開催日 | 2008年12月15日 |
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スピーカー | 山口 一男 (RIETI客員研究員/シカゴ大学ハンナ・ホルボーン・グレイ記念特別社会学教授) |
コメンテータ | 佐藤 博樹 (東京大学社会科学研究所教授) |
モデレータ | 西垣 淳子 (RIETI上席研究員/(財)世界平和研究所主任研究員) |
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議事録
各国の過剰就業対策
過剰就業(オーバー・エンプロイメント)とは、就業時間のミスマッチのタイプの1つです。希望する就業時間が実際の就業時間を下回る場合は、失業や潜在失業、不完全就業(アンダー・エンプロイメント)となります。その逆に、実際の就業時間が希望する就業時間を上回るのが過剰就業です。
日本と米国は共に経済協力開発機構(OECD)加盟国の中でも労働時間の長い国とされていますが、米国で2001年に実施された調査では、現在の就業時間を減らしたいと答えた就業者の割合はわずかに7%と、過剰就業は顕著ではありませんでした。一方、原・佐藤(2008)によると、日本では就業時間の短縮を希望する就業者が45%もいて、過剰就業が顕著になっています。
日本に先行して過剰就業の問題に直面した欧州では1990年代からさまざまな対策が講じられてきました。
英国は1998年に労働時間規定を制定しています。これは欧州連合(EU)の労働時間指令と同等の制度ですが、雇用者が文書により企業と合意すれば最大48時間労働などの規定の適用除外ができるという付則があり、運用については民間主導を併用し、法的規制をより柔軟にしました。その代わり、2003年にフレクシブル・ワーキング法を制定し、6歳未満の子どもか18歳未満の障害児を持つ親がフレックス・タイム勤務をとる権利を保障しました。さらに2006年には「家族と就業法」でフレクシブル・ワーキング法の適用範囲を家族の介護者にまで拡大しました。
フランスは2000年、EU全体の基準を維持しつつ所定内労働時間を35時間にまで引き下げました。なおかつ、就業しながら職場以外の場所で教育・訓練を受けるために、雇用者が望む期間、年次休暇をパートタイム勤務に振り替えられるタイム・セイビング・アカウント制度を雇用者に法的に保証しました。
オランダは1996年、EU指令に1年先立って、就業時間の均等待遇法を制定し、パートタイム雇用者とフルタイム雇用者の均等待遇を制定しました。2000年には、雇用時間調整法の下、雇用者は企業からペナルティーを受けずに自ら就業時間を決める権利(2年に1度)を与えられるようになりました。この法により、オランダには就業者の就業時間のミスマッチは(あっても一時的にしか)存在し得ないことになりました。
デンマークは1997年、パートタイム労働指令の適用除外を選択しましたが、2001年、労使の合意による独自の取り決めが無い限りEUパートタイム労働指令を適用するという、「法と交渉」の2本立ての独自の労働法を制定しました。2002年にはパートタイム就業法を改定し、雇用者がペナルティーを受けずにパートタイム就業を選択できる権利を広く保証しました。
過剰就業――日本の場合
私が今回分析したのは、慶応義塾大学が2000年に行った「アジアとの比較による家族・人口全国調査」です。対象は全国の20~49歳の男性と女性(学生を除く)です。
分析の結果、各カテゴリー(有配偶女性、無配偶女性、有配偶男性、無配偶男性)で就業時間が平均的に希望時間を上回る点が確認できました。とりわけ有配偶男性で過剰就業が顕著になりました。一方、現在は無職だがパートタイムで働きたい女性の割合は4人に1人となりました。このように、男性(特に有配偶男性)を中心に過剰就業が顕著となる一方で、有配偶女性に潜在失業や不完全就業が多くなるという形で、ジェンダーと就業時間のミスマッチの相関が明らかとなりました。
過剰就業の回帰分析
これをさらに深く分析するために、過剰就業の回帰分析をしました。対象は35時間以上のフルタイム就業者ですが、パートや臨時と答えた人でも35時間以上働いている場合はフルタイムとみなしました。常勤は別のカテゴリーにしています。
従属変数は、「過剰就業」、「非自発的フルタイム就業」、「フルタイム就業希望者中、非自発的超過勤務有り」、「希望就業時間」です。説明変数は、「常勤であるか否か」、「性別」、「職場の時間的柔軟性」、「職業」、「有配偶・無配偶の別と最小子の年齢の組み合わせ」などで、過剰就業と構造的に相関している所得や家事時間などは省きました。
「常勤と臨時・パート」とでは、常勤の方が過剰就業傾向は強くなります。臨時・パートの人たちは希望時間に応じて実際の就業時間が変動する構造がありますが、常勤の人にはその構造がなく、希望によらず残業やフルタイム勤務をさせられている、滅私奉公的な働き方の構造があることが明らかになりました。
「男性と女性」とでは、男性の方で非自発的超過勤務傾向が強くなっています。女性の方が希望時間が少ないので、もし男女で就業時間が同じならば女性の方が過剰就業になるはずなのに、実際には男性のほうが過剰就業になるのは、希望時間の男女差よりも、実際の就業時間の男女差の方が大きいことを意味します。つまり、男性は女性に比べ希望残業時間が少なくても実際の残業時間が少なくなる度合いが少ないということです。
「職場の柔軟性」については、時間的柔軟性のある職場で働く者は、過剰就業傾向は有意に少なくなっています。
「管理・研究技術職 対 事務・販売職」では、事務・販売職に比べ管理・研究技術職では過剰就業傾向が強くなっています。
「有配偶最小子6歳未満 対 無配偶子どもなし」の場合、男性では前者で後者よりも過剰就業傾向が大きくなり、女性では、逆にやや小さくなりました。企業は次世代育成に関して、男女の固定的役割分業を前提にした対応をしているようです。「お父さんになったのだから、頑張って働け」という一方、「お母さんは子どもの世話をしないといけないから早く帰りなさい」という構造です。ただし、最小子が6歳以上になれば女性に対する特別な考慮が無くなるため、無配偶で子どもがいない場合を有配偶で最小子の年齢が6~14歳の場合と比較したとき、男女とも後者の方が、希望就業時間の少ない分過剰就業になることが確認されました。
議論1:拘束と保障の交換の問題
従来、日本の正規雇用では、企業が社員の生活を保障する代わりに社員は長時間就業や頻繁な転勤に応じるという「拘束と保障の交換の関係」が成り立っていました。私はこれに加え、高賃金と見返り的滅私奉公が交換になっている構造があると考えています。ここに日米の大きな違いがあります。つまり、終身雇用制を敷いてきた日本には、需要が増えた場合、正規雇用者の残業を増やすことで調整する伝統、あるいは、働く必要が生じたときには文句をいわずに働くべきだとの規範ができあがってきたということです。家社会の構造を受け継ぎ、集団の価値を個人の価値よりも重んじる伝統・文化があったので、見返り的滅私奉公が可能になったと考えられます。
ただし、こうした企業の対応は、就業時間のミスマッチという外部不経済を生み出します。優秀な女性人材を活用できないという機会コストや、健康や労働意欲への負の影響というコストももたらしています。そうした拘束的な働き方に経済組織としての合理性があるかは疑わしいところです。むしろ「個のエンパワメント」を促進して生産性を向上させ、付加価値を生み出す企業がこれから成長する企業なのではないでしょうか。
議論2:企業のジェンダー化した対応の問題
6歳以下の子どもがいる男性と女性に対する企業の対応の違い、すなわち男女分業の固定化こそが現代の少子化の原因の1つとなっています。これは実証的な根拠に基づく考えです。必要なのは個人や女性の多様な選好を考慮する、画一的でない柔軟な就業時間調整です。
政策インプリケーション
労働市場でのワークシェアリングを推進すべきです。日本では、不況になると、企業内ワークシェアリング論議は活発になり、正規雇用者の間で平等に賃金カットしてリストラを回避するといった対策が考えられます。ところが、労働市場全体で過剰就業者を減らし、不完全就業や潜在失業者を減らすという発想がありません。
従って、企業においては、滅私奉公的な報酬から、生産性や付加価値に対する報酬へと、報酬の対象を移し、労働需要の拡大には、雇用の拡大や超過勤務へのインセンティブの拡大で対応すべきです。さらには、固定的家庭内分業を前提とする、ジェンダー化した対応をやめるべきです。
政府は、正規雇用の保護緩和、非正規雇用の安定化、正規・非正規、フル・パート、常勤・臨時(派遣)間の均等待遇を、成果・業績主義と矛盾しない形で推進すべきです。就業時間規制も必要でしょうし、超過勤務手当てに関する法も改正する必要があります。
(コメンテータ)
妻は家事・育児をし、夫は働くというスタイルが定着していた、という意味では1970後半~80年代前半にかけては男女役割分業下での「ワーク・ライフ・バランス」が確立されていました。男性の無限的人材活用(仕事の内容も、働く場所も時間も限定しないことを前提とした長期の雇用関係)が進んだのにはそうした時代背景がありました。ところがその後、女性の社会進出が進み、男女が求めるライフスタイルの価値観も変わってきました。問題は、こうした変化に仕組みが対応していない点にあります。今後は、正規雇用活用の限定化や、正社員にも「残業なし」や短時間勤務を認める仕組みが必要となります。もちろん、それに合わせた人事処遇制度の構築にも取り組む必要はあります。
質疑応答
- Q:
現下の経済情勢においては、終身雇用を交換条件に長時間労働するというよりは、職を確保するために長時間働くという意識の方が強いように思えますが、どうなのでしょうか。
- A:
リストラといった雇用不安を背景に長時間労働するというのは、成り立たないと思います。というのも、長時間労働はいまに始まったことではないからです。最近になって正規雇用の長時間労働が増えているのは、非正規化との関係があるからであって、長時間労働をさせられる人たちが平均的に減ってきているからです。自分の意識で労働時間を増やすのであれば、希望時間の方も増える筈ですが、実際は希望していないのに残業をしているという構造が確認できています。
- Q:
男性のワーク・ライフ・バランスを推進するために企業にどういった支援が必要でしょうか。また、男性のワーク・ライフ・バランスの阻害要因となっている部課長に対してはどういった対処法が考えられますか。
- A:
部課長への対処法についてはインセンティブ・システムが必要だと思います。米国の中間管理職部門でも、ダイバーシティやワーク・ライフ・バランスの推進に消極的な人たちは確かに存在していました。また、米国の場合は部局ごとの対応なので、ある部局では進んでも、別の部局では進まないという状況も生まれていました。これを平均的に進めるために導入されたのがインセンティブ・システムであり、中間管理職がたとえばダイバーシティ推進にどういった対策を講じたのかを業務実績として評価する仕組みが整えられました。日本でも、次世代育成推進本部のようなものができたとしても、人事を別立てにするなら、そこでの意見は参考意見に留められ、ワーク・ライフ・バランスはなかなか進まないと思います。その意味でも、個人の意識改革に訴えるよりは、インセンティブ・システムを導入する方が制度的には有効だと考えます。
男性のワーク・ライフ・バランス支援については、男女の固定的役割分業を前提とした企業の対応を変える必要があります。意識を変える必要もありますが、意識は制度が変わればついてくるものです。ですので、ここでも意識から変えようとするよりも、何らかの報酬やインセンティブの下、まずは合理性を示しながら制度作りをした方が効果は上がると思います。
この議事録はRIETI編集部の責任でまとめたものです。