オバマ政権のオープンガバメント その課題と日本の対応

開催日 2009年12月9日
スピーカー 奥村 裕一 (東京大学公共政策大学院特任教授)/ 守谷 学 (経済産業省商務情報政策局 情報プロジェクト室 室長補佐)
モデレータ 由良 英雄 (RIETI総務副ディレクター)
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議事録

開かれた政府の三原則

奥村 裕一写真奥村氏:
オバマ大統領は、大統領選当時からインターネット(Web2.0ないしはソーシャルメディア)を活用して国民、特に若者層との距離を縮めるための大きな努力を払ってきました。そこには、国民に近づき、透明性を高めることで、国民の信頼を回復することができるという考えがあったと思います。

オバマ大統領が就任式翌日に署名した、オープンガバメント(開かれた政府)を進めるための覚書には、3つの原則が示されています。

第1の原則:政府は透明でなければならない
第2の原則:政府は国民参加型でなければならない
第3の原則:政府は協業的でなければならない

第1の原則(「透明性」)では、積極的な情報開示が最も重要となります。同時に、情報はマシンリーダブルな方法でわかりやすく開示されなければならないとしています。情報の受け手である国民が自らコンピュータでデータを分析し、知識を増やし、政府に意見を出すという流れをつくることが透明性原則の根本の考えです。透明性原則の課題は開示する情報の範囲をどう決定し、情報をどう開示するかにあります。

第2の原則(「国民参加型」)では、「みんなの意見は案外正しい」を前提にしますが、その条件(多様性、独立性、分散性)が常に働くとは限りませんし、Web2.0 による国民の意見の集約手法が固まっていないことが課題です。また、いわゆる一般大衆の直感的意見と専門家の意見をどう組み合わせるかも大きな課題です。

第3の原則(「協業」)では、行政サービスを提供する段階から省庁間、地方、国民・NPOとの間で協業を進めることが重要となりますが、いずれの場合も国民を中心に置いて、協業を進めます。協業原則では、縄張り・縦割り意識をどう取り除くかが課題です。

透明性原則への取り組み

米国政府は政府の予算・支出を監視する民間営利団体「OMBウォッチ」の技術を活用して「USAspending.gov」で政府支出データを公表しています。このサイトでは、個別企業の契約内容すべてが開示されています。

政府のIT投資状況を示すサイト「IT Dashboard」では、コスト、スケジュール、パフォーマンスを3つの軸で評価しています。現在、この取り組みをIT予算だけでなく全予算に広げる動きが始まっています。日本の事業仕分けに似ていますが、軸がはっきりしているという点で日本とは異なります。

日本のパブリックコメントは各省にばらつきがあり、統一して検索できる仕組みにはなっていません。一方、米国ではパブリックコメントの窓口「regulations.gov」にアクセスすれば、過去のパブリックコメントの一覧と、各コメントに対する政府の対応をみることができます。米国政府はこのシステムの開発に相当の歳月をかけてきました。

国民がコンピュータで自由に分析できるような形でデータを提供するのがオバマ政権の新機軸ですが、今年10月からは官報についてもマシンリーダブルな方法で情報提供が行われるようになりました。日本の場合、インターネット版「官報」が無料で閲覧できるのは直近30日間分のみで、それ以前の分は有料となっています。これに対し、米国では、1994年以降の官報をすべてインターネットで閲覧できます。情報は国民の財産ですので、ここでは日本は米国を見倣うべきだと考えています。

国民参加原則への取り組み

オバマ政権は、オープンガバメントの三原則を実施する上で何が必要かについて国民に意見を求めました。そのプロセスは3段階に分けられます。第1段階はブレインストーミングで、国民に自由な意見を求めました。第2段階のディスカッションではブログを活用しました。第3段階のドラフトではディスカッションを踏まえた提言書をみんなで書くことにしました。

政府の積極性とは裏腹に、オープンガバメントを実現するための取り組みに参加する人の数はまだまだ限られているようです。これは大きな課題です。実際、第1段階の登録ユーザー数はわずか約1万5000人でした。寄せられたコメントに投票した人の数は36万人で、第3段階になると参加者の数はさらに減少、提言書のドラフティングに参加したのはわずか375人でした。

国民の参加が活発にならなかった理由を専門誌が分析したところによると、まず、トピックに無関係なコメント(「オバマ大統領に大統領になる法的資格はあるのか?」)や意味のないコメントが多くあったようです。生産的意見を集める上でどういったツール(ソーシャルメディア)が効果的なのか、さらに検討が必要でしょう。

発言者に実名開示を求めるのか、匿名・仮名も認めるのかという問題もあります。今回の取り組みでは政府は、発言の信憑性を高めるためできるだけ実名で発言するよう求めました。私は、バーチャル社会での活動(インターネット上で意見をする等)が実生活に影響を与える以上、匿名だからといって無責任な発言が認められるべきではないと若者を教育する必要があると考えています。特に、国が国民に意見を求める際には、国民が実名で意見を表明できる社会となっていることが前提となります。そうした社会が実現して初めて国民参加原則は機能するようになります。これも大きな課題です。

協業原則への取り組み

米国政府は、政府内の横の連携を図るために政府関係者のみがアクセスできる「MAX Homepage」をつくり、省庁間での議論を進めています。「govloop」は政府職員が自由に政府の問題を語るボランティアコミュニティです。国防総省も「Social Media@DoD」という新しいソーシャルメディアを活用したサイトを構築しています。

米国政府の行程表が12月18日に発表

待ちに待った大統領の覚書を具体化する大統領行政管理予算局の指令がまとまり、12月18日に発表されました。各省は「オープンガバメント計画」(今後120日以内)の策定、発表などが求められています。これから各省の具体化が始まるわけで、その中からベストプラクティスを追及していくと思われます。

電子経済産業省の試み――アイディアボックス

守谷 学写真守谷氏:
電子経済産業省は、インターネット上で国民があるテーマについてアイデアを投稿し、議論を行うための仕組みとして、今年の10月14日から1カ月の間、アイディアボックスを実験運用しました。

アイディアボックスとは簡単にいえば、インターネット掲示板です。ただし、書き込みが単に時系列に表示されるだけの掲示板とは異なります。アイディアボックスの大きな特徴は、ある人が投稿したアイデアに賛成・反対の投票をしたり、コメントをしたりすることができる点にあります。国民が一方通行で政府に物申すのではなく、意見する過程で他の国民の考えを知ったり、「みんなの意見(wisdom of crowds)」を使って政策の優先順位を決定したりすることができるのも特徴です。

今回は「電子政府」をテーマにアイデアを募集しました。結果は以下の通りです。

アクセス数:70万回
ユーザー登録数:1063
アイデア投稿数:456
コメント数:1250
投票数:7041

賛成が最も多く寄せられたアイデアは「住民票や戸籍をネットで取れるようにして欲しい」というものでした。ほかにも、アイディアボックスのさらなる活用、ウェブ技術を用いた情報発信強化、情報のオープン化、議論等のオープン化を求めるアイデアも多く寄せられました。経済産業省ではアイディアボックス終了後も、フォローアップサイトを開設し、アイデアに対する取り組み状況を公開しています。フォローアップサイトには、寄せられたアイデア、コメント、投票データなどの生データも、個人情報を伏せた上で掲載しています。

アイディアボックスの成果

当初、荒らしや炎上が起きるのではないかと懸念していましたが、それは杞憂で、荒らしや炎上は一度も発生しませんでした。ユーザー登録を求めたのが、一定のハードルとして機能したのではないかと考えています。ユーザー登録をすれば、その人がこれまでにどういう発言をしてきたのかが時系列でわかり、ネット上でも自己同一性が明らかになるので、荒らしにくいのではないのかというのが示唆として得られた点です。

賛成票が多い順にアイデアが並び替えられるというシステム特性がスクリーニング機能を果たし、多くの国民からみてもっともな意見が上位にくるような仕組みとなりました。

いろいろなブログをみてみても、参加者の満足度は総じて高く、アイディアボックスは参加者に歓迎されたシステムであったと考えています。

1つのテーマの下でアイディアボックスを開設する期間については、開設から2週間ほど経過した時点で同じようなアイデアが繰り返し現れるようになりました。実際、アイデアが最も多く寄せられたのは最初と最後の1週間でした。中だるみがあることを考えると、期間を短く区切って、随時新しいテーマを設ける方がうまく進むのではないかと思います。

自分の仕事に対する意見を国民から直接きけるこの仕組みがあれば、良い意味で、行政職員の緊張感やモチベーションの向上につながる筈です。

アイディアボックスの課題

登録ユーザー母集団の偏りが問題点です。今回は女性の登録ユーザーは全体の1割に留まりました。地域的にも、東京・千葉・神奈川・埼玉在住のユーザーが約75%を占めました。職業別構成では、情報通信業に偏りがありました。Wisdom of crowdsというにはまだほど遠いようです。

最大の課題は、アイディアボックスに対する行政コストです。今回は私を含め2人の職員がコメントへの回答を担当しましたが、回答だけでも1日約3~4時間の時間が必要でした。回答のほかにも、行政職員は意見を構造化して投稿を促進する役割も担っています。アイディアボックス開設後の最初と最後の期間にはアイデアが殺到するので、行政側で十分なリソースを割かないと火傷をするというのが今回の反省点です。

政府職員は回答しなくてもいいのではないかという考えに対しては、私たちは否定的です。というのも、行政職員からの回答が得られるというのが投稿に対する最大のインセンティブとなったからです。実際、「行政の顔がみられてよかった」といった意見は多く寄せられました。

アイディアボックスが政策プロセスでどう位置付けられて、投稿されたアイデアやコメントがどう使われるのかを事前に明確にしておかなければ、単なるアンケート調査で終わってします。そうならないためにも、政府内でしっかりと議論したいと考えています。

質疑応答

Q:

行政からの回答に意義があったということですが、政策提言を求めるサイトは政府がつくるのがいいのでしょうか。民間がつくる方がいいのでしょうか。

守谷氏:

アイディアボックスのシステムは開発を外部に発注しています。こうした土俵は政府がつくっても、民間がつくっても、どちらでも良いと思います。政府は民間の優れた点を積極的に活用すべきです。ただ、米国とは違い、政策に直接フィットする仕組みを自発的につくる民間団体が少ないのが日本の現状です。従って、アイディアボックスのような取り組みが社会的に定着するまでの期間は、行政側からアプローチする必要があるのではないかと考えています。民間の側でも、NPOのような団体がこうしたシステムの開発に乗り出して欲しいところですし、政府の側としても、システムを使うことをしっかりと表明すれば、政府が直接つくらなくても同じ効果は得られると思います。

奥村氏:

政府は国民の意見を聞く活動を積極的に展開すべきです。アイディアボックスは、議会という国民の声を吸い上げる道具とは別に、国民が直接、行政・政府に意見する仕組みを考える良いきっかけです。他方、NPOやNGOが政府から離れた自由な立場で政府に対する意見を集約するのも大切です。これは日本が弱い点です。本日発表したような取り組みが米国で活発になった背景にはNGO社会があります。米国の大企業はオープンガバメントを推進するNGOに多額の寄付をしています。マシンリーダブルな情報も、最初に使うのはNGOだと思います。分析力が高まればNGOもより深い意見を政府にいうことができるようになります。その意味でも、既存の経済団体とは別に、政策志向の強いNPO・NGO団体が日本にも現れて欲しいと考えているところです。

この議事録はRIETI編集部の責任でまとめたものです。