国際贈賄問題:シーメンス事件の教訓

開催日 2009年6月11日
スピーカー 前田 陽司 (外国法共同事業オメルベニー・アンド・マイヤーズ法律事務所 弁護士)/ 黒澤 幸恵 (外国法共同事業オメルベニー・アンド・マイヤーズ法律事務所 弁護士)/ 石川 和洋 ((独)日本貿易保険 総務部 法務グループ長)
モデレータ 今野 秀洋 ((独)日本貿易保険理事長)
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議事録

FCPAのトレンド――高額化と国際化

前田 陽司写真前田氏:
海外腐敗行為防止法(FCPA)は近年摘発が強化されており、高額化と国際化という2つのトレンドで捉えることができます。

高額化の例としては、和解金額が16億ドルに達したシーメンス事件を挙げることができます。同事件では、そのほかに、弁護士・会計士報酬、文書検索・保存費用等が5億ユーロ以上かかったと推定されています。また、欧州・南米諸国、オーストラリア、南アフリカといった国々が経済協力開発機構(OECD)の「国際商取引における外国公務員に対する贈賄の防止に関する条約」に加盟するなど、汚職撲滅が世界の潮流となっています。米国司法省も海外汚職防止に向け関係各国当局と連携することを表明しており、シーメンス事件ではそうした連携が成果を挙げることになりました。

黒澤 幸恵写真黒澤氏:
FCPAは「贈賄禁止条項」と「会計処理条項」の2つに大きく分けることができます。会計処理条項はさらに、取引および資産の処分を合理的な程度に詳細、正確かつ公正に反映した帳簿、記録、勘定を作成、保存することを求める「会計条項」と、適切な内部会計統制システムを設置・維持することを求める「内部統制条項」に細分化されます。

FCPAの日本企業・日本人への適用可能性

FCPAは米国の法律ですが、日本企業・日本人にも適用されます。その適用可能性としては、(1)米国企業の役員、従業員、エージェント、株主、(2)米国内で禁止行為を一部でも行った者やその役員、従業員、エージェント、株主、(3)米国で上場(ADRによる上場を含む)するなど、米国証券取引所法上の登録義務および開示義務を負う証券発行者(Issuer)やその役員、従業員、エージェント、株主――の3つが挙げられます。

米国証券取引所法は非常に複雑なため、Issuerに該当するか否かの判断にあたっては、米国法律事務所にアドバイスを求める等専門家に確認することが非常に重要となります。また、ここでの登録義務・開示義務は必ずしも上場企業だけに課されているものではないので注意が必要です。

米国企業が親会社であったり、米国子会社を持っていたりするだけで直接FCPAの適用対象となるわけではありません。しかしながら、FCPAは非常に幅広く解される傾向にあり、「米国企業のエージェント」であるとか「米国国内で禁止行為を行った」等と認定され、米国企業の日本子会社が、または米国子会社の行為によって日本企業が責任を負う可能性があります。

贈賄禁止条項の構成要件

贈賄禁止条項はかなり広く解釈・適用されることが特徴です。同条項の構成要件の1つである「外国公務員」の「公務員」には公営企業のスタッフ等も含まれます。そのため、中国など公営企業が多くある場所でビジネスを行う場合には、取引相手が「外国公務員」に該当するのか否かの確認が重要になります。その他にも、賄賂の支払いを実際に行ったわけではなく承認しただけの場合、賄賂額が100ドル未満など小額の場合、観光旅行への招待など現金以外の提供をした場合などでも贈賄禁止条項の適用があります。

ファシリテーティング・ペイメント(裁量の余地のない、機械的に行われる業務に対する支払い)は贈賄禁止条項の例外とされています。ただし、これは非常に狭く解される傾向にあるため、条文によって除外されている分野だからといって安心することはできません。また、会計処理条項で問題となる場合もあるため、支払いはきちんと記録することとが重要です。

現地法で許容されている支払いも除外されますが、それを自ら立証するのは大変なことです。また、例外が認められるのは、現地法で明示的に許されている場合のみで、解釈や慣習、行政通達、公正競争規約、判例などによる許容は認められません。

プロモーション費用は小額適正な額のものであれば賄賂には該当しないとされていますが、実際どの程度の支払いであればこの抗弁が成立するのか、その判断は難しいところです。この他、契約履行費用も抗弁が認められています。

会計処理条項の構成要件

会計処理条項は極めて広い範囲をカバーします。たとえば、インド国籍子企業のインド人従業員によってインドで贈賄が行われ、贈賄禁止条項の管轄が認められる可能性が低い場合であっても、当該インド国籍子企業の親会社たるIssuerを、インド国籍子会社が贈賄をコミッションフィーとして記録していたという会計処理条項違反によって摘発することが可能です。

会計処理条項は国内取引であっても、賄賂に関係なくとも、適用されます。「ごまかし」の大小は無関係で、いわゆる「会計帳簿」のみでなく、旅程表、費用報告、経費請求のためのレシートなども対象となります。誤解を招くような記載や、重要な事実をあえて省略した記載は「不正確な記載」であったとして会計処理条項違反となります。

まとめ

(1)FCPAは米国法ですが日本企業にも適用される可能性があります。
(2)その適用対象・構成要件は非常に広く解釈される傾向にあります。
(3)適用された場合は高額の罰金・民事制裁金が課されたり、保険が下りない、入札に参加できない等の処置がとられる可能性があり、企業活動に大きな影響を及ぼします。

予防としては、FCPAを念頭においたコンプライアンス・プログラムの見直しが重要です。また、FCPA違反の可能性が発覚した場合には、米国司法省や連邦証券取引委員会(SEC)への対応が極めて重要となります。

独シーメンス事件

石川 和洋写真石川氏:
独シーメンスが不正支出事件の罰金として米・独司法当局に1200億円を支払ったという記事に注目しました。シーメンスが贈賄事件に関与したことが明らかになれば、公的輸出信用の付保が制限されることとなり、同社の国際的な事業活動に深刻な影響が出ることが予想されるからです。

OECD贈賄防止勧告

2006年に定められた「公的輸出信用と贈賄に関するOECD理事会勧告(贈賄禁止勧告)」は、OECD加盟国に対し、贈賄行為に関与した企業に対して適切な措置をとることを求めています。そのような措置には、贈賄行為に関与したことが明らかになった場合には、保険金の支払停止や支払済み保険金の返還を求めることなどが含まれます。

この勧告の実施については、将来的に他国法の域外適用が問題となることを予測して、日本政府は同勧告の受け入れに際して、「勧告にあるナショナルコートは日本国内の法廷であると解釈する」との留保を付けています。一方ドイツは、ナショナルコートはすべての国の法廷であると解釈していますので、どこの国であっても贈賄で有罪となればこのルールを適用することになります。日本とドイツではこの点で大きく解釈が異なることを最初に指摘しておきたいと思います。

2006年11月、ミュンヘン検察局から贈賄の疑いで強制捜査を受けたシーメンス社は、司法省・SECに対し、自ら、複数国でのFCPA違反の可能性を報告し、内部調査を開始しました。

司法省での刑事訴追

司法省での刑事訴追では、アメリカ合衆国が原告、シーメンス社、シーメンス・アルゼンチン、シーメンス・バングラデシュ、シーメンス・ベネズエラが被告となりました。司法省の起訴状および判決によると、シーメンス社は、各地でプロジェクトに関係する公務員に対し、コンサルタントを通じて、多額の賄賂を支払い、その支払いを「コンサルタント費用」や「弁護士費用」として計上していました。

司法省では、シーメンス社ほか3社は、本件の適切な解決策は司法取引であるとのことで合意したとの判決が下されました。シーメンス社に対してはFCPAの内部統制規定違反および会計帳簿規定違反で罰金4億4850万米ドル、シーメンス・アルゼンチンに対してはFCPAの会計帳簿規定違反で罰金50万ドル、シーメンス・ベネズエラとシーメンス・バングラデシュに対してはFCPAの贈賄禁止規定、会計帳簿規定違反で各社罰金50万ドルが課されました。

興味深いことにシーメンス社に対して適用された規定には贈賄禁止規定が含まれていません。推定される理由は3つあります。(1)贈賄規定で司法省から起訴はされたが、検察側が立証に失敗し、裁判所が認定しなかった。(2)構成要件該当性がないとの判断で立件しても勝ち目がないため起訴状から落とした。(3)司法取引でそもそも訴因としないとされた。

この点、(1)については、贈賄禁止規定は最初から起訴状に入っておらず、そもそも内部統制規定違反と会計帳簿規定違反のみが訴因となっていました。また、(2)については、ほとんど同様の行為をしていたシーメンス・ベネズエラとシーメンス・バングラデシュが贈賄禁止規定に反することとされていることから理由としては不十分です。やはり、(3)のとおり、そもそも贈賄禁止規定を訴因としないことが司法取引の目的の1つであったと考えることが適当だと思われます。

SECによる民事訴訟

SECでの民事訴訟では、SECが原告、シーメンス社が被告となりました。判決としては、シーメンス社は、委員会の主張(贈賄禁止規定違反)を否認も認容もせず、委員会に3.5億ドルの不当利益を返還すること(disgorgement)に合意したとあります。

独・ミュンヘン検察局での判決

ミュンヘン検察局は、シーメンス社は違法行為で獲得した契約で少なくとも3億9475万ユーロの経済的利益を得たとして、取締役会の監督責任懈怠に対して3億9500万ユーロの罰金の支払いを命じました。

まとめ

結局、米国、ドイツいずれの裁判においても、シーメンス社の贈賄行為自体を処分する判決はでていません。したがって、シーメンス社は贈賄行為に関与したことにはならず、ドイツの公的輸出信用機関であるユーラ・ヘルメスの付保継続は正当化されることになります。

また、米国においても、司法省において処分を検討する段階ではシーメンス社を米国の政府調達契約から追い出すことも検討されていたようですが、事件後には米国の政府調達機関より、シーメンスは引き続き米国政府の行う取引について責任ある契約当事者であるとの公式声明が出されています。

最後に

今野 秀洋写真今野氏:
贈賄問題への対応は、企業のトップの判断事項になったと認識しています。企業のトップは、直接の管轄下にある本社のみならず、子会社、関連企業にも責任を持つ必要があります。コンプライアンスのネットワークを作ることは、企業のトップでないとできないことです。

また、事件がおきた後の処理ですが、シーメンス社は巨額な費用をかけて、大規模な調査をし、弁護士を雇うなどの対応をいたしました。これだけの費用をかけることは、担当役員ではできない判断であります。こういった判断することによってはじめて、国際的な事業活動から締め出される状況から脱することができ、会社そのものを救うことができたわけです。このような重大な判断ができるのは企業の経営に責任を持つトップだけです。

贈賄問題は、深刻な広がりを持つ問題であり、トップが関心を持つべき事項として理解を深めてもらいたいと考えております。

質疑応答

Q:

FCPAの摘発の契機にはどのような例があるのでしょうか。

前田氏:

FCPAや独禁法の世界ではライバルを蹴落とすために摘発する事例が増えています。ただ、独禁法の場合は摘発した側が一定の利益を受けられるリーニエンシー、アムネスティ等のシステムがありますが、FCPAの場合はそうした制度が明文上はありません。

Q:

予防としてのコンプライアンス・プログラムでは、不正汚職防止の観点からどういった点に注目すべきでしょうか。

黒澤氏:

FCPA対策としては、汚職の多い地域での取引ではないかという、取引地域による絞り込み、外国公務員を取引相手としていないかという、取引対象による絞り込み等によってどこに重点を置くのか見定めることが大切になります。また、賄賂は多くの場合、会社が直接支払うのではなく、コンサルティング会社や法律事務所を介して支払われます。そのため、それらに対する調査や、取引継続中の監視をどのように実効性あるものとするのかが大事になります。さらに、特に会計処理条項は子会社・孫会社と非常に広く及びます。策定されたコンプライアンス・プログラムがどの程度末端まで(あるいは上層部まで)実行されているかをチェックすることも重要です。

前田氏:

コンプライアンスに対する社内の意識改革に取り組むことも重要です。

この議事録はRIETI編集部の責任でまとめたものです。