欧州製品環境規制(RoHS、REACH等)の将来展望-企業行動と政策決定メカニズムの変化

開催日 2009年1月21日
スピーカー 平塚 敦之 (経済産業省経済産業政策局企業行動課企画官/元在欧日系ビジネス協議会(JBCE)事務局長)
モデレータ 山田 正人 (RIETI総務副ディレクター)
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議事録

欧州発でもグローバルなサプライチェーン規制に

平塚 敦之写真欧州の製品環境規制が実質上グローバルな規制となりつつあります。企業によってその対応に違いはありますが、それを理解することによって規制対応のストレスもかなり違ってきます。

本日は、(1)欧州と日本の規制のあり方の違い、(2)規制と企業行動の関係の2点を中心にお話します。

在欧日系ビジネス協議会(JBCE)は、日本企業が欧州でロビー活動を行うための団体であり、全産業から60余社が参加しています。米国のロビー活動のように意思決定者に直接働きかけるのではなく、産業界全体でアライアンスを作って意見を通すプロセスをとります。また、「政府活動」、「内政干渉」といった印象を与えないために、経済産業省とは一線を画した活動をしています。欧州では政府間交渉以外の場でNGOと産業界を巻き込む手続きが非常に重要視されています。

REACH規制と日本企業の対応

欧州の製品環境規制REACHは、既存・新規の化学物質に関して登録と消費者への情報開示を義務付ける制度です。執行形態や判断基準に関して不明瞭な部分が多く、企業がそれらを見極めながら対応する必要があり、産業界にとって大きな悩みの種になっています。欧州委員会の関係者を含め、「野心的すぎる」、「実際に執行できるか」という意見が聞かれます。

情報開示にしても、域内企業に対しては情報伝達のためのITインフラや中小サプライヤーのためのヘルプデスクが設けられていますが、域外企業は対象外で非常に不利な制度となっています。最終的には製品輸入者、つまりセットメーカーが情報伝達についてのすべての立証責任を負うことになりますが、日本企業が部品を調達する中国や東南アジアにはREACHのサポートが無く、ITインフラも自前で作らなければなりません。「とても守れない」という意見がありますが、私は初めから100点を目指すのではなく、できるところから着手すれば良いと考えています。

たしかに、部品数が多い大型機器(船舶、鉄道車両、航空機、建機、工作機械など)は、「サプライチェーンを逐一調べるのはコスト的に不可能」と言いますが、そこでも「業界の中で一番をとっていく」、「今年は10点だけど来年は25点を目指す」といった長い展望で取り組む考えが必要です。日本企業はえてして「いますぐ」やろうとする傾向がありますが、そうするとシステムをすべて自前で用意することとなります。そのようなコストを回避するためにも、企業同士が横並びで規制対応していく必要があります。

産業界によくある対応として、「科学的根拠の無い規制はおかしい」、「欧州の業界団体と連絡を取っているから大丈夫」、「自社製品に対する扱いがどうなるか当局に確認したい」、「規制側でガイドラインを作ってほしい」、「当方で可能な手段をすべて尽くす」などがありますが、すべて間違いです。たとえば、「可能な手段をすべて尽くす」は競馬で馬券をすべて買い占める行為に近く、採算の合わないやり方です。日本企業に多いのがこのパターンですが、欧州は逆に「最小限のコストでぎりぎりの対応をする」アプローチをとっています。

REACHは域内規制とはいえ、部品の設計や調達にも影響するため、事実上のグローバル・サプライチェーン規制となっています。当初の日本では欧州向けとそれ以外で製品を作り分ける議論もありましたが、部品の調達構造が複雑なこと、また、RoHSに関しては世界各国が軒並み同様の規制を導入し始めたことから、かなり類似した規制を導入する結果となっています。後で述べますが、特にセットメーカーにとってサプライチェーンの管理は難しく、特殊な規制環境と企業競争を踏まえた経営判断が必要となっています。

欧州規制の政治的背景

地方分権の道を歩んできた日本と違い、欧州は加盟国政府の理事会が中央政府(欧州委員会)に権限委譲してきた歴史があります。全体として、環境規制だけでなく通貨や財政、関税など、あらゆる面で欧州委員会に力を与えていく課程において、欧州議会も拡充する流れとなりました。

欧州議会には選挙区が無く、「選挙区・国のための利益運動をしない」建前で、「党派色」の強い活動をします。最近は権限が強化される傾向にあり、たとえば、通商交渉の権限は無く、抗議と決議を出すのみでしたが、数年後、外交権限(共同決定手続きによる諮問)を持つようになります。欧州委員会には企業総局や環境総局もありますが、産業競争力の強化を重視するバローゾ委員長の下で環境規制はやや頭打ちとなっています。一方、加盟国政府、特に北欧諸国は欧州委員会と絶えず対立しています。

欧州のREACH規制に関しては、欧州委員会が規制作りを握る一方で、執行権限は欧州化学品庁(ECHA)に序々に移行しています。REACHの議論は、規制の内容よりも、加盟国と欧州委員会との権限関係に調整の時間が割かれてきました。欧州委員会への権限委譲に関して各国政府と綱引きが起きています。

製品環境規制の導入には非常に長い手続きを要します。指令手続きを巡る裁判で欧州委員会が敗訴した結果、欧州議会に拒否権が与えられるなどコミトロジー(指令手続き)が見直されると同時に、欧州委員会の裁量が大幅に縮小され、加盟国への提案が非常に慎重になりました。環境規制の位置付けも難しく、REACH などRegulationの名前が付く規制は、欧州委員会が一律に決定・執行しますが、Directiveは各国の立法が必要で、施行も各国の責任となっています。また、Directiveの下にはアムステルダム条約によるLegal Basis(法的根拠)という考え方があり、環境保護目的か市場調和目的かといったルールの作られ方によって欧州委員会による統制が違ってきます。これらの法則が、規制施行のあり方を左右しており注目が必要です。

規制文化の特異性

欧州では「予防原則」と「ニューアプローチ」という2つの考え方がありますが、いずれも域外企業にとってストレスの種となっています。前者は、ナノパーティクル規制の提案に見られるように、「危険か否かの証明責任は売る側、産業界側にある」という考えです。後者は規制の大枠は中央政府で決めるが、細かな点は各国で業界の標準をもとに解釈していく考えです。RoHSの改正指令案でもニューアプローチへの転換が盛り込まれていますが、それによって行政側の裁量が大きくなると同時に、産業側で自ら規制を解釈する必要が出てきます。REACHには2種類の産業界ガイドラインがありますが、いずれも政治的なメッセージを持っていて、規制当局と矛盾している部分もありますし、サプライチェーンの川上・川下とで綱引きがある部分もあります。また、電機電子業界は製品が多種多様でまとまりにくいのが現状です。

政治状況の変化も規制のあり方に影響しています。2004年の改選以来、欧州議会は左傾化の傾向にあり、中道派が主流の各国政府の提案が通りにくくなっています。また、議会と理事会を相手にした機関訴訟で欧州委員会が敗訴したのを契機に、後者の裁量権限が縮小しコミトロジーが見直されました。日米と違い、欧州議会には議員立法が認められませんが、それ故に新規規制の提案が停滞する一方で、既存の規制については強化の方向で見直しが進むなど、二極化ないし規制ごとの対応のブレが顕著となっています。

企業競争の背景

企業競争が起きている背景の1つに規制の不透明さがあります。政治的な不透明さの一例がスケジュールの遅れ。たとえば2005年7月にできたRoHS規制の場合、プラズマテレビの適用除外の審査が半年近く遅れました。ワールドカップ開催時期だったこともあり、機会損失を恐れてすべて鉛フリーにして売る判断をした企業も少なからずありました。また、予防原則やニューアプローチも不明瞭な部分が多く、安全を期して厳しめの対策をした企業もあります。さらにRoHSの見直しのタイミングが定まらないことにより、研究開発上の見極めが難しくなっています。ディスクロージャー制度に関しても、規制物質が1年に数十しか決まらない中、企業によって開示範囲にばらつきが見られます。

政府の競争政策に対する態度にも相違があり、環境総局は環境保護優先ですが、企業総局は技術間差別を避ける傾向にあります。一方、競争総局は先行者利益を是としているため、企業で横並びに対応する風潮が生まれにくい環境となっています。また、製品レベルではなく部品レベル・素材レベルでの代替技術の有無が規制の是非を左右する傾向にあります。また執行レベルでの競争もあり、消費者関心の高いB2C製品については規則を非常に厳しくする傾向にあります。

事故や不具合が発生した時の対応も各国により違ってきます。たとえば英国では手続きさえ踏んでいれば情状酌量されますが、オランダでは即回収となります。REACHの情報提供にしても、企業間での競争が想定されますが、さらに問題を複雑にしているのが、セットメーカーの社長などハイレベルの環境目標に対するコミットメントです。一方、欧州では、先の過度の競争に鑑み、横並びで規制対応や情報共有をしていく動きも出始めています。

将来の懸念

企業競争が実態的な規制をかさ上げする事態が起きていますが、こうした傾向は今後さらに顕著化すると思われます。特にRoHS は素材レベルでの判断となるため、セットメーカーがサプライチェーンをくまなく把握し、的確な経営判断を下していく必要があります。

WTOドーハラウンドでは「貿易と環境」に関して非常に限定的な規制しか導入できなかったEUですが、RoHSやREACHなどを通じて域内規制の実質的な世界ルール化に成功しつつあります。「持続可能な経済社会の世界的拡大」を掲げながら、外交を通じたRegulatory Coordinationを進める欧州。2009年下半期には議会改選と理事会閣僚の交代がありますが、その結果に関係なく、既存の規制については強化の方向で見直しが進む見通しです。

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質疑応答

Q:

日本企業は企業毎に体系的なロビー活動をしているのでしょうか。韓国や中国などアジア諸国の動向はいかがでしょうか。

A:

日本企業の場合は、出先リソースが非常に限られていることや英語力不足もあって、企業が独自でロビー活動をするのではなく、業界で一緒になってロビー活動をするのが基本となっています。例外として、欧州の工業会(ACEA、欧州自動車工業会)に日本企業として初めて加入したトヨタは、日本自動車工業会(JAMA)とは距離を置きながら独自のロビー活動を展開しています。ソニーも同様に、企業活動を現地化しています。これらは、日本というよりはむしろ欧州の企業としてロビー活動をしているため、業界団体を「卒業」する議論も起きてくると思われます。

韓国は電機メーカーが2社にも関わらず、業界活動がまとまらず、ロビー活動団体が多くの業界団体に別れているなど、業界単位でも企業単位でも上手く調整できていない印象です。サムソンなどは韓国からのコントロールがうまくいっておらず、欧州法人に一任しているようです。

中国はロビー活動が殆どできていない印象です。ブルガリアには中国産業界の利益を代弁するような工業会があると聞きましたが、全体として行き悩んでいる模様です。ロビー活動をしない前提で禁止物質を一切使わないという形でコンプライアンスを徹底し、サプライチェーンを厳しく管理する企業もあります。

Q:

日米欧の中で欧州はとりわけ環境規制が厳しい印象ですが、それは環境意識の高さ故でしょうか。それとも、化学メーカーが強いドイツなどの活動抑制が目的でしょうか。あるいは、EUが国際競争で勝ち残るための長期的な戦略的観点からこのような規制を打ち出しているのでしょうか。

A:

REACHに関して、中小のニッチメーカーが多い点で、ドイツは日本と同様に不利ですが、ドイツではこれをむしろ競争力強化のチャンスと捉える企業も数多く存在します。バイエルやファイザーなどの化学メーカーは、膨大なデータやノウハウを活かして、環境規制へのコンプライアンスに必要な知財提供やコンサルティング・サービスを展開しています。そのように幅広い面でビジネスチャンスを見出しているようです。

なぜ、今のような環境規制の仕組みができたのか。経済合理性の範疇で説明しきれない化学物質規制が導入されたのは、やはりNGOと北欧の影響が大きいと考えます。NGO関係者に多い高学歴者は、環境に優しい北欧的な生活を理想的としています。欧州委員会もどちらかというと頭でっかちな傾向があり、域内統合と同様、環境規制も官僚主導の考えで牽引している印象です。

この議事録はRIETI編集部の責任でまとめたものです。