日本の生産性上昇率は回復したか:JIPデータベース最新版による推計

開催日 2008年4月18日
スピーカー 深尾 京司 (RIETIファカルティフェロー/一橋大学経済研究所教授)/ 宮川 努 (RIETIファカルティフェロー/学習院大学経済学部教授)
モデレータ 尾崎 雅彦 (RIETI研究コーディネーター)
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議事録

JIP 2008と分析の概要

深尾氏:
日本経済の回復期に一体何が起きたのか――日本産業生産性データベース(JIP)の最新版である、JIP 2008の分析結果をもとに説明します。同データベースは2005年までを対象範囲としています。約1カ月前に完成し、つい先日、RIETIのHPで公開されました。

2000年以降の生産性と産業構造の動向

日本の市場経済(政府・非営利部門を除いた製造業すべてと非製造業の一部)の成長会計を、(1)資本投入増加の寄与、(2)労働投入増加の寄与、(3)生産要素投入の要因を除いたTFP上昇率に、さらに労働投入増加の寄与を「労働の質向上」と「マンアワーの増加」に分けて見ます。

GDP成長率は2000年以降回復軌道にあります。マンアワー増加と労働の質上昇が減速、資本投入増加の寄与もそれ程回復しない中で、TFP上昇率は1%程度と堅調に推移しています。TFP上昇は特に非製造業で目覚しく、1%強の伸び率となっています。

一方で、製造業・非製造業に関わらず、マンアワー投入は引き続き減少傾向にあり、マイナス1%程度成長の足を引っ張っている状態です。つまり、市場経済では労働投入の縮小傾向が見られる訳ですが、その点でマンアワー投入が堅調に推移している公的部門とは対照的だといえます。労働の質指数は、ごく最近の製造業ではかなりの上昇が見られますが、非製造業ではパートタイム雇用増加によるマイナス効果もあり殆ど停滞しています。

機械産業と商業・金融保険が中心だった1970年代とは違い、2000年以降はIT関係のほか、広範的な非製造業がTFP上昇を牽引しています。TFPは景気変動とも密接に関連していて、景気回復期には資本稼働率が好転する関係でTFPが上昇しやすくなるため、2000年以降の上昇については景気回復による影響の可能性があります。たとえばJIP 2006では、資本稼働率が年率1.5%上昇したことでTFPが0.5%程度上昇した可能性が判明しています。ただ、そこでもTFP上昇の程度は産業により異なることから、資本稼働率との相関は必ずしも断言できません。

製造業と非製造業とでは、TFPの上昇パターンにかなりの差異があります。まず、非製造業では、中間投入と労働投入の大幅削減、および資本投入増加の減速といった、「リストラ(縮小)」によるTFP上昇が顕著です。一方、製造業では労働投入こそ大幅に削減されていますが、国内回帰による資本投入増加と同時に、中間投入と総生産量の増加率の加速が見られます。また全体として、製造業ではアジアの分業を軸としたグローバル化が生産効率化に大きく寄与した様に見えます。生産性の向上を、企業内努力による「内部効果」、生産拡大による「再配分効果」、高生産性企業による「参入効果」、低生産性企業による「退出効果」で見ますと、製造業・非製造業のいずれでも殆ど内部効果によって生産性を改善したことがわかります。しかし、ここ10年では「参入効果」の貢献度が拡大しています。

ミクロレベルで見ますと、非製造業では生産要素の投入をリストラした企業がTFP改善に成功する一方で、製造業では労働投入と資本投入は減らしながらも、中間投入と生産量を拡大した企業がTFF改善に成功する傾向が見られます。

企業物価抑制の理由

日本では2004年以降に交易条件が急速に悪化し、賃金下落が一段落したにも関わらず、つい最近まで生産物価格の下落と企業の高収益が続きました。それに関しては、TFP上昇によって中間投入コストの増加が相殺されたことが背景にあると思われます。その結果、生産物価格が抑えられてきたのではないでしょうか。特に製造業でこの傾向が強く見られます。

資源配分は改善したか

資本の産業間資源配分効果は一貫してプラスとなっていますが、労働の産業間資源配分効果は90年代に大幅プラスとなっていたのが最近になって再び減速しています。従って、再配分効果によるTFPの成長はむしろ縮小したといえます。

規制緩和によるTFP上昇効果

内閣府の規制緩和指標によると、規制緩和のスピードは総じて減速したとはいえ、2000年以降もある程度進んでいます。TFPとも一応の相関が見られます。

2000年以降のIT投資・無形遺産投資の動向

宮川氏:
コンピュータ投資、通信機器投資、ソフトウェア投資の合計で見たIT投資は、2005年時点で約23.5兆円となっています。JIP 2006と比べて減っている印象ですが、1995年から2000年の間にIT財価格が約20%下落していることを考慮すると、金額的には減っても量的にはむしろ伸びているといえます。ですので、伸び率としては1970年~2005年で年率13%、1995年~2000年で約8.6%のプラスとなっています。国際的に見て、日本のIT投資/GDP比は、90年代後半から低水準で移行していますが、2005年時点では独仏、韓国と同じ水準にまで上昇しています。

IT集約的製造業、IT集約的サービス業、非IT集約的製造業、非IT集約的サービス業、IT製品製造業、ITサービス提供業、その他の産業(農林水産業、鉱業、建設土木業等、EUKLEMSの基準に従う)の7部門で見ますと、2000年代に入って、非IT集約的産業とその他の産業でマイナスとなる一方で、90年代後半を超える伸び率を示す部門がいくつかある等、部門によるばらつきが見られる様になりました。IT資本サービスの伸び率でも、同様のばらつきが2000年代に入って見られます。

とはいえ、IT資本サービスの伸びは必ずしもTFP上昇に直結せず、たとえばIT集約的サービス業(小売業、金融業、広告業、出版業等)では7%の伸びにも関わらず、TFP成長率がマイナス0.9%と部門中最低となっています。IT資本蓄積とTFP上昇率については、全体として緩やかな正の相関が見られます。

IT投資効果は国や業種によって異なります。特に米国では、「IT投資をTFP上昇に効果的につなげる触媒のような役割を、無形資産の蓄積が果たしている」とする議論があります。米FRB関連研究者は無形資産を、コンピュータ関連の情報資産(ソフトウェア、データベース)、革新的資産(研究開発で蓄積された知的資産、資源開発権、著作権、ライセンス契約、金融新商品の開発)、経済競争能力(ブランド資産、企業に特殊的な人的資本、組織改変費用)の3つに分類しています。2000年~2004年の平均値で見た日本の無形資産投資額は約50兆円、無形資産/GDP比で9.6%を占めています。製造業では研究開発投資の割合が非常に高く、全体として無形資産投資が13%を占めていますが、研究開発が無いサービス業では8.2%程度にとどまっています。

国際的に見て、日本の無形資産投資は研究開発面で優位性を保っていますが、経済的競争能力では米国・英国にかなりの差をつけられています。「失われた10年」におけるOJT・企業内研修の停滞のほか、パート・非正規雇用の増加が、この部分の蓄積の低さに影響していると考えられます。

日米の有形・無形資産投資を比較しますと、日本では依然として有形資産の比率が非常に大きく、無形資産は拡大しているとはいえ比率としては低い状態です。対照的に、米国では特に90年代以降、IT化の進展と並行して有形資産の比率が減少の一途をたどる一方で、人材教育、組織改変等の無形資産の比率が非常に増えています。

サービス業におけるTFP上昇の理由

2000年から2005年にかけて、サービス業の生産性は確実に回復しています。が、はたして望ましい形で回復しているのか。IT投資がそれ程伸びず、無形資産の蓄積も少ない中で、なぜ生産性が回復したのか。

サービス分野の「成長会計」を見ますと、TFP上昇率が拡大する一方で、労働投入がマイナスとなり、中間投入も殆ど見えない程度に縮小しています。つまり、アウトプットが少ない中で、よりインプットを減らす形で生産性を押し上げている訳です。

特に労働投入に関しては、パート等非正規雇用の増加が非常に顕著です。それもあって労働の質上昇は、80年代に0.4%だったのが2000年代には0.1%に鈍化しています。マーケットを世界に求めることで生産性改善に成功した製造業と違い、サービス産業ではリストラが生産性改善の主要因となっているように見えます。実は米国でも、ITバブル崩壊後の生産性回復に関して「リストラ仮説」が出ています。日本でも、資本分配率と労働投入とに正の相関が見られる一方で、資本分配率とTFP上昇率とが逆相関の関係になっている1990年代後半から2000年代前半にかけては、「リストラ仮説」がある程度当てはまると思われます。

まとめ

最後に以下の結論が導き出されます。

  1. 2000年代前半にTFP上昇率はかなり回復した。特に非製造業の回復は顕著だが、景気動向の影響やリストラ効果である可能性も。
  2. 「リストラ仮説」を裏付けるものとして、非製造業ではパート雇用が未だに高い水準にある。一方、製造業ではグローバル化によるマーケット拡大がTFP上昇につながっている。
  3. 円安と交易条件悪化の中で価格が上昇しなかったのはTFP上昇と資本コスト下落による。
  4. 1990年代は労働者が衰退産業から退出する一方で、生産性の高いITサービス産業等に新規労働者が参入したため、労働の資源配分効果が上昇した。しかし、2000年代に入って参入効果が抑えられた結果、労働の資源配分効果は若干マイナスに転じている。
  5. 規制緩和は2000年代に入り減速したとはいえ、生産性加速に一応寄与している。
  6. IT投資については2000年代前半に設備投資面で増加したが、同時に部門によるばらつきが見られるようになった。また、サービス業分野でIT投資が効果的に行なわれていない背景には、無形資産投資、特に人的資本の蓄積が非正規雇用の増加等で低迷した可能性が挙げられる。
  7. 日本の2000年代以降のサービス業の生産性回復は、米国のITバブル崩壊後の生産性の回復パターンと類似している可能性がある。

質疑応答

Q:

日本はハードに強くソフトに弱いと一般に言われますが、そうした観点から、IT投資でもハードとソフトを区別した分析が必要ではないでしょうか。

宮川氏:

IT投資では、通信機器とコンピュータがハードウェア、それ以外がソフトウェアに相当します。投資額はハードウェアで15兆円弱、ソフトウェアで7兆円程度になっていますが、後者は「受注ソフトウェア」のみを計上する形としています。無形資産投資では、受注ソフトウェアに加えて、パッケージソフトウェアと自社製作ソフトウェアが計上されます。2000年代前半の平均で見ると、受注ソフトウェアはおよそ6兆円、それにパッケージソフトウェア、自社製作ソフトウェアが2~3兆円程度あります。

米国・英国と比べて、ソフトウェアのGDP比率はそれ程遜色ありませんが、日本ではむしろ受注ソフトウェアの割合の高さが問題になっています。欧米ではパッケージソフトウェアの使用がメインですが、日本ではパッケージソフトウェアを自社用に改良・カスタマイズする例が殆どです。これはコスト的にも高くつきますし、効率性の面でもパッケージソフトと比べて必ずしも優れません。

Q:

資源配分効率と組織効率の関係についてはどうお考えでしょうか。1990年~2000年は生産性の低い産業からの労働者退出、生産性の高い産業への労働者参入という形で、資源の再配分が組織効率を犠牲にせず実現したかに見えます。ただ、労働市場が流動化しますと、従業員が企業特殊的投資をしなくなる為、資源配分効率と組織効率とがトレードオフされるのではないでしょうか。あるいは、資源配分効率のためには、組織効率・内部効果を多少犠牲にしても良いでしょうか。

また、JIP 2008では日本の経済的競争能力が米国や英国よりも低く出ています。従業員の蓄積による内部効果の寄与度はそれ程大きくないのでしょうか。

深尾氏:

企業内の熟練蓄積を犠牲にしても労働市場を流動化して再配分効果を高める方が良いのでは、とのご指摘ですが、可能性はあると思います。しかし、必ずしも良いと言い切れる自信はありません。

宮川氏:

熟練性が正当に評価される環境でしたら、たとえ労働市場が流動化しても、企業は熟練者を引き留めるような賃金体系を作ると思います。ですので、資源配分効率と組織効率との間で必ずしも矛盾が発生するとは思えません。

OJTに関する最新データを入れると若干数値が上がる可能性はあります。現在進行中の企業のインタビューによると、上司は労働時間の1割程度をOJTに使っているそうです。ただ、日本の場合は、OJTの対象とならない非正規雇用が増加しているため、2000年代以降の経済的競争能力はマイナスの伸び率となっています。その影響もあって、無形資産投資は2000年代のマクロ成長会計ではマイナスの寄与となっています。

Q:

生産性向上は大きな政策課題となっていますが、今後5~10年の範囲ではどこに政策的力点を置くべきでしょうか。

深尾氏:

パート労働者の生産性向上が1つ。パート労働者にも熟練度や知識の蓄積が必要です。2つ目は、サービス業の生産性の国際比較。従来から非常に難しいと言われていますが、だからこそきちんと把握する必要があると思われます。

宮川氏:

製造業のパターンを「前向きの生産性向上」とすると、サービス業のそれは「後ろ向きの生産性向上」であるといえます。「後ろ向きの生産性向上」は、日本人同士で足を蹴り合う状態に似ていて、国民にとって必ずしも幸福なことではないと思います。

サービス業も製造業と同様にマーケットを広げる努力が求められます。「きめ細かくて、良質」とされる日本のサービスの特徴をテコに、韓国・中国の中間所得層を取り込んでみてはいかがでしょうか。グローバル展開の勝算は十分ある様に思われます。そのためには、人的資本もグローバル、かつ組織的に教育する必要があるでしょう。そうした試みを後押しする政策を考えています。

この議事録はRIETI編集部の責任でまとめたものです。