日本は、何故、Open Innovation(複数企業を束ねた協業)が上手くいかないのか? ~~会社形態の原点回帰 Partnership論入門~~

開催日 2009年5月7日
スピーカー 齋藤旬 (東京大学先端科学技術研究センター客員研究員)
コメンテータ 中馬 宏之 (RIETIファカルティフェロー/一橋大学イノベーション研究センター教授)
モデレータ 冨田 秀昭 (RIETI研究コーディネーター)
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議事録

齋藤旬写真
米国の国際競争力が強まる背景の1つに、企業税制の激変があります。1980年頃は株式会社に相当するCコーポレーションが全米産業利益に占める割合は82%でしたが、現在ではこの数字は38%にまで落ちています。米国では、株式会社が会社形態の究極とされた時代は終わりを迎えています。

代わって、パートナーシップ(およびパートナーシップの類)が全米産業利益に占める割合は62%に達しています(ちなみに、2002年の全米産業全利益は100兆円程度)。

パートナーシップ会社の良さは、ある種の出来高払い制度である「利益持率」という考え方によって、全体利益最大化の後に個別利益最大化を図るという流れが徹底できる点と、役務拠出者の権利が強化される点と、協業すればする程税金が安くなる「税務会計自由」にあります。

パートナーシップとは、「共通の利益を実現するために、資産や役務を組み合わせようとする2人以上の人間によって合意された契約」を指します。ここでの契約は親密な(ノンアームズ・レンクスの距離にある)仲間の間で交わされるローカルルールで、一般人に対する会計も含めた事業説明責任がつきまとうコーポレートとは形態が異なります。各パートナーは出資者(コントリビューター)として、コントリビューションの見返りとしてのベネフィットを獲得するというのがパートナーシップの関係です。ベネフィットには金銭的なプロフィットよりも広い意味があり、当人にとって重要となる見返りであれば、それらはすべてベネフィットとなります。

まずはパートナーシップが、ノンアームズ・レンクス経済に属する会社形態であると認識することが何よりも重要となります。「他人行儀な、よそよそしい」という意味のアームズレンクスとは違い、ノンアームズ・レンクスには「親密な、仲間の」という意味があります。ですので、ノンアームズ・レンクス経済とは仲間内経済と考えれば分かりやすいかもしれません。

オープンイノベーション起きない理由

日本でオープンイノベーション(すなわち企業間親密協業)が起きないのは、日本に300万程度存在する組織体が日本の法律によってほとんど全て法人(法人課税の対象となる組織体、つまり英語で言うとCorporate)とされていること、および、これら法人に縛りをかけている法人所得税法では親密な協業が御法度となっていることが原因です。個々の企業は独立に利益を最大化すると考える、あるいは、すべての企業間取引には利益が必ず存在すると考える独立企業間原則(アームズレンクス原則)に則った法人所得税法の下では親密な協業はできません。

日本では経済の三主体は企業・政府・家計とされていますが、世界の国々では、20世紀末にパートナーシップ資本主義革命が起き、その中で第4の経済主体としてパートナーシップが生まれました。パートナーシップは、パブリックマーケットではなくプライベートマーケットで活動します。

衣食住の充足に加え、個々人の豊かさの追求が経済活動の目的に含まれるようになる時代にあって、マーケットはパブリックマーケットとプライベートマーケットが重層構造をなす市場経済へと移行しています。プライベートマーケットでは、ある特定テーマ関連の財・サービス・権利に関して、「非・お金」(たとえば「一般に対してはまだ換金性の無い、財・サービス・権利」)での取引が可能となります。第4の経済主体としてパートナーシップが加わったノンアームズ・レンクス経済では、特有財役出資に対する特有成果分配が行われるノンアームズ・レンクス取引が各主体間で展開されます。

一方、日本でオープンイノベーションが起きない問題の所在は、共同研究では企業が自社の利益を優先するため、事業に結びつくような成果がでなくなっている点にあるとされています。ただ、企業の自社利益優先は、アームズレンクス原則に照らして考えれば当然のことです。同様に、全体利益最大化の後、分け前利益最大化のマインドが無いのも、それがアームズレンクス原則に反するからです。

先述の通り、企業(コーポレート)と企業(コーポレート)のノンアームズ・レンクス取引には、特有成果分配が通常、成果そのものではなく「事業活動後に成果に与(あずか)る権利、利益持率」の付与によって行われるという特徴があります。たとえば、AとBという企業がパートナーとなった場合には、事業で必要となる役務、知財、技術、資金、設備などを出資し合い、その見返りとして利益持率(事業活動後に成果に与る権利)をもらうことになります。

パートナーシップでは株式は発行されませんが、利益持率は持ちます。ストックオプションと比較したときの利益持率の優れた点としては、以下があります。

(1)下落リスクが無い
ストックオプションでは下落損を被ることがありえますが、利益持率ではパートナーシップが事業により利益を確定した後に利益の一部をもらうことになるので、「損」を分担する義務はありません。これは冒険的イノベーションをするにあたっては非常に重要なことです。

(2)最大限の課税繰延
ストックオプションでは権利付与、権利行使、株式売却のいずれの段階においても、現実に利益が発生しているか否かに関わらず、課税される可能性があります。しかし、パートナーシップの利益持率では、利益が確定した後にしか課税されません。これもやはり冒険的イノベーションをするにあたっては重要な点です。

(3)議決不参加、分配優遇の充実
利益持率では、コモンローによる契約自由のおかげで、議決権と分配を受ける権利のバランスを自由に設計することができます。

パートナーシップの分類

米国の場合、パートナーシップは有限責任会社(LLC)、非営利団体 (NPO)、官民パートナーシップ(公共サービスの民間開放)(PPP)の3つに分類できます。

PPPでは、パブリックとプライベートの間は連続スペクトルと捉えられ、資金配分や利益持率配分は柔軟に設計されます。たとえば、Fullyパブリック・セクターのものを作る場合、パッシブにしかプライベートマネーは入れない(民間はカネは出すが口は出さない。カネも口も出すのは「アクティブ」な関与)といったように、パブリックとプライベートの間でのバランス調整が行われます。

LLCについては、米国では1992年時点ではほぼゼロでしたが、2006年には163万社にまで増えています。LLCの三大特徴は、コモンローによる税務会計自由、コモンローによる契約自由、リコースアセット設定による有限責任です。

コーポレート・アカウンティングでは、すべての金額は、裁判所の選任する検査役などによる監査・鑑定ないしマーケット・フェア・バリューによって確定できなければなりませんが、パートナーシップ・アカウンティングでは、役務などの無形財産を任意の値付けで資本に組み込むことができます。

コーポレートは法人所得税を納め、家計は個人所得税を納めますが、パートナーシップは直接は納税しません。パートナーシップに発生したキャピタルゲインは、パートナーに配賦(アロケート/パススルー)され、パートナーが納税します。その場合、資金の現実の移動は伴いません。

パートナーシップでは負の所得税も可能です。どういうことでしょうか。キャピタルロスがパートナーシップに計上されると、それもやはりパートナーに配賦され、配賦されたキャピタルロスは個々のパートナーが他所で得た所得と合算されます。この場合、所得は減算され、減算された合計所得額が課税対象となります。これにより、パートナーの所得税の減額、すなわち負の所得税が可能となるという仕組みです。

米国ではNPOはパートナーシップ形態を取るのが通例です。この場合、キャピタルゲインが生じても、それはパートナーには配賦も分配もされません(非分配制約)。結果、NPOパートナーシップは自動的に所得税免税となります。キャピタルゲインはNPOに内部蓄積され、NPOパートナーシップそのものの所有財となります。

21世紀グローバル経済の究極

21世紀グローバル経済の究極の姿はインターコーポレート・クロスボーダー・パートナーシップにあるといえます。こうした形態のパートナーシップが成功するには、北米自由貿易協定(NAFTA)や欧州連合(EU)のような経済連携協定(EPA)のネットワークが世界中に整備される必要があります。そのためには各国が足並みを揃えてパートナーシップ税制、ノンアームズ・レンクス税制を認める必要があります。

オープンイノベーションは精神論では実現できません。オープンイノベーションは、全体利益を最大化した後に利益持率で各自の分け前を最大化する行為の方が得であり、かつ、正当であることを、税制、会社法、会計法で認めて初めてうまくいきます。

コメント

中馬宏之写真コメンテータ:
2000年以降特に気になるのが、半導体産業やバイオ・医薬品産業など、サイエンスの成果が産業に結びつきやすい産業(いわゆる「サイエンス産業」)における競争力の急速な低下傾向です。サイエンス型産業では、サイエンス・ナレッジの専門性・閉鎖性が特徴的ですが、その一方でそれらの産業化・市場化には巨額の投資資金が必要であることが少なくありません。その意味で、サイエンス型産業にとって、知識の閉鎖性と資金調達のオープン性という2つの矛盾を効果的に解消する仕組みが自国に備わっているかどうかは、極めて重要な競争力規定要因です。

本日の斎藤さんのお話は、この点に密接に関連しているように感じます。実際、日本と海外では、2つの矛盾を効果的に解消する仕組みに大きな違いがあるようです。齋藤氏の研究は、その辺りをパートナーシップ事業体の利用可能性という視点から体系的に明らかにするものでありますから、これまでも大いに注目してきました。

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質疑応答

Q:

オープンイノベーションの世界と日本の産業競争力はどう調和できるのでしょうか。有限責任事業組合(LLP)が制度上認められるようになりましたが、実際にLLPは活用されるのでしょうか。

A:

CVLスキームでは利益持率を主張するに足る交渉力を持つ技術者または技術開発会社が多くある限り、コーポレート側として参加することも、LLC側として参加することもできます。ただし普通の賭博と同じで、儲かるのは大半、胴元側つまりコーポレート側です。特に、賭博に加わるスキルのないLLCとして参加すると、大変なことになります。ですので、日本がオープンイノベーションをうまく取り組んでいくには、最初は、胴元側つまりコーポレート側として参加することが重要だと思います。その後、個々の交渉力が上がってくれば、それぞれの技術の利益持率を主張することができるようになりますし、そうなればLLC側として参加することも可能だと思います。

日本でLLPが活用されるようになるには、税務会計自由を実現することが非常に重要となります。日本には税金の使い途は個人が決められるという個人主義への反発があります。社会正義の捉え方が諸外国と大きく異なります(諸外国の司法には、「何が社会正義か」を個々人の状況も斟酌して裁くコモンロー、および、Principle of Intuitu Personaeが備わっている)。このことが日本でパートナーシップ制度を導入するにあたっての大きな障害となっています。

税務会計自由には「会社の税負担をゼロにする運営も可能」という効果があります。一方、アームズレンクス原則では、コーポレートの企業会計利益と税務会計所得は一致しないこともあり得ます。従って、企業会計上は大赤字でも、税務所得は黒字とみなされ、多額の税金を納めなければならないという現象が生じます。これは税務会計不自由ともいえると思います。

日本の社会通念あるいは社会のつくりを根底から変えない限り、日本でパートナーシップ制度(ノンアームズ・レンクス経済)が機能することはありません。

この議事録はRIETI編集部の責任でまとめたものです。