男女の賃金格差解消への道筋

開催日 2008年5月23日
スピーカー 山口 一男 (シカゴ大学教授/RIETI客員研究員)
コメンテータ 笹島 芳雄 (明治学院大学経済学部教授)
モデレータ 山田 正人 (RIETI総務副ディレクター)
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議事録

日本の男女賃金格差――統計データで見た全体像

厚生労働省の最新分析によると、男女間の賃金格差(男性100対女性66)においては、勤続年数と職階の格差が非常に大きく、合わせて全体の約40%ほど(勤続年数18%、職階34%)を説明すると思われます。特に職階の男女分布の均等化が最大の格差解消効果となることがわかります(100対66から77に是正)。

4つの雇用形態の組み合わせ(フルタイム正規、パートタイム正規、フルタイム非正規、パートタイム非正規)を初めて導入した平成17年度の賃金動向調査で顕著となったのが、時間当たり賃金の格差です。時間当たり賃金の男女差は、フルタイム正規で70と最大(パートタイム非正規は90)で、それに雇用形態の構成比(男性はフルタイム正規が圧倒的に多く、女性はフルタイム正規は47%にすぎない)を加味すると、時間当たり賃金の格差は約62にまで拡大します。したがって、男女の雇用構成比の違いとフルタイム正社員内の男女格差の影響が非常に大きいといえます。なお、短時間正社員(パートタイム正社員)は1%にも満たない状況です。

年齢による賃金の推移を見ても、フルタイム正規、特に年功賃金プレミアムによる格差拡大が顕著で、上昇率、ピークと共に男女で異なるパターン(男性50-54歳、女性35-39歳)を示しています。

男女の賃金格差を要素分解してみますと、雇用形態による格差が31%、フルタイム正社員同士の格差が55%を占めていて、格差の主な原因となっていることがわかります。これまで雇用形態の違いによる格差が非常に強調されてきましたが、実はフルタイム正規における格差が最大の要因であることは1つの重要な発見です。フルタイム正社員の男女賃金格差55%のうち勤続年数による格差は13%でしかなく、残り87%は昇給機会や年功賃金プレミアムの違いによるものです。

したがって、フルタイム正社員内の男女格差解消は、その大部分を占める職階、昇進機会、年功プレミアムの格差の解消が最優先課題といえます。その直接的原因であるコース制、職能評価、人事考課の判断の根底には、女性の統計的差別があると見ています。

雇用形態による格差の解消も重要ですが、男女の選好の違いや構造的要因もあるため、まずはその選好の違いが女性にとって不利とならず、かつ経済的に合理性のある解決方法を模索する必要があります。当面は、育児等の理由による中途離職者に対する正規採用支援と同時に、短時間正社員制度の普及が政策的課題となります。その制度が無い日本では、時間(短時間勤務)の選好が非正規化、待遇格差にまで結びつきますが、そうした構造的要因を取り除くべきです。逆に、正規雇用への機会均等の実現だけでは、賃金格差の約9%が解消されるにすぎません。残りの22%を解消するのが、短時間正社員の普及と正社員内でのフルタイム・パートタイム別による時間当たり賃金の格差解消の同時実現なのです。

統計的差別の解消

「女性雇用者の割合が高い企業は生産性が高い」とされる理由について、川口教授は女性の相対生産性の高さではなく、女性の相対賃金が相対生産性を下回っているとの解釈が正しいと論じています。女性の相対生産性は低いが、相対賃金はそれ以上に低いという見方です。その背景として、生産性に対する賃金への見返りの低い企業が女性を多く雇用する雇用機会の不平等性と、一般職女性の賃金を低く設定するコース制によってそれに見合った低い生産性の社員を生み出す逆マッチングの問題が示唆されます。

また、同一労働同一賃金の解釈はさまざまで、さらに同一価値労働同一賃金まで提唱されていますが異なる職が同一価値であるかを客観的に判断することは困難です。米国では同一労働同一賃金は職務給制度を意味しますが、誰でも同程度にできる職種以外では成果主義と相反するため経済的に合理的でないと思われています。日本では主に雇用形態等による均等待遇を意味しますが、正規・非正規の完全均等待遇は雇用制度の大幅変革を要求するため、当面は正規・非正規の区別を全否定しない形で賃金格差を解消する方法を検証する必要があります。ただし、フルタイム・パートタイムの時間当たり賃金の均等待遇は完全実施を求めるべきです。特にハーフタイム以上勤務している場合は、労働時間の短さが時間当たり生産性を押し下げることにはならず、むしろ過剰労働、大幅残業を抑制する意味で合理性を持っているからです。

フェルプスの基礎理論は、男女間の資質の差によるコストないし不確定性が存在する場合、そのコストを組み入れた賃金を与えるといった「統計的差別」が経済的に合理的であると説明しています。それに対し、エイグナーとケインは、たとえ資質の差が無くてもリスク回避傾向な企業では統計的差別が起こりやすくなると議論しています。たとえば、日本企業の場合、離職率の高さはコストであり不確定性であると見なされるため、女性に対する統計的差別が生じることになります。そして両氏の理論は、そのような不確定性の高さをコストと見なすリスク回避傾向は、主観的には合理的であるが、その不確定性を取り除くために余計な費用を払うことになるため、客観的にはあまり合理的でないことを意味しています。さらにコートとラウリーは、被差別者が自己投資のインセンティブを失った結果、実際の生産性にも差がつくことで、差別の不合理性が見えにくくなる、「偏見の自己成就」の問題を取り上げています。そこから両氏はアファーマティブアクションの条件付き有効性について論じています。

日本企業の特殊性

我が国の統計的差別の特殊性として、「女性の結婚・育児による高い離職率がコストとなる」という企業の判断が指摘されます。また、正社員が年功賃金や強い雇用保障の下にあるため、企業も雇用者自身も雇用者の市場価値を考えない傾向にあります。それは、企業特殊的な人的資本は考えても、一般的な人的資本に関する自己投資インセンティブについては殆ど考えない傾向に結びつきます。さらに、企業の人材活用の面でのワークライフバランス(WLB)の取り組みが欧米と比べて遅れている点と、人事決定権が主として人事部・人事課の裁量に委ねられている点も我が国の特徴です。

統計的差別が合理的でない理由は主に5つあります。

【ラジアの理論 vs ベッカーの理論】
年功賃金や退職一時金が「賃金後払い制度」であるとして、若年者(賃金<生産性)の中途退職は企業の損失とならないことを示唆するラジアの理論に対し、ベッカーの理論は、企業特殊的な人的資本投資が行なわれる中で投資回収以前(賃金>生産性)での離職は企業の損失となることを示唆します。また雇用者アンケートをもとにした清家の賃金と生産性の相対的大きさの主観的評価の分析結果は20代はベッカー理論が30代以降はラジア理論が成り立つことを示唆します。晩婚化の昨今、結婚・育児による女性の離職コストを大きく捉える判断は合理的でなく、企業の主観的判断が背景にあるように思われます。

【意欲の問題】
総合職と違い、一般職女性はトレーニングの機会も無く最初から生産性の低い仕事が与えられますが、生産性向上意欲も奪われるため、その結果、同一企業内では生産性が賃金と同様低く抑えられるため、仮に女性の人件費を抑えたとしても企業にとって決して得な結果にはならないことを川口教授の分析結果は示唆しています。コース制は人件費削減ではなく、統計的差別に基づく離職コストの回避が主な動機と思われますが、それがコートとラウリーのいう雇用者の自己投資インセンティブや、さらには長期勤続のインセンティブまでを奪っているとすれば、極めて非合理的であるといわざるを得ません。

【逆選択の問題(アカロフ)と予言の自己成就】
多様な女性を平均で一律的に扱うと、より高い賃金がふさわしいと考える比較的生産性の高い女性が先に離職し、比較的生産性の低い女性が残るという「逆選択(Adverse selection)」(アカロフ)の問題が出てきます。高学歴女性の再就職率の低さも一種の逆選択であると見ます。優秀な女性を失うことによる機会コストにも関わらず、企業は離職にともなうコストのみを想定することで、女性雇用者との間で「差別する、しない」、「離職する、しない」の調整ゲーム的状況を生み出す等、かえって女性の離職率を高める選択をしているといえます。

【ワーク・ライフ・バランス施策の欠如】
離職コストは期待コストであり、企業が離職が起こった場合のコストの削減策のみ考え、離職率削減策を考えないのは計算が一面的です。欧米諸国ではむしろ、女性の離職率削減策でもある、WLB施策を、福利厚生でなく人材活用の面から、推し進めてきました。女性の離職率を下げるための企業のWLB戦略は、さまざまな条件にもよりますが、多くの場合合理的です。たとえば離職コストの高い企業、平均離職率が中間的な企業ないし潜在離職率が中間的でモラルハザードの問題が少ない個人には特に有効となります。ただ、離職率が0.5を上回る現在、意志決定者がリスク回避的であると、WLB策ではなくコスト削減策をとる傾向が生まれます。

【人事決定のリスク回避性とその不合理】
わが国企業の人事決定は、強い雇用保障都県強賃金制の下で、減点主義的であり、それが企業の人事決定のリスク回避性を生み、一方で「作為の誤りのコスト」である女性の離職コストは過大評価するが、他方で「不作為の誤りのコスト」である、女性差別の機会コストを過小評価する傾向を生んでおり、これは不合理です。また減点主義下では、不作為の誤りは作為の誤りと比べて過小評価されるため、従来の制度を変えないインセンティブが強く働きます。そうした人事制度を変えるには、人事決定権を現場に分散するのも1つの方策です。

女性の統計的差別解消への道筋

最後に格差解消の道筋として、以下の5点を提案します。

  1. 政府による企業へのWLB施策支援の拡大と法的整備
  2. 非正規雇用者も対象とした、長期雇用を前提としない形での自己投資インセンティブの付与と勤務年数に縛られない賃金・昇進機会制度の確立
  3. 人事部・人事課の人事決定権の大幅縮小と部局採用の推進
  4. 政府による外部審査および企業の協力による企業の人事決定における女性差別の実態とその機会コストの可視化
  5. 育児離職後の女性の正規雇用の増加、短時間正社員制度の拡大、時間当たり生産性に基づくフルタイム・パートタイム間の均等待遇の同時実現

以上を推進するにはある程度の法的介入が必要で、その際に参考となるのが欧米の取り組みです。一連の法規制により過剰労働時間の問題が殆ど解消された欧州では柔軟化に焦点が移っていますが、その中で、雇用者の権利による勤務時間の調節を保障する制度を整備したオランダやベルギーは、北欧型とはまた違った形のWLB政策のあり方を示しています。日本でもそうした先駆的事例を取り入れながら、間接差別であるコース制を法的に禁止し、パートタイム雇用者の均等待遇を実現する必要があります。それ以上の人事決定に関する法的介入は困難ですが、我が国でも米国と同様に、人事採用データを政府に提出することを義務付け、データの自主公開を促してみてはいかがでしょうか。また、企業がWLB推進を中間管理職の業務評価に取り入れるのも1つの方策だと考えます。

コメント

コメンテータ(笹島氏):
日本の男女間賃金格差は、女性活用のバロメータでもあるといえます。

男女間賃金格差に関して、計量経済学モデルによる分析が主流となる中、統計的差別という理論を切り口とした山口先生のアプローチはユニークに思われます。また、男女間賃金格差を総合的に捉えた点や、最新の集計法が使われた平成17年度の賃金統計をベースにしている点も特徴です。

政府への人事報告を義務化する政策提言には特に賛同します。さらに踏み込んで、国と一定額以上の取引のある企業(大企業の大部分に該当する)については、ポジティブアクションの義務化も考えられます。

日本企業の人事管理において女性に対する統計的差別があることは私も実感しますが、はたしてそれだけが格差の原因でしょうか。といいますのも、「女性には長時間労働や深夜業務など無理させにくい」との理由で男性の配属を希望する現場の声があるからです。山口先生は企業の人事管理を現場に移し、人事部を縮小する方向で提言されていますが、私はむしろ人事部の方が女性活用に積極的で、逆に現場は消極的である印象を受けます。

山口氏:
現場の中間管理職にも問題があるとの指摘は以前にも受けました。問題はリスク回避的な人事決定を行なう人であって、部署ではないと思います。その一例として人事部を挙げたにすぎません。統計的差別の他には偏見による差別がありますが、それ以外にどういった差別があるでしょうか。

笹島氏:
これも偏見による差別かもしれませんが、これまで男性中心で回ってきた企業において、「男性の方が仕事を任せやすい」と考える中間管理職がいることです。といいますのも、企業の採用実績を見ますと、女性の方が応募数が多く、入社試験の成績が高いにも関わらず、採用数が少ないというケースがあるからです。現場からそうした圧力があるのではと考えます。

山口氏:
1日当たりの生産性で考えるか、時間当たりの生産性で考えるかによって、女性への評価は違ってきます。日本の従来の方式は1日当たりの生産性で考えるため、労働時間の長短で生産性を測ることになります。対照的に、欧米では時間当たり生産性のアプローチを取る企業が殆どです。

一定の働き方のパターンに当てはまらない人間を「不合格」とするのが日本企業の特徴ですが、それ故に、ここにきて人材活用に行き詰っているともいえます。その対極にあるのが、多様な人々の多様なライフスタイルの選好を肯定した上で、雇用者から最大限の能力を引き出すWLBのアプローチです。それは社会構造の転換に適応する面で、むしろ合理的なアプローチであるといえます。そう考えると、女性差別は単なる偏見ではなく、合理性の基準の判断の誤りであるともいえます。少なくとも米国では、WLBを通じてやダイバーシティを推進している企業の方が業績も良いという調査結果が出ています。

笹島氏:
少子化が進む中、またWLBの必要性が増しているにも関わらず、企業の取り組みは海外に比べて大きく遅れています。法的介入等の積極的な政策手段が必要ではないでしょうか。

山口氏:
EUのように労働時間の統一的制限まで踏み込めるかは別として、法的介入をはじめ、我が国の現状に応じた積極的施策が必要です。男女共同社会基本法はポジティブアクションを基本的に肯定していますが、義務化には規範づくりを含めた運用ノウハウ蓄積が不可欠です。同時に、社会全体としての規範づくりや合理性の検証も重要です。

質疑応答

Q:

男女賃金格差の検証に「差別」という主観的概念による分析手法がはたして適切でしょうか。むしろ産業別の年功賃金や年功カーブの違いを見て、女性の活用程度の違いを検証するアプローチが有効ではないでしょうか。人材活用における男女格差は、求められるスキルの違い(産業特殊的スキルvs一般的スキル)にも影響されると考えるからです。コートとラウリーは雇用者が自ら自己投資の多寡・種類を決定するといいますが、女性としては、長期勤続によって初めてリターンが得られる産業特殊的スキルを求めるのは不利で、一般的スキルへの投資に流れざるを得ないと思います。実際に女性の資格取得意欲は高いので、その背景にある個々の企業や職種による違いを検証すると、産業・職種構造を含めた国の政策としての全体像が見えてくるかもしれません。つまり、企業の人事管理だけでなく、女性の開業支援等、経済社会全般の構造変換を通じてブレークスルーを図る視点です。

A:

産業構造の問題は、企業にとって統計的差別のインセンティブの問題と関連しています。産業は企業特殊な人的資本の重要度に関係し、それは離職コストの評価に関係するからです。社会・産業から考える視点は非常に重要で、たとえばIT産業等、一般的スキルの比重が大きい部門での男女格差の有無ないし程度を検証し、他部門と比較する必要があるでしょう。またおっしゃるとおり、女性は一般的人的資本への投資傾向が強いのですが、問題は多くの日本企業がその一般的人的資本投資の成果を適正に生かす雇用・昇進・賃金体系を未だ持っていないことです。そこが変わらねばなりません。

Q:

社会の持続可能性に関する意識調査をしたところ、日本では「女性の4大進学率向上」が男女とも最も低い評価となっていました。一方、スウェーデンでは、女性の4大進学率向上が「ジニ係数低下」と同等の評価を得ています。教育投資の見返りに関する認識、リテラシーが海外と比べて非常に遅れている気がします。私個人としては、女性が4大に進学して、フルタイム職でキャリアアップを測ることは重要と考えます。

A:

女性にとって大学進学のモチベーションは、男性と同様のキャリア指向型、女性特有の職種指向型、結婚市場指向型の主に3つに特徴づけられてきましたが、結婚市場指向型(大学を出て、良い企業に入って、良い相手を見付ける目的で入学する女性)が著しく減少したのに対し、キャリア指向型が増えている印象です。ところが、学科選択による男女分離は今でも大きく、そのような面での意識改革は重要だと思います。企業にとって専攻分野は就労意欲のシグナルであるともいえますが、逆に教育に対する意識も企業の女性雇用者への姿勢を含めたジェンダーのあり方の現状に影響されていると考えられます。

この議事録はRIETI編集部の責任でまとめたものです。