開催日 | 2009年6月30日 |
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スピーカー | 佐分利 応貴 (経済産業省通商政策局 企画調査室長)/伊藤 公二 (経済産業省通商政策局 企画調査室 課長補佐/RIETIコンサルティングフェロー)/高塩 淑之 (経済産業省通商政策局 企画調査室 課長補佐) |
モデレータ | 山田 正人 (RIETI総務副ディレクター) |
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議事録
第1章 試練を迎えるグローバル経済の現状と課題
高塩氏:
「平成21年版通商白書」は金融危機発生後の最初の白書として、第1章で金融危機の総括をしています。今回の金融危機発生の要因を正確に理解するためには、米国住宅市場拡大の要因と、その米国住宅市場の崩壊が世界的金融危機に至った要因を分けて論ずることが必要です。以下では、まず米国住宅市場拡大の要因を整理し、次に、その崩壊が世界的な金融危機に至った要因を明らかにします。
1.米国住宅市場の拡大とその要因
世界の投資資金は2002年からの5年間で約倍増しています。米国債券発行残高の中で最も大きく伸びているのが住宅ローン担保証券で、2006年からの1年間で2兆ドル以上増加しています。住宅ローン担保証券への投資(2007年)は米国の年金・保険・投資信託が最大で、次いで米国銀行、海外機関投資家および政府系住宅金融公社の順になっています。
米国では住宅市場の加熱を防ぐため、短期金利が2004年以降段階的に引き上げられてきました。しかしその効果が長期金利に波及することはありませんでした。海外からの資金流入が止まらなかったからです。これは住宅市場が加熱した1つの要因と考えられます。
住宅ローンを原債権とした証券化商品が登場するようになった背景の1つには、米国債券・株式の投資収益率が1980年代以降、下落傾向にあったことが挙げられます。一方、米国の住宅市場が海外からの資金の流入で拡充し、金利は低位で推移したことが追い風となり、米国国内では持家比率が急増しました。
プライム層向けの貸し付けは持家比率が天井を打ったころから減少しています。その裏にあるのが「仕組み債」です。この手法を活用することで、従来、優良資産となることができなかったサブプライムローン債券が優良資産の仲間入りをすることができるようになり、2004年以降、そのシェアが急増し、プライムローンの減少分を補い、投資家の需要に応えることができるようになりました。
まとめるとこうなります。世界の経常収支不均衡といった従来の議論に米国のバブルを収斂させるだけでは不十分です。年金等米国内の資金が世界の資金の半分を占めるような状況では、米国内の資産に対する需要が非常に大きくなります。日本を含むアジアや欧州でも年金資産が拡大する中で、また、中国などのアジア諸国で外貨準備が拡大する中で、安全な価値の保蔵先(安全な資産運用先)は米国しかありませんでした。
その米国では国債発行残高が伸び悩むなか、AAA格の住宅担保証券に投資が集中するようになりました。こうして、供給量が比較的固定的な住宅市場に、巨額の資金が流入し続けたことで、超過需要が発生し、そのアンバランスを解消するために住宅価格が上昇し続けたわけです。持ち家比率が上昇するに応じてプライム層向け融資は急減し、その穴埋めのためにサブプライム層向け債権が新たに証券化され、AAA格を付与されて投資家に販売されたのです。しかし、その格付けは、プライム層向けとは異なり、住宅価格の上昇を前提としたものでした。
2.米国住宅バブルの崩壊が世界的金融危機に至った要因
欧米大手金融機関10行のバランスシートをみると、総資産の急増に関わらず、リスク資産はほとんど増えていませんまた、預金の割合は下落傾向にあります。貸し出しが減少する一方で投資が増えています。このようにして、安定的な預金をベースにした銀行経営から、市場環境の影響を受けやすい約束手形や社債、住宅担保証券などの組成・転売で資金調達を行う経営へとシフトすれば、バランスシートの構造は不安定になります。このように欧米大手金融機関のバランスシートが大きく変化する中で、サブプライムローン問題の発生をきっかけに、突然、高格付けの債券を中心に格付けが大幅に下げられ、短期金融市場が逼迫する状況が生まれため、一気に経営危機に陥ることになりました。
3.金融危機の世界経済への波及
金融危機発生後、世界の鉱工業生産、小売売上、財貿易は急速に後退しましたが、新興諸国では小売売上は2桁の伸びを維持しています。輸入が最も大きく落ち込んだのは米国と欧州で、これらの国・地域に製品輸出をしている国の輸出も大きく落ち込んでいます。
金融危機発生前後の世界的な資金フローの変化をみると、欧州諸国が米国から資金を引き上げる中、アジア諸国は金融危機後も米国から多くの金融商品を購入しています。買い手では公的部門が圧倒的に多くなっています。ただ、欧州諸国も米国債については引き続き買い越しています。
4.金融危機・経済危機の収束の条件
日本のマネーサプライの変動要因分解(1994年4月~2008年3月)では、金余りの日本が米国に投資していたことが明らかとなっています。こうした主要先進国・地域におけるマネーサプライの動きの背景には、日本など経済成長率が米国より低い国では、国債や公社債など国内優良資産の投資収益率が相対的に低いことがあります。先進諸国では、内需などの拡大による持続的な経済成長で国内優良資産の投資収益率を高めることができればこの問題の解決も可能となります。
第2章 世界経済危機の中で我が国が採るべき針路
伊藤氏:
1.戦後最長の景気回復過程は輸出が主導
日本では、2002年1月から2007年10月まで、円安基調の下、輸出が戦後最長の景気回復過程を主導していました。この間日本の輸出依存度は上昇し続け、諸外国に比べれば依然低いものの、2007年には過去最高水準にまで上昇しました。
2.金融危機発生後の日本経済の動向
日本の輸出と鉱工業生産の伸び率は2008年10月以降急落し、歴史的に大幅な減少を記録しました。その結果、2008年第4四半期の実質GDP成長率が前期比年率換算で-13.5%と主要先進国の中で最低となるなど、金融危機は日本の実体経済にも大きな影響を及ぼしました。
3.景気後退の背景:輸出の減少
2008年第4四半期の実質GDP成長率の落ち込みに対しては、外需が極めて大きく寄与しました。これは輸出の大幅な減少によるものです。
今回の大幅な輸出減少には、我が国の輸出構造の変化が影響しています。2000年代に入り、日本はアジア向けに中間財の輸出を大幅に拡大しました。一方、アジア諸国、特に中国から欧米向けの最終財輸出が大幅に拡大しています。我が国の企業が中国等に進出し、生産拠点として活用することになった結果、このような変化が生じたと考えられます。
こうした中で、欧米の景気が後退すると、日本の輸出は欧米向けだけでなく、(欧米向けの輸出品を製造するための)アジア向け輸出も減少することになります。このことが、日本の輸出が大幅に減少した要因の1つとして考えられます。
輸出が大幅に減少したもう1つの要因として考えられるのが、我が国の輸出品の高付加価値化です。もともと日本の主要輸出品である自動車、電気機械、一般機械は耐久消費財あるいは資本財であり、不況期には販売が減少しやすくなる傾向があります。加えて、日本の企業は2000年代に入り高付加価値品の輸出により重点を移してきたため、輸出価格で見た輸出品の高付加価値化が進展しました。このため、世界経済が後退すると、付加価値がより減少しやすくなります。実際、日本と中国の対米輸出を比較すると、輸出に占める生活必需品の割合が比較的大きい中国は、日本ほど輸出が減少していません。
4.景気後退の背景:輸出主導の生産構造への転換
さらに、輸出減少が国内の景気後退に大きく影響した背景として、我が国経済が輸出を中心とした生産構造に転換していることが指摘できます。日本では、輸出主導型の景気回復の過程で、輸出と国内の設備投資の時差相関係数が上昇しています。また、2000年代に入り、輸出による生産誘発額が、消費による生産誘発額を逆転するようになり、輸出の国内生産への影響も高まっています。このため、欧米での景気後退から輸出が減少すると、国内の設備投資、生産も大きな打撃を受ける結果となりました。
5.ピンチをチャンスに
こうした深刻な状況への対策ですが、短期的には既に各国が取り組んでいるように景気対策を講じる必要があります。以下は、中長期的な対応について触れます。
第1に、依然高い成長が期待されるアジア諸国・新興国の市場開拓に取り組む必要があります。先進国の需要が喪失状態にある中、2009年は中国やインドといった国々が堅調に成長する見通しです。アジアの中間層市場は1990年からの18年間で約6.2倍に急増しています。こうした層の消費力を見過ごすことはできません。
その際、日本の優れた技術(環境、省エネ、水処理など)や文化(アニメ、ファッション、観光資源など)を海外に発信し、日本の魅力を世界にアピールしつつ、世界の課題解決に貢献することが重要となります。従来と同じ製品・サービスを提供しても、新興国との競争は厳しさを増すばかりです。、一方で、近年の日本の全要素生産性(TFP)上昇率は低迷しています。新興国との競争への対応、魅力ある製品・サービス創出などの観点から、生産性向上も重要な課題です。
一方、国内に目を転じますと、日本には約300兆円の消費市場と約1500兆円の個人金融資産があります。その意味では消費者の需要をうまく取り込むことが重要です。経済危機下でも、さまざまな工夫により収益を確保できている企業は数多くあります。
しかし、全般的にいえば、戦後最長の景気回復過程においても内需はあまり拡大しませんでした。内需のうち最大の項目である民間消費については、所得の伸び悩みが影響しました。2000年代以降、主要産業では給与が横ばいないし減少しています。これには、拡大する輸入、特に新興国からの輸入が雇用面に影響を与えていることも一因です。今後内需拡大を図るには、グローバル化の潮流を踏まえた産業構造への転換、生産要素の業種間移動の円滑化が求められます。
第3章 我が国のグローバル経済戦略と対外経済政策
佐分利氏:
世界経済における日本経済の地位は長期低落傾向にあり、日本の1人当たり名目GDP(2007年)もOECD諸国内で最低水準になっています。まずは、新興国には作れない商品・サービスを創出し、差別化で勝負することが重要です。また、少子高齢化・人口減少が進む中にあっては、人財の有効活用なしには長期低迷から脱却できません。
この基本認識に立った日本の今後の針路が「未来開拓戦略」と「グローバル経済戦略」です。
不透明な先行きに対する不安は消費の低迷に拍車をかけています。そこで、「未来開拓戦略」では目指すべき未来予想図、つまり明るい未来を国民全体で共有します。具体的には、2020年に目指す将来像として、安心・元気な健康長寿社会を迎えつつ、日本の魅力を発揮し、同時に低炭素革命を世界でリードする国を描いています。
対外経済政策である「グローバル経済戦略」のポイントは3つです。第1に、国内外の新たな市場を開拓することです。第2に、変化に対応する強靭な経済を構築する必要があります。第3に、世界の課題解決国家を目指すことです。さらに同戦略は以下の4つの柱を掲げています。
1.内外一体の経済対策
東アジア・アセアン経済協力センター(ERIA)を活用し、物流インフラ整備により東アジアの市場統合を支援します。その際には官民連携手法(PPP: Public Private Partnership)を推進します。また、アジアのパワーを日本に取り込むためには、貿易の自由化を進め、保護主義を抑止しなければなりません。
2.ボリュームゾーン・イノベーションの推進
日本が目指すべきターゲットとして注目されているのが新興国市場の中間層(ボリュームゾーン)です。このゾーンを押さえておかないと、この市場で力をつけた新興国企業にアッパーミドルやハイエンドといった日本企業の得意なゾーンをやがては奪われてしまうでしょう。政府としても、低コスト化技術開発の支援や投資協定の締結、知的財産権の保護を積極的に進めていきます。
3.低炭素社会の世界展開
日本が世界の課題解決国家となるべく、低炭素社会という1つのモデル国家を築き、その過程で培った技術やノウハウを海外に展開すれば、日本の強みである優れた技術などを軸とした海外市場戦略を推進させることができます。
4.資源国への産業協力などの重層的展開
資源価格が上がると移転収支、交易収益が悪化し、儲かったものが底抜けするという日本の弱点を克服する上でも資源対策は引き続き重要です。
こうした取り組みを進めるにあたり極めて重要なのが日本ならではの官民協力であり、市民、企業、大学、政府、マスコミを含む社会全体での協力であると考えております。
質疑応答
- Q:
1人当たり名目GDPのOECD諸国内順位は、日本経済回復期の2003年以降も下がり続けていて、実感と若干食い違います。為替の影響も大きくあると思いますが、実体として日本の順位はどの位低下したと見るべきなのでしょうか。また、現状を放置すれば日本の将来は暗いようですが、対応策について考えをお聞かせください。
- 佐分利氏:
確かにユーロ高・円安の傾向は非常に大きいと思います。実際日本の1人当たり名目GDPは2008年には円高で若干持ち直しています。ただ日本の生産性上昇率は低迷していますし、また、金融イノベーションで金融による生産性向上を実現し、GDP を上げていった国があるのも事実です。このように生産性上昇率が低迷する一方で、他国の伸びが日本の伸びを上回ったため、景気回復期にあっても世界の中での順位は下がったのだと考えられます。
「平成21年版通商白書」では利益主義が日本でさらに普及される必要を訴えています。マーケットシェアの争いをしている限り利益率は限りなくゼロに近づきます。今はマーケットシェアを争っている時代ではありません。「品質第一・売上第一」から「利益第一」へとシフトすべきです。そうすれば大企業で埋め尽くされることのない隙間に新しい産業ができたり、中小企業が育ったりするようになります。そのために必要なビジネスモデルを、日本中みんなで考えるのがこれからの時代です。
国内政策面では、当面、いかに世界最高の行政サービスを実現するかを考えるべきです。「世界で費用対効果でトップレベルの行政サービスを提供することを目標としつつ、各国の優れた政策を研究してベンチマークとする必要がある」と白書に書きましたが、これを実現する必要があります。また、対外面では、「国内から海外へ」と「海外から国内へ」の両方を進めるため、経済連携協定(EPA)や投資協定、二重課税解消を引き続き進めていく必要があります。
この議事録はRIETI編集部の責任でまとめたものです。