ロシア-日本にとってそれは何を意味するのか

開催日 2008年9月12日
スピーカー 河東 哲夫 (早稲田大学商学研究科客員教授/東京財団上席研究員)
モデレータ 佐藤 樹一郎 (RIETI副所長)
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議事録

ロシア「国家」の特徴

河東 哲夫写真ロシアは現在でも植民地帝国で多民族国家です。しかしその運営は国民国家としてなされています。西欧の国民国家と決定的に違うのは、統治の手法が議会によるものではなく、常に専制・強権によるものである点にあります。

西欧には、「国民国家を作ることで税金を取り、税金を取ることで大きな軍隊を作る。大きな軍隊を作ることで植民地を広げ、植民地を市場に産業革命を起こす」という図式がありますが、ロシアには、この「国民国家→植民地→産業革命」の三位一体の図式がありません。これはロシアのもう1つの特徴であり、現在のロシアの体質を決定する要因ともなっています。

ソ連型「計画経済」

現在のロシア経済の性格はソ連型「計画経済」により大きく形作られています。

マルクス(「資本論」)もレーニン(「国家論」)も実は、社会主義経済の運営の仕方を示した青写真は描いていません。ところが革命が起きてしまったということで、これにはレーニン自身も困惑したようです。レーニンはそもそも、全企業の国営化は予定していませんでした。ところが現場では労働者・従業員が勝手に経営者を追い出し、企業を国家に捧げるという事態が起きました。国家に捧げなければ、原材料も運転資金もこないからです。

このように、自分たちが絶対にクビにならない体制を労働者が整えたという意味で、ロシアは労働者天国の国となりました。ですので、ソ連は独裁国家・専制国家といわれますが、実際には労働者(プロレタリアート)による独裁が行われ、共産党の官僚が独裁を代行していたのだといえます。しかし、労働者天国では投資や技術開発に手が回らず、経済が停滞するので、結局は国民自身のためにはなりません。この労働者や庶民の輿望をベースに権力を維持する体制(すなわち、ポピュリズムの極)は現在も変わっていません。

ソ連型「計画経済」が破綻したのは、端的にいえば、「何をいくつ作り、誰にいくらで売るか」、「原材料をどの位どこで入手するか」、「収益をどう使うか」、「金融をどうするか」、「人事をどうするか」といった本来なら企業が決定する事柄を、党や政府がすべて決めていたためです。また、各省庁の調整は共産党中央が調整し、都市部では野菜の調達までもが地区の党本部によりなされていました。共産党が非常に重要な役割を果たすこの体制を崩したのがゴルバチョフです。さらに、軍需中心のソ連型「計画経済」では消費財生産は軽視されました。

2020年頃に向けてのロシア経済

2000~2008年にかけて、ロシア経済は名目ドルベースで5倍に膨れ上がりました。円ベースだと、20兆円の経済が100兆円強にまで伸びたことになります。このような急成長を支えた要因の1つに原油価格の上昇があります(同期間で原油価格は年平均で19%上昇)。急成長の背景にある別の大きな要因としては、ドルに対するルーブルのレートの上昇があります(ルーブルの対ドルレートは実質ベース、2000~2008年で3.6倍上昇)。

このように、これまでのロシア経済は石油価格との完璧な連関性において伸びてきました。北海道大学スラブ研究センターの田畑伸一郎教授がこの成長を2020年にまで引き延ばして研究をしていますが、それによると、2020年頃までに石油価格の伸びが鈍化する一方では国内生産が活発になると予測されています。結果、2020年頃のロシアの国内総生産(GDP)は上限で9兆3000億ドル、下限で3兆4000億ドルになる可能性が高くなるということです。これは、原油が高騰し始める前の今年3月での予測ですので、現在の異常な原油価格高騰は反映されていません。それでもこの数字という訳です。

ですので、うまくいけばロシアは米国、中国に次ぐ第3位、下限でも米国、中国、日本、ドイツに次ぐ第5位程度を確保すると考えられます。

他方、対ドルレートの上昇とインフレ(オイルマネー流入によるマネーベースの常なる増加による)により、ホテル一泊が1000ドルを超すような一種独特の「上げ底経済」が現れる可能性もあります。

現在のロシア経済は賃金が上昇しているため、また、ルーブルのレートが異常に高くなっているため、中国的な輸出主導型発展は望めません。

互いに軽視しあってきた日露

それでは、そうしたロシアは日本にとって何を意味するのでしょうか。

日本とロシアは互いに欧米に対するコンプレックスを抱え、それに対するコンペンセーションとして両者の間には「あいつよりは上だ」と考える意識がありました。日本にとってロシアは一番近くの白人の国ですが、明治初期に岩倉具視の代表団がロシアを訪問したときに「ロシアは遅れた国」と評しているように、日本人はロシア人を「駄目な白人」とみなします。政府が留学生を送ることも殆どなく、仮にロシアに留学したとしても、帰国後、要職に就けることはありませんでした。その後は争いの1世紀で、戦後、冷戦に突入します。

忘れられた歴史となっていますが、日本がロシアに派兵した時期もありました。これは完全に失敗し、日本人がユーラシア大陸に手を出すとろくなことがないということを示しています。

日露関係

現在の日露関係では、日本からロシアへの直接投資がブームになっています。貿易額は数年間で3倍以上の200億ドルを超えています。

領土問題と経済関係は1997年7月に当時の橋本龍太郎総理が政経不可分の政策はとらないとの考えを示して以降、切り離されています。

極東開発については、ロシアも意欲を示し、多くの予算を計上しています。2012年にはウラジオストックでアジア太平洋経済協力(APEC)首脳会議が開催されることになり、大規模な公共投資が見込まれますが、日本企業にとっては、どこの誰に話を持っていけば良いのかわからないのが現状です。

そうした中、サハリンでの石油・天然ガス開発は確かな話として進行しています。サハリンの天然ガスの埋蔵量でもってすれば、日本の需要量の最大20%程度を満たすことができるともいわれています。問題は米国がそれを許すかです。この点は注意すべきでしょう。特に、ガスプロムがサハリン2の大半をとったことを考えれば、なおさら制裁措置の対象となりやすくなります。

日本は東シベリアのエネルギーを中国と奪い合っていると捉えられがちですが、これは現実とは異なります。そもそも、東シベリアにどの程度の石油・天然ガスがあるのかは、十分把握されていませんし、現在確認されている埋蔵量だけでは、日本の需要量も中国の需要量も満たすことはできません。日本としては、東シベリアの石油探鉱のフィージビリティスタディをロシアと共同で実施する合意は既にできているので、あとはじっくりと構えていれば良いのだと思います。グズグズしていると中国に取られると心配する必要はありません。なぜなら、中国はまだ、石油に対して高い値段を払えないからです。もちろん、元のレートが今後上昇した場合は話は別ですが、それでも日本が安心できるのは、肝心のロシアが中国への輸出に依存し過ぎることには消極的であるからです。

グルジア戦争

グルジア戦争は基本的には日本にとっては遠い話ですが、アメリカの尻馬に乗ってロシアを叩くのも、逆にロシアに取り入るのもどちらも不適当だといえるでしょう。ただ、今後は、輸出した技術が軍需に転用されないよう注意する必要があります。

会場写真

質疑応答

Q:

ロシア連邦の統一を維持することも難しいと考えますが、いかがでしょうか。また、北方領土の返還もやはり難しいのでしょうか。

A:

遠心的要素を多く含むロシア連邦が維持されているのはロシア経済が良好だからです。経済が悪くなれば、それぞれの民族が地元の利権保持に動くようになり、遠心力が働くようになります。

北方領土が絶対に返還されないということは絶対にありません。問題はやり方とタイミングで、現在はそのタイミングではないと思います。対立しながら解決するのか、仲良くなってから解決するのかという基本的問題もあります。

私は北方領土問題は日露が仲良くならなければ解決は難しいと考えます。ロシアの国民が歴史的経緯やロシアの不当であることを知らないから返還されないというのは、現実と異なります。「戦争の結果取ったものをなぜ返さなければならないのか」というのがロシア人、あるいは欧州人の一般的理解ですので、対立姿勢で臨むのなら「いくらくれるのか」という話になります。

日本とロシアがかなり仲良くなって、日本との関係がこじれたらロシアに大きな不利益になる状況になれば、ロシアの内政におけるこの問題の優先度が高くなる筈です。ただ、日本は民主主義国でありますので、領土問題について機動性の高い外交をロシアに対してできるかどうか、そこには疑問がありますが。

Q:

1998年8月のロシア通貨危機発生時のロシア経済のファンダメンタルズと、現在のロシア経済のファンダメンタルズはどのように異なるのでしょうか。

A:

ロシアは1998年8月に向けても繁栄の様相を呈していました。ただ、当時と現在の基本的な違いは、現在のロシアの富は原油価格の高騰でもたらされているのに対し、当時の富は短期国債と対外借り入れでもたらされていた点にあります。当時のロシアは国際通貨基金(IMF)の助言もあり、国債を担保に欧州の資金市場から巨額の資金を借り入れていました。借金を担保に借金をするこの体制が崩れたのが1998年8月です。

財政構造についても、1998年8月当時の石油から得られる財政収入は現在とは比べものにならない程、少なかったと思われます。他方、産業構造は当時と現在で殆ど変わらないと思います。製造業は外国からの直接投資ぐらいでしか伸びていません。中でも日本からの直接投資が大きな役割を果たしています。その他の外国からの数兆円規模の直接投資の大半はエネルギー部門に対するものです。その意味でも、日本はロシアにとって重要な国となっています。

Q:

ロシアの人口は減少の一途を辿るのでしょうか。人口減少の中では成長の確保は難しいと思います。

A:

ロシアの人口は減少していますが、出生率はこの1年で上昇しています。背景には、子どもが生まれた家庭に将来の住宅融資を優遇する措置が導入されたり、教育助成金が支給されたりするという政策的要素があります。ロシアの経済は人口というよりは、為替レートの上昇によってドル・ベース表示が上昇するとか、サービス産業の拡大に支えられています。ロシアのサービス産業がGDPで占める割合は西側程は高くなく、同産業は今後も伸びる可能性はあるので、経済の成長を見込むことは可能です。

この議事録はRIETI編集部の責任でまとめたものです。