2009年版 ジェトロ貿易投資白書~~環境ビジネスで新たな成長を目指す日本企業のグローバル戦略~

開催日 2009年9月11日
スピーカー 高橋 俊樹 ((独)日本貿易振興機構(ジェトロ)海外調査部国際経済研究課 課長)/ 東野 大 ((独)日本貿易振興機構(ジェトロ)海外調査部国際経済研究課 課長代理)/ 水野 亮 ((独)日本貿易振興機構(ジェトロ)海外調査部国際経済研究課)
モデレータ 伊藤 公二 (RIETI上席研究員)
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議事録

ジェトロ白書――今年のテーマは「環境」

高橋 俊樹写真高橋氏:
ジェトロ白書は「総論」と「各国編」で構成されています。本日ご説明する「総論」ではその時々の旬のテーマを取り上げています。ミクロの視点――企業活動に直結する情報を提供することに主眼を置く点が「通商白書」との違いです。

今年の白書では、当初、リーマンショックの直前まで非常に旺盛だった日本企業の海外投資に焦点を当てながら、「日本の成長戦略イコール投資」というテーマで分析を出そうとしていました。しかし、リーマンショックを機に世界経済が急激に冷えこんだ状況もあり、オバマ米大統領が公約に掲げた「環境」をテーマに日本の成長戦略を論じることとしました。

世界の経済・貿易・直接投資の現状と見通し

東野 大写真東野氏:
IMFの世界経済見通しでは、2008年と2009年はそれぞれ-3.2%、-1.3%のマイナス成長、2010年は+1.9%のプラス成長という数字が出ています(2009年7月時点の最新予測では、2009年-1.4%、2010年+2.5%に改訂)。ジェトロのマクロ貿易投資分析では、米国発の金融危機が、(1)国際金融市場における信用収縮と(2)世界的な貿易縮小、という2つのチャンネルを通じて、各国の実体経済に影響を及ぼしたという枠組みで一連の分析をしています。

国際決済銀行(BIS)統計によると、2008年3月末にピーク(約37兆ドル)だったクロスボーダー与信残高は、2009年3月までの約1年間で約29兆ドルに縮小しています。日本のGDPに匹敵する金額の与信が消えたことになります。このような国際金融市場における資金の引き上げが、各国のマクロ経済にかなりの影響を与えたと見ています。国別・地域別で見ると、経常収支赤字と海外からの借入が拡大していた東欧諸国では、かつてのアジアのような通貨危機リスクが顕在化していて、現にラトビア、ルーマニア、ハンガリーなどはIMFの支援下に入っています。一方、アジアは通貨危機の経験から外貨準備を積み増してきたこともあり、現時点では通貨危機は発生しません。

また、世界貿易に関しては、2008年第4四半期を境に、特に先進国間の貿易量が大幅に落ち込んでいます。途上国間の貿易は前年比10%増となっていますが、以前と比べて成長は相当鈍化しています。また、輸出依存度の高い国ほどGDPの下落幅など実態経済への打撃が大きくなっており、アジア各国・地域については、その傾向が強く顕れています。

一部の経済指標が示唆するところによれば、各国経済は2009年2~3月に底入れをしたとみられますが、下ぶれリスクはいまだに払拭しきれていない状況です。たとえば、かつての米国の過剰消費構造。「米国人の過剰消費・過剰負債はDNAか否か」という議論がありますが、これらは家計が株式市場に大きくコミットし始めた1980年代以降の産物であると私は考えます。その消費は足元で相当保守化している模様です。個人的な見方ではありますが、今後の正常化の着地点は、2007年以前(金融危機直前)ではなく、グローバル不均衡が拡大する直前1980年代以前になるのではないかとみています。

2008年の世界貿易は名目ベースでは前年比14.9%増でしたが、それは前半の国際商品価格の高騰による部分が大きく、実質ベースで見ると、2007年の5.6%から2008年は3.8%に減速しています。IMF集計による輸出伸び率は、数量・価格ともに前年比マイナスとなっています。世界の対内直接投資も、その大部分を占めるM&Aの動きが先進国を中心に相当鈍化したことから前年比25.0%減となっています。2009年もほぼ確実に2桁減となる見込みです。

海外市場で存在感を増す日本企業

世界の対内直投が25.8%減となる一方で、日本の対外直投は同時期に8割近くも増加しています。2008年前半の資源・食料分野での積極的な対外M&Aと、後半の円高・株安を受けての金融機関を中心とした大型M&Aがその理由です。2008年11-12月のジェトロ調査では、日本企業の金融危機直後の対応として、「海外事業からの撤退、海外事業の縮小」を考える企業が相当あると予測していましたが、実際は「海外での既存事業の拡充」、「海外での新規ビジネス展開の開始」などの回答が多くを占めました。また、「海外進出」の理由を聞いてみたところ、「円高を受けた海外移転」というよりは「海外のローカルマーケットを攻めたい」という積極的な姿勢が目立ちました。日本の上場企業の連結決算短信の所在地別セグメント情報から集計した数値によりますと、以前は全体の1割程度だったアジア・大洋州地域からの営業利益が2008年には4割を占めるまでとなっていて、金融危機後も2割減に留まる(全体では55%減)など、非常に底堅く推移しています。今後、日本企業が海外市場での存在感を高めていく上で、そうした地域を中心とした対外M&Aが非常に重要なツールの1つになるとみられ、実際に企業の戦略としても定着しつつあると考えられます。

貿易制限的措置、自由化、環境規制

水野 亮写真水野氏:
2008年秋以降、各国で貿易制限措置の導入が相次いでいます。たとえば、2009年に導入された「バイアメリカン」条項などですが、そうした動きにより、1930年代に見られた貿易紛争や貿易ブロックが再来する懸念が一時期浮上し、各国に不安が広がりました。その後、新興国(ウクライナ、ロシア、ベトナム、インドネシア、インド、マレーシア、ブラジル、アルゼンチン)での相次ぐ関税引き上げや輸入ライセンス規制の導入などがありました。

とはいえ、こうした措置の殆どがWTOルールの範囲内に抑えられていることから、1930年代にみられたような通商紛争が再来する可能性は低い模様です。WTOの紛争機関を通じて各国が過剰な貿易措置をけん制する動きに出ていることも一種の抑制効果をもたらしています。ただ、通商政策の決定は雇用指数や貿易収支赤字などに左右される部分もあります。保護主義懸念に完全にピリオドを打つためにも、貿易自由化を後押しするドーハラウンドやFTA交渉を進めていくことが重要です。

世界全体のFTA件数は2009年6月現在で171件と、わずか16件だった1989年から急増しています。日本のFTA・EPAは発効10件、署名2件、交渉中5件です。ここにきて新たな締結の動きは停滞していますが、FTA・EPA相手国との域内貿易比率は貿易総額で38.2%を占めていて、今後も拡大する見込みです。FTAを利用している日本企業は34.2%、今後の利用を検討している企業も含めると5割近くに達します。特に、自動車や家電製品の輸出が多くを占めるASEAN・中国間とタイ・オーストラリア間のFTAの利用比率が増加の傾向にあります。さらに、モノ(=製品)だけでなく、サービス輸出や政府調達に関する協定をドーハ外で進める動きも活発です。

今年の白書では貿易と環境とのかかわりについても紹介しています。特筆すべきは、EUの製品環境規制(WEEE、ELV、RoHS、REACHなど)が全世界に広がりつつある点です。たとえば、米カリフォルニア州では、RoHSに非常によく似た規制(SB20/50法)が成立したほか、グリーン・ケミストリー・イニシアティブを通じてREACHに似た規制が導入されていますし、それに追随してリサイクル改善などに関する法令が全米18州で導入されています。また、中国、韓国、タイ、ベトナム、トルコもEU規制と類似する規制を入れています。日本企業としては、こうした動きに着実に対応するだけでなく、むしろ自らが望む規格をEUや国際標準機関に対して要望していく努力が必要となってきます。規制をネガティブにとらえるのではなく、日本の省エネ技術を国際化するチャンスとして、積極的に規格を打ち出し、標準化していく姿勢が大切である、と白書では指摘しています。

このように、環境分野における一種の地殻変動の動きもあって、今回の危機が終わる頃には、以前と違った通商環境・ビジネス環境ができている可能性があります。

環境ビジネス市場の規模と今後の拡大見通し

高橋氏:
中国とインドが風力発電量で世界第4位、5位の位置に付けるなど、先進国だけでなく途上国も相当規模の環境ビジネス市場を有しています。ただ、環境ビジネス市場の定義が不明確なこともあって、市場規模はなかなか数学的に把握できないのが現状です。

英BERRが今年発表した数字によると、世界の環境ビジネス市場は総額約605兆円(2007年度)、同年の全世界GDPの9.5%に相当しますが、それにはサプライチェーン(部品など)も含まれています。その605兆円の内訳は、大気汚染防止などの「伝統的な環境分野」が2割、太陽光発電などの「再生可能エネルギー」が3割、そしてハイブリッド車などの省エネ家電装置、バイオ燃料・バイオプラスチック、排出権取引、エコ住宅といった「低炭素関連分野」が残りの5割を占めています。さらに詳細な内訳として、「低炭素関連分野」では代替燃料が最も大きく、その次がエコ住宅となっています。「再生可能エネルギー」では風力と地熱の順になっています。最近注目されている太陽光発電は実は風力の半分以下です。地域別では、米国が約20%を占めますが、中国やインドなど、人口の多いアジア諸国の比率がこれから高まる見通しです。今後の成長が見込まれる分野としては、水管理、ハイブリッド車、バイオプラスチック、太陽光発電のほか、CO2回収貯留技術があります。

現時点で米国は全エネルギー生産の8割を伝統的な化石燃料でまかなっています。残りを再生可能エネルギーと原子力がそれぞれ約1割ずつ占めています。太陽光発電は0.1%にすぎませんが、これは世界全体にもいえることです。ゴビ砂漠の半分に太陽電池セルを敷き詰めれば全世界のエネルギー需要を賄える、という試算(経済産業省)がありますが、それを現実にするには、輸送やインフラの問題を解決しなければなりません。また、特に最近の欧州では、太陽光発電から洋上風力発電にインセンティブの重点が移っています。端的な例として、洋上風力発電の買い取り価格が陸上風力発電と比べて6割増になったのを受けて、ドイツは現時点の100倍量の洋上発電装置を整備する計画中です。日本企業としては、そうした新しい動向を正確に見極める必要があります。また、環境ビジネス製品を輸出している企業が17.6%であるのに対し、海外生産をしている企業は5.5%にすぎないことから、今後、政策的な支援が必要と思われます。

もう1つの成長分野――サービス輸出

今回の白書は環境以外にサービス分野も取り上げています。今現在、アジアを主な相手国とした日本の輸出サービスの多くは高付加価値製品(アッパーミドル層向けの学習サービス、レストランなど)ですが、これからは中間所得層向けに、もう少し低価格化する必要があります。金融、タクシー、建設、ブライダル、美容などの分野で日本のきめ細やかなサービスを低コストで現地化するには、現地人材の活用も非常に重要です。逆に、中国企業によるラオックス買収の事例からも、日本企業のサービスノウハウに対するアジアの関心の高さが伺えます。

質疑応答

Q:

日本国内の設備投資は今なお弱く、先行き不透明です。一方、海外のM&Aを含めた対外直投は底堅く推移しています。そうした点を踏まえると、仮に国内需要が戻ったとしても、限度があるため、日本企業としては海外に生産能力を多少移転して企業全体の収益を確保する形になっていくのではないでしょうか。

A:

1980年のプラザ合意以降の円高局面においては、ご指摘のような国内製造業の空洞化が見られましたが、2000年を境に一部の製造業で「国内回帰」が起きています。いくつかの経営判断がその背景にあります。たとえば、携帯電話など流行の変化が激しい製品の場合、消費者に近い場所で生産した方が良い面があります。それ以外の製品でも、現地での労働コストの上昇を受けて、日本国内に一本化して生産性を上げていく方がコストを抑えられる、なおかつ品質管理もしやすいと判断したケースがあります。R&Dに関しても、コアの部分は国内に残しながら、製品・サービスの現地化(カスタマイズ)の部分の開発は現地に移転するといった「棲み分け」(工程間分業)が見られます。そうしたことから、海外投資イコール国内空洞化では必ずしもないと考えています。

A:

日本企業のアジア依存が高まっている理由の1つとして、アジアを生産拠点から販売拠点に捉えなおしているという背景があります。アジア市場で重視する機能として、「生産拠点」と答えた企業は5割程度ですが、「販売拠点」と答えた企業は77%。そうしたアプローチが収益に通じていると考えます。

Q:

中間所得層をターゲットにする上で、日本のサービス業にはどのような課題がありますか。ジェトロや政府はどのような支援ができますか。
また、日本の今後の経済政策を検討していく上で、世界経済のリスク要因をどのようにとらえるべきでしょうか。

A:

日本はこれまで製造業と比べてサービス業の競争力が劣っているとされていましたが、その大きな要因は「意欲が無かった」ことだと思います。しかし、最新のアンケートでは、特に海外展開の経験の無い企業の中で、海外進出に積極的な回答を示したサービス業の割合が製造業よりむしろ高くなっています。もう1つの課題は各国の規制対応を含めたグローバル化対応です。その部分で情報・アドバイスを提供していくことが私共の仕事と考えています。

A:

米国の過剰消費構造と経常収支赤字が是正され、グローバル不均衡が解消すれば、厳しい調整期間を経た後は、「健全な多極化」が実現する可能性もあります。しかし、リスク要因として、実態経済がはっきりとした回復を示していない中で、国際的な金融緩和により余剰なマネーがオルタナティブな商品市況に流れてしまうと、物価上昇(インフレ)が顕在化し、中銀の金融政策の舵取りが非常に難しくなる可能性があります。また、正常化のプロセスにおいて、再び余剰なマネーが金融市場に流れることでバブル的な状況を生み出す可能性もあります。今回の危機に関してもその淵源を辿るならば1998年のLTCM破綻がそもそもの発端だと考えています。その時にFRBが利下げをした結果がITバブルであり、そのITバブルが崩壊した後にFRBが再び利下げをした結果が今回の住宅バブルであり金融危機であると見ています。今回も一部で「非伝統的」な金融政策がとられていますが、それが次のバブルの種である可能性は否定できません。

この議事録はRIETI編集部の責任でまとめたものです。