英国のTOBルールと今後の日本の制度のあり方

開催日 2009年7月7日
スピーカー 新原 浩朗 (経済産業省経済産業政策局 産業組織課長)/ 大崎 貞和 ((株)野村総合研究所 研究創発センター 主席研究員)
モデレータ 星野 光秀 (RIETI研究調整ディレクター)
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議事録

英国型M&A制度を検討する必要性

新原 浩朗写真新原氏:
日本で英国型(EU型(※))M&A制度を検討する必要があるのは、一言でいえば、日本のTOBルールでは少数株主の利益を十分に保護できないからです。日本ではルールが「官」により作られていますが、市場関係者ではない者による規制・裁定では、実務の考え方から乖離したり、予見可能性が低下したりすることがあります。官によるルール運用では、迅速な運用も困難となります。こうした問題への解となるのが英国型M&A制度です。

(※)2004年に採択されたEU企業買収指令は英国のルールを基礎とするため、英国型のルールがドイツ、フランスなども含め、EU各国のスタンダードとなっている。

英国型M&A制度の特徴

英国型M&A制度は、民間の自主機関(テイクオーバー・パネル;以下「パネル」)が制定したルール(テイクオーバー・コード;以下「コード」)に基づいています。コードでは原則が明示されているので予見可能性が高まります。これに対し、日本のM&A制度のベースである米国型M&A制度は法規定に基づくため、文言の解釈についてのテクニカルな議論がなされるようになり、予見可能性が低まります。

米国型M&A制度では政府機関が規制機関となっていますが、英国型M&A制度では金融機関や弁護士事務所などからの市場関係者が規制機関に出向する仕組みとなっているので、実務の現実に即した判断が可能となっています。

英国型M&A制度ではパネルがコードに基づき買収の適否をリアルタイムで裁定できます。これに対し、日米の場合はM&Aを巡る係争は裁判所で時間をかけて争う必要があります。

英国には30%以上の議決権を取得した場合の全部買付義務や厳格な買収資金の存在証明制度などがあります。一方、米国には全部買付義務はなく、取締役会の裁量性が強くなっており、日本の場合も、全部買付義務は原則、存在しません。

買収防衛策も英国では原則禁止なのに対し、日米では導入・発動が可能です。

テイクオーバー・コードについて

テイクオーバー・コードとは、英国における買収などに関するルールのことで、英国の市場関係者の自主規制として策定されています。コードはEU企業買収指令を受けた2006年英国会社法で法律上の根拠を有することになりましたが、内容や自主規制としての性格に変わりはありません。

コードには一般原則(General Principles)が定められており、個々の条文はこれらの原則に則る形で運用されています。

コードの制定・改廃・運用はパネルが実施します。コード上明示的には規定されていない事態が生じた場合であっても、一般原則に遡って判断するなど、プリンシプル・ベースの解釈・運用が行われています。

新たな取引手法など、コードの既存の規定が適用できない事態が生じた場合は、数カ月以内に迅速にコードを改正することも可能です。

<コードのポイント>
(1) 全部買付義務
30%以上の議決権に係る株式を取得した場合には、すべての株主に対して、過去12カ月間の最高買付価格で、現金を対価として公開買付を行い、応募のあったすべての株式を取得しなければなりません。

(2) 潜在的な買付者の公表
公開買付の可能性がある者には、買付けの可能性に関する情報の公表が求められることがあります。買付者が買付けの可能性を公表した場合、パネルは、一定期間内に公開買付を行うか否かを明示するように求めることができます。

(3) 買収資金の存在確認
現金を対価としたオファーの際には、買付者は買付けに要する資金の調達が可能であることに関してフィナンシャル・アドバイザーなどによる証明を受けなければなりません。

(4) 取締役の中立義務
買収対象会社の取締役は、株主の事前承認がない限り、買収を妨害する行為(買収防衛策)を採ってはならないことになっています。

テイクオーバー・パネルの組織構成

テイクオーバー・パネルは複数の委員会で構成され、日々のM&A案件の規制・監督は、事務局のケースオフィサー部門に金融機関や法律事務所、会計事務所などから出向しているスタッフが担当しています。こうした体制の下、M&A当事者からの手続きに関する相談やコードの解釈についての問い合わせに対し、即日~数日以内に回答したり、裁定を下したりすることができるようになっています。

事務局の判断に対する聴聞手続きや不服申立て手続きはあります。裁判にまで持ち込むことも可能です。ただ、そうした事例はほとんどなく、裁判にまで持ち込まれた場合も、裁判所は基本的にパネルの判断を支持し、介入はしていません。

日英のM&A制度の違い

大崎 貞和写真大崎氏:
(1) 3分の1ルール
日本法には、買付けを行い保有株式が3分の1超になる場合には、原則、TOBをかけなければならないという「3分の1ルール」があります。ただし日本法では市場の中と外を区別しているので、市場の中で買う場合は3分の1ルールに拘束されることはありません。これに対し英国法は市場の中と外を区別せず、30%を超える持分比率になる場合は、原則、TOBをかけなければならないとしています。

(2) 全部買付義務
英国法では30%を超える保有比率になる場合は、全部に対するTOBをかけなければなりません。日本法では3分の2を超えて保有する場合に全部を買付けなければならない制度になっています。

(3) 価格規制の有無
英国法では、TOBをかける場合、原則、市場価格または買付者が買った価格を下回る価格での買付けは禁じられています。これに対し、日本では価格については自由になっています。現実に、買付者と買付けられる側が合意の上、市場価格を下回るTOBをかけて、自分が買取りたい分だけを買取るという、ディスカウントTOBも行われています。

(4) 経営の忠実(中立)義務
一旦支配権が争奪されると、英国では、経営者は日本でいうライツプランの発動などにより動きを妨害することはできません。他方、日本では、経営者によるライツプランの発動が認められており、経営者の中立が必ずしも強く求められている訳ではありません。

以上が日英の実体法の違いですが、日本と英国では組織法も大きく異なります。私は柔軟性や迅速性があり、市場関係者と理解・ノウハウを共有する仕組みのあるテイクオーバー・パネルの良い点をうまく取り入れていけば、パネルの役割を民間自主規制機関以外が果たすようになっても必ずしも問題になることはないのではないかと考えています。

英国型M&A制度を日本に導入する際に克服すべき課題

(1) 全部買付義務
全部買付義務が大きな特徴となっている英国型M&A制度を日本で導入する場合、30%にせよ、33%にせよ、ある閾値を超えた株を取得する際には100%買付けるだけの資金力を用意する必要があります。そうなると、たとえば時価総額が1兆円の会社を買う場合は1兆円の資金が必要となるので、一定規模を超えた会社は買収脅威にさらされなくなり、企業支配権の自由な売買が企業経営の効率性を高めるという「マーケット・フォー・コーポレート・コントロール(market for corporate control)」の機能が阻害されるとの見方も可能になります。この点については、議論をさらに深める必要があります。

(2) 分散的株主構成
英国型M&A制度では、上場会社は分散的株主構成であることが大前提となっています。ですので、英国人は、「主要株主として上場会社の株40%は押さえているが、その主要株主が上場会社の親会社となっていない」というのは、上場会社としては不自然であると解します。そこで、そうした不自然な上場会社であっても株主として留まりたいのか、買取ってもらうようにするのか、その選択肢を与えるのがTOB強制制度であると理解されています。親子上場を含め、主要株主が数十%を保有する企業が数多くある日本に、分散的株主構成を前提とした制度を導入してうまくいくのかは、慎重な検討が求められる大きな課題です。

(3) 司法不信に基づく制度設計
英国のM&A制度は徹底的な司法不信に基づき設計されています。ですので、係争が裁判所に持ち込まれることはほとんどありません。これに対し、日本では、ブルドックソース事件などのように最高裁で争ったり、株式の公正な価値についての判断を裁判所に仰いだりするというような状況で、財界にも裁判所判断なら納得するという見方が多くあります。そうした社会に、司法判断をできるだけ回避するように設計された英国流の制度をどのように導入していくのかも、重要な検討課題となります。

質疑応答

Q:

米国には英国型M&A制度導入の議論はありますか。また、買収防衛策を原則禁止としたままでこの制度を日本に導入した場合、日本の関係者はどのように評価するとお考えですか。

新原氏:

英国型M&A制度を導入する可能性があるのか、米証券取引委員会(SEC)と議論したことはありませんが、コーポレート・ガバナンスの関係で米国の法学者と議論するところによれば、「米国制度は取締役を信用しすぎており、株主への配慮が弱い」という指摘は米国国内でも昔からなされています。ですので、ある程度の問題意識としてはあると思います。

大崎氏:

私も、米国で英国型M&A制度の導入が検討されているとの話は聞いたことはありませんし、そういう話は上がってこないのではないかと考えています。

日本に英国型M&A制度を導入するにあたっては、それが企業の再編や経営戦略の展開を阻害するものではないことを理解してもらうことが重要になります。また、買収防衛策が脆弱な基盤の上に立つ中で、買収防衛策がどこまで市場の支持を得られるのかを考える必要もあります。仮に、買収防衛策は不要だが、何でもやり放題も認められないということになれば、英国型M&A制度の導入に十分検討の余地はあると思います。

Q:

欧州諸国や香港やシンガポールといった国々ではテイクオーバー・パネルのような組織はどのように運営されていますか。日本でこうした組織を立ち上げる場合は、資金、スタッフ、ガバナンスが論点になると思いますが、各論点についてどうお考えですか。

新原氏:

テイクオーバー・パネルの組織運営にはバリエーションがあります。香港は中間形態で、資金は税金ではなく拠出によって集められていますが、運営は英国でいう金融サービス機構(FSA)のような機関がしています。ドイツでは役所が運営し、資金は金融機関からの手数料と賦課金で賄われています。ただ、ドイツで英国型M&A制度がどの程度根付くのかは今後もう少し見てみなければならないと思います。

事業所が資金拠出する場合は、拠出元と判断のリンケージの問題がパネルの信用度に影響する可能性はあります。判断については、民間だから速いというのと、民間人だから速いというのは微妙に違います。箱は公的なものでも、中身の判断を市場関係者が行えば、ある程度は英国のテイクオーバー・パネルに似たものになると思います。

大崎氏:

私は取引所が大きな役割を果たすのが望ましいと考えます。英国のテイクオーバー・パネルでは事務局長と事務局次長のポストにはパーマネントスタッフが就いています。パーマネントスタッフの数はほんの数名ですが、全体の判断をコントロールする上ではこうした人たちが極めて重要な役割を果たしています。

やはり純粋に出向者だけの組織ではうまくいきません。その組織で長年活動するベテランは必要です。そうはいっても、日本で大学を卒業してすぐにテイクオーバー・パネルに入るという経路はなかなか考えにくいので、取引所の上場部のスタッフを事務局長などのポストに迎えるようにすれば、うまく機能するのではないかと考えています。

この議事録はRIETI編集部の責任でまとめたものです。