2008年版中小企業白書 -生産性向上と地域活性化への挑戦-

開催日 2008年5月16日
スピーカー 井上 誠一郎 (経済産業省中小企業庁事業環境部調査室課長補佐)
モデレータ 佐藤 樹一郎 (RIETI副所長)
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議事録

「中小企業白書」とは

中小企業白書は、中小企業基本法第11条の規定に基づいて政府が中小企業の動向等を国会に報告する目的で作成しているものです。本日は、2008年版中小企業白書の概要について、「景気動向」、「生産性向上」、「地域活性化」の3つのパートに分けて説明します。

2007年度における中小企業の動向

日本経済は2002年2月から6年以上の長期にわたる景気回復局面にありますが、昨年度、原油高やサブプライム住宅ローン問題の影響といった外生的ショックが発生し、年度末あたりから回復が足踏み状態になっています。中小企業は、原油・原材料価格の高騰や建築基準法改正後の住宅着工件数の急減の影響を受け、業況が悪化しています。中小企業は原油・原材料価格の高騰に伴うコスト上昇分を価格に転嫁することが困難であり、収益が圧迫されているためです。

資本金1億円以上の大企業と資本金1000万円未満の中小企業の売上高利益率の格差も過去30年間で最大となっています。大企業の利益率はバブル期の時を上回っていますが、中小企業の利益率は2002年以降改善したものの、非常に弱い回復に留まっています。

中小企業の資金繰りについては、1998年の金融危機や2001年のITバブル崩壊後の景気後退局面で「貸し渋り、貸し剥がし」と言われた厳しい状況にありましたが、不良債権処理の進展に伴って資金繰りが改善しました。しかし、2007年度に入って再び弱含んでいます。今回は、貸し手の「貸し渋り、貸し剥がし」というよりは、原油等の価格高騰により借り手である中小企業の収益が圧迫されているのが、資金繰りが苦しくなった原因と見ています。

雇用の動向を見ても、小規模事業所では昨今の収益悪化を受けて求人数が前年比で減少しています。しかし、従業員300人以上の事業所の求人数はほぼ横ばいなので、雇用の動向にも企業規模による業況の格差が反映されているといえます。

大企業と中小企業で景況感の差を生む要因の1つが民間消費の伸び悩みです。輸出の生産誘発係数は中小企業より大企業の方が高く、民間消費の生産誘発係数は大企業より中小企業の方が高いことから、中小企業はより内需に依存しているといえます。いざなぎ景気やバブル景気といった過去の景気回復局面と比べて、今回の景気回復局面での民間消費の回復は非常に緩やかなものに留まっていることが大企業と中小企業の業況の差につながっています。業種別で見ると、内需型産業である建設業、小売業、サービス業の景況感が悪く、外需型の製造業が良い、という形でばらつきがあります。こうした業種間の差が地域の産業構造の相違を反映し、建設業、小売業、農業業のウェートの大きい地方圏では有効求人倍率が低いというデータが示すとおり、地域間でも景況感のばらつきが生じています。

中小企業の生産性の向上に向けて

日本では今後、労働力人口の減少が見込まれており、労働生産性の向上が成長維持の鍵を握っています。日本の労働生産性の水準は米国の7割程度に留まっており、G7やOECDの平均より低い水準となっています。

日本の労働生産性を業種ごとに、大企業と中小企業に分けて見ると、中小企業の労働生産性の水準は大企業に比べて低くなっています。そこで、労働生産性を資本装備率と資本生産性に分けて見ると、中小企業の資本装備率は大企業に比べて総じて低い一方、中小企業の資本生産性は大企業よりも高い業種があり、差はありません。したがって、中小企業の労働生産性が低いのは資本装備率が低いためと考えられます。

次に、労働生産性の伸び率を見ると、各業種で伸びてはいますが、製造業と情報通信業が同じ労働投入量で付加価値額の増大に成功する一方で、小売業と飲食業・宿泊業は伸び率が低く、それも付加価値額の増大ではなく労働投入量の削減によってなんとか労働生産性の伸びを確保しているようです。また、同じサービス産業でも、事業所向けのサービス業である情報通信業、卸売業に比べて、小売業といった消費者向けのサービス業の労働生産性の水準が低い傾向が見られます。

労働投入量の節約も大切ですが、縮小均衡に陥ることは決して好ましくなく、付加価値の増大による生産性の向上を目指すべきでしょう。付加価値額の総計であるGDPの7割弱は、サービス産業が産み出しています。このため、サービス産業の付加価値向上が我が国の持続的な成長のために重要です。サービス産業に属する企業に対するアンケート調査によれば、今後重視する経営戦略として、「顧客を増やす」ことよりも「付加価値・顧客単価を上げる」意識が強まっています。そこでサービス品質の向上と安定化が課題となりますが、たとえ個々の事業者がサービスの品質を向上させても、それが市場価格に反映されなければ付加価値向上は達成されません。サービスの品質が価格に反映されるようになるため、最も多くの企業が必要と考えている取り組みが「販売先への説明強化」ですが、運輸業では「業界の慣行・慣例の改正」という回答も目立ちます。公正な取引環境を整備することが付加価値向上のための課題といえるでしょう。

さらに、労働生産性を向上させる重要な要因として人材育成に着目しましょう。産業別平均給与額を見ると、1990代前半までは第三次産業の方が高い状況が続いていましたが、90年代後半以降に第三次産業の平均給与額が下落し、第二次産業に逆転されています。正規雇用者の離職率を見ても、消費者向けサービス業を中心に非常に高くなっています。付加価値の創造には一定期間以上のトレーニングないし人的資本の蓄積が必要である以上、あまりにも高い離職率は生産性の向上を阻害する懸念があります。

労働生産性の向上のため、ITの有効活用が重要ですが、中小企業のITの活用は大企業に比べて遅れています。従業員規模の小さい企業ではパソコン装備率が低くなっており、IT資本の一部に相当するソフトウェア残高の総資産に占める割合も、同様に中小企業の方が低くなっています。アンケート調査で、中小企業がITを活用する上での課題として多く挙げたのが「自社に適したIT人材の不足」、「初期投資コストの負担」でした。地方圏では都市圏と比べて情報システム会社が不足しており、これが中小企業におけるIT人材不足の原因の1つになっている可能性があります。IT活用の効果についても、「業務プロセスの合理化」や「コスト削減」といった回答が「製品・サービスの高付加価値化」や「売上の拡大」といった回答を上回っています。しかし、IT活用によって取引先が増加したという回答は多く、電子商取引等による売上増大や製品・サービスの高付加価値化に向け、ITの戦略的な活用が期待されるところです。

グローバル化への対応も中小企業の労働生産性の向上にとって重要です。まず、輸出について見てみましょう。海外への輸出を行っている企業は行っていない企業に比べて生産性が高く、輸出によって付加価値額が増加したと回答している中小企業が4割を超えています。次に海外での工場等の立地による事業展開について見てみましょう。2006年時点で日本の中小企業のうち7551社が子会社や関連会社を保有する形で海外展開をしていますが、実は製造業よりも非製造業の方が海外展開している中小企業の数が高いことが今回明らかになりました。海外展開を行っている企業の労働生産性は、海外展開を行っていない企業の労働生産性よりも高く、アンケート調査でも、海外展開によって労働生産性が向上したと感じているようです。海外直投に伴う国内事業への影響については、約5割の中小企業が「変化なし」と回答しています。「国内での生産活動を高付加価値製品にシフトした」とする回答も27.4%を占めており、中小企業は汎用品を中国等の国外で生産し、高付加価値製品を国内で生産することにより生産性の向上を実現しているものと考えられます。

地域経済と中小企業の活性化

日本の中小企業の数は2004年時点の433万社から2006年時点で420万社となり、約13万社減少しました。2004~2006年の企業の開業率は5.1%で、2001~2004年の3.5%から上昇し、その要因として景気回復局面にあったことや政府の創業支援策の拡充による効果が考えられますが、依然として廃業率を下回っている状況には変わりありません。業種ごとに見ると、情報通信と医療・福祉は開業率が廃業率を上回っていますが、製造業では廃業率の方が高くなっています。地域別に見ると、県庁が所在する市の方がその他の市町村と比べて開業率が高く、事業所が減少している地域は県庁が所在する市よりもその他の市町村で非常に多く、事業所の増減という観点からも、地方圏の厳しさが示されています。

小規模企業(従業員数20人以下。商業・サービス業は従業員数5人以下の企業)が直面している経営環境は特に厳しく、その売上高経常利益率の平均値は中規模企業よりも低くなっています。しかし、平均値は低いのですが、分散、すなわち売上高経常利益率のばらつきは大きく、高い利益率を達成している小規模企業も多く見られます。中小企業庁「中小企業実態基本調査」の再編加工の結果によれば、利益率の上位20%の小規模企業は同じく上位20%の中規模企業よりも高い利益率をあげていることが明らかになりました。小規模企業でも、少数精鋭の組織や現場で培った技術力・ノウハウといった独自の強みを活かすことができれば、高い利益率を上げることができていると考えられます。一方で、小規模企業は優れた設備や資金調達能力といった面が弱点となっています。こうした弱点を補完し、小規模企業の強みを引き出す取り組みや政策が求められているといえるでしょう。

中小企業の資金調達は、金融機関からの借入に大きく依存しています。特に従業員数20人以下の小規模企業では借入金比率が5割となっています。また、地方圏の中小企業は同じ県内の地域金融機関(地方銀行、第二地方銀行、信用金庫、信用組合)から借り入れを行うケースが非常に多く、都市圏の中小企業がメガバンクから借り入れをしている場合が多いのとは対照的です。地域金融機関の不良債権比率は2002年から2007年にかけて低下しましたが、預貸率も下がっていることから、地域金融機関は家計部門から集めた資金を十分に還流できていない懸念があります。担保や保証に過度に依存しない融資を推進していくため、地域金融機関の多くが、中小企業の技術力や将来性を見極める「目利き能力」が不足している、と考えています。

借り手の中小企業についても、企業情報の積極的な情報開示が担保や保証に過度に依存しない融資を拡大していく上での課題です。アンケート調査によれば、事業計画や年次報告書を作成して取引金融機関に開示している中小企業は4割に留まっています。事業計画等の開示は、書類作成のために時間がかかり、税理士への支払い費用が増加する、というデメリットもありますが、インターネット会計システム「ネットde記帳」などITを活用した会計システムを活用することで、情報開示のコストの軽減を図りつつ、積極的な情報開示に取り組むことが重要です。

現在の政府の経済政策のキーワードの1つが、「つながり力の強化」です。そこで、今回の白書では、中小企業の「つながり」の現状を明らかにするべく試みました。まず、アンケート調査によれば、企業間連携に取り組む中小企業の割合は全業種で2割程度、製造業で比較的高くなっています。企業間連携の種類としては、製造業では共同研究開発、建設業では共同受注、卸売業では共同販売、小売業では共同仕入れが多くを占め、業種の特性を反映していることが分かります。

連携相手で最も多いのは「取引関係や資本関係の無い同業種の中小企業」、次に「取引関係や資本関係の無い異業種の中小企業」が続きます。仕入先や取引先との「タテ」の連携よりは、取引関係のない、ゆるやかな「ヨコ」の連携が主流となっている印象です。連携している相手の所在地は、同一市町村内・同一都道府県内が多いですが、「隣接しない都道府県」も複数回答の25%を占めており、全国から最適な相手を見つけようとしている中小企業も多いことが分かります。連携を進めていく上での課題としては、連携実績の有無にかかわらず「最適な相手が見つからない」という回答が目立ちました。この結果を踏まえれば、マッチング、つなぎ役の強化が重要であると考えられます。産学官連携についても、特に連携実績の無い企業において、商工会等の地元経済団体に「つなぎ役」を期待する回答が多く見られました。

地域経済の活性化のためには、農商工連携の促進も重要です。中小製造業に占める中小食料品製造業の割合が地方圏で高いからです。アンケート調査によれば、食料品製造業に属する中小企業の約6割が農林水産業者との連携に前向きです。連携したい内容は、「地域ブランド、商品ブランドの形成」や「原材料の直接購買」という回答が多いですが、「トレーサビリティの実現」という回答も相当数(29.5%)を占めています。食の安全・安心がクローズアップされる昨今、消費者側でも地域ブランドが明記される利点として「安全・安心」を最も多く挙げています。農商工連携によるトレーサビリティの実現は、こうした消費者のニーズに応えるものと期待されます。

質疑応答

Q:

「2008年版中小企業白書の全体概要」では、中小企業のエクイティファイナンスへの関心は総じて低いと指摘し、エクイティファイナンスに対して否定的になっていますが、同じ中小企業でもベンチャー企業と地場産業では資金調達方法が異なっており、これらを一緒に論じるのは適当ではありません。確かにローカル企業にエクイティ・ファイナンスは必要ありませんが、地球環境等、成長分野における世界的なベンチャー潮流に乗り遅れないためには、まさしくエクイティファンドが必要ではないでしょうか。

A:

ベンチャー企業にはエクイティファイナンスが必要という、ご意見には同意します。しかし、今回の白書では、中小企業の多くは、経営の自由度を確保するため、外部資本の導入に対して否定的であるという実態を明らかにし、それが適当かどうかの議論を促したいと考え、このような分析を行いました。研究開発型のベンチャー企業でなくても、中小企業は付加価値向上のため、新商品や新サービスの開発や、第二創業のような新たな取り組みが求められており、こうした新たな事業はリスクを伴いますので、中小企業はもっとリスクを取れるように自らの資本構造を見直すことが必要となっていると思います。

白書の概要版では割愛してしまいましたが、白書本文では、中小企業が借入金の一部を借換え(ロールオーバー)により、実質的に資本金として扱う「擬似エクイティ」の問題を指摘しています。疑似エクイティは金融機関の貸出態度に大きく依存するため、必ずしも健全ではなく、やはり資本性の高い資金はエクイティ・ファイナンスで調達することも方策の1つとして検討すべき、と指摘しました。以上のようなデットファイナンスとエクイティファイナンスの組合せの在り方は非常に重要な論点ですので、引き続き議論されていくことを期待しています。

Q:

中小企業は衰退産業であるとお考えですか。また、北欧諸国は、積極的な中小・地域支援政策をせずに、高い生産性を実現していますが、このような例を踏まえれば、中小企業政策としては、むしろ労働力と資本のモビリティを高める視点が必要ではないでしょうか。衰退過程にある分野においては企業の淘汰をさせ、成長分野へのシフトを後押しすべきではないでしょうか。

A:

中小企業が衰退産業かどうかについて、中小企業の数が減少し続けているという面はありますが、情報通信や医療福祉等の成長産業においては中小企業の数は増加しています。衰退している業種もあることは否定できませんが、成長している業種もあり、中小企業が産業・社会構造の変化に対応してきていることの表れだと思います。中小企業が医療福祉等の分野で新たな事業に取り組むことは重要であり、それを阻害している市場の失敗が存在するのであれば、これを政策的に是正していく必要があります。

従来から、中小企業政策は社会政策か、それとも産業政策か、という議論があります。前者は地域の雇用確保等の観点から中小企業を保護すべきという考え方であり、後者は経済効率を高める観点から中小企業が直面している「市場の失敗」を補完するという考え方です。私の個人的な見解としては、中小企業政策は産業政策であるという考え方を基本として、市場の失敗を補完する政策を立案すべきと考えています。たとえば、中小企業金融においては「情報の非対称性」の問題があります。

いかに優れた技術力があっても、担保となる資産や保証人になってくれる親族等が無ければ中小企業が資金調達をすることができないという現状は市場の失敗であると考えています。したがって、信用保証協会が担保となる資産が無く、保証人も用意できない中小企業の借入債務の保証を行い、市場の失敗を補完するという政策的な介入が必要となるわけです。

様々な中小企業政策が講じられていますが、市場の失敗の是正といった政策介入の必要性や合理性を説明できることが求められていると思います。

この議事録はRIETI編集部の責任でまとめたものです。