開催日 | 2008年6月20日 |
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スピーカー | 田中 均 ((財)日本国際交流センターシニア・フェロー/東京大学公共政策大学院客員教授) |
モデレータ | 佐藤 樹一郎 (RIETI副所長) |
議事録
世界の地殻変動。危機意識の薄い日本
来月にはいよいよ北海道洞爺湖サミットが開催されますが、G7の初会合が1976年に開催された当時、主要先進7カ国の国内総生産(GDP)の合計は、世界全体の7割をも占めていました。つまり、世界の富の大半を握る7カ国で世界の意思決定が行なわれていたということになります。他方、現在、世界のGDPに占めるG8の割合は58%にすぎません。7割に達するための残り約12%はG5(中国、インド、ブラジル、南アフリカ、メキシコ)が占めています。フランスのサルコジ大統領がG13の形成を求める背景にはこうした状況があり、もはや先進民主主義諸国が物事を取り仕切る世界ではなくなっているのです。これは、まさに世界の地殻変動です。
ところが日本ではそうした地殻変動に対する危機意識が薄く、また、対応も遅いのが現状です。世界と日本の間のギャップが広がるばかりです。まずは危機意識を共有して、日本として何をすべきか、秩序だって物事を考える必要があります。
世界が直面する課題
第二次世界大戦後に成長した日本、西ドイツと、現在成長し続けている中国、インドを比較したとき、そこには3つの大きな違いがあります。この違いこそが世界が現在直面する課題となっています。
第1に、人口です。日本と西ドイツが成長を始めた当時の両国の人口は、合わせて世界の6%を占める程度でした。ところが、現在、中国とインドの人口は、合わせて世界の40%を占めるにいたっています。世界人口の4割を占める国が、10%の規模で成長するには、莫大な量のエネルギーが必要となりますが、中国のエネルギー効率は日本の8分の1程度で、当然多くの(おそらくは日本の4倍程度の)CO2が排出されることになります。
第2に、日本と西ドイツは戦後復興をしてきた時点で既に先進国となっていたのに対し、中国とインドは現在も発展途上国であるという点です。先進国であった日本と西ドイツには国の統治のシステムがきちんと確立されていました。ところが、途上国である中国とインドは国の統治が未成熟で大きな問題を抱えています。具体的には、国内の大きな所得不均衡、エネルギー非効率、政治的自由と経済的自由の不釣り合い等で国内が不安定になる問題です。
第3に、西側レジームの内にあるか外にあるかという点です。日本と西ドイツは完全に西側レジームに組み込まれた状態で成長を遂げました。その意味でも、日本や西ドイツが安全保障上の脅威となることはありませんでした。ところが、中国は国境を14カ国と接しているにも関わらず、どの一国とも同盟関係にはありません。インドにしても、パキスタンとの核戦争が危惧された時期がある程です。西側レジームの外で核兵器を保有するこれらの国の、安全保障の脅威認識は、日本や米国とはまったく異なります。
問題となるのは将来これからの話です。
20年後、中国とインドのGDPは、それぞれ日本の7倍、3~4倍になるとの推計がありますが、このままいけば中国のCO2排出量は日本の8倍になるともいわれています。確かに、グローバリゼーションが進み、各国経済の相互依存度が強まる世界では、中国やインドが発展すれば日本も発展する仕組みになっています。それでも、中国が国境を接するどの国とも同盟関係を結んでいない点は看過できません。中国がこれらいずれかの国1つとでも火を噴けばどうなるか。中国の軍事予算は現在公表されているものだけでもGDPの2%を占めています。仮に実際の軍事予算がその5倍であったとしても、20年後、中国の軍事予算は日本の10倍となります。私たちはこれで安心していられるのでしょうか。
中国、インド、ブラジル――場合によってはロシア――を取り込んだどういったレジームを作るかが、現在の世界の中心課題となっています。民主主義という共通の価値観があった30年前なら話は楽でした。しかし現在は民主主義が共通の価値観とはなっていません。同時に、市場経済という非常に強い力が共通項を形作っています。その中で、環境、エネルギー、金融といった個別のファンクションについてどのようなレジームを作り、中国やインドを取り組むのかが最も重要な問題となっているのです。地球温暖化問題についても、今後5年、10年、20年で中国やインドを取り組んだCO2排出削減のレジームを作ることが最大の課題となります。北海道洞爺湖サミットでも、中国やインドを環境問題についてのレジームに取り込めるかが最大の課題となるでしょう。
日本にとっての3つの課題
では、日本は何を考えるべきなのでしょうか。
私は日本の対応の遅さ、変革のスピードの遅さが気になります。日本の行政には、過去の政策の延長上で物事を考える傾向が基本にあるようですが、今後もそういう手法をとるようでは、世界の動きについていくことはできませんし、日本が世界における「妥当性(relevance)」を失うことになると思います。
必要なのは過去を切り捨てることです。
それは、国際社会で非常に大きな地殻変動が起きているからであり、国際関係における力関係に変化が生じ始めているからです。規範がばらけてきているからであり、有限の資源の争奪戦が始まるからであります。そうした環境で過去の政策を踏襲するだけでは何も生まれません。
私は、これからは、外交、内政を問わず、「ディマンドオリエンテッド」を政策の基本とすべきだと考えています。つまり、現在何が求められていて、将来どうなるのかを想定しながら新しい政策を策定することです。
その観点から、日本がとるべき重要な政策は3つあります。
まず、安全保障の考え方を転換させることです。とりわけ、集団的自衛権の行使に関する考え方は変える必要があります。「日本は権利としての集団的自衛権は有しているが、その行使は憲法に違反する」という解釈は、そもそも、冷戦が厳しさを増した時代にできたもので、当時の論理は、米国の戦争にいかに巻き込まれないようにするかというものでした。しかし、その論理は現在のように力がばらけて、大量破壊兵器やテロ等、脅威の形が変わりつつある時代には通用しません。なおかつ、これからは「正当性」が議論の中心となります。国際社会の正当性を前提とした、最終手段としての武力行使は常識になっています。
その意味でも、日本は国連安保理の認めた「正当な」平和維持活動に参加し、従来の解釈では認められなかった、治安維持のための武力行使も認められて然るべきだと思います。もちろんそのためには、安保理の決議が正当性を持つための安保理改革も必要となります。
次に、国際化のさらなる推進です。日本をさらに開かれた国にしなければ、世界と競争していくことはできません。守りの政策をとっていては、必ずその結果がひびいてくることになります。その最たる例が農業政策です。日本の従来の農業は政治が大きな力を持っていたため、食糧危機がこれだけ大きく叫ばれる中、農業政策の選択肢は非常に限られたものとなっていました。今後、日本の農業の競争力を高めるには大規模な企業参入を認める必要もあります。
外国人労働者の問題についてもそうです。医師や看護士が不足してくることは明らかです。この問題に対しては、国内の教育制度を改善することはもとより、能力のある諸外国の人材を積極的に投入すべきなのではないでしょうか。
最後に、東アジアの秩序を日本が能動的に作ることです。この取り組みは今から進めるべきです。世界の力は西から東に移っています。経済のパイは東でどんどん大きくなります。それ自体は悪いことではありませんし、日本も今後そうした世界に依存していくことになると思います。ただその際にはルールが必要となります。
具体的には、東アジアでの経済連携地域の形成に、日本はもう少しまじめに取り組むべきです。そのためには、中国やインド、韓国やオーストラリアとも経済連携協定を結び、将来的には1つの多国間協定にしていくことも検討すべきです。また、実需に基づく政策には政策調整が必要となります。そうした調整機能を担う東アジア版経済協力開発機構(OECD)が必要となるのではないでしょうか。
実需に基づく政策展開は、日本が中国といった国に取り込まれるプロセスになるのではないかとの指摘があります。確かに、日本や地域の将来を考えるならば、そうしたことに対するヘッジングは必要となります。その際には、日米安保体制が地域のベースになるという認識をしっかりと持つべきです。同時に、米国との間でだけ安保体制を組んでいれば良いという議論も間違いだと思います。東アジアの安全保障体制は重層的な枠組みにならなければなりません。日米安保体制はそうした枠組みの1つですが、他にも、日米中の安全保障三者協議等、中国を入れた信頼醸成の仕組み、米国を含めた地域の国々が非伝統的安全保障への脅威に対し共同で行動する仕組み等があります。
世界では大きな地殻変動が起きています。それに対して私たちは危機意識を持って、過去に大きくこだわることなく、将来の実需に向けた政策を作る必要がある点を、最後に改めて強調しておきたいと思います。
質疑応答
- Q:
日本が能動的に東アジアの秩序を構築することについて、特に経済面では、以前では、アジア太平洋経済協力(APEC)がありましたし、現在では、東アジア+3、さらに+6といったような横断的枠組みが重層的になっているようですが、そういったものと並存する形で進めていくのでしょうか。それぞれの枠組みをどのように活用すべきなのでしょうか。
- A:
重要なのは、この地域で何が必要なのかをまず考えることです。それを決めた上で、目標を達成する上で価値のある枠組みを利用すれば良いのだと思います。私は経済連携協定のネットワークを中国、韓国、インド、オーストラリアへとさらに拡大する必要があると考えています。たとえ個々の協定が二国間のものであっても、そこから、投資や知的財産保護といった物事に対する考え方について一定の規律が生まれます。それを地域の共有財にして、将来的には、そうした共有財をマルチ化することもできるでしょう。その時に、私はASEAN+6でなければならないと思います。ASEAN+3とした場合、その中で先進工業国、あるいは先進民主国は日本一国だけになりますし、また、経済面でも、ASEAN+6市場の方がASEAN+3よりも圧倒的に大きな利益を日本に生み出すからです。
APECは東アジアと北米を結ぶ仕組みとして必要です。ただし、APECをベースにした取り組みでは深堀りはできないと思います。その意味でも、やはり、私はASEAN+6をベースにした深堀りを考えていくべきではないかと思います。
非伝統的安全保障についても、天然災害への対応や航行の安全担保等、まずは何をする必要があるのかを見極める必要があります。そうすると、米国やオーストラリア、インドはどうしても必要になります。ASEAN+3では難しい、というのが結論になっていくのではないでしょうか。
もちろん、金融や通貨といった特定のファンクションや課題では、ASEAN+3の枠組みを活用した方が良い場合もあるでしょう。大切なのは、地域の安定や繁栄を図るために何が必要かをまず議論することです。
- Q:
北朝鮮が近く提出する申告の中に核兵器が入らないとの報道があります。ライス米国務長官自身、核兵器については第3段階で行なうと語っていますが、北朝鮮が今回申告しないものをはたして将来破棄することがありえるのかが心配です。いかがお考えでしょうか。
- A:
北朝鮮に核兵器が残る結果を招来しない、というのが日本の政策目標です。仮に米国が北朝鮮に核兵器が残っても良いと考えているとすれば、それは明らかに日本とは異なる政策目標であり、日本はそうした目標を受け入れる訳にはいきません。
これまでのブッシュ政権は、完全かつ検証可能で不可逆な核の即時撤廃を求めていました。それを追求した結果が北朝鮮の核実験です。そこで米国は、一定のプロセスで除々に北朝鮮を追い込み、最終的に北朝鮮の非核化を実現させる方式を取ることにしました。今現在、真正面から濃縮ウランの話、シリアへの技術協力への話、核兵器・核弾頭の話をすることが大事なのか、それとも、最終的に撤廃させることが大事なのかについての政策判断の余地はあると思います。
拉致の問題にしても、この問題を現時点で100%解決することが現実的かといえば、なかなか難しいと思います。やはり、一定のプロセスで除々に事態の改善、解決に向けて足を進めていかざるをえないと思います。その意味でも、今後1年は非常に重要な時期になると思います。私が今、日本政府に求めるのは、自分で動く、真正面から北朝鮮と交渉するということです。ただ、拉致だけを取り上げても問題解決につながらないことははっきりとしています。拉致問題は、より大きな文脈で扱われてはじめて解決するとの認識が必要です。
この議事録はRIETI編集部の責任でまとめたものです。