地球温暖化防止の国際的枠組み形成に関わる法的問題

開催日 2010年2月8日
スピーカー 高村 ゆかり (龍谷大学法学部 教授)
モデレータ 星野 光秀 (経済産業省 研究調整ディレクター)
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議事録

コペンハーゲン合意とその含意

高村 ゆかり写真COP15において、コペンハーゲン合意が正式には採択されず、COPは留意する(take note)ことを決定するにとどまったことは、気候変動枠組条約の締約国会議(COP)がコペンハーゲン合意の存在を認めつつも、それだけでは締約国を拘束することはないことを意味します。

合意において、附属書Ⅰ国(先進国)は、2020年を目標年とする国別排出目標の実施を約束しています。先進国が今年1月末に提出した目標は、COPが採択する指針に従って、「測定、報告、検証」(MRV)を経ることになります。一方、途上国に関しては、先進国のような目標ではなく行動の実施が規定されています。先進国については「実施することを約束する」という表現であるのに対し、非附属書Ⅰ国(途上国)に関しては、「実施する(will)」という表現です。こうした表現の違いは、途上国の削減行動がどのような法的拘束力を持つかに関わり、今後の交渉で議論になりうる点です。途上国の削減行動は、あくまでもその途上国の国内でなされるMRVの対象になる点で、国際的な指針に基づいてMRVの対象となる先進国と異なります。その結果は国別報告書で2年毎に報告され、国際的な分析と協議の対象となります。途上国の削減行動の中でも、国際的な支援を受ける行動に関してはCOPが採択する指針に基づく国際的なMRVの対象となります。

資金に関しては、先進国全体の2010~2012年目標(300億ドル)と、2020年までの年1000億ドルの動員という目標が掲げられています。適応や技術、目標の見直に関しても規定はあり、たとえば、技術については技術メカニズムの設置が記されていますが、詳細は明確には定められていません。

コペンハーゲン合意の前進点

コペンハーゲン合意に関しては、第1に、「削減をする先進国」と「削減をしない途上国」という二分法から脱却している点が評価できます。第2に評価できる点が、途上国の削減行動が国際的な報告と監視の対象となることです。国際的支援を受けない途上国の削減行動については、その国の国内で検証を行うこととなり、国際的支援を受ける削減行動については国際的に策定される指針に基づいて行動の報告と検証が行われることになります。中国などは自国の削減行動が国際的支援を前提としないとする旨発言しており、こうした新興国の削減行動は国内的な検証の対象となる可能性が高くなります。途上国の削減行動の報告、検証については、指針が作成されそれに基づいて行われることになっていますので、新興国の削減行動の透明性および効果を高めるような指針をどのように作成できるかが今後の課題となります。

第3に、合意の運用は2013年まで待つ必要がありません。先進国と途上国がそれぞれ提示する目標および行動について、「直ちに」(immediately)「運用される(operational)」と書かれています。しかし、上記の削減目標・削減行動の検証についても、資金についても、本格的な運用のためには、具体的な指針、ガイダンスの多くをCOPの決定に依存するため、COP16またはその後のCOPの決定を待たなければならないことも事実です。

コペンハーゲン合意の課題

一方、コペンハーゲン合意には欠けている(missing)点もいくつかあります。第1に、長期目標についての言及がありません。

第2に、コペンハーゲン合意で先進国目標について書かれている内容は、京都議定書の交渉の時とは異なる方法での目標設定を示唆するものです。コペンハーゲン合意は、各国が提出する目標、言い値をそのまま国際的な約束として文書に記載する形をとっています。このような方法が伴う課題は2つあります。1つは、米国以外の先進国が大きな重要性をおいている「先進国間における削減努力の同等性(comparability)」をどのように担保するかが問題となります。もう1つは、G8で主要先進国間では合意されている「2050年までに少なくとも50%削減」やコペンハーゲン合意も言及している「気温上昇を2度未満に抑える」という目標と、これまでの各国の誓約の総計との間にギャップが存在していることです。欧州のシンクタンクの試算では、2009年12月15日時点での各国誓約(これらは各国が提出したものとほぼ同じ)を積み重ねると、2100年までに工業化以前より3.5度の気温上昇、約700ppmvの二酸化炭素濃度に達するとしています。G8で合意されている長期目標(おおよそ550ppmv)やコペンハーゲン合意が言及する2度未満といった目標との間にギャップがあり、このギャップが今後の交渉の争点となると思われます。

第3に、未決定事項が多い点が問題です。新たな市場メカニズムや国際航空・海運からの排出への対応などについて、具体的な合意はありません。技術の開発・移転に関するメカニズム構築は合意に言及されていますが、詳細を決めていくことが必要となります。また、第4の点として、先進国と途上国の約束の法的拘束力、合意の法形式の問題が残されています。

COP15が示したもの

コペンハーゲン合意は、今後の次期枠組み交渉における重要な拠りどころとなりうる文書です。特に、定期的な報告や検証の対象となることになった途上国の削減努力については、今後枠組み交渉を続けていってもなかなか合意できないだろう水準の合意に至りました。

留意が必要なのは、コペンハーゲン合意と締約国会議が相互に依存している点です。コペンハーゲン合意を本格的に実施するには、いくつかの点において枠組条約の下での指針、ガイダンスの決定が必須となります。従って、コペンハーゲン合意を枠組み交渉の中にどのように位置づけられるかが大きな関心事となります。コペンハーゲン会議の最終日のCOP会合において、先進国は、枠組条約の7条2項(c)を根拠に、COPにコペンハーゲン合意の実施を促進する権限を与えることを提案しました。これに対して中国、インドなどが消極的な態度を示しました。現時点ではすでに、中国、インドを含めた55カ国から誓約が提出されています。従って、コペンハーゲン合意が枠組条約交渉の布石となる可能性は高いと見ています。他方で、コペンハーゲン合意をCOPが採択することに反対した国もあり、これらの国はコペンハーゲン合意を枠組み交渉の中に位置づけるのを反対すると思われ、次期枠組み交渉においてコペンハーゲン合意がどのように位置づけられるかが注目されるのです。

コペンハーゲン後の各国の動向を見てみると、米国は、コペンハーゲン合意に基づいて、2005年比17%削減という議会にかかっている法案の線に沿った誓約を提出しました。ただし、この誓約が最終的な約束となるには、議会での法案の採決を経て最終的なものとなることが条件とされています。懸念されるのは、この1月のマサチューセッツ州の上院補選で民主党が敗北し、議会での共和党の議事妨害を止めることができる60議席を割ったことで、法案採択の行方が不透明となっていることです。新興国については、中国、インド、南アフリカ、ブラジルがBASICグループという1つの交渉グループとして動き出す様相を見せています。BASICグループは、枠組条約のプロセスが交渉の中心であることを再確認し、作業部会の交渉を今年中に最低5回開催することを要請しています。

考えうるシナリオ

現時点では、多数の国がコペンハーゲン合意に賛同しており、その場合、当座の交渉はコペンハーゲン合意を基礎としながらも、新興国が焦点を置く枠組条約の場において多国間合意を目指すシナリオが有力です。もう1つのシナリオとして、当座はそのように動いても、2~3年の交渉を経て合意に至らない場合、多国間交渉が崩壊してしまう(Falling apart)というところまではいかなくても、多国間合意がなかなかできず、多国間合意ができるまで各国が独自に温暖化対策を進める「各自独自路線」のシナリオがあり得ると思います。後者の場合、努力する国と努力しない国の衡平性の問題を是正することが期待される多国間合意がなく、それゆえ問題を是正するために一方的な貿易措置がとられる可能性が高まります。いずれにしても、オバマ大統領の任期が切れ大統領選挙が行われ、また、京都議定書の第一約束期間の終了が重なる2012年、2013年あたりが、2つのシナリオのうちどちらの方向で交渉が展開するかが決まる分岐点となるように思います。

多国間合意シナリオに伴う法的問題

1つ目のシナリオ「多国間合意シナリオ」に関して、コペンハーゲン会議では2つの作業部会の作業の継続が決まりましたが、最終的な法形式については以下の意見対立を残しています。

(1) 1つの包括的な新議定書(先進国グループによる主張)
(2) 京都議定書改正と新たな議定書(一部の途上国が主張する、米国・途上国を対象とした新たな議定書)
(3) 京都議定書改正のみ(米国はどこで約束を負うかという問題が残る)

法的な観点から見て、「1つの包括的な新議定書」が最も適切と思われます。全体としての合意事項を1つにまとめ、公平性の確保が容易になるからです。しかし、途上国の強い反発があり、新たな議定書案を採択する際にはコンセンサス方式による決定となると考えられるので、政治的には実現が大変難しいことになります。

「京都議定書改正と新たな議定書」は、すべての国が拘束力ある約束をする可能性を生む点で評価できます。しかし、発効要件などに関する2つの文書間での調整が不可欠となります。ただし、文書作成時に仮にうまく調整したとしても、2つの文書の下で決定が積み重なる中で、2つのレジームの間に矛盾が生まれる懸念があります。

「京都議定書改正のみ」とする場合、一番の問題は米国と途上国の約束がどうなるのかという点です。ブラジルなどはCOPの決定を想定しているようですが、COPの決定には法的拘束力が無いため、他国が衡平な削減努力として認めず、そうした合意には同意しない可能性もあります。

各国独自路線シナリオに伴う法的問題 ―国境調整措置とWTO協定の適合性―

2つ目のシナリオ「各国独自路線シナリオ」の下では、各国間の炭素価格の違いから、排出規制が緩やかな地域に産業が移転する炭素漏出(carbon leakage)が一層問題となります。これは移転をする側の国の競争力にかかわると同時に、地球全体の排出量増加にもつながります。この問題に対する欧米の対応はほぼ一致しています。欧米は、国際協定を優先させながらも、それが締結できない場合には、カーボンリーケージが生じることが懸念されるセクターについて国内・地域の排出枠取引制度の下での排出枠の無償割り当てで対応するか、国境調整(輸入産品の輸入時における排出枠保有義務付け)を想定しています。ただし、こうした一方的な貿易措置に対して、国際交渉では主要途上国が警戒と反発を見せています。

法的な観点では、輸入産品に対する排出枠保有義務付けもWTO協定に適合する必要があります。ここでは現行のWTO協定との適合性を検討する上での国境措置導入の論点を紹介します。

WTO協定との関係では、GATT2条に基づいて譲許表記載の関税水準を超えて関税を課することはできません。ただし、GATT3条2項でいう「内国税その他の内国課徴金」に該当する場合、一定の国境調整の可能性が出てきます。したがって、排出枠の保有義務付けがGATT3条2項でいう「内国税」に該当するか否かが第1の論点です。これまでの欧米の研究者は、排出枠の保有義務づけも、政府に対して一定の金銭支払いを行うものであり、内国税に該当するという立場をとっています。

内国税に該当する場合国境調整が可能な内国税か、という論点があります。1970年のWorking Partyの報告書では、最終産品に残らない投入物への課税に関しては、国境調整の可否について明確な判断を下していません。また、各国の対応も一致していないのが現状です。製造過程から排出されるCO2あるいは炭素の量に応じた課税を想定するとこの点も論点となると思われます。

排出枠の保有義務付けに関しては、国内産品よりも不利な待遇を与えてはならないという観点から、検討しなければならない技術的な問題があります。製造過程における温室効果ガス排出量の算定が最も厄介です。96年の米国ガソリン事件では、実排出量の報告に基づいて輸入者に対して一定の義務付けを行う方法が示唆されました。そして、報告がない場合の算定方法として、一定のデフォルトの算定方法を採用するというものです。デフォルトの場合の算定方法については、輸入国の支配的な生産方法に準じるもの、最善の利用可能な技術(BAT)に基づくものといった考えが提案されています。算定した排出量を踏まえて、排出枠をどれだけ保有させるかの算定も難しい問題です。国内産品よりも不利な待遇を与えてはならないという観点から、水準の決定が課題になります。こうした技術的な課題を考慮すると、真に国際競争にかかわるエネルギー集約的産品に措置を限定するのが望ましいと思われます。

最恵国待遇との関係では、米国のリーバーマン=ウォーナー法案をめぐって、法案が個別の産品の排出量を考慮せず、産品の製造国が温暖化対策をとっているかどうか、その対策に応じて輸入産品の排出枠義務づけを行うかどうかを決定するという方法に関して最恵国待遇違反との批判が出ています。

国境措置がこれらのWTO協定上の条件に適合しない場合、一般的例外(GATT20条)に該当するかどうかが問題となります。GATT20条をめぐる論点の中でも最も大きい論点は、20条の柱書きの要件に合致するかどうかです。排出枠の保有義務付けが輸出国の事情を考慮した水準となっているかが問われることになります。措置をとる前に、次期枠組み交渉において合意への真摯な努力がなされたかもGATT20条の柱書きの要件を満たすかどうかに影響を与える可能性があります。また、次期枠組みが合意された際に合意があるにもかかわらず一方的措置をとった場合多国間のアプローチを重視するWTO協定と整合性を持つものとみなされるかどうかという点も問題になります。

以上のように、排出枠の保有義務付けは、WTO協定との適合性に関する困難を孕んでいます。それにも関わらず欧米がこのシナリオを用意するのは、多国間合意に至らない場合への備え、もしくはこうした措置を用意しておくことで合意に至ることを促す戦略として捉えているからと考えられます。日本も多国間交渉に伴う不透明性を踏まえて、複数のシナリオに対応するための検討が必要になります。

質疑応答

Q:

国際交渉においては、政治的合意のほかに事務的合意が必要となります。中でも最も重要な測定、報告、検証(MRV)の分野に関して、実務的な進行度合いと、UNFCCC事務局における対応について考えをお聞かせください。

A:

先進国、途上国ともにMRVについて指針に基づいて行われますが、先進国の削減行動と途上国の支援を受けた削減行動については、COPの指針に従うことになっています。途上国の国別報告書について、COP15で専門家グループの活動が再開されることになり、この専門家グループが指針作成に一定の役割を果たすのではないかと思われます。また、指針策定のほかに、期待される頻度と内容の報告書を途上国が提出するよう支援する方策を併せて議論する必要があります。そして、極めて実務的な点としては、こうした報告、検証の作業を支える専門家と事務局の人的資源と財源と人的資源は今以上に必要とされるでしょうからそれをどうするかが問題となります。

Q:

枠組条約とその他の二国間・地域的フォーラムとの連携、役割分担に関する質問です。個人的には地域的なものがどれほど枠組条約に貢献できるのかを疑問視しています。

A:

コペンハーゲン会議が提起した点の1つは、枠組条約のプロセスがこのままで良いのかということでした。中期的には枠組条約プロセスの見直しを真摯に検討する必要があります。しかし、ここ1~2年の交渉に関しては、新興国の削減努力への参加が効果的な合意の必須の条件であることを考えると、これらの国が枠組条約を交渉の中心にするという立場を強く表明している限り、大きなシフトチェンジはできないと考えています。

フォーラムの連携と役割分担に関しては、G8 が実質上長期目標の合意形成に大きな役割を果たした事例があると思います。今後、国境調整や特定セクターの国際競争について、当該セクターないし関係国によるルール作りも将来的にありうると思います。

Q:

フランスでは国として国境調整を提案していますが、日本はなぜ国境調整の可能性を積極的に考えていないのかご説明願います。

A:

昨年、ステークホルダーの方々を対象に、国境措置に対する認識をインタビュー調査しました。その結果を見ますと、特に産業界の方々から国境措置に対して消極的な意見が聞かれました。日本は海外から輸入した部品や原料を加工する輸出産業に依存しているため、国境措置が本質的に国際競争の問題を解決しないという認識が欧米と比較して強く表れています。従って、日本が国境措置を採用するかの判断にステークホルダーとの協議は不可欠だと思います。他方で、削減努力をしない国への牽制の手段として国境措置の発動を準備しておくことは、政策的に十分ありうる選択肢だと考えます。

この議事録はRIETI編集部の責任でまとめたものです。