国際会計の最新動向 ―会計基準の統一化 (コンバージェンス)、そしてその先の国際財務報告基準(IFRS)のアドプション(採用)を見据えて―

開催日 2008年11月20日
スピーカー 橋本 尚 (青山学院大学大学院会計プロフェッション研究科教授)
コメンテータ 藤沼 亜起 (国際会計基準財団評議員/前日本公認会計士協会会長/元国際会計士連盟会長/ (財)財務会計基準機構評議会議長)
モデレータ 八田 進二 (RIETI監事/青山学院大学大学院会計プロフェッション研究科教授)
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議事録

差異調整表撤廃に向けた動き

橋本 尚写真各国の会計ルールの違いを無くすための努力、すなわちコンバージェンスは、米国と欧州の駆け引きの中で展開されています。2005年4月には、2002年9月のノーウォーク合意を受け、遅くとも2009年までには差異調整表を撤廃するというロードマップが公表されています。これに沿って、2006年2月には、国際基準と米国基準の収斂に向けた覚書 (MOU)が国際会計基準審議会 (IASB)と米国財務会計基準審議会(FASB)の間で交わされました。2007年11月には、米国証券取引委員会(SEC)は、IASB公表の国際財務報告基準(IFRS)採用外国企業に対して差異調整表を撤廃する決定をしています。

コンバージェンスに向けた動きを加速化させ、合意形成を図るため、2008年9月には最新版のMOUが公表され、MOU11項目のうち、少なくとも8項目については2011年6月までに取りまとめることが目指されています。

EUの同等性評価

2009年からは国際ルールまたはそれと同等のルールでないと欧州では資金調達できなくなります。米国、カナダ、日本を対象とした同等性評価の評価報告書(2005年)では、日本の会計ルールには国際ルールとの違いが26項目あり、3カ国の中で最も多いと指摘されました。

そこで、国際ルールとの違いを解消すべく、IASBと日本の企業会計基準委員会が精力的に努力を進め、2007年8月には、期限を区切ったコンバージェンスへの努力で合意しています (東京合意)。

東京合意には3つの項目があります。第1に、指摘のあった26項目の差異については、2008年までにコンバージェンスを行うこと、第2に、それ以外の差異については、IASBとFASBとの間のプロジェクトの進展状況に応じて、2011年6月30日までを目標に、コンバージェンスを行うこと、第3に、日本からも人材を派遣し、ディレクターを中心とした作業グループを設置し、国際会計ルール作りに積極的に貢献することです。

こうした日本側の努力に対し、今年公表された同等性評価に関する作業報告書では、「日本基準は同等との基準を満たしつつあることから、企業会計基準委員会がコンバージェンス工程表に示された目標を達成できないという事態が起きない限り、同等と評価できる」との提案が行われています。

これを受け、欧州委員会(EC)は、日本の会計基準について「2009年以降も、EU域内市場において受け入れることが適当」と提案し、この提案は年内に最終決定される見通しです。その意味でも、2008年は「2009年問題」といわれてきた同等性評価への対応の総仕上げの年と位置付けられます。

EUの同等性評価で日本の基準が同等と評価された背景には、評価のアプローチが、一定時点における会計基準間の重要な差異に着目して同等性を判定するスナップショット・アプローチから、現時点で差異が存在しても、それの解消に向けた具体的計画が達成される保証があるのであれば、長期的に同等と評価するホリスティック・アプローチへと転換したことがあります。

コンバージェンスからアドプションへ:米国の対応

2008年は、コンバージェンスからアドプション、すなわち自国の基準を捨てて国際ルールを採用する方向へと国際会計の潮流が大きく変化した年です。

SECは2007年8月、米国企業に対してもIFRSに基づき作成した財務諸表を認めるべきか否かに関するコンセプト・リリースを公表しています。こうした動向は今年に入り急展開し、今月には、SEC規則案「米国企業のIFRSに準拠して作成された財務諸表の採用へ向けてのロードマップ」が公表されました。

その背景には、IFRSの市場シェアが35%に達し、今後ますます増大傾向にあるのに対して、米国会計基準の市場シェアは28%にすぎないこと、さらに、米国の投資家の3分の2は外国企業の株式を保有しており、米国企業にIFRS採用を認めることが、投資家保護や財務諸表の比較可能性の向上につながるといった考えがあります。

そこで、特定の米国上場企業に対して2009年12月15日以後終了する事業年度からIFRSの採用を試験的に認める提案がなされています。その上で、米国の全上場企業にIFRSの採用を義務付けるか否かの決定が2011年に行われる予定となっています。

IFRSの採用義務付けが決定された場合は、大規模早期適用企業(時価総額7億ドル以上)は2014年12月15日以後終了する事業年度から、早期適用企業 (同7500万ドル以上)は2015年12月15日以後終了する事業年度から、その他の企業は2016年12月15日以後終了する事業年度からIFRSを義務付ける案がロードマップ案として示されています。

このように米国は、米国会計基準とIFRSの併存が会計基準の国際的統一化の障害となるのであれば、米国基準を捨て、世界の大多数の国が採用するIFRSを採用するとのスタンスで検討を進めています。

コンバージェンスからアドプションへ:日本の対応

一方、日本が2007年に締結した「東京合意」は、日本の会計基準を堅持しつつ、IFRSとの主要な差異を解消することを目指すものです。しかし、米国が単一の国際会計基準実現に向けコンバージェンスからアドプションへと方向転換した今、日本もIFRSをアドプションするのか否か、その進むべき道が問われているといえます。

こうした状況の変化を踏まえ、日本経済団体連合会は先月、「会計基準の国際的統一化へのわが国の対応」と題する意見書を公表し、日本もアドプションに向けたロードマップを描くべきとの提言をしています。IFRSへの日本の対応については、企業会計審議会の企画調整部会も意見書をまとめる予定です。

日本の課題

まずは、アドプションに向けて、日本ルールと国際ルールの差異解消に向けた努力を引き続き積極的に行うことが重要です。

日本特有の課題としては、企業会計と税務会計(法人税法)の関係を改めて整理する必要があります。また、連結のみIFRSを導入するとして、いつ、どのように採用するのかを考えなければなりません。その上で、連単の整合性は維持すべきです。

IFRSの最新版日本語版を早急に作成し、国際ルールの教育を普及させることも課題です。会計基準の適用面でのコンバージェンスの達成に向けては、監査の問題、倫理の問題、教育の問題など多くの課題を解決する必要があります。さらには、国際的会計ルール作りにおいては、実際にルールが作られるIASBでの日本の発言力を高める必要があるので、現在の日本代表の任期が切れる2011年以降を見据えた後任の人選や育成も大きな課題です。XBRLなどの電子開示の機能充実との一体的取り組みも必要です。

XBRLの無限の可能性

XBRL、すなわちオープンスタンダードな会計標準言語による電子開示は、今後、国際ルールが普及するにあたり大きなカギとなります。日本でも2008年度からXBRL化による電子開示システムEDINETの機能充実が図られています。また、SECは、2008年8月に、従来の電子開示システムEDGARから新しくIDEA(Interactive Data Electric Applications)へ移行することを明らかにしており、財務情報に限定されない広範なデータベースへの期待が高まっています。

IASCFの定款の見直し

国際会計ルール作りに大きな存在感を示しているIASBのガバナンス体制についても検討を進めることが必要となります。この点で、IASBは理事を2012年7月1日までに段階的に増員し、16名とする予定です。その際には地域的な割当が行われる予定なので、「アジア・オセアニア地域」での規定枠に加えて、「その他地域」で日本からもう1名入ることができれば日本の発言権や存在感はかなり増すと思われます。ただ、世界との競争の中でアドプションもしていない国が追加割当を獲得できるかは不透明なところなので、日本としても、応分の国際貢献を果たすべく、主体的かつ積極的に行動し、存在感を示す必要があります。

米国2008年緊急経済安定化法を巡る動向

金融市場の世界的な混乱を受けて、会計基準やその設定方法、とりわけ、時価会計基準のあり方に問題が投げかけられています。米国の2008年緊急経済安定化法の第132条では、SECに「公正価値の測定」の適用を中止する権限があることが再確認されています。第133条では、時価会計基準が金融機関の貸借対照表に及ぼす影響など6つの項目に関する研究報告書をSECが議会に提出することが要求されています。また、IASBとFASBは世界的な金融危機に関連した財務報告の問題点を検討する円卓会議を今月にロンドンとノーウォークで、来月には東京で開催する予定です。

藤沼 亜起写真コメンテータ:
IASBのメンバーを16名に拡大するにあたり、日本枠を2名にするというのは、現時点では難しい状況となっています。予算負担からいえば、10%を負担する日本には1.6人の枠が割り当てられることになりますが、実際は切り捨て計算となっているので、この点でどう調整するかが課題となっています。また、IASBの理事には出身国の利益となるような基準を作る人物が選ばれている訳ではありません。ですので、基準が日本の利益に反するからという理由で反対するような理事の影響力は低くなります。この点で、国内での理解が進んでいないようなので、まずは頭の切り替えが必要となるでしょう。

米国がロードマップを作成したことを受け、日本もロードマップを作成し、移行準備を進める必要があります。その際には、細則主義から原則主義へと意識を変革するべきですが、細則主義は、ルールの抜け穴を利用される。防ぐためには何が必要かを課題にしてたが、今後は企業の作成者側、監査人側、ユーザー側でプロとしての判断が必要となります。大学での国際会計教育の充実も大きな課題です。また、公認会計士試験の科目に国際会計を含める必要もあると思います。構造面でも、会社法の開示制度と金融商品取引法での開示制度の間に見られる重複・差異を解消すべきです。税法との調整も課題です。残された時間は限られています。こうした課題への取り組みをロードマップに沿って着実に進める必要があります。

左から藤沼氏、橋本氏、八田氏

質疑応答

Q:

(1) 世界的なスタンダードセッティングに日本がきちんと参画するには何がカギとなるのでしょうか。(2) 大企業も中小企業も同じ会計基準でやるべきだとのお話がありましたが、それは現実的ではないとの見方もあります。どういった中小企業をイメージされているのでしょうか。(3) 世界的金融危機の中で会計が財務上のリスクを把握できなかった理由はどこにあるのでしょうか。

A:

(1) 基準作りのインナーサークルに入り、お互いにファーストネームで呼び合えるような人間関係を構築することが最も重要だと思います。(2) 中小企業への適用を若干緩和するようなルールがあってもいいのかもしれませんが、基本的には会計基準は1つであるべきだと考えています。(3) 証券化して自社の手を離れたものを会計の記録として追う体制がないため、全体としてどういう金額になっているのかを評価できない点が会計の欠陥だと思います。

コメンテータ:

(1) 国際的なスタンダードセッティングでは長期的関与が重要となります。短期周期的に担当が変わるようでは、人脈は築けません。英語力も大切です。(2) 中小企業といった場合、資本金などの数量ベースで区切るのか、「オーナーが支配している会社」というように定性的な判断にするのかが難しいところですが、国際会計基準では定性的に定義する方向に傾いています。中小企業会計は税法の会計から影響を受けるので、今後の課題だと思います。(3) ハイレバレッジでどんどん進めた投資銀行やヘッジファンド、それを評価する格付け機関、アナリストなど、問題は資本市場の参加者すべてでみつけなければならないと思います。

この議事録はRIETI編集部の責任でまとめたものです。