケースがある一方で、大田区などでは、工場アパートを新設して集積ごと移動させる施策がとられた事例もあります。さらに、一般機械、金属製品、輸送用機械の3業種に着目して取引構造を図式化したところ、浜松市は一次下請、二次下請を含む多くの取引先を抱える企業を頂点とした「垂直型」の取引構造を有しているのに対し、東大阪市は取引先数の少ない(10社程度)企業を中心とした「水平型」の取引構造を有しています。大田区はその中間です。また、いずれの地区でも中核となるハブ企業が存在しています。その業種ですが、浜松市が輸送用機械、大田区が一般機械、東大阪市が金属製品となっていて、それらがとりわけ多くの取引先を抱えています。3地区の企業のいずれも全国各地に事業所ないし取引関係を展開しているほか、海外子会社や関連会社の数も増やしています。オオタ・テクノ・パークのように、日本に拠点を残しつつ国外に関連会社を設置するのを促進する動きも見られます。

ただ、事業承継に関するアンケート調査では、「廃業したい」「事業を引き継ごうにも後継者の確保が難しい」という回答が目立ちます。こうした部分での政策的な取り組みが求められていることが示唆されます。また、集積の中でネットワークを形成する利点として、「取引先の技術能力を的確に判断できる」「他社との間で技術的修正・提案を行いやすい」と感じているところが多く、こうした連携を深めつつ、集積の効果を有効活用することが重要と考えています。

2.環境・エネルギー制約への対応
中小企業のエネルギー起源CO2排出量は全体の12.6%です。産業部門、特に製造業部門に限ると全体の9%程度ですが、業務部門、とりわけ商業施設や飲食・宿泊では全体の半分以上を占めていて、省エネの余地が大きいと考えています。アンケート調査によると、「こまめに電気のスイッチを切る」といった運用による省エネはかなり実施されていますが、投資による省エネは低調で、小規模ほどそうした傾向が顕著です。投資にしても、LED照明や人感センサー付きライトを投入するといった比較的安価な取り組みが中心です。実施しない理由としては、コストの問題を上げるところが多くなっています。ただ、今後取り組みたい省エネ項目としては、LED照明など以外に、空調機器やボイラーといった高額な投資も挙げられています。そうした設備導入を支援する制度や、国内クレジット制度、ESCO事業などもありますが、これらの認識度が特に小規模な企業で低いことから、更なる情報提供が必要と思われます。他方、「新成長戦略」で取り上げられているように、自社で蓄積してきた省エネ技術を展開するなど、省エネを積極的に捉える考え方もあります。アンケート調査でも、少数ではありますが、「自社の技術を提供することでビジネスにつなげたい」とする積極的な回答がありました。

3.少子高齢化時代の事業展開
少子高齢化が進展する中、中小企業が新事業を展開し、更なる成長を遂げるには、働く人のライフステージに合った働く場を提供していくことが必要です。たとえば、女性の場合、結婚していない時期は残業のあるフルタイム就労を望む人が多数を占めますが、子どもが小さい時期は短時間勤務や自宅勤務を希望する人が多くなります。そして、子どもが大きくなるにつれ、フルタイム就労を希望する人が再び増えてきます。そうしたライフステージに合わせた雇用の提供が人材確保の鍵となります。中小企業は従来から大企業と比べて女性と高齢者の活用比率が高いですが、中でもワークライフバランスの取り組みに積極的な企業ほど、従業員定着率の改善と生産性の向上が見られるほか、会社への貢献意欲も高くなっています。また、ワークライフバランスに加えて、人材の評価・育成に力を入れている中小企業ほど、生産性と定着率が高くなっています。

少子高齢化で伸びる業種としては、労働者派遣業のほか、医療介護関連の業種があります。とりわけ医療介護関係では、開業事業所における従業者数が増えています。しかし、2006~2007年の産業別の雇用者の移動状況を見ますと、業種内での移動が多く、他業種からの流入が少ない上に、流出の比率が高いことから、業種間の人材移動および人材定着のための環境整備の必要性が示唆されます。

国外の成長機会の取り込み

中小企業においても、輸出額と海外子会社の保有割合は年々上昇していますが、小規模企業ではそうした割合は非常に低くなっています。

中小企業の海外展開の特徴として、対アジア輸出の割合が高いことと、中国に直接投資と現地法人を保有する割合が高いことが挙げられます。輸出および直接投資企業の業績を追跡してみると、2000年に輸出を開始し、以後継続している企業は、輸出実績の無い企業とを比べて、高い伸び率を示しています。直接投資に関しても同様です。国内の従業者数に関しても、輸出開始企業で増加率が高いのは予想どおりでしたが、直接投資開始企業でも、直接投資実施直後は減るものの、2007年には直接投資実績の無い企業を上回るペースで伸びています。その理由ですが、中国やタイの現地調査からは、「国内・国外で分業することで生産性が高まった」「海外の日本人社会のおかげで、国内では付き合う機会の無い大企業と面識ができ、取引ができるようになった」といったことが聞かれます。また、現地法人の設置により本社の管理業務が増えたことも考えられます。

国際化する理由としては、「取引先の生産拠点が海外移転した」「コスト削減のため」といったものもありますが、最も多かったのは「自社製品に自信があり、海外市場で販売しようとした」という前向きな回答でした。国際化できた理由を聞いたところ、「代表者に外国人の親しい友人がいた」「社内に外国語に一定の理解がある人がいる」などの回答が得られたことから、海外との人的なつながりがある企業ほど国際化のきっかけをつかみやすいと見られます。

中小企業が国際化するには、海外市場の情報収集や販路開拓が必要となります。輸出および直接投資する企業ほど労働生産性が高いと述べましたが、実は労働生産性が輸出・直接投資企業よりも高いにも関わらず、国際化していない企業がまだ多数存在します。国際化しない理由としては、「必要性を感じない」「国内業務で手一杯だ」などがありますが、「国際業務に必要な知識が無い」「国内で国際業務に対応できる人材がいない」という声も多く聞かれます。現地における課題に関しても、情報面の課題だけでなく、人材面や資金面での課題を挙げる人が多く、こうした分野に政策的なニーズがあると考えます。他方、直接投資した企業がすべて成功しているわけではありません。輸出を継続できている割合を例に見ても、中小企業では大企業と比べて低くなっています。直接投資に関しても、撤退率が大企業と比べて高めです。

貿易自由化に関しては、国際化企業では約7割が賛成の意見ですが、原産地証明制度やEPAに関する認知度の低さがとりわけ中小企業で活用が進まない理由となっています。仮にAPEC域内で自由化が実現した場合、大企業ほどではありませんが、中小企業でも製造業で0.5%のGDP押し上げ効果が期待されます。

今まで述べてきたように、中小企業をめぐる状況が厳しい中、国内の制約を乗り越え、海外の成長を取り込むことで、今後の発展の可能性が出てくることを期待しています。

質疑応答

Q:

サプライチェーンの国際化とITの進展もあって、産業集積のメリットが薄れている気がします。

A:

業種によりけりです。今回取り上げた一般機械と金属製品では、他の業種と比較して対面でのやり取りが多いようです。そうした部門では、日常的に他社を直接訪問するメリットは確かにあると考えられますが、将来的には事業者数の減少などにより集積密度が薄くなる中でこういったことが不可能になることも予想されます。IT活用によってそれをどう補えるかは今後の検討課題です。

Q:

不況期に生産性の低い企業が倒産することは経済活性化の上で必要不可欠とする理論がありますが、そうした観点から中小企業の倒産は一概に悪いことではないともいえます。むしろ、M&Aその他統合によって規模を大きくする視点も必要ではないでしょうか。

A:

中小企業施策は企業の存続が第一目的ではなく、集積の機能が維持さえできれば、多少の廃業があっても差し支えないと個人的には見ています。そうした観点から開業率と廃業率のネット――すなわち、廃業を補う数の開業があるか――に着目しています。しかし、最新のデータ(2006年)を見る限り、日本の中小企業の開業率は決して高くありません。廃業にしても、後継者の不在によるものなど不本意な廃業が多く、そうしたところに対しては政策的な後押しが必要と思われます。

(補足)新陳代謝としての企業の入れ替わりはそれほど問題視していません。しかし、リーマンショック直後は、非効率な企業が倒産したケース以外に、取引先の倒産による連鎖倒産もあり、そうしたケースに対しては対策が必要と思われます。

Q:

日本の中小企業は衰退過程にあるといえませんでしょうか。先進国で中小企業政策を実施しているのは米国だけで、欧州にはそのような機関は無いと聞いています。また、企業の規模は市場プロセスに任せた方が良いと思われます。今回の白書の副題は「ピンチを乗り越えて」ですが、これは中小企業が衰退過程にあるとの認識に基づくものでしょうか。技術が比較的容易でかつ労働集約的な産業はどうしても国外に移転することから、底流としては難しくなっているのではないでしょうか。

A:

副題の「ピンチ」というのはリーマンショック以降の厳しい状況を指しています。それを乗り越えるために、集積、環境・エネルギー、少子高齢化、国際化を軸に各種施策を提案しています。実は欧州にも中小企業憲章があります。市場による淘汰を是とする説も一理ありますが、日本の企業の99%以上、雇用の7割を中小企業が占めている事情も考慮する必要があります。また、新規事業の立ち上げや臨機応変に対応できる中小企業ならではの強みを活かすことで、今後の発展のチャンスが見えてくると考えています。衰退に向かっているのか――という質問ですが、一括りにはできませんが、衰退する部門がある一方でそれを補うような活発な部門が新たに出てくることを期待しています。

この議事録はRIETI編集部の責任でまとめたものです。