社会保障のあるべき姿とは -国民会議最終報告 (11月4日)について

開催日 2008年11月10日
スピーカー 吉川 洋 (社会保障国民会議座長/RIETI研究主幹・ファカルティフェロー/東京大学大学院経済学研究科教授)
モデレータ 川本 明 (内閣官房内閣参事官(社会保障国民会議担当)/元RIETI研究調整ディレクター)
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議事録

日本の社会保障制度が直面する2つの大きな課題

吉川 洋写真公的年金、医療保険、介護保険、雇用保険、生活保護を中心とする日本の社会保障制度は90兆円近くの給付規模になっています。

日本の社会保障制度では、子育て支援や家族支援といった少子化対策が、欧州と比べ相対的に手薄だといわれています。換言すれば、日本の社会保障制度は高齢者に手厚く、若い家庭への対応が手薄ということになります。事実、今回の最終報告でも「子育て支援に待った無し」の認識が示され、そのための財源確保の必要性が訴えられています。他方、高齢化が進む中で年金・医療・介護の給付が大きくなるのは当然のことです。

こうした少子高齢化時代にあっては、「財政面での持続可能性の確保」が社会保障制度の大きな課題となります。この課題への取り組みとして、2004年度には年金改正が実施され、マクロ経済スライドが導入されました。

「少子高齢化に対応したサービスの充実」も社会保障制度が直面するもう1つの大きな課題です。2000年には高齢化の課題への大きな対応として、介護保険が導入されています。

2001年から現在に至るまで進められてきた改革は、主に、財政面での持続可能性を確保するためのものでした。2004年度の年金改正の基本的な考えは、高齢者・現役世代を合わせた全世代での応分の負担にあります。具体的には、上がらざるをえない現役世代の保険料に天井を設け、足りない分は、高齢者への給付で調整する、すなわち給付をカットすることで対応する、これを自動化するシステムが導入されました。これがマクロ経済スライドです。

この応分の負担の考えは、内閣府の世論調査でも回答者の5割近くが支持しており、高齢者のための医療制度を設計する上でも、基本となる考えになるのではないでしょうか。

財政面での持続可能性を確保するために社会保障の機能(=サービス)が弱体化するのでは本末転倒です。そこで、社会保障国民会議の中間報告・最終報告では、社会保障の機能強化に必要な策と、機能強化に必要となる財源の確保の仕方を明らかにしています。

公的年金

年金に関する議論でよく聞かれる意見に、「年金とは高齢になってからの所得を保障する制度だが、社会には高齢期の所得を保障するための貯蓄手段は数多くある。自助努力にすればどうか。自助努力ができない人はアリとキリギリスのキリギリスではないか」というものがあります。問題は、アリになってさえいれば老後の所得が保障される訳ではない点にあります。米国のマサチューセッツ工科大学(MIT)のピーター・ダイアモンド教授が、豊かな老後を過ごすには「十分な貯蓄(save enough)」だけでは不十分で「賢い投資(invest wisely)」が必要と的確に指摘している通りです。

そこで改めて年金という金融資産について考えてみます。確定給付の年金では、生きている限り一定のお金が給付されます。こうした、生きている限り一定のマネーフローを生み出すポートフォリオをマーケットで自分で作り出すのは、普通の国民にとっては極めて難しいことです。その意味で、公的年金は国民全体にとって重要な社会インフラとなっています。

関連して、確定給付と確定拠出の問題もあります。公的年金だとしても、あるいは半強制加入の年金制度だとしても、確定拠出で個人別のアカウントで全部やった方が良いのではないかという議論があります。しかし、私はこうした見方に対し大きな疑問を持っています。ノーベル賞受賞者でもあるロバート・ソローという経済学者が、確定拠出で個人別アカウントでやるプランでは、social security(社会保障)でいうsocialの要素もsecurityの要素も抜け落ちてしまうと指摘している通りです。

確定拠出は、わかりやすくいえば、資本所得への依存を意味します。対して、賦課方式は現役世代の労働所得に依存するものです。資本所得は労働所得に比べて極めて変動の大きな所得です。

ここ数十年続くゼロ金利の時代に大部分の資産の蓄積を進めなければならない世代はどうなるのでしょうか。あるいは、株価が暴落する時代に生きる世代にとって、株での運用が年金になることは何を意味するのでしょうか。そういった世代は「失われた世代」にならざるをえないのでしょうか。

このように考えると、確定拠出の個人別アカウントの制度が賦課方式の制度よりも原理的に優れているとはいえないと思います。

もちろん、現行の賦課方式制度は多くの問題は抱えています。たとえば、日本の場合、給付資格を得るには最低25年の積み立てが必要となります。果たして、24年11カ月払い続けてゼロ査定というのは合理的なのかは疑問の残るところです。無年金・低年金の高齢者は現実に多く存在します。社会保障国民会議では、一定の所得以下の高齢者には、たとえばの話として、5万円の最低保障年金を給付する案や、基礎年金の満額を7万円程度に引き上げた場合に必要となる額なども推計しました。

いずれにしても、年金とは所得面で安心した老後を過ごすための1つの重要な糧です。ですので、一定の水準は維持する必要があります。

なお生活保護はマクロの給付でいえば2兆円規模で、現在は100万世帯が給付を受けています。その約半数は高齢者世帯と見込まれます。生活保護の給付は必要額に応じて算定されますが、通常は6~7万円となります。これに加え、生活保護の対象者は医療費が免除されます。そうなると、年金生活者でかなり所得の少ない人々と生活保護対象者の関係をどうするかという問題が発生します。別の観点からみれば、基礎年金だけで老後の生活をどれだけ支えられるのかという課題が浮き彫りとなります。

基礎年金では未納問題が大きく取り上げられます。未納といえば、正直者がバカをみるという印象が生まれますが、年金の場合、未納者は給付対象となりません。従って、未納問題は、システム全体の財政的持続可能性に必ずしも大きな影響を与える訳ではありません。未納が大きな問題となるのは、キリギリスである未納者が高齢になったときに生活保護の対象となるからです。これは皆年金制度の理念に関わる問題です。

年金については、現在、2つの大きなシステムが議論されています。ファイナンシング(どう賄うか)に関する議論です。1つが社会保険方式(保険料+税)ですが、来年度から国庫負担比率は2分の1にまで引き上げるわけですから、実質的には税方式とのハイブリッド方式といった方が正確なのかもしれません。これに対するのが全額税方式です。社会保障国民会議では、後ほど紹介する通り、それぞれの方式での税負担額を明らかにしました。今後、それぞれの方式のメリット・デメリットが活発に議論されることを期待しています。

医療・介護

医療は、財政面以外でも医師不足など実に多くの問題を抱えています。政府の取り組みは二段構えとなっています。1つは緊急対策の実施ですが、社会保障国民会議ではより長期的視点で今後10年、20年の間に何が問題となるのかを議論しました。

シミュレーションでは、医療と介護の領域を見直し、病院を急性期の病気を治すところと位置付け、それに必要な医療体制を整える(医療のあるべき姿を実現する)場合に必要となる額を算定しました。医療のあるべき姿が実現すれば、入院日数が短くなり、患者の生活の質(QOL)は高まります。入院日数の短縮は医療費の減少につながりますが、同時に、入院日数を減少させるには、1病床当たりの医療スタッフの数を増やす必要があり、その部分では医療費が膨らみます。社会保障国民会議では、医療のあるべき姿を実現するには、実現しない場合より多くの費用を要するとの結論がだされました。

少子化対策

政府が昨年暮れに行った試算では、少子化対策として給付額を約1.5~2.4兆円増加させる必要があるとされています。

社会保障の機能強化のための追加所要額

<基礎年金>
社会保険方式を前提とした場合は、2015年度時点で、消費税率換算1%弱の財源が必要となります。税方式の場合は、未納者への給付の扱いにより幅がありますが、3.5~8.5%程度が必要になると試算されています。ただし、これは負担の増加ではありません。税方式だと保険料が無くなるからです。3.5~8.5%はあくまで公費ベースの話です。

<医療・介護>
2015年度時点で、消費税率換算で1%強の財源が必要となります。

<少子化対策>
2015年度時点で、消費税率換算で0.4~0.6%程度(約1.3~2.1兆円)の財源が必要となります。先ほど説明した1.5~2.4兆円の給付額増と数字が異なるのは、昨年暮れの試算では公費以外の部分が含まれていたためです。

合計(基礎年金の国庫負担割合引き上げ分を加味)として、税方式を前提とする場合で、消費税率換算6~11%程度、社会保険方式を前提とする場合で、消費税率換算3.3~3.5%程度の財源が2015年時点で必要となります。

団塊の世代が後期高齢者になる2025年度時点にまで枠を広げれば、とりわけ医療の財源が2015年度からの10年で膨らみ、4%弱となります。基礎年金、医療・介護、少子化対策を合わせた合計(基礎年金の国庫負担割合引き上げ分を加味)は、税方式を前提とする場合で、消費税率換算9~13%程度、社会保険方式を前提とする場合で、消費税率換算6%程度となります。

吉川研究主幹と川本参事官

質疑応答

Q:

2階建て公的年金の2階部分についても、やはり積み立て方式は望ましくないのでしょうか。また、社会保障番号制については、最終報告では「導入検討を進める必要がある」となっています。安倍内閣時から後退している印象も受けますが、国民会議ではどういった議論があったのでしょうか。

A:

基礎年金部分は賦課方式しかないと思います。個人的には2階以上の部分も賦課方式で良いのではないかと考えています。ただ、そのメリット・デメリットは今後も議論する必要があります。大雑把な印象として8割程度の経済学者仲間は積み立て方式を支持しているようなので、私は少数派ですが、やはり、共助のシステムとしての公的年金制度なのであれば、マクロ的により安定する労働所得を原資とする賦課方式に大きなメリットがあると思います。

私は社会保障番号制は導入すべきだと考えます。安倍内閣時のことに言及されましたが、社会保障番号制は小泉内閣下でも、2006年春の終わり頃に経済財政諮問会議の民間議員がその導入を提案し、各省がその年の夏の間に導入についての検討を進めています。2006年9月の検討結果の報告では、各省ともに概ね後ろ向きの姿勢を示したと理解しています。ただ、その後、世の中の雰囲気や役所の考え方は大きく変わり、社会保障番号は導入した方が良い、あるいは導入せざるをえないという方向になっていると思います。ですので、私は決して後退しているとは思いません。

Q:

税方式にするか社会保険方式にするかの議論の今後のスケジュールはどうなっているのでしょうか。また、税方式にする場合の企業の負担分について、議論はどういった方向に収束しつつあるのでしょうか。

A:

社会保障国民会議は最終報告の提出で千秋楽を迎えました。税方式と社会保険方式の甲乙は、マスコミを含め世の中全体で議論をし、最終的には国会での議論を経てつけるべき問題だと思います。最終報告はこれ以外にも具体的改革を進めるべき問題を指摘しています。これから年末にかけて工程表を作成し、その工程表に合わせて改革が進んでいるかをモニターする取り組みをすることは決まっています。

モデレータ:

社会保障国民会議の後継組織として、官房副長官と国民会議の4人の座長で体制を組み、工程表作りを監視する仕組みを政府部内で検討しています。

この議事録はRIETI編集部の責任でまとめたものです。