わが国会計・開示および監査制度のレビュー;1990年代後半からの改革を検証する

開催日 2009年3月23日
スピーカー 橋本 尚 (青山学院大学大学院会計プロフェッション研究科教授)/八田 進二 (RIETI監事/青山学院大学大学院会計プロフェッション研究科教授)
モデレータ 佐藤 樹一郎 (RIETI副所長)
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議事録

日本の会計制度の伝統的特徴

橋本 尚写真橋本氏:
日本の会計制度においては、伝統的に、個別決算中心の取得原価主義を基本とする適正な期間損益計算を行うことが何よりも重んじられ、企業の経済的実態を的確に反映させるという会計本来の機能は、長年なおざりにされてきました。企業や資本市場の救済という至上命令のために、緊急避難的に会計本来の機能が歪められて解釈されたこともありました。

取得原価主義を堅持してきたことで、日本企業は、高度経済成長に伴い、膨大な「含み益」を蓄積することになりました。その限りにおいては企業の財務健全性は確保されていたため、企業会計と実際の経営実態との大きな乖離を示す「モノサシ」の狂いは、国際化の時代を迎えるまで問題視されることはありませんでした。

長期保有の間に大きく値上がりした土地や株式などの売却益が単年度の利益として計上されること自体、適正な期間損益計算を歪めるものであるともいえますが、それも実現主義の名の下に、臨時損益として特別利益に計上することで正当化されてきました。

しかしこうした「日本的経営」の時代もバブル崩壊と共に終焉を迎え、日本企業は一転して多額の「含み損」を抱えるようになりました。一方、取得原価主義では「含み損」情報を必ずしも適時提供できないルールになっていたため、グローバル化に合わせて日本の会計基準の「モノサシ」の狂いを是正するための議論が活発になりました。

1996年11月に、日本の金融市場をニューヨークやロンドン並みの国際金融市場として復権させる構想が打ち出されます。いわゆる日本版会計ビッグバンです。

日本企業が多角化・国際化を急速に進展させる中で、経済的実態を的確に反映する、透明性の高い会計情報、とりわけ企業集団を対象とした連結情報へのニーズが高まったことを受け、日本版会計ビッグバンでは会計制度改革が実施されました。

改革では、新たな会計基準の設定や従来の会計基準の大幅見直しが断行されました。その際には、国際会計基準や米国会計基準の規定や考え方に合わせる作業が中心となりましたが、同時に、日本の風土・環境に合うような基準作りも念頭に置かれました。このことが後に、日本の会計基準と国際ルールの差異拡大を招く結果となりました。

国際会計の第一波、第二波、第三波

このようにして、日本の会計制度は器の面(個別情報中心主義→連結情報中心主義)でも、中身の面(時価情報やキャッシュ・フロー情報などの導入)でも大きな変貌を遂げてきました。これが国際会計革命の第一波です。

2000年代初頭には第二波が、日本の会計基準設定体制を直撃しました。結果、民間の会計基準設定機関としての企業会計基準委員会(ASBJ)が設立されるに至りました。

第三波は、会計基準の国際的コンバージェンス、さらには、国際会計基準のアドプション(採用)の動きです。欧州連合(EU)の同等性評価については、欧州委員会(EC)が2008年12月に、日本基準が国際基準と同等とする評価を最終決定しています。日本は現在、2011年6月に向け、米国基準・国際基準とのコンバージェンスへの動きに対応しているところです。

「我が国における国際会計基準の取扱いについて(中間報告)(案)」

金融庁の企業会計審議会・企画調整部会が公開草案として今年2月に公表した「我が国における国際会計基準の取扱いについて(中間報告)(案)」では、国際財務報告基準(IFRS)の任意適用について、上場企業を中心に、連結財務諸表を対象とする考えが示されています。任意適用時期については「例えば、2010年3月期の年度の財務諸表から」、強制適用の判断時期については「とりあえず2012年を目途とすることが考えられる」とされています。強制適用の決定がなされた場合には、少なくとも3年間の準備期間が設けられるので、日本がIFRSを強制適用するのは、最短で2015年になります。

国際会計基準のアドプションにより、収益認識、固定資産の評価方法、連結会計の範囲、人件費の取扱いのそれぞれについて、今後修正が必要になると考えられます。

「モノサシ」と共に変わる企業行動

日本では、企業の収益力を測る「モノサシ」として、営業利益や経常利益が重視されてきました。しかし、国際会計基準では経常利益は表示されません。国際会計基準では、企業は元来、臨時的・異常な事象や、経営資源の価値の変動にさらされており、これらも当然に企業経営の不可分の領域であるとの認識の下で、広い意味での企業価値の変動も「業績」として捉えられています。このように企業の業績を測るモノサシが変われば、IR活動といった企業行動にも影響がでてくることが予想されます。

公認会計士制度改革の端緒

八田 進二写真八田氏:
公認会計士制度改革は、1997年に大蔵省・公認会計士審査会が公表した「会計士監査の充実に向けての提言―市場機能の有効な発揮のためのディスクロージャーの適正性の確保―」が端緒であったといわれています。

1997年は金融機関の破綻が相次いだ年です。破綻機関の直近の財務諸表や有価証券報告書では利益が計上され、「無限定適正」との監査意見が提出されていたことから、「日本の会計・監査は実態を反映していない」との議論が海外で沸き起こりました。翌年には日本長期信用銀行、日本債券信用銀行が次々と破綻しています。

この頃から、国際社会では、日本の会計・監査制度に対する不信が強まり、5つの国際会計事務所から、提携先の日本の監査法人に対し、日本基準で作成した英文財務諸表に添付する監査報告書に注意喚起文言を記載するよう要請がなされました(レジェンド問題)。日本の財務諸表は国際的には通用しない、要取扱注意であると理解されたのです。

日本公認会計士協会における改革

公認会計士協会は1998年以降、さまざまな改革を推進してきました。1998年4月に発足した「継続的専門研修(CPE)制度」はその後、公認会計士法で制度化されています。1999年3月には、「品質管理レビュー基準」および「品質管理レビュー手続」が公表され、翌月から、品質管理レビュー制度が開始となりました。2000年7月には「倫理規則」が制定されました。

証券・金融行政に関する改革

1998年6月には金融監督庁が設置され、同年12月には金融再生委員会が活動を開始することになりました。1999年4月には大蔵省・公認会計士審査会が「会計士監査に関するワーキング・グループ」を設置、同年7月には「会計士監査の在り方についての主要な論点」を発表するに至りました。

制度改革後の「監査基準」改訂

その後、企業経営の責任者に対し、正しい情報の開示と、それにふさわしい行動を求める、「内部統制報告制度」が金融商品取引法に導入されるようになりました。さらには、タイムリーディスクロージャーの観点から、2008年4月1日以降に開始する事業年度から「四半期開示報告制度」が上場企業に適用されることになりました。

2002年の「監査基準」改訂は、それまでと大きく流れを異にしています。同基準の前文では5つの対策――(1)不正の発見に対する姿勢の強化、(2)ゴーイングコンサーン問題への対処、(3)リスクアプローチの徹底、(4)新たな会計基準への対応、(5)監査報告書の充実――が講じられた旨記載されています。

しかし2002年以降も会計・監査不祥事は続発します。

そこで「監査基準」は2005年に再度改訂されます。再改訂では、事業上のリスクなどを重視したリスクアプローチが導入され、事業活動全体にわたるリスクを吟味した上で重要な虚偽表示が生じる可能性の有無を判断するよう監査人に求めています。内部統制評価の強化も要求されました。さらには、従来、形式的に監査リスクを捉えていた(固有リスク、統制リスク、発見リスクへの分類)ものを、固有リスクと統制リスクを結合した「重要な虚偽表示のリスク」を評価した上で、発見リスクの水準を決定するよう要請がなされました。

制度改革後の公認会計士法の改正

2003年には公認会計士法が改正され、公認会計士の使命が明確化されました。公認会計士などの独立性を確保する規定や、監査法人などに対する監視・監督体制を強化する規定も盛り込まれました。公認会計士試験制度も見直され、試験体系の大幅な簡素化や、試験科目の一部免除が行われるようになりました。

それでも、監査法人をめぐる不祥事を完全に払拭出来ていないということが指摘されました。

そこで、2007年の公認会計士法改正では、監査法人や監査担当者といった監査の主体的部分に関する見直しが行われました。品質管理やガバナンス・ディスクロージャーは一般企業並みに透明性ある形で開示する流れが示されました。有限責任化の見返りとしてディスクロージャーを強化することも謳われました。監査人の独立性と地位を強化すべく、いわゆるローテーション・ルールが5年・5年ルールへと変更されたり、不正・違法行為発見時の対応が詳細に規定されたりもしました。監査法人などに対する監査・責任のあり方も見直され、行政処分の多様化などが図られました。

金融危機に伴う開示・監査制度の見直し

「国を挙げての粉飾」とまでいわれた1990年代の日本会計バッシングの裏返しが、現在米国を中心に起きている金融危機ではないかと私は考えます。ただ、私は制度とは、その時代における関係当事者の合意形成で運用される1つの「決めごと」であり、絶対的ではないため、社会がより安定化し、公正性・公平性が担保されるのならば、制度変更もやぶさかでないと考えています。

現に、米国では財務会計基準審議会(FASB)が時価会計緩和に向けた青写真を示しているところです。公開会社会計監視委員会(PCAOB)も、企業のゴーイングコンサーンに関し実態を見極めた対応を求めています。

日本では、東京証券取引所が、上場廃止時価総額基準を年内に限り4割引き下げたり、ゴーイングコンサーン情報が付いたとしても、実態を踏まえて判断すべきとの考えを示したりしています。時価会計緩和に向けた圧力は今後さらに強まるかもしれません。

日本の開示・監査制度に関する課題

監査法人の品質管理(業務管理体制)を向上させる必要があります。監査人・監査法人に対する処分は公共利益に資するのか、公認会計士・監査審査会のモニタニングは従来の趣旨に則っているのか、といった議論もあります。公認会計士試験合格者の急増は、就職浪人を生み出したり、会計士の資質を維持する上での脅威となったりする可能性もあります。会計判断と監査判断の間で一貫性が確保できていない問題もありますし、内部統制報告制度が生きた制度として機能するのかについても議論の余地があるところです。

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質疑応答

Q:

時価会計にプロシクリカリティ(景気循環増幅効果)があるとの批判や、会計により短期的経営を強いられるとの批判があります。欧米では会計見直しの動きもあるようですが、日本ではどうなのでしょうか。また、国際会計基準の適用対象とすべき日本企業はどの範囲までを捉えれば良いのでしょうか。

橋本氏:

国際会計基準の適用範囲については、国際基準作りに経験を積んだ一定規模の上場企業の連結財務諸表が対象となります。

会計基準(時価会計)にプロシクリカリティがあるとの指摘ですが、会計ルールはあくまで「モノサシ」であり、一般論としては安易に変更すべきではありませんが、「モノサシ」で測る数字にどのような意味があるのかを、もう少し世の中に周知徹底する必要があると思います。確かに、保有資産価値の変動を直ちに利益・業績に反映させる時価会計は、金融・経済の影響を強く受けた欧米流の「モノサシ」だともいわれています。第3のモノサシがあっても良いのではないかとの議論も欧州などではあります。会計基準の経済的影響の議論が今後、時価評価や時価会計の見直し議論へとつながるかに注目したいと考えています。

八田氏:

最近の会計・監査制度で短期的考え方が色濃いのは、日本の会計・監査に関する研究・教育領域や制度、行政が、私の目から見れば99%、米国型だからです。米国は利用者志向が非常に強く、利用者は過去情報よりも将来情報を求めます。こうしたことを背景に、粉飾に近い収益の前取りなどを容認する風土ができているのも事実です。その端的な例が四半期開示報告制度です。私はこれは日本には合わないと思います。さらにこれに四半期レビューを付けて、向こう1年のゴーイングコンサーンを判断するなど不可能に近いことです。そうはいうものの、制度として求められるのならば、保守的にならざるをえません。四半期報告を無くせといっている訳ではありませんが、少なくとも、証券取引所レベルでの議論で良いのではないでしょうか。

短期的議論になびいていっているというのはご指摘の通りです。米国市場の状況を反省材料・参考資料として受け入れて、日本でどうするかを主体的に決めていくことが大切だと思います。

この議事録はRIETI編集部の責任でまとめたものです。