アライアンス型ビジネスモデルがもたらす企業戦略・価格戦略への影響について ~iモード・Google化する産業構造の変化に企業はどう対応すべきか?

開催日 2008年4月7日
スピーカー 平野 敦士 ((株)ネットストラテジー代表取締役社長)
モデレータ 間宮 淑夫 (経済産業省経済産業政策局調査課長)

議事録

アライアンス型MSPとは

そもそもアライアンス型MSP(multi-sided platforms)のビジネスモデルとは何なのでしょうか。弊社パートナーでもあるハーバードビジネススクールのハギウ準教授の考えをベースにお話しましょう。

定義としては「複数のグループのニーズを仲介することによってグループ間の相互作用を触媒し、その市場経済圏を作る産業基盤型のビジネスモデル」となります。この定義に沿って考えると、たとえば何かを売りたいと考えるグループと何かを買いたいと考えるグループの2つのグループを仲介するオークションサイトはtwo-sided platformとなります。一方、iモードのように、各種サービスを提供するコンテンツプロバイダと数千万人のユーザーを結びつけるプラットフォームはmulti-sided platformとして位置付けられています。

アライアンス型のMSPビジネスモデルは、質の高い製品を規模の利益を追求しながら安く販売する従来型ビジネスモデルに取って代わり、1990年代後半から日本でも台頭し始めました。

MSPには取引開始前の検索コストを低減でき、さらに、取引コストの共有によりコストを削減できるという共通の特徴があります。

取引開始前の検索コスト低減

MSPの1つ目の特徴である検索コストの低減効果(サーティフィケーション)には2つの効果があります。1つは、複数のグループ同士に生じる効果で、MSPは一種の安心感、ブランドやサーティフィケーションをユーザーに提供し、製品・サービスの質に一定のレベルを担保します。たとえばiモードには公式サイトと一般サイトがありますが、ドコモが公式と認めているサイトならユーザーは安心してアクセスできるという仕組みです。オークションサイトの場合はこうしたレーティング(製品・サービスに対する評価)はユーザーグループの間で行なわれています。

もう1つは、1つのグループのみに生じる効果で、Googleがその良い例です。Googleは当初はone-sidedのプラットフォームでした。しかしGoogleはその後、たとえば車を検索するユーザーの多くは車に関心を持っているので、そうしたユーザー層を対象に車の広告を掲載すれば雑誌等への広告掲載よりもはるかに高い広告効果が得られると考えるようになり、バナー広告を始めました。ここでMSPへと転換したのです。ただ、検索コストの低減効果が1つのグループのみに生じる場合はネットワーク効果が一方的にしか生まれないので、機能の追加は他のグループへの影響も考えて慎重に検討する必要があります。

取引コスト共有によるコスト削減

MSPのもう1つの特徴である取引コストの共有によるコスト削減についてはクレジットカードを例に考えてみましょう。クレジットカード会社はクレジットカード端末(=プラットフォーム)を共有することで、各社が独自に端末を置いた場合のコストをシェアし、コストの削減を図っています。ここでビジネスモデルとして重要となるのが、どのようにその費用を共有・負担するのかという点です。いろいろな種類の電子マネーが使えるマルチ端末からは、端末が置かれる小売店、端末を使用するユーザー、端末を置くカード会社等、いろいろな主体がベネフィットを受けます。MSPではこのベネフィットの度合いに応じて、負担の度合いも変わってきます。さらにアライアンス型MSPビジネスモデルでは複数の企業が1つのバリューチェーンに入ってくるため、自社はここを負担しますとか、じゃあ私はこの部分を負担しますといったように、複数の企業が1つの製品・サービスに関してプロフィットとコストを共有・負担する仕組みになっています。そうした仕組みにより、一企業では従来できなかったようなことも実現可能になります。プラットフォームに乗った人たちすべてが儲かる仕組みを構築できるか否かが成功のカギを握ります。

ブームにおいて企業が犯す過ちについても触れておきたいと思います。Web2.0やMSPがビジネスのトレンドとして語られることが多くなってきていますが、一方で、ベンチャーキャピタルからとりあえず資金調達するための手段としてそうした言葉が独り歩きしている側面も否めません。しかしビジネスは流行だけでは成り立ちません。重要なのは価格設定やプラットフォームの競争戦略を検討する前に、まずはMSPのビジネスモデルを慎重に検討する、具体的には、どのグループをターゲットにして、どのような価値を誰に対していくらで提供するのかを決定する必要があります。

産業別から機能別へ

ビジネスの世界では現在、産業別から機能別へという大きな流れが生まれています。iTunesがウォルマートを抜いて全米でデジタルコンテンツ配信の第1位の座を獲得したのは、そうした流れを象徴する大きな出来事です。CDをお店(小売業)に買いにいくという、産業を括りにした消費パターンが崩れつつあるのです。ユーザーの視点からすれば、自分たちのニーズが満たされる限り、小売業であろうと、ハイテク電子機器産業であろうと、大きな違いはない、そんな世の中になりつつあります。同様に、アマゾンの台頭の背景には「本を読みたい」というユーザーのニーズが、携帯クレジットの台頭の背景には「決済を簡単にしたい」というユーザーのニーズが読み取れます。そしてここではIT化がそうした流れの促進要因となっています。

産業別から機能別への流れはグローバル化によっても促進されています。たとえば米国企業であるアップルの音楽配信サービスの人気が日本でも高まったことで、それまでCDのパッケージを製造していた日本の町工場は伸び悩むようになります。そうすると日本の中小企業やこうした町工場はパッケージの製造よりも他にやるべきことをみつけなければならなくなります。これは市場環境の劇的な変化です。

産業別から機能別への動きは携帯小説のヒットからも読み取れます。ゴマブックスは「魔法のiらんど」という携帯電話向けに無料でホームページを作成するサイトと提携して、同サイトに投稿された携帯小説の中から評判の高いものを出版していますが、これは携帯電話というプラットフォームを利用しながらアライアンスを組むという、従来の出版業ではあり得ない発想です。そうしたビジネスモデルで出版された携帯小説はベストセラー3位までを独占しています。

このように小売業や製造業、出版業といった「業種」の概念が崩れる中では、同業種他社のみを競争相手と捉えていると大きな過ちを犯すことになります。

新規にMSPを創造し、常に進化させるには

新規にMSPを創造するには何が必要になるでしょうか。あるいは現在のMSPをさらに進化させるには何が必要でしょうか。そうした問いに対する解を探る際に必ず出てくるのが「にわとりと卵の議論」です。つまり、ユーザーが増えればコンテンツも売れる、コンテンツが売れればユーザーも増える、一方が増えれば他方も増えるというポジティブフィードバックの議論です。MSPではこの流れを一回転目で作れるかが勝負の別れ目となります。

Single-sidedの企業が横転換でmulti-sidedに展開した場合にも成功率は高くなります。ローソンの収納代行宅急便郵便ポスト代行、JR東日本のSuica、NTTドコモのiD等がそうした横転換の成功例として挙げられますが、何よりも、single-sidedの企業は、顧客が求めているサービスを自社のプラットフォームに導入することで顧客がメリットを感じるかを検討する必要があります。Multi-sidedの企業にしても、自分たちのプラットフォームを強化するサービスは何かを常に検討する必要があります。

eBayの例からMSPの正しい進化と誤った展開について考えてみたいと思います。

米国のオークション会社最大手eBayは1999年にPaypalを買収しました。この買収によりeBayのユーザーはメールで簡単に決済ができるようになり、eBayは大きな成功を収めます。eBayが成功した別の理由としてはユーザー同士の評価、つまり分散型サーティフィケーションモデルがうまく機能した点も挙げられます。「このユーザーの売っているものなら安心できる」といった口コミの情報が、ユーザーが製品の購買を決定する際の1つの大きなスタンダードとなる仕組みをうまく築いたのです。

ところがeBayはSkypeを買収したことで2005年に大きな失敗をしました。eBayとしてはオークションをする人同士が会話ができたらもっといいのではないかと考えて買収に踏み込んだのですが、なるべく高くで売りたい人となるべく安く買いたい人は直接話をしたがらない点を読み違えてしまったのです。事実、Skypeのサービスを導入はマイナスの結果を招くことになりました。

やはり重要なのは、プラットフォームに新たに導入するサービスがユーザーのニーズを満たすものであるのか、というユーザーの視点です。このほかにもプラットフォームをオープンにしすぎたためサーティフィケーションが崩壊して倒産した例もあります。

日本企業はどうすればいいのか

アップルの進出から日本の町工場が影響を受ける例からもわかるように、自分たちは国内企業だからグローバルな動きは関係ないといっていられる時代は終わりました。日本企業はグローバルな競争環境での戦略を見直す必要があります。バリューチェーンも機能面から見直すべきです。IT技術革新の動きを常にウォッチする必要もあります。新しい視点を持った人材を異業種から持ってくるというのも、閉塞感の漂う日本経済ではおもしろい試みだと思います。私は「想行力(想像力を実行する能力)」のある人材、右脳的な発想を左脳的に実行できる人材をいかに育てられるかが大きなポイントだと思います。

国は何をすれば良いのか

IBMがレノボに買収された現実は非常に象徴的です。IBMはソフト開発をマイクロソフトに託しましたが、最終的にはマイクロソフトが伸びてIBMがレノボに買収されるという結果にいたりました。その意味では国はIBMのように部分を最適化する政策をとるよりは、国際競争力を強化する観点からの政策をとる必要があると思います。具体的にはハイブリッド自動車やマンガ、神戸牛といった日本のブランドに対し国が規制だけでなく積極的支援を提供することが重要です。

質疑応答

Q:

想行力のあるベンチャー的人材が世界を相手にする場合、ファイナンスの面ではどうしたら良いのでしょうか。

A:

日本のベンチャーキャピタルでは社長の個人保証が必要となり、上場できなかった場合は株を買い戻してくださいという契約書が普通に結ばれています。私は正直、これではベンチャーキャピタルの意味がないと考えています。ただそうはいうものの、ベンチャーキャピタルの果たす役割は良い方向に変わりつつあるようです。また、売り上げが低迷する企業やアーリーステージの企業への投資を促進するエンジェル税制等の環境を充実させることもできるでしょう。

Q:

想行力のある人材はどういった環境に多く生まれるのでしょうか。また、そうした人たちがグループを組んだ場合、彼らをサーティフィケートする仕組みづくりが難しいのでファイナンスが付きにくい問題があると思います。この仕組みについてお考えがあればお聞かせください。

A:

大切なのは人と人の連鎖です。想行力のある人材は潜在的には多く存在しています。そうした個々の想行力をつなげるアライアンスは企業レベルだけではなく個々の人材のレベルでも重要となります。私たちは信頼できる人が紹介する人であれば、頭もよくて面白い人だろうと多かれ少なかれその人に会う前から考えるのではないでしょうか。これがサーティフィケーションです。企業のプラットフォームにサーティフィケーションがあるのと同じように、人にもサーティフィケーションがあるのです。想行力のある人材はそういう流れで発掘されていくのだと思います。新規事業を起こす際には、これであればあの人に聞けば良いといったような、やる気のある人材を導く人脈(ネットワーク)も重要です。大切なのは企業と企業の関係というよりは人と人の関係だと思います。

サーティフィケートする仕組みではマネージメントがカギを握ります。最後には自分が責任をとるので自由な発想で行動しなさいといってくれるマネージメントに守られているという感覚は企業が新しい事業に挑戦する上で大切です。日本の企業でそういったカルチャーが薄れているのは問題ともいえるでしょう。

Q:

新規事業戦略を展開する際、どのように身内を説得し、トップまで上げることができるのでしょうか。

A:

横が足を引っ張るため新規事業が失敗する状況を変革するには有識者やコンサルティング会社等、外部の力を活用することが有効です。しかしその前に内部での話し合いや説得に十分力を注ぐべきです。そうした話し合いを通して「自分も一緒に考えて何かを作り上げている」という当事者意識が芽生えることがあるからです。そうした当事者意識が仲間意識へとつながれば、成功する確率も高くなるでしょう。なぜならこうした人と人の関係はなかなか揺るがないからです。なんとしてでも新しいサービスを実現させようという力も、実はそうした仲間意識から生まれることは多くあります。

この議事録はRIETI編集部の責任でまとめたものです。