ライトレールの導入によるコンパクトなまちづくり

開催日 2008年4月10日
スピーカー 森 雅志 (富山市長)
モデレータ 佐藤 樹一郎 (RIETI副所長)
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議事録

富山市の現状

富山市は市街地の人口密度が全国県庁所在都市で最も低く、人口が中心部(駅周辺部)から郊外へと拡散しているため、全国の地方都市の中でも典型的なクルマ型地域社会となっています。地形は平坦、道路整備率も日本一で渋滞も殆ど無く、クルマさえあれば大変住みやすい地域です。クルマを3~4台所有する世帯も普通に見られます。

一方で公共交通は非常に厳しい状況にあります。特に、最も身近な交通手段である路線バスの利用者は過去15年間で67%減少しました。しかし、高校生や高齢者、あるいは1台しか車を所有しない世帯等、クルマに頼れない人が実際には多くいます。そうした意味での交通弱者が約3割にも上ることが調査で判明しました。今の富山市は、この3割の交通弱者にとって極めて住みにくい都市構造になっているのです。

CO2排出量といった環境負荷を考えても、クルマに特化した拡散型地域社会をこれ以上維持するのはかなり問題があります。今後も拡散型のまちづくりを続けるとなると、人口減少の中、除雪、ゴミ収集、道路・下水道のメンテナンスの対象範囲が広がる一方となり、都市管理コストが伸び続けることから、1人当たりのコスト負担増が避けられなくなります。また、空洞化による中心部の地価下落も都市全体の活力を押し下げています。

コンパクト化事業の概要

まず、私たちは富山市には複数の鉄軌道があって、それらがすべて富山駅に結接していることに着目しました。沿線各駅周辺部の住民を増やし、かつ、鉄軌道の質を高めれば、将来クルマに頼れなくなる世代も都市の利便性を享受できるのではないかと考えました。

そこで公共交通を軸とした、コンパクトなまちづくりを目指すことにしました。公共交通軸を再構築することで、クルマに頼らない、暮らしやすい都市を実現できないかと考えたのです。郊外に拡散してしまった人口を腕力で中心部に戻すことは無理ですが、鉄軌道の質を高めて彼らを中心部に誘致する方法を模索してみました。

鉄軌道6路線とバス13路線(1日60本以上運行)を「質の高い公共交通軸」と位置付け、その強化に取り組むと同時に、駅から500メートル、バス停から300メートルの範囲を居住推奨地区と指定し、そこに住んでもらうためのさまざまな補助制度(借上市営住宅制度、住宅ローン援助制度、等)を展開しています。そうして、公共交通軸沿線人口の割合を現在の約3割から20年後には約4割にまで引き上げることを目的としています。

そのために富山市では、(1)居住推奨地区への移住誘致と、(2)駅・バス停の増設による居住推奨地区の拡大という、2つのアプローチをとっています。

JR富山港線路面電車化事業

そのリーディングプロジェクトとなったのが、富山ライトレールによるJR富山港線路面電車化事業です。富山駅から富山港を結ぶJR富山港線は、プロジェクト開始当時、利用者が少ないから間引く、間引くから利用者が減る、という地方路線特有の負のスパイラルに陥っていました。JR西日本が同路線を平成18年2月末に廃止する決定をしたため、富山市がその経営を引き継ぐことになりました。常識的にはバスが代替交通手段となり得ますが、公共交通軸を重視したまちづくりの観点から、市が中心の第3セクター(富山ライトレール)による運行を考え付きました。そこで特筆すべきは、本事業が最初から公設民営であった点です。

富山ライトレールの資本金は4億9800万円ですが、民間企業からの積極的な資金協力のおかげで、市・県からの出資は半分以下で済みました。建設費、関連事業費(駅前広場、駐輪場の整備)、施設の維持・管理費は公費で賄う一方で、運営そのものは富山ライトレールが運賃収入(補助金無し)で行なう体制としています。最初の事業費には58億円を要し、内、市からの持ち出しは約17億円でありました。決して小さな負担ではありませんが、それによって、渋滞解消や環境負荷といった外部不経済の軽減だけでなく、都市活性化による外部経済の創出も期待できます。

実際の運行では、列車本数の増便、始発・終電時間の改善、停車駅の増設、利用料金の差別化、ICカードの導入等によって利用客の利便性を高めると同時に、バリアフリーの低床車両を導入しました。その結果、一日平均の利用者数はJR西日本時代の約2200人から約4800人(平成19年現在)に増えました。利用者の以前の利用交通手段を見ますと、バスとマイカーからシフトした人がそれぞれ13%と11%となっていて、大きな環境負荷低減となっていることがわかります。さらに目を引くのが「新規」(以前は殆ど外出しなかった人)の20%です。世代別では50歳代、60歳代、70歳代以上の利用者が大きく伸びています。利用時間帯を見ても、以前は1日に100人程度の利用者しかいなかった時間帯(9時~17時)が伸びています。日中家に閉じこもりがちだった高齢者が動きだしたのです。介護予防効果を示唆するデータも僅かながら出始めています。

以上、富山ライトレール整備の短期的効果ですが、観光客の増加や沿線商店街の活性化といった中長期的効果もありました。何よりも、本事業がまちづくりの一環として市民から幅広く評価していただいた(本事業への支持率が82%)こと、それから第2、第3の取り組みの素地が整えられたことが大きな成果であったと考えています。

また、駅アクセスを改善するための駐輪場整備や駅周辺への住宅集合化(高齢者優良賃貸住宅の促進)といった、「沿線のまちづくり」には雇用創出効果もあります。

JR高山本線活性化社会実験と路面電車環状線化事業

次に第2弾として、JR高山本線の運行頻度改善に取り組むこととしました。富山市が毎日電車をチャーターして、1時間に少なくとも1本の運行頻度で走らせる実験を1年半したところ、富山駅から越中八尾駅までの乗降客数が6.8%伸びました。しかし、この先の部分は別の施策もあって8.6%減少したため、今年3月からは富山駅-越中八尾駅間のみ特別に30分1本のダイヤで運行することにしました。富山市が年間1億5000万円負担していますが、利用者増加分の運賃は運営者(JR)から市に返還される仕組みとなっていて、利用者が1.5倍になればすべて回収される計算です。この取り組みを今後3年間は続けたいと思います。

さらに第3弾として、南富山駅から富山駅経由で富山大学にいたる市内電車の環状線化(延伸)事業を進めています。将来、新幹線が整備され、富山駅発の在来線を含めた高架工事が終わると、ライトレールと既存の市電とが地表レベルでつながる計画です。従って、新幹線や在来線から市電にさえ乗り換えれば、東西南北どこでも電車で移動できることになります。電車は10分毎に循環しますので、既存市電と併せてかなり使い勝手の良い電車になると見ています。この環状線から歩いていける範囲内に公共投資を重点的にすることが、これからの人口減少・超高齢化社会を見据えたまちづくりの完成型だと考えています。

市内電車は民間(富山地方鉄道)が経営しています。固定資産税の関係から上下分離でないと民間の賛同を得ることは難しいのですが、昨年の法改正によって公設民営の上下分離化が可能となりました。今年2月末に認可第1号を取得、直ちに着工しました。来年12月末までに完成させる予定です。

中心市街地活性化基本計画

中心市街地活性化基本計画は、(1)公共交通の利用者を1.3倍に増やす、(2)中心商店街の歩行者を1.3倍に増やす、(3)都心居住者を1.1倍に増やす、の三本柱を今後5年間の目標としています。中でも最大の柱が(1)の路面電車の延伸で、この2年間で工事を完成させる計画です。(2)に関しては、市内唯一のデパートのリニューアルに合わせて、市電、ライトレール、コミュニティバスを3日間無料にしたところ、市電の利用者は11.5倍増となりました。また、デパートの新装開店にも関わらずまったく渋滞が起きなかったことから、道路渋滞緩和の効果も示唆されました。市電を無料で走らせるとそれだけ歩行者が増え、商店街が活性化すると思われますが、1店舗につき1万円の負担に200店舗が賛同すれば、1日の運賃収入に相当する100万円を市電業者に毎日補助できます。(3)都心居住に関しては、中心部の良質な集合住宅ないし一戸建て住宅の建設者や購入者に対する補助制度を3年前から実施しています。劇的な都心回帰は今のところ見られませんが、少なくともこれ以上の人口減少は食い止めたかに見えます。

こうした施策の結果、中心商店街・駅前の地価が上向き始めました。特にデパートの向かいの地価は13%も上昇しました。他にも、都心部の建物に限定してディスポーザーの設置補助をしたりしていますが、歩道除雪の徹底といった補助金以外の努力も考えています。なお、デパートの再開発には市の補助金8億9000万円が使われましたが、ビルができたことで、同じエリアの固定資産税が約1700万円から7000万近くに増えたため、15年目には回収できる見込みです。

さらに「おでかけ定期券」を65歳以上の住民に発行して、中心市街地へのバス料金を一律100円に割引する制度を導入しました。中心商店街への誘致が第一の目的です。現在、要介護認定をもらっていない高齢者8万2000人のうち29%がこの定期券を使っています。そうして、平日家に閉じこもりがちだった高齢者が動きだしました。さらに外出を促す目的で、全日空等、中心部の店舗やホテルの経営者にも協力していただいています。

同時に、高齢者に対し、1回限りですが、公共交通利用券(2万円相当)を支給する代わり、運転免許の返納を昨年から呼びかけたところ、最初の年に540人と予想の10倍以上もの人が返納を申し出ました(平成18年4月1日から平成20年2月末までの実績は860人)。高齢者が加害者となってしまう交通事故が急増していますが、公共交通が完備された地域についてはこういった施策で背中を押すと意外に効果があることがわかりました。

将来に向けた視点

以上、ライトレール整備、高山本線の増発、市電の延伸・サークル化、さらには全般的な公共交通の利便性向上に順次取り組むことで、人々を中心市街地に誘致する考えです。が、同時に過疎地への配慮も必要です。たとえば、富山市は過疎バスの運行に年間約2億円を投じていますが、これは今後も維持すべきです。とはいいますが、「終の棲家」という日本的発想にもう少し柔軟性を持たせるべきではないでしょうか。郊外の広い家に1人で住み、草むしり、除雪、ゴミ出しの負担を1人背負い続けることが真に幸せな老後といえるでしょうか。

そうした観点から、都心部の良質なケアハウスや賃貸住宅に住んでいただけないか、「複数の居住空間を持つ」という発想ができないか、市民に訴えていきたいと思っています。市が住宅を買い上げて、その対価を家賃として都心の高齢者住宅に住んでもらう一方で、買い上げた住宅を育児中の夫婦や大型犬を飼う世帯に又貸しする制度もできています。こうした多方面かつ総合的な政策を通じて、20年後の公共交通の便利な地域の沿線人口割合を現在の3割から4割に引き上げたい考えです。

質疑応答

Q:

本日お話のあったLRT事業を他の都市で実施する場合、どういった点で調整や理解が必要となるのでしょうか。また、公共交通機関が走る沿線に住宅を集合させる場合、周辺の地域社会の崩壊につながることはないのでしょうか。

A:

周辺地域社会の崩壊については、本日話をしたような政策を実施したからといって人の動きに劇的な変化が生まれる訳ではありません。高齢者だけの世帯が現在急増していますが、彼らの外出機会を作るのも重要な施策となります。また、中山間地奥地の限界集落に残ることを希望する人には「過疎バス」サービスを提供しますし、今年度からは日常品を持って過疎集落を週1度回る移動販売サービスも提供していますが、こうした取り組みは今後も継続すべきです。だからといってこれまでの拡散型まちづくりが良いと考えている訳ではなく、むしろこれ以上の拡散は止めたいというのが1番のベースにあります。その上でさまざまなサービスを提供しながら、老後の住まい方を選択してもらうのが私たちのアプローチです。

ご質問で最初の点については、住民の理解を得るのが一番難しい課題です。たとえば、ある商店街の真ん中に電車を走らせる場合、商業者の見方は、「お客さんが増えるので歓迎する」という見方と、「クルマでの買い物がしにくくなる」、「歩行者が横断できなくなるのでお客さんが減る」という見方に別れます。何よりも、車線を減らして電車を導入することについて一般ドライバーの理解を得るのは困難です。そこをどう説得するかが鍵となります。

事業費(財源)の捻出も課題です。富山市の取り組みは既存沿線への投資という意味での改良型事業ですが、ゼロからの整備は非常に難しい話だと思います。なお、富山市はLRT事業に際し合併特例債とまちづくり交付金を活用しています。

Q:

富山市でLRTの導入が成功した背景には地元の電力会社からの非常に強いサポートがあったと聞いています。こうした地域としてのサポートについてもう少しお聞かせください。

A:

地元の経済界からは確かに大きな応援を得ました。地元の電力会社や銀行、放送局、新聞社等の企業ですが、富山ライトレールが有する2億6000万円の基金もそうした企業からの寄付で成り立っています。そのためには、日頃から地域経済に関して経済界と行政とがきちんとした信頼関係を築くことが重要です。また、富山市ではバスも鉄道も民間は1社なので、交通政策を考える際には、そことだけ話をすれば済むという点も大事なポイントとなっています。

この議事録はRIETI編集部の責任でまとめたものです。