新政権に対する中国の政策と背景

開催日 2009年11月12日
スピーカー 清水 美和 (東京新聞 論説副主幹)
モデレータ 西垣 淳子 (RIETI上席研究員 / (財)世界平和研究所主任研究員)
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議事録

胡錦涛政権の権威低下

清水 美和写真中国の事実上の最高権力機関は5年に1度開かれる党大会です。現在の最高指導部(中央政治局常務委員会)メンバー9人(胡錦涛、温家宝を含む)のうち7人は定年を迎えるため、2012年党18回大会で交替する必要があります。そこで、次期党大会中央政治局常務委員入りを狙う指導者や勢力の間でさまざまな動きが活発になっています。

そうした動きは胡錦涛政権のリーダーシップを揺るがしています。最も端的な特徴が10月1日の中国建国60周年に行われた軍事パレードです。

胡錦涛の前任者である江沢民が軍事パレードで胡錦涛の横に絶えず並んでいたことは注目に値します。軍事パレードでは、毛沢東、鄧小平、江沢民の肖像画と胡錦涛の肖像画が登場しましたが、パレードの中継は、毛沢東、鄧小平、江沢民までは各世代の「核心」として紹介しましたが、胡錦涛については、「核心」という言葉は使わず、「総書記」として紹介するに留まりました。指導者の核心は現在も江沢民であるという認識を内外に宣言したに等しいことです。

人民日報では最近、公式行事に参加した胡錦涛と江沢民の写真がまったく同じ大きさで並列して掲げられています。一元的支配による強いリーダーシップを誇る中国共産党としては、極めて異常な事態です。中国共産党は胡錦涛が総書記に就任した2002年の党16回大会の後、江沢民をはじめ引退した指導者は活動を控え、活動は公式に報道しないよう申し合わせをしていました。その申し合わせが、今年の春節あたりから怪しくなり始め、今や、江沢民は胡錦涛に張り合うように出てくるようになるという、組織を揺るがしかねない事態となっているのです。

こうしたことが起きるのは、胡錦涛政権の権力が十分確立していないためです。その原因は、前回党大会でリーダーシップに生まれた「ねじれ」にあります。

前回党大会で胡錦涛は意中の人(現在副首相の李克強)を次期総書記のポストに据えようとしましたが、その試みは結果的に失敗に終わっています。これが中国の政治状況に大きな影響を与えています。

中国の党指導部には大きく3つの派閥が存在するといわれています。

1つは、胡錦涛を代表とする共産主義青年団(共青団)出身の指導者たちです。共青団のメンバーは、政治、思想の教育を受け、比較的清廉で、労働者や農民の利害に基づいて所得再分配や弱者対策を主張し、環境対策や省エネに比較的熱心という特徴を持っています。しかし、経済活動や地方政治の実務経験が少ないのが弱点です。

2つ目の派閥は江沢民を中心とする「上海派」で、基盤は改革の恩恵を享受した都市の新興富裕層です。金融引き締めや所得再分配政策をけん制し、現在も党最高指導部の多数派を維持しています。

伸長著しい3つ目の派閥が、習近平国家副主席をはじめとする革命元老を親に持つ「太子党」です。この派閥は、政治的主張より経済的利益で結びついたネットワークです。国有企業や、国有企業改革を通じ民営化された有力企業の大半は「太子党」が支配しているといわれています。習近平は、上海派や党長老の後押しで、李克強よりも上位の政治局常務委員となり、次期最高指導者の最有力候補となっています。

こうした共産党指導部を会社にたとえるならば、前社長の派閥が常務以上の多数派として居座り、現社長は自らの後継者を次期社長の座に就けることに失敗、オーナー一族が次期社長含みで副社長になるという三派鼎立の構造になっています。結果、胡錦涛の権力基盤が不安定になるという訳です。

次期最高指導者最有力候補の習近平は江沢民への接近を公然化し、10月の訪独では「エネルギーと情報技術に関する江沢民氏の著書2冊の英語版をメルケル首相に贈るとともに、江沢民氏からの挨拶を伝えた」と人民ネットが伝えています。これは大変きわどい動きです。

胡錦涛の権力基盤を不安定にする「ねじれ」が生まれた原因の1つに、金融危機以来の胡錦涛政権の対応が挙げられます。

金融危機以来の胡錦涛政権の経済政策の問題

胡錦涛政権は発足以来、格差の是正を目指し、「和諧社会(調和社会)」の実現を政権目標に掲げてきました。2007年の党17回大会で2期目に入ってからは急進的政策を次々と展開し、銀行融資の窓口規制というかなり極端な手段を使って金融引き締めを行いました。2008年1月からは、農村出身労働者の待遇を改善するために労働契約法を実施しています。人民元の上昇を容認し、内需拡大政策を実施し、沿海地区の最低賃金制を強化しました。

しかしサブプライムローン問題による景気後退で2008年上半期だけで6万7000の輸出中小企業が閉鎖されるという深刻な状況が生まれました。これを受け、胡錦涛政権の経済政策は失業者を大量に生み出し、中国経済の発展を阻害するという厳しい批判が2008年半ばごろから党内外で聞かれるようになりました。

そこに起きたのが2008年9月のリーマンショックです。

リーマンショックは中国経済に甚大な打撃を与えました。胡錦涛政権は、4兆元の投資拡大、銀行融資の大幅緩和、労働契約法・最低賃金制の事実上凍結または適用除外など、従来の政策を180度転換し、「和諧社会」路線を一時棚上げしました。それが奏功し、現在の中国経済はV字回復を遂げています。

ところがその内実をみると、必ずしも喜んでばかりはいられません。

中国の景気回復は融資緩和による大幅な資金供給に支えられています。しかし、大量に供給された資金は株・不動産に向かったため、輸出は振るわず、内需も脆弱さを抱えています。

輸出の前年比割れは1年続いています。2009年9月の社会商品小売総額(小売売上高)は前年同月比で15.5%増ですが、「この指標には個人消費のみならず政府、企業の消費が含まれ」、「個人消費が疲弊している事実を覆い隠している」と中国社会科学院が指摘する通りです。

景気回復により経済は潤いましたが、中国でも富の偏在が深刻化しています。失業状況も回復しているわけではなく、都市部で登録された失業者に農村からの出稼ぎ労働者を含めると失業率は10%近くに達するというのが一般的見方です。ここで社会矛盾が深刻化しています。

そうした中、胡錦涛政権は、党内の権力闘争や、各勢力に対する胡錦涛の権力を維持するため、当初掲げていた労働者・農民に顔を向けた政治よりも、軍に迎合する姿勢を強めています。

日中関係、とりわけ鳩山新政権に対する中国の対応の特徴

胡錦涛政権の対日政策は、胡錦涛が日本を公式訪問し、日本に前向きな態度を示した2008年5~6月にピークを迎えました。中国は四川大地震で日本の国際緊急援助隊をいち早く受け入れたりするなど、さまざまな形で日本への善意を示してきました。特筆すべきは2008年6月に達した東シナ海ガス田共同開発事業の合意です。

ところがその後日中関係は後退してきたといわざるをえません。

最も典型的な例が東シナ海のガス田です。「春暁」(日本名「白樺」)に対する出資比率を巡る交渉に応じようとない中国側の姿勢は1年以上続いています。これを前進させることこそが、日中関係の打開につながります。しかし鳩山総理が日中首脳会談でこの問題を提起しても中国の指導者からは「国民感情の絡む敏感な問題である」、「中国国内の意見も聞かなければならない」といったコメントしか返ってきません。

この異常な事態の背景には、合意に対し中国の党内外で起きた厳しい反発があります。台湾を日本に割譲した下関条約に匹敵する「売国の合意」という批判すら飛び出しています。反発はかなり高いレベルでも起きているようです。

ギョーザ問題しても、2008年の今頃には、いまにも犯人がつかまるような勢いでしたが、その後、一切進展していません。岡田外相が楊潔箎外相にギョーザ問題を提起しても「捜査中」の一点張りで、中間報告がなされる気配もありません。

日中歴史共同研究も実際は完了しており、9月上旬に発表が予定されていたところでした。ところが中国側が突然、発表を延期したまま現在に至っています。

東シナ海問題、ギョーザ問題、歴史問題といった、中国の主権、領土領海、国民感情に直結する問題については、胡錦涛政権は極めて慎重な姿勢を維持しています。胡錦涛政権下で起きた対日政策の後退は胡政権のリーダーシップを巡る動きと無関係ではありません。中国の対日政策を判断する上で内政の影響を考えるのは非常に重要なことです。

胡錦涛主席は鳩山総理が提起した「東アジア共同体」の提案にも直接答えていません。 「東アジア共同体」の話がようやく盛り込まれた日中韓首脳会談の共同文書でも、東アジアの従来の枠組みを基礎として発展させていくという極めて慎重な考えを示すに留まっています。

「東アジア共同体」は中国自身が旗振り役になっていた時期もありました。それが2005年前後から明らかに変わり、いまや、中国は「東アジア共同体」に触れたがりません。なぜでしょうか。

つい先日会った中国共産党の関係者は、「中国は米国と非常にうまくいっている。東アジア共同体はその関係を損なう恐れがある。日本は米国との関係を波立たせて中国に接近しようとしているが、中国には米国を除外して日中の連携を強める考えはまったくない」と述べていました。

日本の民主党政権では、少なくとも外交に関して不用意な発言が目立ちます。脱官僚で各種ペーパーを直接読むことを拒否したのはよいのですが、外交的な配慮の欠ける発言を繰り返したことが結果的に、間違ったメッセージを米国に送り、必要以上に日米関係を緊張させ、それが翻って、中国を困らせるという構造ができているのです。中国に善意だけを示せば中国が耳を傾けてくれるようになるというのは間違った認識です。

日中関係の基本問題は、内政・外交を貫く、胡錦涛政権のリーダーシップの低下を日米がどう支えていくのかという点に絞ることができます。

質疑応答

Q:

中国国内の権力闘争は中国の対米関係にどのような影響を及ぼしていますか。

A:

米中関係は非常に発展しています。米中戦略・経済対話は両国のスタープレーヤーが一同に会す機会ですし、両国は金融危機問題への対応でも協力関係を深めています。

米中戦略・経済対話を指揮するのが、王岐山副首相と戴秉国国務委員です。戴秉国国務委員は胡錦涛が100%の信頼を寄せる外交担当者で、同国務委員は安倍総理の訪中実現を主導し、日中関係の正常化を切り開いた人物でもあります。

米国は胡錦涛政権の置かれた状況を日本よりも詳細に分析し、内政・外交を同時に視野に収めたアプローチをしていると思います。中国も米国を非常に重視しています。米国が中国にとって最大の潜在的脅威であることに間違いはありませんし、中国は米国の圧力を常に感じてきました。江沢民政権が「東アジア共同体」を提起したのも、根底には、米国の脅威をいかに和らげるかという考えがありました。

中国の政権は米国からの圧力をかわす一方、有形・無形のさまざまな支援も期待しています。胡錦涛政権は一貫して、首脳外交で中国国内の状況をかなり率直に話し、米国が中国の現政権を窮地に追い込まないように働きかけています。その意味では、中国は内政・外交面での米国との関係をマネージできていると判断できます。もちろん、両国の価値観は異なるため、何かあればたちまち、大きな対決に陥る可能性もあります。だからこそ、彼らは危機感をもって関係をマネージしているのです。

Q:

米国よりも高成長するアジアは中国にとっても優れた市場になる筈です。市場のあるところに共同体を構築するのは中国にとっても得策に思えます。中国が米国との関係を懸念して「東アジア共同体」に消極的になるというのは、はたしてそうでしょうか。江沢民グループは「東アジア共同体」をどう考えていますか。

A:

「東アジア共同体」の実態である、東アジア域内の経済・貿易関係は大変深まっています。自由貿易圏づくりについては、ASEANとの自由貿易圏を来年にも立ち上げる中国は日本よりもはるか先を行っています。中国は実態としての域内協力には極めて積極的です。

中国が迷惑に思うのは、日本が「東アジア共同体」を米国と摩擦を起こす形で提起することです。

中国が「東アジア共同体」を提起するようになった端緒は、1999年に起きた米国によるベオグラード大使館爆撃事件です。米中首脳の相互訪問実現などで対米関係に自信を持った江沢民政権の米国に対する認識は、この事件を契機に変わり、米国への警戒が強まりました。中国単独で米国に対抗するには危険だという考えが政権内部で台頭しました。東アジアを基盤に、中国脅威論を払拭し、域内に参加すれば米国からの安全保障上の圧力は弱まるという認識に基づき、中国は「東アジア共同体」に非常に熱心になります。

しかし、米国がステークホールダー論を出し、中国との利益共有関係を目指すようになる頃から、中国は「東アジア共同体」を主張しなくなります。また日中関係が靖国問題で緊張したことが東アジア共同体への疑問を中国指導部で強めました。

特に、オバマ政権下、経済・金融・政治・外交・安保のすべての分野で米中G2が重要な枠組みとなったいま、中国にとって「東アジア共同体」を言い立てる必要はなくなりました。むしろ中国は、域内自由貿易協定(FTA)をはじめとする自由貿易関係の促進・発展に力を入れ、実際、確実な成果を挙げています。

この議事録はRIETI編集部の責任でまとめたものです。