納税者番号をめぐる議論について -納税者の立場から

開催日 2009年3月10日
スピーカー 森信 茂樹 (中央大学法科大学院教授/東京財団上席研究員)
モデレータ 佐藤 樹一郎 (RIETI副所長)
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議事録

最近の納税者番号を巡る議論

森信 茂樹写真納税者番号制度の議論が2008年10月頃から急速に盛り上がった背景には、2兆円の定額給付金について、所得制限ができなくてバラまきだと批判された事実があげられます。与党の税制改正大綱(2008年12月12日)では、「今後、税制を国民の利便性に配慮して柔軟に設計していく上でも必要不可欠」との新たな認識が示され、「導入に向けて精力的に議論を行う」とされました。この大綱を受け、与党内にプロジェクトチームが立ち上げられ、現在も議論が進められています。加えて、中期プログラム(2008年12月24日)・所得税法等の一部を改正する法律の附則でも、「納税者番号制度の導入を含め、納税者の利便の向上と課税の適正化を図る」とされ、納税者番号制度が、閣議決定という政府の意思ではなく、法律という形で国会の意思としても決定されたと理解することができます。

他方、民主党でも、税制抜本改革アクションプログラム(2008年12月24日)で、「社会保障給付と納税の双方に利用できる番号制度の早急な導入を進める」考えが示され、議論が盛り上がりをみせています。

納税者番号制度とは

納税者番号制度というのは、納税者の識別や本人確認を、番号を使って効率的に行う仕組みです。税務当局は、納税者のさまざまな取引について、その相手方から支払調書や給与の源泉徴収票等を提出してもらい、納税者からの申告とマッチング(「住所・氏名」による名寄せ・突合)させることにより、適正な課税を執行しています。このシステムは情報申告制度(法定資料制度)と呼ばれており、この仕組みが有効に成り立つためには2つの条件が必要となります。第1に、情報に記された納税者の名義が真正で、本人確認されたものであること、次に、大量の情報を効率的に納税者ごとに名寄せし、本人の申告とマッチングさせるので、コンピューターを活用することです。そのためには何らかの番号制度が必要で、その仕組みが納税者番号制度です。

われわれには、基礎年金番号と住民票コードが、生涯変わらない番号として付いています。ただし、基礎年金番号が付いているのは20歳以上のみです。ところが、金融所得や配当所得は20歳未満にも発生する可能性があるため、基礎年金番号より、より悉皆的な住民票コードを納税者番号とした方が良いという議論があります。ただ、住民票コードとなると、今度は、外国人に付いていない問題をどう解決するかを考えなければなりません。基礎年金番号は法律に依拠する制度ではないという大きな問題もあります。日本で現実的に活用できる番号はこれら2つの制度のいずれかなので、今後は、どちらを活用するかという観点から議論が進められていくと思われます。

納税者番号制度ではどのような情報を収集するのでしょうか。この問いに対する答えを考えるには、制度を導入する理由を明らかにしなければなりません。従来、政府税制調査会は、納税者番号制度を導入する理由として次の3つを掲げてきました。

(1)税務行政の機械化・効率化のため。
(2)利子・株式等譲渡益の総合課税のため。
(3)相続税等の資産課税の適正化のため。

上記(3)については、納税者番号を導入する諸外国でも、不動産や貴金属といった資産に関する情報まで収集している国はなく、税制調査会でもその後、そこまでの税務国家にはなるべきではないとの意見が圧倒的多数を占めるようになり、また上記(2)は金融所得は分離して低率で課税する方向で議論されており、事実上消滅しています。

日本が納税者番号を導入する場合、納税者番号導入済の国(米国やオーストラリアなど)との比較において新たに取ることになる情報は、預貯金口座開設情報ぐらいでしょう。口座残高まで情報収集されることを懸念する向きもありますが、諸外国の例をみても、口座残高情報まで収集している国はありません。納税者番号制度で収集するのは、あくまで所得に関する情報だからです。

事実上消滅した2つの理由を除いて残るのが「税務行政の機械化・効率化」ですが、この理由だけで、国民の大半に影響を及ぼす納税者番号制度を導入できるのかという疑問が生じます。そこで私は、新しい納税者のための税制を構築するために納税者番号制度を導入すること、あるいは納税者番号制度の導入で新しい税制を実現することが必要だと考えています。

現に、与党の税制改正大綱や民主党の税制抜本改革アクションプログラムでも、「国民の利便性に配慮した番号」や、「社会保障給付と納税の双方に利用できる番号」、といった新たな切り口での議論が始まろうとしています。

新しい租税政策とは

私が考える納税者利便のための新しい租税政策は次の4つです。

(1)給付付き税額控除。減税と給付の両方を確実に実施するには番号が不可欠となりますが、それが納税者番号である必要はありません。現に、英国やフランスは社会保障番号を活用しています。給付付き税額控除は家族単位で運営するので、家族の名寄せが必要となります。給付付き税額控除の一種である勤労税額控除は、ワークシェアリングや正規・非正規雇用の問題を解決する上でも有益な制度になりえると考えています。

(2)金融所得一元課税と税制優遇口座の限度管理。番号があれば、たとえばA銀行に利子所得があり、B証券に株式譲渡損がある場合の特定口座での通算が申告不要で可能となります。

(3)記入済み申告制度(pre populated tax return system)。北欧のみならず、フランス、スペイン、オランダで導入されている制度です。これは、税務当局が、年間の給与所得や金融所得が記載された資料を納税者に事前に送付するサービスで、納税者がその資料をチェックしサインして送り返すことで申告行為とみなされます。還付申告をしなければ、取りすぎになっている源泉徴収分が還付されない現在の日本の年金税制・徴収制度の問題を解決する上でも有益な制度です。これも、番号があってこそ実現可能な制度です。

(4)e-Taxと組み合わせた自主申告制度。e-Taxといえば、日本では、カードリーダーを購入し、本人確認のための煩雑な手続きを経る必要がありますが、米国のように納税者番号制度があれば、簡単に行えます。そうすると、自主申告制度の導入も可能となります。

日本では、源泉徴収と企業の年末調整で実施するという、効率性の高い行政になっていますが、他方、極めて詳細な個人情報を会社の経理に提出する必要があり、ここでプライバシー侵害の懸念が生じています。さらに、源泉徴収義務者には守秘義務が課されていないという問題もあります。また、自分で税金を確定しないので納税者意識が薄れるという問題もあります。ここで、e-Taxと組み合わせれば、源泉徴収は源泉徴収として処理して、最後の年末調整で控除の項目を自分で入れ直し、自主申告することが可能となります。給与所得控除を超える経費が年間で発生した場合は、経費を実額控除する制度を導入することも可能となります。

本日は上記のうち(1)の給付付き税額控除に焦点を当てたいと思います。

給付付き税額控除

還付型税額控除とも呼ばれる制度です。米国の場合は、所得が増えれば増える程、税額控除額も増加するため、労働インセンティブが働きます。英国では、特定の時間働けば一定の給付がもらえる仕組み、すなわち、勤労を通じて福祉社会を構築する仕組みができています。これは、失業者を失業保険の給付や生活保護で受け止めるセーフティネット型政策ではなく、失業者が労働市場に戻る機会を作るスプリングボード型またはトランポリン型の政策であると英国の総理は著書で述べています。現実に英国では、この制度のおかげでシングルマザーの雇用率が大幅に改善しています。

フランスやドイツ、オランダもこの制度を導入しています。韓国でも、勤労奨励税制の名で2008年に法律化され、今年から給付が始まり、今後は自営業者も還付の対象となる予定です。

問題は、運用単位が世帯で、名寄せに加えて、正確な所得の捕捉が必要となる点にあります。この問題を解決するためにも、何らかの番号は不可欠となります。

消費税率を引き上げる際、この制度で逆進性を緩和してはどうかという議論もあります。カナダではGST(goods and services tax=消費税)控除制度を導入し、低所得世帯が年間に使う基礎的食糧支出額×消費税率を給付する方法で逆進性対策を講じています。

日本では、現在雇用奨励金等々の形で会社への給付が多くなされています。確かにそうした給付も必要ですが、私はそれ以上に、非正規雇用者や低所得者への対策として、勤労者に直接給付する抜本的な制度が必要と考えています。

具体的な制度設計としては、住宅取得控除制度と似た形で、納税者が市町村に申請をし、市町村が審査の上、証明書を発行し、サラリーマンだと年末調整で確定申告を行い、自営業者だと申告時に税額控除を受ける制度にすれば、来年からでも導入は可能だと思います。

税務署は課税最低限以下の人の情報は持っていませんし、事業主から送られてくる情報も給与所得が500万円以上でなければ入ってきませんが、各種手当で所得制限を付ける地方自治体にはあらゆる所得情報をチェックする制度があります。ですから、地方自治体が所得をチェックする制度にすれば、所得制限は不可能な訳ではありません。そこに番号が入れば、より迅速に処理できるようになります。

給与所得者の税・社会保険料負担は、給与収入が1000万円までは社会保険料負担の方が大きくなっています。ですから、減税措置を講じる際には、社会保険料を合わせて軽減することが非常に重要となってきます。格差問題で所得再分配機能の強化が課題となっていますが、これに対して、給与所得の上層部の負担を大きくするのではなく、下層部の負担を小さくすることで累進性を高めるのが、給付付税額控除の大きな機能です。

今後、納税者番号制度を議論するにあたっては、それを何のために導入し、どのような番号を使って、どのような情報を取るのかを議論することが重要となります。

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質疑応答

Q:

納税者番号制度に対する日本の国民のアレルギーが、諸外国と比べてここまで大きいのは、社会・文化的要因によるものでしょうか。あるいは政治的要因によるものなのでしょうか。

A:

納税者番号制度の議論には各方面で神話が存在します。

事業者の側には、納税者番号制度が導入された結果、事業間の取引が捕捉されて、いわゆる「9割・6割・4割(くろよん)」が丸裸になるという神話があります。

国民の側には、プライバシーが赤裸々に行政に開示されるという神話があります。これは放置できない問題なので、プライバシー保護基本法の制定や、行政行動を監視する機関の設立などをパッケージで議論・導入する必要があります。ただ、税務行政におけるプライバシーが納税者番号制度を導入した結果侵害される恐れは、それほどないのではないでしょうか。

行政の側には、国民が総論賛成という理由で導入して、あとで大変な目にあうという「グリーンカード神話」のようなものがあります。ただ、当時と違い、現在では番号管理はかなり浸透していますし、番号を活用して行政を効率化するのは当然という議論もある程です。ですので、正面から議論すればこうした神話は乗り越えられると思います。

いずれの場合も、大きな政治力が必要なのは間違いありません。同時に、国民の受益の観点から納税者番号制度の利点を議論することも制度導入に不可欠です。

Q:

株の配当や譲渡益を多く受ける一方で給与所得が少ない年があった場合、総合課税を取らないと、給付されるケースもでてきます。こうした事態を避けるためにも、給付付税額控除を考える際には総合課税の観点は必要なのではないでしょうか。また、所得税については申告納税を基本とする考えがあります。納税者番号制度はこれと矛盾しないでしょうか。さらに、カナダのGST控除については、生活保護で代用できるのではないでしょうか。

A:

私は自主申告制度の導入が理想だと考えています。

金融所得については、特定口座を使って源泉分離をして、事実上申告不要にすべきと私は提言しています。そうすると、給付付き税額控除において、給与所得が少なく金融所得が非常に大きいケースをどうするか、米国をはじめ各国の悩みの種となっています。英国や米国では、申請時に金融所得額を自主申告する仕組みがありますが、問題はその申告内容をチェックする制度があるかという点にあります。その意味でも、私は利子も源泉分離ではなく申告分離として、法定資料に記載されるべき情報に含めるべきだと考えています。そうなれば、納税者の金融所得自己申告をチェックする制度がない訳ではなくなります。従って、勤労所得は自主申告、金融所得は特定口座制度によって申告不要という組み合わせができ、理想ではないかと思います。

生活保護は極めて低所得の層に提供されるもので、しかもスティグマのある話です。逆進性対策とは、年収200~400万以下の層を対象としたものです。給付付税額控除はスティグマのある生活保護とはまったく別の形で位置付けるべきです。日本でも、生活保護を最後のセーフティネットとして拡充したり、失業保険も受給資格要件を緩和するなどしたりしていますが、足りないのは、インセンティブのある勤労税額控除のような制度を導入して本格的な雇用政策を行うことだと思います。

この議事録はRIETI編集部の責任でまとめたものです。