石油経済から『太陽経済』へ

開催日 2008年12月22日
スピーカー 山﨑 養世 (シンクタンク山﨑養世事務所代表)
モデレータ 佐藤 樹一郎 (RIETI副所長)
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議事録

バブルは循環する

山﨑 養世写真2008年9月14日に始まった世界的な株価急落も、その伏線となる2007年8月のサブプライムローン・ショックも、金利が不動産市場と信用市場の拡大に非常に影響した点で、極めて金融的な現象であるといえます。

米国の金融政策は資産価格の調整という意味合いがこれまで非常に大きく、テイラー・ルールによる消費者物価上昇率を機軸にした基準以上の金利変動が大きく行われました。

80年代後半の世界的な不動産バブルでは、商業施設、オフィスビル、ショッピングセンター、ホテルなどが主な投資対象となりました。今回のバブルでは、米国の住宅不動産という限られたセクターに資金が集中しましたが、その影響が証券化を通じて金融セクターに伝播したという点がこれまでに無い現象といえます。

過去の資産価格(不動産価格、株価)の上昇パターンを見ますと、バブルは金利変動が持つ宿命であるともいえます。バブルが崩壊し投資対象の相場が下落すると金利が下がりますが、低金利下では不合理な投資でも十分に収益が見込めるので過剰投資が起きます。たとえば、89年の不動産バブル崩壊後も、金利が9.75%から3.25%にまで低下したのを起点に再び――今度はITバブルの形で――資産価格の上昇が始まりました。そのITバブルが崩壊した後に芽生えたのが住宅バブルです。ある意味、バブルは極めて循環的な現象に見えます。

2008年危機の特徴

2008年9-10月に起きた株式市場のセリング・クライマックスに関して2つの指摘ができます。

1つは株式市場の方が情報の伝播と処理が速いため、不動産市場より早く回復すること。たとえば、80年代の不動産バブルは処理に4年を要しましたが、株式市場は14カ月で回復しました。今回の場合も、不動産バブルの処理が2009年から10年にかけて山場を迎えますが、株式市場はこのときが大底であった可能性があります。

もう1つは、過去20年間、不動産価格と株価が交互にバブルと崩壊を繰り返す中で、今回だけは、米国の持ち家促進政策と政府主導の証券化に支えられた、住宅ブームという非常に特異的な現象が見られたことです。その証券化の中枢にあったのが、1938年に大恐慌克服を期して設立され、2008年9月に事実上破綻したファニーメイです。米国では住宅の中途売却が課税対象とならないことや中古住宅市場が活発なこともあって、住宅が資産形成の要となり、その値上がりを前提に融資がされるなど、ファイナンスマシーンとして機能していました。そうした不動産の上昇基調が過去60年も続き、米国の旺盛な消費を支えてきました。

また、前の不動産バブル崩壊では証券会社の破綻は皆無でしたが、今回は証券会社の業態すら無くなってしまい、ファニーメイも国有化されました。

過去5年間、証券会社を通じた信用創造がかつて無い規模で行われ、オフバランスのまま金融政策による信用管理の対象外であり続けました。金融政策の前提となっていた、「経済活動はマネーサプライと金利水準で基本的にコントロールできる、政府はそれ以外の介入をすべきでない」というフリードマンのマネタリズムの裏をかいた現象です。これまで銀行は「自己資本比率8%」を超える融資はできないという規制に沿って、自己資本の12.5倍を融資上限とすることで信用創造にたがをはめていましたが、それ以外の部分での信用創造が全世界GDPの10倍にまで膨れ上がったのです。それが崩壊するや否や、銀行間金利がわずか1カ月間で2.7%から4.7%まで上昇し、資金繰り目的で株が急激に売られるようになりました。

石油高騰でも起きなかったインフレ

かつては、石油ショックがインフレと金利上昇を通じて信用創造にブレーキをかける役割を果たしてきました。ところが、今回は石油価格が9年間で15倍(10ドル→147ドル)になったにも関わらず、インフレが殆ど起きませんでした。かつての日本では石油価格が倍になっただけでも20%台のインフレが起きましたが、今回の石油上昇局面では、むしろデフレが続き、最近になってやっとプラス2%を付けたにすぎません。米国のインフレ率も5%を超える程度であり、最近では1%辺りに低下しています。そのため、低金利が維持され、信用創造の拡大が続きました。石油、その他一次産品価格の上昇が経済の信用創造を止めるブレーキとはならず、金融市場の自壊に至ったのです。

インフレが起きなかった背景には、先進国のGDPの大半を占める人件費が、90年代からの海外への労働移転により著しく抑制されたことがあります。特に、米中はその間に経済同盟に等しい水平分業体制を作り上げ、企業収益を飛躍的に増加させました。かつての先進国と途上国との間の南北格差に代わって、先進国内での資本側と労働側との格差が顕著化したともいえます。

大きな政府の時代に

とはいえ、戦前型の大恐慌は起きないと見ています。戦前の大恐慌では米国株が9割も下落していますが、現在は4割の下げに留まっています。失業率も6.8%程度にすぎません。主な違いは2点。戦前は、銀行が破綻しても政府は基本的に何もしない「小さな政府」の時代であったこと。それから米国や英国といった資源に富んだ国がブロック経済に移ったことです。しかし、今ではベアー・スターンズ救済などに見られるように、政府が金融機関を保護するのが当たり前となりました。また、貿易を途絶しないよう国際的協調も図られています。

さらに、米国で70兆円、欧州全体で430兆円という、巨額の政府支出が行われます。大きな政府だからこそ金融危機の拡大を防ぐことができる――この「大きな政府」への流れは今後加速する見込みです。証券化のオフバランスを含めた信用の総量規制が行われるほか、これからの先進国では、政府が唯一の大きな投資セクターになる可能性もあり、その乗数効果が経済成長を左右する時代になると見ています。そうした意味で、国民が払った税金をそのまま国民に返すのでは乗数効果が働かないため、日本はむしろ全国に無料の高速道路網を整備して地域再生を図るべきです。

鍵を握る中印の環境投資

中国やインドは高度成長がかなり鈍化する見込みですが、アジア通貨危機の再来はまず無い見込みです。インドは昭和30年代前半の日本、中国は第一次オイルショック時の日本に近い段階であり、むしろこれからインフラの整備と都市化が本格化します。

BRICsという造語を生み出したゴールドマン・サックスは、2050年までに中国とインドの経済規模が米国と同等以上になると予測しますが、その実現の前には、資源と環境の問題が立ちはだかります。中国とインドはエネルギー効率が非常に悪く、仮に今の状態のまま所得水準が日本と同等になれば、1人当たりで日本の8倍、全体で日本の160倍ものエネルギーを消費することになります。当然のことながら、CO2の排出量も爆発的に増え、地球温暖化に拍車がかかります。今でも、水源となるヒマラヤ山脈の氷河消失によって地下水の水位が毎年数メートル下がり、揚子江や黄河が夏に完全に涸れる現象が起きています。今後、経済成長に従って消費が進みCO2排出が増えれば、2050年の石油枯渇より遥か以前に水と食料が不足し、国家が崩壊する懸念もあります。そのことは、食料とエネルギーを輸入に頼る日本にも当然影響してきます。

経済構造の変換――新たな産業革命を!

19世紀の産業革命で誕生したのが石炭経済だとすれば、20世紀は石油経済の時代といえます。石油を使う自動車、飛行機、火力発電、石油化学といった製造業が拡大する一方、化学肥料と機械化農業によって農業生産が飛躍的に向上し、1900年以降の人口爆発をもたらしました。しかし、今日、石油資源の枯渇と地球温暖化という限界に直面する中、それらに代わる新しいエネルギー源を見出し、新たな産業革命を起こす時期に来ていると思います。それが私の提案する「太陽経済」の実現です。

太陽から地球に降り注ぐエネルギーは、世界の全人口が使うエネルギーの5000倍から1万倍に相当します。もともと人類は食料も含め人間の活動に必要なエネルギーをすべて太陽光で賄っていました。産業革命以降は太陽エネルギーの蓄積である化石燃料に依存する時代が続きましたが、これからは、風力発電、太陽光発電、空気中熱の利用、木質セルロースからの燃料生産といった形で、太陽エネルギーを人間が使えるエネルギーに転換していく時代に入ります。今後の技術的課題としては、供給が不安定という欠点を持つ自然エネルギーをうまく電力系統に組み入れ、効率よく送電・備蓄するための電気系統の整備が挙げられます。

太陽経済のもう1つの側面が、日本が得意とする省エネ、省資源、リサイクルです。他にも、CO2を最も排出する発電、自動車といった分野での技術革新をはじめ、食料と水の確保のための農水技術やCO2固定化技術といった、従来に無い産業形態が今後大きくクローズアップされてきます。

太陽経済では、量産化によるコストダウンの力が非常に大きく働きます。ただ、実現までの技術的ハードルが高いため、中国やインドは今後のエネルギー需要を主に石炭で賄おうとしています。その際に大量に発生するCO2の除去やクリーン石炭発電も、高コスト故に実用化されないのが現状です。

これからの日本の役割と米国の行方

欧米経済のウェイトが相対的に下がり、また、途上国も資源と環境の限界に直面する中、エネルギー、資源・環境、食料の3分野で世界トップクラスの技術を誇る日本に大きな出番が来ています。中国やインドが日本の環境技術とノウハウを必要とする一方、日本企業にとって、これからインフラ整備と都市化が本格化し消費が増加すると見込まれる中国、インドの市場は魅力的です。この3カ国、計26億人もの人口が共に協力しながら太陽経済に移行することは、日本経済、ひいては人類全体の生存にとって大きな意味を持ちます。

同じ太陽経済でも、米国、中国、インドといった大陸型国家がまず風力発電などから入っていくのに対し、省エネ、省資源、リサイクルで優位に立つ日本では、ハイブリッドを含む電気自動車の普及が最大のけん引役になると思われます。それには、自動車だけでなく、急速充電装置といったインフラの普及も重要です。日本は2008年から高速道路料金を大幅に引き下げていますが、そこからさらに踏み込んで、大都市圏以外の高速道路をすべて無料化すると同時に、電気自動車のためのインフラ整備や衝突回避技術の向上をセットで導入すべきと考えています。

米国では、オバマ新政権の打ち出す政策が2009年以降の行方を占う大きなポイントとなります。「環境問題に効果的に対応すれば、コンピュータ開発が経済のけん引役となったように、新たな経済発展がそこから生まれる」とするオバマ氏の発言通りにいけば、環境を起点とした経済と雇用の復活がこれから始まると思われます。製造業で余剰となっている生産設備や労働者を風力や太陽光などの公共事業に大量投入することも考えられますし、また、新しい基準・規制を導入する可能性もあります。いずれにしても、石油依存から脱却することで、エネルギー面での独立性と競争力を高め、産業競争力につなげていく政策を出してくることは確実であると見ています。

BBLセミナー写真

質疑応答

Q:

オバマ次期大統領や李明博大統領の掲げる「グリーンレスキュー」、「グリーンニューディール」にしても、長期的施策である以上に、世界不況による需要の落ち込みをグリーン投資でカバーする意図が見受けられます。ただ、環境対策は投資と費用の境目が不明瞭であり、どこまで需要の落ち込みをカバーできるかは未知数と思われます。

A:

代替エネルギーへの転換は巨額の費用がかかり、効率も決して良くはないのですが、量産化が実現すれば必ずどこかでペイオフします。ただ、それと競争力強化とは別問題であります。生産性向上にしても、新エネルギーへの転換と省エネ・省資源とが対になって初めて実現すると思います。ただ、それでもマクロ経済が良くなるとは言い切れず、しばらくは信用収縮の影響がのしかかると思われます。

経済・エネルギー構造の転換は必ずどこかで起きる変動であり、最初の技術開発から50~60年かけて実現します。その意味で、1950年代に発明された風力発電や電気自動車については、いままさに普及への機が熟しつつあるといえます。

Q:

実際に化石燃料を代替できる規模で自然エネルギーが供給できる技術的な見通しは立っているのでしょうか。

また、著書の「グローバルバブルが始まった」というタイトルについて説明していただけないでしょうか。

A:

自然エネルギーは化石燃料と比べてエネルギー密度が低く、相当の陸地・海洋面積を必要とするため、エネルギー資源の枯渇や地球温暖化といった環境負荷が相当顕著化しない限り、普及のインセンティブは上がりにくいと思われます。ただ、資源・環境問題に対し相当の危機感を持つ人物が次期オバマ政権の中枢に据わります。そうして米国が2009年から炭素税などの政策誘導を実行していけば、普及も相当後押しされると思います。

「次のグローバルバブルが始まった」という話ですが、今までのパターンでいうと、超低金利が定着したときは必ず次の資産上昇が始まります。今回は比較的傷の少なかった途上国、特にインドや中国の資産クラスの回復が早いと思われます。しかし、それが本格的なバブルに発展するかは、今後の金融自由化と中国企業の国外進出の規模次第です。

Q:

これから「日中印」の時代になるとの展望ですが、政策次第では、むしろ「米中印」の時代になって、日本が取り残されるリスクもあるのではないでしょうか。

A:

そのリスクを回避するためにも、日本が国家戦略として官民ともに取り組むべきです。ただ、日本には技術と企業という蓄積がかなりあるため、企業レベルでの協力は政策に関係なく行われるでしょう。とはいえ、企業が個別に取り組むのではなく、日本全体として、エネルギー、環境、食料、水の問題解決を視野に、中印との政策提携を戦略的に格上げすべきだと思います。欧州共同体も元はといえば石炭鉄鋼共同体から始まっています。そうした例に倣って、エネルギー・資源の共同体に似た技術相互提供の枠組みができないかと考えています。

この議事録はRIETI編集部の責任でまとめたものです。