開催日 | 2009年1月28日 |
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スピーカー | 津上 俊哉 (東亜キャピタル (株) 代表取締役社長) |
モデレータ | 佐藤 樹一郎 (RIETI副所長) |
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議事録
2008年の「変調」とその原因
「100年に1度」と言われる経済危機の中、米国に代わる世界経済の牽引役として中国に大きな期待がかかっています。
その中国にとっても、昨年はジェットコースターのような1年でした。2008年前半のインフレから急転直下、夏を境に景気が急落しました。
昨年の前半まで、中国はかなりシビアなインフレリスクに晒されていました。過剰流動性と原料・資源価格の高騰によって消費者物価指数(CPI)が急騰、庶民生活を直撃し政治問題に発展しました(第1四半期は8.3%、2月単独では8.8%)。そのため物価対策が政府の最優先課題となりましたが、その傍らで輸出産業の不調が本格化しました。世界経済危機の序幕は既に始まっていましたが、中国でも2007年後半以降の人民元レートの上昇によって輸出産業が変調をきたしていました。さらに、2008年前半の強引な金融引き締め(銀行の貸し出し規制)によって不動産が不調となり、夏を境に景気が明らかに変調したことから、政府は景気と物価の「両睨み」のスタンスに切り替えましたが、その2カ月後にリーマン・ショックが世界経済を直撃しました。その後、中国は4兆元規模の「内需拡大10項措置」を発表し、9月15日からの100日間に5回の金利引き下げを実行するなど、急激な金融緩和政策をとりましたが、第4四半期のGDP成長は6.8%まで鈍化しています。今年前半も瞬間的に7%を割り込む可能性があります。
中国の景気急落の原因は、「世界経済の変調」、「外需依存の経済構造」といった外的要因だけではありません。主な内的要因としては、インフレ阻止目的の強硬な金融引き締めと人件費を中心とする諸コストの急上昇が挙げられます。後者に関しても、政府の意図的な政策によるところがあり、その結果、企業の収益力が一気に落ちました。
「意図的な政策によるところ」とは、次の点を指します。これまで「世界の工場」と言われた中国でありますが、それを支える「世界一安い人件費」は、うわべだけの低コストであり、社会に発生するコストを内部で吸収せずに外部に撒き散らした結果ではないか。実際、環境は破壊され、出稼ぎ民工は劣悪な生活環境に置かれている――そうした中国経済のひずみが5年前から強く認識されるようになりました。その結果、農村からの出稼ぎ工を含む労働者の処遇改善のための労働法が施行されたほか、土地価格、建築コスト、環境対策費などの要素価格が大幅に上昇しました。金利と為替相場の上昇、さらにはコモディティバブルとも相俟って、企業は全面的なコスト上昇と減収に見舞われたわけです。その後の株価暴落はそうした面から見て極めて自然な現象といえます。
「うわべの低コスト」が生んだ社会のひずみを是正するのは非常に真っ当な考えですが、本来なら計画的かつ緻密に進めるべきだったところを、新政権発足と重なったこともあり、「和階社会」というスローガンの下で一気に推し進めてしまったのが逆効果となりました。その意味で、今回の景気後退に関しては、政策不況といえる側面があると思われます。
ミクロ経済で見ると、輸出産業と素材産業が壊滅的打撃を受けたほか、輸出産業の不調をカバーしてきた不動産も先安観による買い控えが起きていて、かつてない不況にさらされています。それ以上に痛手を受けたと見られるのが農村経済です。農家収入の3~4割を稼いでいたと見られる出稼ぎ工が春節後に600万~1000万人規模で失職するおそれがあります。
内需拡大政策と今後の経済見通し
現行の4兆元(57兆円)の内需拡大対策は、生産能力の拡大・増強投資を極力抑える一方で、民生関連、農村対策、国内交通インフラなどへの公共投資に重点を置いています。
今の在庫サイクル不況は、2009年上期に一部で峠を越すという見方があります。前年割れした電力消費も持ち直しつつあることから、今年後半には鉄鋼など一部企業で業績が上向くかもしれません。ただし、多くの業種ではそれ以降の回復となりそうです。特に不動産業は、バブル期に建設した沿岸大都市のマンションの在庫が解消するまでに3年を要する見通しです。製造業も過去数年の投資による設備過剰を解消するのに3年はかかります。
人民元はどうなるか
2008年後半、人民元レートが謎の動きを見せました。それまで急ピッチで上昇してきた人民元の対ドルレートが7月に入り急に上げ止まり、12月の初めに急落しました。この一連の動きに関しては諸説があり、「輸出産業支援目的の政府介入」とする説と「実効レートの調整は7月以降も続いていたが、10月以降の大幅利下げと輸出産業の悪化により先安観が強まり、外貨買い圧力が高まった」とする説とがあります。私は後者寄りで、輸出産業支援のためにクローリング・ペッグ調整を放棄したのではないと見ています。
序々に対ドルレートを上げることで実効レートを調整していく「クローリング・ペッグ」がなぜ中国で行われてきたか。「自国の通貨が上がると(輸出産業に)不利」という非常に根強い思い込みがその背景にありますが、それを避ける意図で膨大なドル買いをした結果、外貨準備高が2兆ドルに膨れ上がりました。また、このドル買い介入が大量の人民元をマーケットに流す結果となり、またたく間に過剰流動性を引き起こし、2004年以降の資産バブルを生み出しました。それでも人民元の急速な引き上げがなかったことから、先高観がますます強まり、国外からのホットマネーが流入する悪循環が起きました。その後、世界金融危機による急激な調整を受けて、中国は元高回避の政策コストを初めて思い知ることになりました。何十年か前の日本と同じことが起きたのです。
中国にとって、経済成長率の7%割れは日本でいうマイナス成長に等しく、7%は体制維持の生命線として死守しなければならない数字ですが、外需が後退する以上は内需で成長を底上げする必要があります。他にも、中国が内需拡大しなければならない理由は2つあります。1つは外貨準備を減らすこと。もう1つが、米国の過剰消費体制からの脱却です。資金還流の受動的な担い手を長く続けるほど、中国は将来に莫大な為替差損を被ることになります。過剰借り入れ(over borrowing)に依存した米国の過剰消費体制の終焉にどう対応していくか。それを支えてきた資金還流メカニズムを維持すべきか、あるいはできるのか。それに対する中国なりの答えが内需拡大なのです。
人民元問題のインプリケーションは、輸出競争力と直投勧誘といった実体経済だけでなく、資金還流の問題に及びます。米国といった国の膨大な財政赤字をファイナンスしてくれる国として中国が筆頭に上がっていますが、仮に中国が手を引くことになると、米ドルも米財務省短期証券も大暴落し、本格的な世界恐慌となります。また、中国の外貨準備が膨らむ根底には経常収支のインバランスがありますが、仮に中国が内需拡大に成功すると、ドルを買う必要性が無くなるため、米国に対する立場が非常に強くなります。
その意味で、内需拡大は将来の米中関係をも左右する重要な問題といえます。
人民元ははたして基軸通貨になりえるか。ドルの基軸通貨体制はしばらく続くと見ていますが、中国側でも「このまま米国をファイナンスするだけの立場でいるべきか」、「このままだと日本の二の舞になる」という問題意識が芽生えつつあります。単独でドルとユーロと並ぶ3極通貨の一角になるとは思えませんし、そのような国際通貨になるには為替介入を卒業しなければなりませんが、その可否もやはり経常収支の余剰が解消できるかによります。しかも、20年後には高齢化が本格化するので、超大国に脱却するための時間は実はあまり残されていないのです。
ちなみに、日本は中国と組んで東アジア通貨への道を歩んだ方が経済的には良いと考えています。日本円はついに基軸通貨となれませんでしたが、海外からの資金を呼び込む観点からも統合した方が有利と考えます。
求められる経済構造の転換
現行の公共投資主導の景気対策は決して理想的とはいえません。他ならぬ中国政府も数年前に「政府主導、投資主導の経済発展モデルからの脱却」を掲げましたが、今まさにそれに逆戻りしつつあるのです。この戦略を10年も続けると「土建国家」の未来が待っています。そうならないためにも、数年後には消費を中心とした内需主導の自律的な成長路線に軌道変更しなければなりません。しかし、「言うは易し…」であり、住民の消費支出と雇用者報酬のGDPに占める割合が極端に低いこと、広義の政府(国、政府、公営企業)が国富の実に4分の3を握っていることが民間の消費拡大を阻んでいます。こうした分配と資産所有のメカニズムを根底から変えられるか―内需主導型成長の成否は最終的にこういう問題の成否に係ってきます。
中でも最も懸念されるのが、政府があまりにも強い経済実権を握りすぎていることです。中国共産党の既得権益にかかわる非常に重い課題ですが、「官から民」の具体的施策として次の3つが挙げられます。1つ目が社会保障制度の充実。現在株価が暴落していますが、社会保障基金で株を買い取り将来の給付金に充てる案が出ています。2つ目が土地収益の分配。土地の国有性が地元政府による土地の強制収用などのインセンティブの歪みを引き起こしています。土地価格の市場経済化など、土地が生み出す価値を地元農民に直接流し込むメカニズムが必要です。そして、3つ目が企業の税負担の見直しです。特に増値税(付加価値税)と営業税の二重課税が私営企業の発達を阻害していますが、両者の統合を検討すべきです。
そうして、国民が経済成長の果実をより直接に味わえるよう経済転換を進めることが、今後の中国の大きな課題です。その成否が経済だけでなく、米中関係、さらには超大国としての可能性をも左右します。
質疑応答
- Q:
アフリカや東南アジアなどでは、中国の強引な投資攻勢が目に付きます。保護貿易への動きも懸念される中、中国に対しても、OECD加盟も含めて国際的ルールに沿った経済活動をする要請が強まると思われます。また、官民連携しての中国の投資攻勢はこれからも今のような形で続くのでしょうか。
- A:
中国の投資活動が地元から略奪的に見られるのは、受け入れ側の偏見もありますが、中国の姿勢によるところが大きいと見ています。あまりにも急激な中国の台頭に国内外を問わず人間の心理が対応しきれていない面がありますが、かつての日本にも同じような時期がありました。地元から批判を受けないためにも、「自分は周りからどう見られているか」ということにもっと敏感になる必要があります。政府主導のソフトローンといった、掟破りの融資・プロジェクトの裏にも、そうした意識の欠如が指摘されます。
- Q:
土地が生み出す利益の分配について。昨年末に大きな決定があり、農地売却による譲渡所得のかなりの部分が農民に残る制度に変更されたと聞きます。
- A:
中国共産党の中央委員会全体会議で決定されたことです。具体的には、農民の耕作権(オーナーシップとは違う)が財産物としてトレーダブルであるという法的保護が明確にされ、農民間の譲渡やそれを担保にした融資が可能となりました。まだ農民から農民への流動に限られていますが、業種間流動を含めた自由化への大きな一歩であると認識します。
中国には、農民が未だに国民として平等に扱われていないという大きな問題があり、その是正が胡錦涛政権の優先課題となっています。
- Q:
日系企業の中国投資は2006年をピークに減少傾向にありますが、今後の見通しはどうでしょうか。
政治体制改革に関して、一党独裁を維持しながらの監督メカニズムの強化と指導者の交代とはどう関連しますか。
- A:
製造業の工場建設意欲はこの2~3年で大幅に落ち込みました。代替生産・対日逆輸出型投資は今や見当たらなくなり、昨今の新規投資の殆どは中国の消費者向けです。ただ、三次産業への投資は増えていますが、投資額の大きい製造業が落ち込んだため、対中投資の金額は全体的に大幅減となり、現在では殆ど止まっています。一方、マクロ的に見ても、中国では3~4年前から金融投資の比率が高まり、香港、ケイマン諸島、ヴァージン島、シンガポールなどが投資国の上位に連ねるようになりました。そういう意味でも中国はもはや以前言われたような意味での「世界の工場」ではなくなってきたといえます。
政治体制改革に関して、中国政府は西側流の民主主義は踏襲しない旨を繰り返していますが、「やりたくても今の後れた国情はそれを許さない」というのが本音だと思います。農民の国民への統合、地域格差の解消、国民全員が最低限の文化的・健康的生活を送れるようにする、など多くの宿題があり、その進展がない限り、人口13~14億の大国の民主化は体制的に難しいのが現状です。実際、胡錦涛政権は、その地ならしとなる農民の国民統合が現政権の精一杯の任務であると認識しているようです。西側的民主主義は次、あるいはさらに次の政権あたりで議論されれば十分という考えでしょうか。ただ、共産党と政府の権力に対するチェックはいわゆる「民主化」と別に取り組む必要があります。
この議事録はRIETI編集部の責任でまとめたものです。