平成21年版情報通信白書

開催日 2009年7月24日
スピーカー 今川 拓郎 (RIETIコンサルティングフェロー/総務省 情報流通行政局 地上放送課 企画官)/ 佐伯 千種 (総務省 情報通信国際戦略局 情報通信経済室 課長補佐)
モデレータ 由良 英雄 (RIETI総務副ディレクター)
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議事録

今川 拓郎写真今川氏:
「平成21年版情報通信白書」では「日本復活になぜ情報通信が必要なのか」を特集テーマに、第1章では「情報通信と成長を結ぶ経路」、第2章では「世界経済の変動と日本の情報通信」、第3章では「日本復活へ向けた3つの挑戦(I×C×T)」をそれぞれ論じています。

第1章「情報通信と成長を結ぶ経路」

情報通信と経済成長は統計的に高い相関関係にあります。たとえば、情報通信技術(ICT)競争力指数と1人当たり国内総生産(GDP)、ICT投資比率と1人当たりGDP、ICT投資の伸び率とGDP成長率はいずれも相関しています。また、ICT産業のシェアと実質成長率の間にも相関があります。日本のICT産業のシェアは経済協力開発機構(OECD)諸国の中で真ん中ですが、シェアが高い北欧諸国ではICT競争力指数も高くなっています。

今般各国が実施する景気対策ではデジタル分野が1つの柱として位置付けられています。英国やフランスは、知識経済化への立ち遅れに対する危機感の下、「デジタル・ブリテン」や「デジタルフランス2012」といった国家戦略を掲げています。米国オバマ政権も国家ブロードバンド戦略でブロードバンドに力を入れています。

「平成21年版情報通信白書」は情報通信を成長に結びつける「経路」には、「経済力」の経路、「知力」の経路、「社会力」の経路の3つの経路があるとしています。

(1)「経済力」の経路
1980~1995年と1995~2005年の実質成長率の要因分解を日米で比較した結果、日本では1995年以降、情報化投資が停滞し、総要素生産性(TFP)が落ち込んでいるのに対し、米国では1995年以降、情報化投資が加速し、TFPも大きく伸びていることが明らかとなりました。このことから、情報資本の蓄積が実質成長にプラスに寄与していることが確認できます。TFPの推移と情報資本の蓄積の推移の連動も確認できました。

日本の労働投入は1995年以降マイナスになっています。一方、情報通信により日本でもテレワークが普及するようになっています。このことからは、情報通信には少子高齢化が進む中で労働力人口を下支えする効果があると考えることができます。

(2)「知力」の経路
「知力」の経路では、知識・情報と教育・人材の2つの面をみていますが、今回は知識・情報の例だけ紹介したいと思います。

科学技術文献数(対数値/10人当たり)と1人当たり実質GDP成長率(初期値等コントロール済)の間には、有意水準1%で相関があることがわかりました。また、100人当たりインターネット加入率(2007年)と1000人当たり科学技術文献数(2005年)の間にも高い相関が確認できています。このことから、情報通信の普及が知識・情報の共有・創造を促進し、結果として、知識経済における実質成長を高めることになったのだと考えられます。

(3)「社会力」の経路
「社会力」の経路としての社会関係資本(ソーシャルキャピタル)の部分については、ガバナンスの効果と地域の紐帯の効果をみていますが、今回はガバナンスの例だけ紹介します。

各国の民主化の度合いや政治的安定性、政府の効率などを世界銀行が評価した指数であるガバナンス度と1人当たり実質GDP成長率(初期値等コントロール済)も有意水準1%で相関していることがわかりました。一方、100人当たりインターネット加入率(2007年)とガバナンス度(2002年)の間にも相関が確認されています。

インターネットの普及が情報公開や市民監視による法令順守を促進し、アンダーグランド経済がなくなったり、資源が人的関係で配分されることが少なくなったりすることで効率性が増し、結果、経済成長に寄与しているのではないかと考えられます。ただ同時に、インターネットの普及には、過激な世論の形成によりガバナンスを弱める効果があるとも考えられます。

第2章「世界経済の変動と日本の情報通信」

「平成21年版情報通信白書」では、日本、米国、英国、韓国、シンガポール、デンマーク、スウェーデンのICT先進7カ国を対象に、情報通信の「基盤」、「利活用」、「安心」の3つの観点の比較を行いました。

日本の情報通信「基盤」(「電話基本料金」、「ブロードバンド料金」、「光ファイバー比率」など12の指標で評価)は総合評価ランキングでトップになりました。一方、「利活用」(「教育・人材」や「雇用・労働」など10の分野で情報通信をどの程度使っているかをアンケート調査)での総合評価ランキングは5位です。特に、医療・福祉、教育・人材、雇用・労務、行政サービスといった公的サービスでの利用率が落ち込んでいます。3つ目の「安心」(「プライバシー」や「情報セキュリティ」、「違法・有害コンテンツ」など10の分野について安心と考えるかをアンケート調査)の総合評価ランキングでは、日本は最下位になっています(ただ、日本人は、パソコンのボット感染度が最も低いにも関わらず、情報通信利用への不安が最も高い傾向にあります。安心と感じる度合いが国民性から影響を受ける可能性には留意する必要があります)。

日本が真の意味で世界最先端のICT国家となるには、国家を挙げてICT戦略に注力しているデンマーク、スウェーデン、シンガポールといった「利活用・安心先進国」の事例やノウハウを学び、積極的に取り入れる必要があります。

第3章「日本復活へ向けた3つの挑戦(I×C×T)」

(1) Investment:情報装備率を高める「投資」
国民の4人に3人がインターネットを利用するようになっている一方で、世界的な経済危機の中で情報格差が拡大し、高齢者や低所得世帯が取り残されていることが懸念されます。企業でも規模や業種によってブロードバンド環境の情報格差が存在しています。こうした情報格差は、地方の中小企業にとって、全国や世界に向けた販路が確保できるか否かの死活問題となりえます。

日本の情報資本の伸びは先進国(日米欧)の中で最低水準です。特に、サービス業など情報通信を利用する側の産業で伸びが鈍く、米欧の先進国に大きく引き離されています。情報資本の実質成長への寄与度は多くの国で増加傾向にありますが、日本では横ばいです。これは、情報化投資が低迷し、経済成長を牽引する効果が十分に発揮できなかったことによると推測できます。

マクロ計量モデルに基づく中長期的な経済予測シミュレーションを用いて、情報化投資の加速が2010年代の日本経済の成長に与える効果を試算した結果、2010年代平均の実質成長率は、投資を大幅に加速させ、情報化投資の比率を高めることで1%近く引き上げることが可能との予測が立てられました。

(2) Collaboration:国民的課題を克服する「協働」
日本では、情報通信利用が遅れている医療・福祉、教育・人材、雇用・労務、行政サービスなどの公的サービスにおける利活用を拡大しつつ(横展開)、利活用が比較的進んでいる交通・物流、文化・芸術、電子商取引などにおける先進サービスを深化させる(縦展開)必要があります。特に、社会保障、景気、雇用、教育などの社会的課題の解決に向けた、情報通信利用の「横展開」が重要です。

医療・福祉分野での情報通信利用率を年代別にみてみると、利活用・安心先進国のデンマークでは高齢者になる程、利用率が高くなるのに対し、日本では利用率が低くなる傾向にあります。つまりデンマークでは、ニーズの高い利用者が実際に利用できているのに対し、日本では、利用者側のニーズと提供される情報通信サービスの間にミスマッチが生じている可能性があると考えることができます。

高齢者など利用者にわかりやすく、使いやすい情報通信システム・サービスを提供するためには、情報通信産業が触媒となって、異分野にまたがる公的サービスの関係者の協働を促し、国民目線に立ったワンストップのソリューションを提供することが有効です。

(3) Trust:安心してネットが使えるための「電縁」
日本の国民・企業は情報通信を利用する上で、「情報セキュリティ」、「プライバシー」、「違法・有害コンテンツ」に対し強い不安感を持っています。こうした三大不安はいずれも技術的対処が可能な課題であり、国民のパソコンやインターネットの活用能力(リテラシー)が高まることで低下する傾向があります。企業についても、情報システムに関する人材育成・確保を積極的に行っている企業ほど、情報通信利用への不安は小さくなっています。やはり、リテラシーを高めることが不安解消の1つの重要なカギとなってくるといえます。

オンライン(ネット利用)またはオフライン(対面)を活用した人とのつながりの強さを表す「つながり力」の指標からは、オンライン・オフラインの双方のコミュニティにバランス良く参加している人の方が、一方のコミュニティに偏って参加している人よりも「つながり力」が高い傾向にあることが確認されました。また、「つながり力」の高い人程、情報通信利用への不安が低い傾向にあり、特に、家庭生活者と高齢者でその傾向が顕著に現れました。

「電縁」と「地縁・血縁」が重なる、顔のみえるネット社会が実現できれば、安心感が高まるのではないかと考えられます。

質疑応答

Q:

情報通信利用の不安を解消するための政策的対応についてはどうお考えですか。

A:

政策的対応は非常に重要ですが、近年になって、携帯電話は小中学生に持たせないだとか、医薬品のネット販売を禁止するといった、情報通信の利用を排除・規制する観点からの政策が多くなってきているような印象があります。こうした規制・排除はできるだけ最後に登場すべきものであり、その前にリテラシーの向上や、ネットと現実社会を「電縁」でオーバーラップさせる対策など、やるべきことはあります。政策はその上で対応できないもの、たとえばICT利用におけるマナーや社会秩序の維持、サイバー社会に対応した制度・慣行について必要になるのだと考えています。

Q:

(1)日本で情報通信が普及しているといっても、日本人が接する情報の「量」はごく限られているのではないでしょうか。(2)知識・情報の創造は論文数ではなく引用数でみるべきなのではないでしょうか。(3)日本と欧米ではコミュニケーションから知識・情報を得ようとする態度そのものに違いがあります。今日お話にあったような比較をする際には、その点を考慮に入れるべきなのではないでしょうか。(4)情報通信利用率が高いデンマークやフィンランドでは、英語での読み書きが一般になされ、日常会話が英語でなされる場合すらあります。こうした国と比較すると日本は当然不利になるのではないでしょうか。

今川氏:

(1)インターネット上での日本語の情報量が限定的であるというのはご指摘の通りです。

(2)知識・情報の量の計測にどういった指標を用いるかは先行研究も苦労している点です。引用数で測った方が良いというのはご指摘の通りです。今回は、多くの国と国際比較できるデータを代理変数として使用しました。

(3)確かに日本人のコミュニケーションでは一方向の情報流通が多くなっています。コミュニケーションの質まで含め定量的に調査するのは現実問題としては難しいですが、そこまでみていくことには大きな意味があると思います。

(4)白書では、一方で分析を重視しつつ、他方で国民にわかりやすく説明する必要があります。国際比較ではわかりやすさを優先したため、科学的正確さで限界がでたのはご指摘の通りです。

佐伯氏:

米国のブログ検索サービス会社が行った調査によると、世界のブログ数に占める日本語ブログの割合は37%(2006年第4四半期)と、英語ブログの36%を上回っての第1位となっています。世界人口に占める日本語使用者の割合を考えても、極めて多くの日本人がブログ記事を発信していることがわかります。

そこで、日本人がどのようにブログを活用しているのかを調査したところ、日記型利用が最も多く、これに続いて、順に、コミュニティ利用(誰かと知り合い、コミュニケーションを取るためのブログ)と社会貢献型利用(自分の知識を多くの人に役立ててもらうためのブログ)が多くなっていることがわかりました。

また、日本、米国、英国、韓国、シンガポール、デンマーク、スウェーデンの7カ国を対象に、インターネットの利用目的を分析したところ、日本人はコミュニケーション利用(メールやSNS、ブログ、電子掲示板など)の割合が他の国々に比べて高い傾向が確認されています。

今後は、インターネットが、日本人の苦手とする対面コミュニケーションの代替または補完手段となることが望まれるのではないかと考えています。

この議事録はRIETI編集部の責任でまとめたものです。