労働法改革のグランドデザイン

開催日 2009年6月8日
スピーカー 水町 勇一郎 (東京大学社会科学研究所准教授)
モデレータ 鶴 光太郎 (RIETI上席研究員)
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議事録

労働法改革の基本理念と問題意識

水町 勇一郎写真労働法改革の基本理念は、社会的に「公正」で、経済的に「効率」的な社会を、当事者の「参加」によって実現する、という3つの柱から成り立っています。

当事者(使用者、労働者など)の権利・義務を設定するものとして法を認識する欧米とは異なり、日本の労働法は行政取締法規(国が事業主に対して行為を命じ指導・勧告を行う)としての性格を強くもっています。そうした中で通達行政が発展し、法のマニュアル化が進むことになりました。そのため、新しい法律ができたとしても、法律が生まれた背景や足元の問題といった根本的部分に当事者の目が向きにくくなり、通達のチェック項目をクリアするための、その場しのぎの、表面的で責任回避的な行動がとられるという深刻な問題が生まれています。

日本の労働法の特徴としてもう1つ挙げられるのが分権的な労使関係です。分権的な労使関係には、一方で、変化に柔軟かつ迅速に対応できるというメリットがありますが、同時に、労使関係が閉鎖的で不透明になるという弊害もあります。現場での共同体が閉鎖的で不透明になると、部外者としての非正社員はそもそも「社員」の枠の外にあるものとして扱われるようになります。これは、非正規問題や格差問題が深刻化する背景でもあります。さらに、共同体内の正社員にしても、集団性・共同体性が強まれば、個人としての意見が表明しにくくなったり、個人としての意見を持たなくなったりしてしまいます。こうしたことが、過剰労働問題やワークライフバランスがとれないといった問題につながっています。

そうした中、日本で社会的に「公正」で経済的に「効率」的な社会を当事者の「参加」によって実現するにあたって注意しなければならない点が2つあります。第1に、当事者の参加を実現するためのコミュニケーションの基盤は、開放的で透明性の高いものでなければなりません。第2に、行政取締法規としての画一性やマニュアル性をなくし、状況に応じた柔軟な対応を可能にするために、行政規範から裁判規範へと労働法のあり方を変えることが重要です。

こうした認識の上に、具体的に以下の5つの労働法分野について具体的な改革案を提示したいと思います。

新たな労働法のグランドデザイン~5つの分野の改革の提言~

(1)労使関係法制
労使関係法制の改革のポイントは2つです。

1. コミュニケーションの基盤として労働者代表制を創設することが考えられます。事業場・企業レベルでの比例代表選挙で選出された、多様な労働者の代表が、話し合いを通じて利益の調整を進めます。派遣労働者や請負労働者といった他企業雇用労働者でも、同じ事業所・企業で働くとなると、その企業の労働者と間接的に利害がかかわることになるため、そうした外部雇用労働者にも、労働者代表制の選挙権・被選挙権・参加権が認めることが大切です。労働者代表制はこの点で欧州の従業員代表制の発展型ともいえます。

2. 労働者代表制の法的インフラとして、労使に情報提供義務や誠実協議義務を課すと同時に、話し合いの内容を公開して外からのチェックが働くようにする必要があります。労働組合がない事業場でも労働者代表制が機能するよう、コミュニケーションを支えるインフラを政府や労使団体、非営利団体(NPO)などを使って整備することが大切です。

(2)労働契約法制
ここでも改革のポイントは2つあります。

1. 労働契約法の内容の豊富化を図ることです。労働契約法が施行されて約1年がたちましたが、その間、採用内定取り消しや雇い止めが社会問題となりました。これらはいずれも、労使間で合意が得られなかったために判例法理が労働契約法に盛り込まれなかった問題です。こうした判例法理を今後どう具体的に条文化して盛り込むかが第1の重要なポイントです。

2. 労働組合の組織率が低下し、組合の影響力が弱まる中で、労働組合でカバーされない労働者の数が増え、紛争の性質も集団紛争から個別紛争へと変化しています。労働者個人の契約や取引をサポートするための労働契約法や、紛争解決制度としての労働審判制を機能させるには、労働者の側の交渉力やノウハウの不足といった問題を克服する必要があります。そのため、労働契約法や労働審判制に今後どういう形で集団的コミュニケーションの視点を取り込んでいくのかも重要なポイントとなります。これは、労働者保護だけでなく、企業の人事管理の効率性の観点からも重要です。

(3)労働時間法制
日本の労働時間法制には対応すべき2つの大きな課題があります。

1. 健康確保の観点から、長時間労働問題への対応として、きちんとした規制・制限をかける必要があります。残業時間も含めた最長労働時間を設定し、1日の仕事の終わりから次の日の仕事の開始までの休息時間を保障することが具体的課題です。また、ワークライフバランスの観点から、週休2日を保障したり、年休の指定義務を使用者に課すことで年休完全付与を実現し、休日・休暇制度を充実させる必要があります。

2. 労働者の多様な働き方への対応としては、現行法では、管理監督者制度と裁量労働制があります。裁量労働制には専門業務型と企画業務型があります。管理監督者制度については、規制があまりにも簡略すぎるため、「名ばかり管理職」の問題が起きています。一方、裁量労働制には、規制が厳しすぎるため、複雑で使い勝手が悪く、現場での利用が進まないという問題があります。そこで、管理監督者制度と2つの裁量労働制の3つの制度に連続性・一貫性をもたせるために、これら3つの制度を3つの適用除外制度に整理・再編することが考えられます。ここで適用が除外される規制は、法定労働時間を超えても割増賃金を発生させないという賃金規制に限定することが重要です。上で述べた健康確保やワークライフバランスのための最長労働時間規制や休息時間規制、年休規制は適用除外とはなりません。

(4)雇用差別禁止法制
現行法制を抜本的に見直し、人種、社会的身分、宗教・信条、性別、性的指向、障害、年齢、雇用形態を理由とした、合理的理由のない差別を禁止する、包括的な雇用差別禁止法を制定することが重要です。

「人種、社会的身分、宗教・信条、性別、性的指向」は、人権保障的側面が強い雇用差別禁止事由なので、差別意思に基づいた不利益取扱いは、例外を認めず、罰則付で禁止することが想定されます。

「障害、年齢」を理由とする差別の禁止については、人権保障的側面のほかに、政策的要請も考慮する必要があります。たとえば年齢差別禁止で一番問題になるのは定年制です。一定の年齢に達した段階で退職を強制する定年制は明らかに年齢差別です。しかし他方で、定年制には、定年に達するまで職を保障するという雇用保障的側面もあります。そのため、定年制は、合理的理由のある適法な差別として一時的に許容することが考えられます。障害者差別の場合、差別を徹底的に禁止すれば、企業は障害者を雇わなくなり、障害者の雇用が逆に失われる結果となるおそれがあります。ですので、障害者の雇用を促進する法定雇用率制度などについては例外的に合理的理由と認めつつ、差別禁止を進めていくことが重要です。

「雇用形態」を理由とする差別についても、原則として平等な取り扱いが望ましいと考えられます。ただし、差別や合理的理由の有無は実態に応じて柔軟に判断する必要があります。当事者で話し合い、納得が得られているのであれば、合理的理由に基づく違いとして差別が適法となる場合も考えられます。「雇用形態」を理由をする差別ではプロセスによる調整が重要なポイントとなります。

(5)労働市場法制
労働市場法制については問題は大きく2つあります。

1. 労働者派遣などへの法の適用の問題です。偽装請負といった問題で現場が混乱する要因は、規制が厳しすぎる労働者派遣と、規制がほとんどない業務処理請負との間で、法の対応が大きく異なっており、また、両者の区別が、いわゆる「労告37号」という通達に基づいて形式的・マニュアル的に行なわれている点にあります。このような問題を解消するためには、なぜ法規制をするのかという法規制のそれぞれの本来の目的に照らして、かつ、多様な実態に応じて法を適用する観点から、法を整理・再編することが重要です。

2. 労働者派遣や有期契約の利用の仕方にも問題があります。現在の労働市場では安くて切りやすい非正規と正規との間でバランスが崩れています。そこで、正規・非正規を問わない中立的な制度的基盤を整え、長期雇用か短期雇用か、いかなる契約形態をとるかは当事者の選択に委ねる制度とすることが考えられます。具体的には、短期雇用についても雇用期間の長さを問わず雇用保険の加入義務を課します。ただし、モラルハザードを防ぐために自発的離職者については一定の受給要件を設けます。同時に、短期雇用を利用する使用者は、その雇用の不安定さを補償するプレミアム(割増保険料)を支払う制度とします。このプレミアムは短期雇用者の失業手当や職業訓練手当に充当します。

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質疑応答

Q:

雇用形態を理由とする差別の「合理的理由」については法律自体に差別抑止効果があるので、マニュアル化できないので法律にもしないという考えはおかしいと思います。また、雇用保険を拡大する場合、使用者、被雇用者、政府の間の分担はどう考えればいいのでしょうか。

A:

「合理的理由」については、欧州でも法律を作る際に、国会答弁等で簡単な例示がなされることがありますが、詳細で複雑な理由がどの企業にもあてはまるようなマニュアルとして提示されることはありません。これは、「合理的理由」の有無の最終判断が裁判官の役割となっているからです。裁判官は具体的な判断を個別に下します。このように裁判官が個別具体的な判断を下せるくらいの幅を持たせながら一定の指針を出すことは考えられますが、最終的には、裁判所の判断の積み重ねの中で一定の誘導的な方向性が出てくることになると思います。いずれにしても、行政が主導し当事者がそれに従うことしかないマニュアルの世界とは違う、当事者たちが自分でも考える世界に、法的になるべきだと私は考えています。

保険拡大の財政負担については、今のリスクを誰がどういう形で負っているのかを逆から考えていけばいいと思います。現在リスクを負っているのは、雇用保険の適用外となっている短時間労働者や短期間労働者です。こうした人たちの教育・訓練に対しては、国が一般財源や労使から集めた特別会計を使って財政的措置を講じています。今後の改革で、使用者が割増した保険料を負担し、そのお金で職業訓練が行えるようになれば、これまでリスクを負っていた労働者への一定のケアとなりますし、そこで浮いた税金分を、より多くの負担を負うことになった企業に法人税減税等の形で還元することも考えられるかもしれません。ただし、法人税減税だと、短期労働者の多くを雇用する中小企業には補償効果はほとんどなく、法人税を多く払っている大きな企業がその恩恵を受けるということになるかもしれません。

Q:

切りにくい正規と切りやすい非正規の均等はどういう形で実現するのですか。また、経営悪化 時には非正規から優先的に解雇するという考えは改めるべきなのでしょうか。正規・非正規の待遇を合わせると、既得権を失う正規の損失が大きくなりますが、こうした問題は労働者代表制で決着がつくのでしょうか。非正規の利用が硬直化すれば、ますます海外立地が加速するとの議論が産業界にはあります。いかがお考えですか。

A:

正規・非正規の切りやすさについては、有期契約とするか無期契約とするかを当事者が選べるようにして、短期契約を結んだ場合には、プレミアムを払うことで雇用の不安定さを補償する制度にします。短期契約だとしても、反復更新により実態としては長期雇用と同じ状態になった場合は、期間に定めがあるからという形式的理由で切りやすい状態にするのはおかしいので、こうしたケースについては裁判所で実態をみながらの判断が下される必要があります。

短期契約であることを互いに認識し、プレミアムもきちんと支払っているとすれば、短期契約の満了により雇用を終了させることも適法だと考えられます。

労働者代表制での少数者の利益の反映は非常に難しい問題です。ドイツやフランスでは、従業員代表内での決定は最終的には過半数で行なうことになっています。日本の労働者代表制では、労働者代表のなかで最初に、全会一致にするのか、特定過半数にするのか、過半数にするのかといった、代表内での意思決定のルールを話し合いで決めることが重要となります。仮に過半数で決定するという方法が採られたとしても、審議内容を外から見えやすい透明な状態に保っておけば、外から市場のチェックが入ることも可能ですし、あまりにも不公正な決定であった場合には過半数に基づく決定であったとしても裁判所が違法と判断する余地も残ります。

国内空洞化の議論については、日本と欧米を比較してどちらの法規制がより厳しいかを単純に比較することはできませんが、企業の経営判断や実態に対して強い足かせとなるルールは作らないというのが世界の1つの方向性です。その意味でも、当事者の意思や現場の実態・活力をできるだけ汲み取ったルール作りが必要だと思います。

この議事録はRIETI編集部の責任でまとめたものです。