知財開発ファンドにおける知財の評価、事業化、投資の実態について

開催日 2009年7月29日
スピーカー 山口 泰久 (知財開発投資(株)代表取締役社長)
モデレータ 冨田 秀昭 (RIETI研究コーディネーター)
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議事録

山口 泰久写真企業・大学・研究所で行われる研究開発を産業クラスター形成と富の創出、地域経済の振興につなげるには、「産官学+金の連携」が必要、特に、シードステージのベンチャーにリスクマネーを供給する「知財ファンド」が必要――それが今の日本に欠けている。そうした認識の下、私は2006年6月に知財開発投資株式会社の取締役に就任致しました。

日本の知財利用の現状

知財利用の現状ですが特許の利用率は半分程度に留まっています。大企業に多くの未利用特許が眠っていますが、大学・研究機関の特許利用率はさらに低く、2005年時点で2割程度となっています。知財の利用が進まないのは、「(知財の)評価の仕方がわからない」、「流通市場が無い」などの理由がありますが、中でも事業化の部分に最も大きな問題があると考えています。

TLO法が施行され、大学知財本部整備事業が発足して以降、国のテコ入れもあって、大学の特許出願件数は増えています。しかし、こうした量的拡大が必ずしも「質(富の創出)」につながっていないのが現状です。その1つの指標がライセンスアウトの動向です。2004年に大きなピークがありましたが、2008年時点で全体で10億円以下の水準に留まっています。

企業の知財戦略には、知財を積極的に売買する「オープンモデル」と参入障壁として知財を積み上げる「クローズドモデル」の両面がありますが、日本企業は後者に偏りがちで、多業種にわたるオープンイノベーションが進展している米国とは対照的です。知的財産戦略本部は、日本企業の問題として、「自社開発志向が強い」、「未利用特許が5割」、「他社へのライセンス実績が無い」、「自社の知的財産を把握していない」などを指摘していますが、知財ファンドを運営する中で、私も全く同じ印象を持っています。

知財事業化の要件

研究開発と事業化との間に横たわる「死の谷」を乗り越えるには何が必要か。さらに事業を持続させる上で「ダーウィンの海」を越えるには何が必要か。そこでいわゆるブルーオーシャン戦略を取るためにも、特許の排他性を利用するというのが我々の考え方です。

知財事業化を成功させるには収益を生み出すビジネスモデルの構築が必要、と九州大学の大津留教授は述べています。それによると、事業化にはポジショニングとモデリングとパートナリングの3軸で考えるべきとあります。それらの結果がすなわち収益ですが、実は実用化開発や用途開発と同じくらい、あるいはそれ以上に、パートナリングの軸、すなわち、事業化のスピードを左右するバリューチェーン開発が非常に重要となります。それは技術マーケティング(知財のインテグレーションやデベロップメントも含む)が必要という事にも通じますが、その部分が認識されていないし、技術マーケティングが出来る人材も非常に希薄です。

知財事業化に対する資金供給ですが、シード~アーリー段階の事業に投資するファンド・金融機関は皆無に近い状況です。日本のベンチャーキャピタルはアーリー以降の、ミドル、レイターの段階の事業に主に投資しています。日本政策投資銀行は10年以上前から知財担保融資を行っていますが、融資の分野もミドル以降が中心です。シード~アーリー段階のベンチャー企業に対応するリスクマネーが不可欠ですが、日本では資金供給者不在の状況で、エンジェルが潤沢に資金を提供する米国とは対照的です。

知財開発投資ファンドの設立と運営

知財開発1号ファンドを設立した2006年当時は、年間40万件に上る出願特許のうち約2分の1が休眠している状態でした。この休眠特許から優良シーズを掘り出して機会損失を無くす目的でファンドを立ち上げました。知財開発投資株式会社をゼネラルパートーナー(GP)として、国内第一号の知財開発ファンド(投資事業有限責任組合)を設立しました。

当初は資金の約30%を特許技術の売買に投資し、残りで特許の事業化と特許によるバリューアップの2つを軸に株式投資をする計画でしたが、特許技術の売買実績は、評価能力や事例の欠如もあって、いまだにゼロ件です。ステージ別の投資実績としては、半分をシード・カーブアウトが、残りをバリューアップとレイターが占めています。分野別には、環境・エネルギー、バイオ・ヘルスケア、通信・IT、ナノテク・素材、ロボットなどがほぼ同じ割合となっています。

特許技術に関するニーズとしては、「休眠特許をどのように活用すべきか」という相談が最も多く、主に大企業から寄せられます。他に「どのように事業化すべきか」、「事業化する資金が無い」、「経営ノウハウが無い」といった相談が来ますが、特に中堅・中小企業に多いのが、「特許を売ってほしい」、「大事業の特許を導入したい」、「創業に際してどの企業と組めば良いか」という相談です。また、研究開発を検討している企業からは、「お金をかけて良いのか」、「事前に特許分析をしたい」、「第三者評価がほしい」、「ライバル企業の特許状況は」、「R&D戦略を立てたい」といった要望が寄せられます。

「知財カーブアウト」と「知財によるバリューアップ」

知財開発ファンドの第1のコンセプトは、「知財カーブアウト」です。

そもそも大学の研究者は学問的な探究心から研究をするので、事業としてはなかなか上手くいかないのが現状です。一方、企業は事業化目的で研究開発をします。そうしたことから、未利用とはいえ残り半分の特許の中にかなりの価値が埋もれているのでは、それらを利用して事業化した方が大学発ベンチャーを育てるより効率的では、といった考えが出てきました。

会社で事業化されていない知財を切り出して(カーブアウト)、親会社から出資を得て、ベンチャーとして事業化するのが「知財カーブアウト」の基本的なプロセスです。ベンチャーは知財の対価として株式やバイバックの権利(または、製造権・販売権の優先交渉権)を親会社に差し上げます。ベンチャーは製品開発後の大量生産・販売でつまずきやすいのですが、その部分を自前でやる代わりに、生産基盤と販売網を有するカーブアウト元の親会社に任せて収益の分け前をもらう、というのが「知財カーブアウト」の発想です。実際、上場している技術系ベンチャー企業の創業者は殆ど大企業出身であることから、我々は主に大企業に着目して、投資を行うことにしたのです。

「知財カーブアウト」にあたっては、「I.知財・技術の評価」、「II.事業化の検討」、「III.投資」、「IV.ハンズオン支援」、「V.出口(IPO、バイアウト、バイバックなど」の5段階からなる知財の事業化プロセスを構築しました。まず、「I.知財・技術の評価」ではターゲット技術にマッチする特許を絞り込み、カーブアウトの可否を保有企業に打診します。次に「II.事業化の検討」ですが、ここが最も難航しがちで、事業を引っ張る経営者人材(=社長)が見つからないまま3年も滞るケースもあります。それから「III.投資」、「IV.ハンズオン支援」が来ますが、昨今ではハンズオン支援の中で資金調達サポートが最も切実な問題となっています。そしてすべてが上手くいけば、投資から5~8年後に「V.出口」のIPOに至るスケジュールとなっています。現時点で投資開始から3年が経って、投資実績は10社程度となり、そのうち2~3件のライセンシング成功事例があります。いずれにしても、知財を事業化するにあたり、タイミングが非常に重要で、中でも「人」――つまり経営者を見つけるのが一番大変です。

第2のコンセプトである「知財によるバリューアップ」では、中小・ベンチャー企業のコア技術と大企業の特許とのシナジーを促進する投資をします。地方の企業が大企業の特許を導入してより付加価値の高いビジネスを創出するモデルですが、このモデルでは、経営者が最初からいることから、カーブアウトより比較的スムーズに投資が進行しやすいといえます。地方企業が保有するコア技術に対して、大企業の知財とマッチングを図る一方で、知財開発ファンドの投資により債務超過を解消し、弊社から技術評価書とLOIを出すことにより、民間銀行から融資を受けることができた例もあります。

投資案件の選択条件

投資案件の検討にあたり、技術開発リスク、マーケットリスク、人材リスクの3つの視点から企業を審査します。これらのリスクを低減することが投資の際に重要ですが、特に経営者にかかわる人材リスクへの対応が課題となっています。

技術評価に関しては、「グローバルな課題を解決する技術」、「マーケットが大きいもの(少なくとも1000億円以上)」、「企業と共同研究をしているもの」、「既に国際出願しているもの」といった評価基準のほか、「DRYとWETの両面チェック」を行っています。

特許の「質」を見極める技術力評価指標として、我々はパテントリザルト社の「パテントスコア」を採用しています。特許の付随情報をウェイト付けしてスコアを出し、ランク付けをする手法です。また、パテントリザルト社の「パテントエクスプレス」を使えば、組織(企業・大学)単位の特許リストと各特許の評価が1分程度でレポートが出てきます。特定の技術分野に関する特許群を企業単位で仕分ける「出願人MAP」もあり、各企業が取得した特許の質と量が瞬時にわかる仕組みとなっています。登録されている650万件の特許のうち上位6%の特許がAランクとなりますが、実際の投資検討時には、このAランクの特許を保有する事業が投資の対象となります。そうしたDRYな特許評価でスクリーニングをしてから、専門家の目で特許・技術の新規性、排他性、競合状況、マーケタビリティなどを審査してWETなチェックをかけます。

知財の価値を金銭価値に換算する方法ですが、マーケット価格がわからない中では、投資対象のビジネス・プランを分析しながら、経済価値・事業性を評価するしかないというのが結論です。我々は主にDCF法(予想キャッシュフローの現在価値を評価する手法)により事業価値を算出しますが、知財の評価は事業体制――特に実施組織と経営者――など技術以外の要素にも大きく左右されます。以上の理由から、知財評価は、ボラティリティが高く、金銭価値を正確に割り出すのは基本的に不可能といえます。したがいまして、私どもが投資するベンチャーでは、お金を出して知財を購入するということは行わず、知財を株式と「交換」することとしています。これにより、成功した場合にのみ対価が支払われることになります。このような知財の提供者と知財の利用者とがwin-winとなるプロセスが重要と考えています。

投資後のハンズオン支援

弊社の投資先へのハンズオン支援では、やはり特許・技術に関する支援が特徴的です。たとえば、特許戦略の策定を支援する観点から、特定の技術分野における「アライアンス分析」や特許のクレームに記述される「課題」と「解決方法」を縦横に並べる「課題解決マトリクス」を作成して投資先企業に必要に応じて提供しています。たとえば、「小型化」という課題には「コイル」などの解決技術が対応しますが、コイル技術が小型化だけでなくトルク特性の向上など他の課題・用途に使えることがわかれば新事業の発想にもつながります。このような特許戦略の支援から新事業の立ち上げに繋がった事例もあります。

BBLセミナー写真

質疑応答

Q:

大学・大企業が有する知財をスピンアウトさせる上で、さらに強化が必要な取り組みは何でしょうか。

A:

1つは、シード段階のベンチャー事業に投資するファンド(インキュベーションファンド)の量的拡大です。ベンチャーキャピタルでは競争より協調投資の方が大きなウェイトを占めますが、肝心のプレーヤーが不在で、圧倒的に資金が不足しています。もう1つは、オープンイノベーションを支える技術マーケティングの視点ないし人材の育成。これは特に大学発ベンチャーで問題となっています。基本的なところでは、技術マーケティングの教育が必要ですが、一部MOTを除いて、工学部では先述のバリューチェーン開発やアライアンスに関する基本を教える人材すらいないのが現状です。一方、経済学部では、技術への関心が薄く、知財マップや技術ロードマップによる市場分析等はあまり講義されていません。企業は技術マーケティング人材を自前で用意しているようですが、企業外にそうした人材は殆ど出ていない印象です。

Q:

米国の大学発ベンチャーに関しては地場の経営者が技術評価をしていると聞きますが、それに対して日本では――大企業の関与がわりと高いようですが――技術目利きはどのような人がやるのがベストでしょうか。

A:

現実に目利きとして活躍しているのは主に民間企業出身者ですが、技術者だけでなく経営者としての目線が重要です。最も理想的なのは製造業の経営を経験した人ですが、技術営業や企画担当、プロジェクトマネジメントの経験者等も適していると思います。

この議事録はRIETI編集部の責任でまとめたものです。